カズトの扉
地下に通じる階段を下りて、俺は肩を竦めてみせた。
「やっぱり、地下は地下だな。出口とかは見当たらないよ」
その言葉に、山田は何も答えなかった。
不審に思って振り返った俺の視界に、彼の姿はなかった。
何処に行ってしまったのだろうか、いや、階段を下りてくる時は確かに彼の気配を感じていたはずなのだが。
「山田氏?」
勿論、姿と一緒で、答えもない。
上に戻ったのだろうか。
でも、地下に行ってみようと言ったのは彼であり、何も確かめずに戻ってしまうような事があるだろうか。
「とりあえず、外に出てみるか…」
この場合の外とは、中だ。
非常口を戻り、建物内に戻るのだ。
正直、俺はこの場所の陰鬱な雰囲気が好きじゃない。
どちらにしても、ここが外に通じていないならば、建物内に戻るしかない。
そう考え、俺は建物内に通じる扉を開け、狭く短い通路を抜ける。
そして、建物の扉を開けた俺はそこに奇妙な光景を見る。
いや、光景が云々という問題ではすでに無く、扉の先に俺の知っている地下がなかった。
そう、そこはまるで違う建物になっていた。
「何だ、ここ…?」
「おい、貴様、何処から入って来た!」
唐突に横から声を掛けられ、俺は弾かれたように視線を向ける。
白衣の男がいた、見た事もない顔だ。
「あぁ?」
不可解な状況に苛立っている俺に、詰問調の言葉が刺を刺す。
「何処から入って来たのだと、私は聞いているのだ!貴様、答えろ!」
「黙れ、殺すぞ…」
正直、今、建物内は死体で溢れているはずだ。
まあ、ここが何処かは知らないが、死体が1つくらい増えても問題はないだろう。
いや、俺の特異性は死体を残すなんてヘマはやらかさない。
こいつは、俺に存在自体を抹消されるだけだ。
「この研究所の秘密を探りに来たんだろ!そうだろ、そうに決まっているな、答えろ、貴様は何者だ!」
胸倉を掴もうとした男の右手が、消えてしまう。
そう、俺への攻撃は駄目なのだ。
「貴様、『消失』か?すでに、この研究所の深奥を探り当てたのか!」
俺は驚愕し、咄嗟に反応できなかった。
どうして、この初めて会った男が、俺の特異性を知っているのだろう。
「困った事になった。面倒事だ、厄介事だ」
「お、おい…」
「私の手には余るな。この『消失』も解除しなければならないし、貴様の処遇は所長に一任しよう、そうしよう。おい、貴様、ここで待機していろ。私が所長を呼んで来てやる」
男はそう言って立ち去ろうとしたが、まあ、そんな事は許すわけもなく、背を見せた彼を後ろから思い切り蹴ってやった。
「貴様…、『消失』を持っているから、こちらから攻撃を出来ないと勘違いしているんじゃないだろうな?」
「出来るのかよ?」
「当たり前だ、痴れ者が」
立ち上がり、振り返った男の手にはライフル銃があった。
俺はそれを見て、危険を感じた。
相手は『消失』を知っていて、その上で攻撃できると断言したのだ。
そして、その手段があのライフル銃なのだろう。
手を後ろにやり、扉のノブを探す。
掴んだ瞬間、俺はそれを一気に引き開け、中に飛び込んだ。
「おい、逃すと思うなよ!」
こちらに向かって走って来る足音を聞きながら、俺は静かに呼吸を整える。
奴が扉を開けようとした瞬間、こちらから蹴り開けて体勢を崩し、一気に『消失』で畳み掛ける。
「服部君、そんな物騒な物を持って、何をしておるんだ?」
さっきの男よりは年配であろう声が、扉の外で聞こえた。
「あ、これは、佐々木さん、実はですね、『消失』を持ち出した侵入者がいまして…」
「うん?何を言っておるのだ、『消失』は今さっきまで、私が管理しておったのだぞ。それに、あれはまだ、研究途中で、持ち出せるような段階には至っておらん」
「しかしですな、確かにこの扉の向こうに、ほら!」
会話を聞いてしまっていた事で咄嗟の反応が遅れ、俺は慌てて扉のノブに手を伸ばしたが、間に合わなかった。
そう、間に合わなかったのに、何も起こらなかった。
「あれ…?」
「誰もおらんではないか。最近、ずっと研究所に泊り込んで没頭しておるから、疲れているのであろう」
「いや、そんな事は…。それに、私が『消失』を使われた証拠として、ほら、この消えた右手が…って、あれ…?」
「消えておらんな。夢でも見たのだろうさ」
「あ、は、はぁ、そう…ですね。夢?夢を見ていたのですかね?」
「ゆっくり休みたまえ、これは命令だ」
「は、はい…」
扉の閉まる音がする。
そして、開いていない扉を見つめている俺がいた…。