襟櫛の危険察知能力
結局、自分は何をしていたのだろうか。
そんな徒労感だけがあった。
王子を迎えに行って、その王子はジョージによって殺されてしまった。
最強と再会して、その最強を自分の手で殺す事になってしまった。
挙句、2人の死に関与したジョージを逃してしまい、何も得る事なく、全てを失って、また、この建物に戻る事になるとは想像すらもしていなかった。
「水がない…って事は、山田氏がストラを殺ったのか?」
山田と別れた場所まで行き、そこにブッチデヨやストラの死体もなく、山田の姿もなく、俺は困惑を隠せなかった。
「あ、襟櫛!」
呼びかけられ、その声に驚き、振り返って戸惑う。
「えっ、何で生きてるんですか…?」
思わず、そう問い掛けてしまったほど、そいつが生きている可能性は皆無だと思っていた。
名前は何だったか、何とか2号なんて呼ばれ方をしていた道化だ。
この建物内においては割と珍しく、特異性を有していない男だった。
「あ、ああ、何か、急に騒ぎが起こりましてね、水が溢れてきて、みんなが騒ぎ出したんで、騒ぎが収まるまで隠れていようと思いましてね。そしたら、水も引いて、誰もいなくなって、何か、ビックリするくらい殺されてて、とにかく、この建物を逃げ出さないといけないから、今から、ロッカーの荷物を撮りに行こうと思っているんです」
どう考えても、この状況ならば、荷物なんかよりも自分の安全を優先すべきだろう。
まあ、それが分からないのが、この道化の道化たる所以なのかもしれない。
「襟櫛はどうするんですか?」
「俺は…」
少なくとも、山田と別れた場所まで来て、そこに山田はいなかった。
そうであれば、今度はカズトと別れた場所まで行く必要があるだろう。
そして、それは奇しくも、ロッカーへと向かう道でもあった。
「俺も、そっちに行きますよ」
「襟櫛も荷物を取りに行くんですね」
「いや、まあ、はい…」
否定しても意味がなかったので、適当に肯定しておく。
「あっ、襟櫛、見て下さいよ!これ、僕が準備した荷物ですよ。こんなに散らかして…、誰がこんな酷い事を…」
この大量殺人が敢行された建物において、荷物の事を気にしているのはコイツくらいだろうと思った。
「こりゃ、また、騒ぎが終わったら、残業続きになるかもしれないですね」
いや、ここは確実に閉鎖されるだろう。
正直、青岸はやり過ぎた、勿論、最強も、ジョージも、俺も含めて、その他の諸々もだが。
「あっ、あそこなんて酷いですよ、誰があんなにも暴れたんですかね。ちょっと先に行って、見て来ますね!」
随分と元気な奴だ、なんて思いながら、まあ、ずっと隠れていて体力を温存していたのと、興奮で我を忘れているのだろうと結論付ける。
そこで、俺はふと、足を止める。
何かがあったわけではなく、何気なく、止めたのだ。
直感、天啓、何と言えば良いのか。
もうすぐ、カズトと別れた場所だったが、そこに向かって走る後ろ姿を見ながら、何故か、俺は一歩が踏み出せずにいた。
「襟櫛、どうしたんですか!」
前方からの叫び声、と同時、何かが飛び出してきて、道化は見事に細切れになってしまう。
二振りの日本刀、戦装束を身に纏い、俺は咄嗟に逃げていた。
何か、などではない。
アレは、ジョージと同じ、化物となってしまった奴の動きだ。
それならば、もう、逃げるしかない…。