カズトは全てを捨ててでも
可能性を考えた事はあった。
だが、まさか、本当にそうなるとは思ってもみなかった。
「そうか、王子が…死んだか…」
何やら、襟櫛にとっては、王子の死よりも最強の死の方が大きかったようだが、それは死んだ順番と、死ぬ前の状況にもよるのだろう。
彼だって、仲間が死んで何とも思わないほど、薄情な奴ではない。
「最強も、…そうか、あの最強が、ねぇ」
一応、襟櫛の為に、俺はそう言っておいた。
ただ、俺にとっての最強はあくまでも、商売相手に過ぎなかった。
商売相手の中ではピカイチで優秀だったが、それだけだ。
「ジョージが、もう2つ目の特異性を使いやがったか。全く、どいつもこいつも、あんなのを使って…」
「どいつもこいつもって、他に誰か、使ったんですか?」
今度は、俺と山田の事情を説明する。
その間、扉の向こうでは道化が相変わらず騒ぎまくっていたが、扉をどれだけ開けてもこちらに辿りつけない事から、襟櫛も途中で慣れてしまったようだった。
「そうですか、まあ、そちらも大変だったんですね…」
意外なくらい淡白な反応だった。
「とにかく、まあ、重要なのは山田氏とはぐれてしまったという事くらいですね」
「えっ、…ああ、そうかもしれない」
そんな風に応じながら、襟櫛の若さに心の中で苦笑する。
彼の中では彼に起こった事だけが重要なのだろう、それは若さのせいであって、彼特有の欠点や悪癖ではない。
「それで、これから、どうするんですか?」
「その前に試してみたい事があるんだ。襟櫛、扉を開けてみてくれないか?」
「でも、前にはあの道化がいますよ…」
やはり、あの道化を恐れているのか、襟櫛は渋っている。
「分かった、まずは俺が開けるよ」
そう言って、俺は制止する暇も与えず、扉を開けてしまう。
予想通り、見知らぬ場所が視界に広がっていて、外で騒ぎまくっていたはずの道化は姿が見えない。
「えっ…?」
「そして、俺が閉める。じゃあ、今度は襟櫛の番だ。ただし、あの道化がいたら、すぐに閉めてくれよ」
「はい…」
襟櫛は戸惑っているようだったが、とにかく、彼は扉を開いた。
そして、今度も俺の予想通り、見慣れた地下に道化の姿という組み合わせがそこにはあった。
俺は道化と視線が合った瞬間、ニヤリと笑ってしまう。
その瞬間、襟櫛が扉を閉めてしまい、見慣れた地下も道化も見えなくなってしまった。
「襟櫛、それにカズト!何で、何で扉を開けても、2人はいないんですか?2人で僕を馬鹿にしてるんですか?酷いですよ、何してるんですか?」
道化が騒ぎまくっているのは、それまでは襟櫛のせいだったのだろうが、今は俺が笑ってしまったせいだろう。
「いや、実際、本当に、何がどうなってるんですか?」
「これは、あくまでも俺の仮説に過ぎないんだけど、この扉が俺達を分けているんだと思う。扉を開く奴によって結果は違っていて、俺が開いた時は見知らぬ場所で道化はいない、襟櫛が開いた時は道化がいる元の地下、しかし、今、あの道化がいるのは見知らぬ場所であるのに俺と襟櫛がいない。もしかしたら、山田氏が開いた場合、元の地下であの道化がいないって可能性もある」
「扉ですか…」
襟櫛の反応も予想通りで、何もかもが予想通りで、だからこそ、俺は決断し、それを鈍らせない為に行動する。
「分かってる。確証がない時点で、何の意味もない話さ。ただ、俺は確かめたいのさ」
そう嘯き、俺は扉を開けて外に出た。
見知らぬ地下、後ろを振り向き、閉まっていく扉の中に襟櫛の姿があり、そこで、俺は彼に別れを意味して笑う。
分かっている、勿論、彼には見えていない。
ただ、俺がそうしたかったから、そうしただけだ…。