青岸の不幸
「よし、じゃあ、やるか…」
カズトの言葉に、俺はギョッとする。
もう動くのだろうか、早過ぎる気がする。
「おい、青岸。俺の弱点が分かったとか言ってやがったが、それで勝った気になってるんじゃないだろうな?」
「調子に乗るなよ、カズト!お前の弱点はすでに分かっているんだからな」
子供達に指示を出して、カズトに向かわせる。
よくよく考えてみれば、確かにカズトの弱点は分かったわけだが、俺の『ビルメン』では奴の特異性が発動する前に攻撃を仕掛けるなんて芸当は不可能だった。
だから、子供達による波状攻撃によって、その糸口を掴もうと思っていた。
子供達は群がっては消され、灰色の世界で蘇っては飛び掛かり、また、消されるという事を繰り返し続けていた。
正直、これではかつて6階で見た光景と同じであり、何の意味もないように感じてしまう。
「クソ、クソがっ、群がりやがって、これじゃ、まともに動けない…。対処するので精一杯だぜ、クソがっ!」
しかし、意外にもカズトは追い込まれていたようだ。
子供達の猛攻を凌ぐので精一杯といった感じで、すでに足を止めてしまっている。
「無様ね、役立たずの情報屋。貴方はそこで、私が青岸を殺すのを、指をくわえて見ておきなさいな」
「クソッ、待ちやがれ、メアリ!」
カズトの声が轟く中、俺もまた、同じ思いだった。
せっかく、俺の策によってカズトを追い詰めているのに、メアリが動いてしまったら、そっちの対処にも子供達を割かなければならない。
そうすると、波状攻撃の意味合いが薄れてしまい、カズトを楽にさせてしまう。
「奥の手を使わせてもらう」
奥の手、とは何だろうか。
まあ、どちらにしろ、俺は最悪、殺されたとしても、灰色の世界で復活できるのだから、何の問題もなかった。
「殺意の果て…」
背筋に怖気が走った。
まさか、メアリがもう1つの特異性を使うなんて、想像していなかった。
自己顕示欲の塊のような女だったメアリが、まさか、自分を捨ててまで挑んでくるなんて、誰が予想できるのだろうか。
この場にいる奴は俺を含めて誰一人として、もう1つの特異性を使う事なんて無い。
それは、確信を通り越して、もう、考える事すらも無いほどの常識だったのだ、少なくともさっきまでは。
「マジか!ここで使うのかよ…」
あのカズトですら、驚愕していた。
そう、そうなのだ。
本来、あり得るわけがない事が今、この場では起きているのだ。
カズトと手を組む、という事まで考え、それを提案しようとした時、当のカズトが一目散に逃げ始めてしまう。
子供達が勢いのままに追撃を始めるが、実際、逃げようとした奴が俺と手を組み、メアリと戦ってくれるわけがない。
「そっちはもう良いから、今はこっちに集中しよう。戻って来てくれ!」
どれだけ、狂騒に駆られていても、子供達は俺の指示には素直に従う。
そうして、子供達を掻き集めたものの、目前には圧倒的な暴力が存在していた。
何故か、動かない。
一瞬、気が緩みかけた時、俺を守るように展開していた子供達が総ざらい皆殺しにされた。
肝が冷えた。
子供達は慣れたと言うが、俺はまだ、殺される事に慣れていないのだ。
痛いものは痛いし、殺されても蘇るのだと分かっていても、殺される恐怖は厳然として存在していた。
だから、今回は殺される前に灰色の世界に引っ込みたかったのだが、俺が引っ込む時に動かれて一緒に灰色の世界にまで侵入されたら目も当てられない。
外の世界で殺されても灰色の世界で復活できるが、灰色の世界で殺されたら終わりなのだから。
つまり、俺はここでメアリに、いや、もう、メアリではない殺戮者に殺されてやるしかないのだ。
『ビルメン』を駆使して逃げられるか、そう考えて足を動かそうとした時、俺は細切れにされてしまっていた…。