襟櫛の最強
「襟櫛、扉の外にいる奴に追っ掛けられてたのか?」
「ええ、まあ…、そうですね」
正直、認めたくはない事実だったが、嘘を言っても仕方が無いので肯定しておいた。
そこから、あの時、カズトと別れてからあった様々な出来事を話した。
「そうか、王子が…死んだか…」
やはり、最強の事よりも、カズトは王子の事を重く受け止めたようだった。
勿論、俺にだって、その気持は分かる。
当事者で、調子に乗った延長線上で死んだ王子と、結果的に俺を救う為に全てを失った最強では、後者の方が重要だったわけだが、話を聞くだけでは仲間が死んだ事の方が大きいだろう。
それに、俺は当然、王子が最後にどういう状況で死んだか、ある程度以上に、彼を美化したわけだから。
「最強も、…そうか、あの最強が、ねぇ」
俺にとって、最強は師匠だった。
目標であり、理想であった。
だが、カズトにとってはどうだったのだろうか。
同年代で、ライバル視していただろうか、ちょっと違う気もする。
「ジョージが、もう2つ目の特異性を使いやがったか。全く、どいつもこいつも、あんなのを使って…」
「どいつもこいつもって、他に誰か、使ったんですか?」
そんな風に問い掛けながら、少し前、1階であの道化を細切れにした化物の事を思い出していた。
そこからは、俺と別れた後のカズトがどうなっていたかを聞き、ついでに山田の事も教えてもらった。
その間、扉の向こうではあの道化が相変わらず騒ぎまくっていたのだが、扉をどれだけ開けてもこちらには辿りつけないらしく、途中で慣れてしまった。
「そうですか、まあ、そちらも大変だったんですね…」
正直、カズトも山田も、俺がやってきた事に比べれば、大した事が無かったんだと感じた。
「とにかく、まあ、重要なのは山田氏とはぐれてしまったという事くらいですね」
「えっ、…ああ、そうかもしれない」
「それで、これから、どうするんですか?」
「その前に試してみたい事があるんだ。襟櫛、扉を開けてみてくれないか?」
「でも、前にはあの道化がいますよ…」
今、こうして落ち着いてみれば、さっきまでの動揺が馬鹿らしくなるのは確かだ。
それに、カズトも一緒にいるのだから、恐れる理由は何一つとしてない。
ただ、それでも、扉を自ら開けるのは気が進まなかった。
「分かった、まずは俺が開けるよ」
そう言って、カズトは制止する暇も与えず、扉を開けてしまう。
だが、しかし、それはさっき、必死で駆け抜けた見慣れた地下ではなく、見知らぬ場所であり、あの道化の姿もなかった。
「えっ…?」
「そして、俺が閉める。じゃあ、今度は襟櫛の番だ。ただし、あの道化がいたら、すぐに閉めてくれよ」
「はい…」
カズトが何をどうしたいのか、まるで意味が分からなかった。
ただ、言われたようにやれば、答えは出るのだろう。
大丈夫、さっき確認したのだ、もう、道化はいない。
扉を開け、道化と目が合った瞬間、思い切り、扉を閉めた。
「襟櫛、それにカズト!何で、何で扉を開けても、2人はいないんですか?2人で僕を馬鹿にしてるんですか?酷いですよ、何してるんですか?」
「いや、実際、本当に、何がどうなってるんですか?」
「これは、あくまでも俺の仮説に過ぎないんだけど、この扉が俺達を分けているんだと思う。扉を開く奴によって結果は違っていて、俺が開いた時は見知らぬ場所で道化はいない、襟櫛が開いた時は道化がいる元の地下、しかし、今、あの道化がいるのは見知らぬ場所であるのに俺と襟櫛がいない。もしかしたら、山田氏が開いた場合、元の地下であの道化がいないって可能性もある」
「扉ですか…」
正直、あまりにも荒唐無稽で、信じられない感があった。
「分かってる。確証がない時点で、何の意味もない話さ。ただ、俺は確かめたいのさ」
そう言ったカズトが扉を開け、見知らぬ場所に出た。
それと同時、彼の姿が消える。
彼の仮説が正しいとしたら、追い掛けても意味は無い。
ただ、このまま、逃げるのは癪だった。
だから、扉を一度、閉める。
そして、今度は俺の手で開ける。
「襟櫛、いた!」
「煩い、死ね」
首を撥ね飛ばす。
暫く、道化は動かなかった。
やがて、首から上を失った胴体から、首が生え、顔が形成され、頭が出来た。
「襟櫛、酷いですよ」
「不死身なのか?」
「いや、ちょっと違うんですけどね」
「ああ、説明はいい。とにかく、俺は青岸とジョージとメアリを殺す。お前はそれを手伝え」
「え、あ、えっと、あの、手伝うって、殺人ですか?」
「行くぞ」
こんな道化は恐怖に値しない。
そうだ、分かってしまえば、元通り、ただの道化だ。
俺は青岸を殺し損ない、ジョージを取り逃した。
あの2人は、俺が殺さなければならない。
そして、ついでにメアリも殺す。
カズトが帰ってきた時、彼が殺したかったのに殺せなかったメアリを殺した事を言ってやるのだ。
化物になっていようが、こっちにも違う意味での化物がいる。
カズトが何を確かめたいのか、俺には分からない。
ただ、彼の帰りを待っているだけの存在にはなりたくなかった。
そう、彼が帰ってくるまでに俺は俺のやりたい事をやる。
俺は最強を継いで、最強になるのだ…。