山田の水難
2階の階段付近には、荷物がまるで無い。
こちら側は、スーツ組が主に仕事をする事務所などがあり、基本的には荷物が置かれないようになっているのだ。
ただ、少し歩いた先には、台車に乗った荷物が整然と並んでいる。
お誂え向きに、荷物が置かれていない場所と置かれている場所を隔てるように、水が満ち満ちている。
そして、その中をストラが悠々と泳いでいた。
「やれやれ、優雅ですねぇ。まあ、この階には水なんて無いんですけどねぇ」
早速、『道式論』を使ってみる。
水は一気に無くなったが、完璧ではない。
ストラが悠々と泳いだままであり、彼の周囲には依然として水があった。
これは、特異性に優劣がない事を示しているわけではない。
こちらの『道式論』と、ストラの水をぶつけた場合、彼の水はほとんどが負けてしまって消えるのだが、流石に絶対領域である周囲の水だけは保つという事なのだろう。
通路をゆっくりと、ストラに向かって歩いて行く。
姿の見えないブッチデヨは何処に隠れているのだろうか。
彼にとって、現在の状態、そう、ストラの水が消えてしまっているのは、想定内なのだろうか。
或いは、想定外か。
「まあ、想定外でしょうねぇ。これが想定内だったら、詰み、こちらの負けという事になりますねぇ」
ストラの範疇内まで来て、ようやく足を止める。
「どうしたっすか?中に入らないって事なら、俺は勝負しないっすよ」
挑発なのだろうか。
ただ、挑発にしては挑発された気がしないので、違うのかもしれない。
「勝負しないという事なら、こちらとしても別に構わないんですけどねぇ。ブッチデヨ氏の方はそれで納得なさいますか?」
「いや、無理っすね。じゃ、そう言われちゃったら、やるしかないっすね!」
ストラが水から出る。
山田とは逆側、つまり、水の壁を2人で挟み、睨み合っている状態となる。
これでも、水が存在し続けるというのは、ストラの強さを示しているのかもしれない。
「水も滴る良い男って、どうっすか?」
「男の魅力を語る趣味はありませんねぇ」
「知ってるっすか?水滴でもそれなりの速度で飛ばせば、弾丸のような威力を発揮できるって事」
目前にある水の壁が、無数の粒に変わっていく。
そう、それはまるで、今から散弾銃をぶっ放す事を予言しているかのようで。
今、肉体は鋼鉄だ。
だが、それで防げるという保証は何処にもない。
鋼鉄を貫く水滴、鋼鉄を砕く水粒、あり得ない話ではない。
「急に、地面に穴が出来て、1階に落ちてしまうなんて不幸ですねぇ」
水粒、水の壁、そして、ストラが全て、1階に転落する。
だが、すぐに水は跳ね上がってきて、その中を再び悠然と泳ぐストラの姿を見た時、これは長丁場になるかもしれないと思い始めていた…。