襟櫛と最強
意気込みは良かったが、現実は残酷だった。
「襟櫛、何で隠れてるんですか?」
「いや、隠れてるんじゃなくて、観察してるんだ」
まあ、実際は隠れていた。
最強を目指すとしても、最強を継ぐとしても、死んでしまっては意味が無い。
アレは正直、化物すぎる。
ジョージとは違う意味で、妄執のような物を感じる。
「じゃあ、僕が行ってきますから、観察をお願いしますね」
道化は何も恐れていないかのように、まあ、実際に何も恐れていないのだろうが、ヘラヘラとした顔付きのままで歩いて行く。
そして、見事に惨殺された。
肉塊の一部から、他の部分が再生されていき、道化は見事に復活した瞬間、惨殺された。
そして、また、復活して惨殺されて、復活して惨殺されてを繰り返しながら、少しずつ距離を開けていく。
まあ、戻って来た彼は、行った時の彼と変わらずにヘラヘラと笑っていた。
「どうでしたか?観察は上手くいきましたか?」
「ただ、殺されてただけだったな」
「殺し方が分かったでしょう?」
「殺され方が分かった」
「まあ、僕は襟櫛みたいに優秀じゃないですから、ああいう事でお役に立つしか出来ないんですよ」
「下手な煽りだ、そういう安い挑発には乗らない」
「じゃあ、襟櫛はここでずっと、彼女を観察し続けて、それで、何を手に入れるんですか?」
道化のくせに、一理ある。
認めたくないが、自分が臆病風に吹かれたのは事実だ。
「分かった、協力してくれ。アイツを殺す」
自分だけで殺せるなんて、所詮、自惚れだ。
化物になったジョージと戦った時、あの最強ですらも俺に頼った。
だったら、最強を継ごうとしている俺如きが、単独で化物を殺せると思うほど、傲慢にはなれない。
「僕は何をすれば良いんですか?」
「奴の注意を引いてくれ。それで、俺は奴を殺す」
「へぇ、それだけで殺せるんですか?」
「ああ、殺せるさ」
「本当に?」
「ああ…」
「絶対に?」
殺せないだろう。
今、俺がやっているのは、最強の模倣だ。
彼にはジョージを殺せる術があった。
あの時、俺がヘマをしでかさなければ、最強はジョージを殺したのだ。
それに比べて、俺にはあの化物を殺す術なんて、欠片も持ち合わせていない。
醜態を晒す事でしか、ジョージに隙を作り出せなかった程度の俺が、道化に注意を引かせたくらいで何が出来るのだろうか。
冷静になれ、研ぎ澄ませ。
俺は最強の弟子だ、最強はかつて何を教えてくれた、何を学ばせてくれた。
己よりも強い敵に打ち勝つ方法、それは何だった?
その時、天啓が走った。
俺はかつて、精神を病み始めた頃のジョージと戦った。
まだ、その時の俺は弱くて、ジョージと戦り合える事なんて不可能に近くて、だが、負けなかった。
そう、最強が教えてくれたからだ。
俺が俺として、最も強くある方法を…。