青岸の危機
灰色から、俺が現れても、誰も驚かない。
まあ、現れた瞬間を見ていなければ、ただ、そこに立っているだけなのだから。
だが、灰色はどうだろう。
これも、気にならないのだろうか。
「まあ、異常事態を察知できない時点で、凡愚なんだろうな」
子供達がわらわらと出てくる。
流石に、これには周囲も騒ぎ始めた。
まあ、彼らはどこかが欠損しているし、見た目上にもかなりのインパクトがあるだろう。
しかも、この場には子供達が本来は存在しない事もあって、それも騒ぎに輪をかけている。
最後に、ブッチデヨとストラが現れ、全員が出てきた。
「始めろ」
短く一言、それで始まりだ。
子供達が各所に散らばり、女性達を次々と血祭りに上げていく。
最初の段階は成功したが、予想外にも早く、襟櫛が駆け付けてしまう。
「こいつは、危険だ!ストラ、始めろ!」
「じゃ、水の恵み」
ストラを起点に、大量の水が四方八方へと満ち満ちていく。
それと同時、そこら中で特異性が発動していく。
派手な奴が多いから、分かりやすい。
襟櫛が戦装束を纏い、日本刀を二振り、そして、全力で逃げ始めた。
舌打ち。
出来る事ならば、油断して突っ込んで来て欲しかった。
そう、周囲にいる特異性を発動させた馬鹿達と同様に、ここで殺しておきたかったのだ。
「とりあえず、皆殺しだ。1人も逃がすなよ」
逃すなという指示の中に、カズトと山田と襟櫛の3名は含まれていない。
奴らは別格であり、今、俺が殺さなければならないのは、ここにいる奴らなのだから。
子供達、ブッチデヨ、ストラがそれぞれ、特異性を発動させた者達を狩り始める中、俺は悠々とした態度で歩みを進める。
やがて、中央にある向かい合わせの机をを見つけ、そこにある椅子に深々と座った。
「待っているだけというのは、存外、退屈だな」
「青岸、どこにいる!」
その声を聞き、俺は笑う。
殺し損なった襟櫛が、わざわざ戻って来てくれた。
「よぉ、襟櫛、来たか…」
「俺に向かって、言葉を吐くな」
思わず、笑ってしまう。
「死ね、青岸!」
最短距離で、最速。
下手な小細工なしで、ただ、真っ直ぐ。
左の一突きで心臓を貫き、右の一薙ぎで首を斬り飛ばされた。
「痛い…が、死なないな」
そんな風に応じながら、俺は冷や汗が止まらなかった。
痛みは尋常では無かったし、殺すという事に対する襟櫛のあまりにも飛び抜け過ぎた強さに、俺は恐怖をすら覚えていた。
「だったら、その痛みを数十、数百、数千と刻んでやるよ。お前の気が狂うのが先か、俺が力尽きるのが先か、試そうぜ」
「断る、俺には大望がある。お前みたいなこの場での殺し合いにしか興味がない奴と遊んでる暇はない」
「黙れ、もう一度死ね」
動き出そうとした瞬間、俺を守るように子供達が次々と出現する。
正直、このタイミングで現れてくれなかったら、また、もう一度、あの痛みを味わうかもしれなかったと思えば、俺はホッとしてしまうのを避けられなかった。
「何だ…?」
「青騎士は殺させない!」
「僕達が青騎士を守る!」
「アオキシ…?」
俺の為ならば、子供達は喜んでその身を捧げてくれるだろう。
そう知っていて、それでも、尚、襟櫛の事が怖かった。
「邪魔するなら、皆殺しだ」
呟かれた言葉は、だが、少し離れた場所から響いた山田の声に掻き消される。
「気になるか?今なら、見逃してやってもいいぜ」
「あぁ?」
「ブッチデヨとストラが山田の相手をするとして、お前はどっちが勝つと思う?」
その問い掛けに対する答えは、実際、俺も断言できるほどには自信がなかった。
しかし、襟櫛には多少の動揺を与えたようで、彼が不安げに山田がいるであろう方を見た時、俺は子供達と一緒に灰色の中に飛び込んだ。
間一髪だった。
襟櫛が振り返り、俺がいなくなった事に気づいた。
「逃がしたか、クソッ…」
舌打ち混じりの呟きに、俺は油断が出来ずにいた。
しかし、やがて、襟櫛が駆け出したのを見て、俺は助かったと胸を撫で下ろした。
「よし、次の段階に移ろう」
俺は子供達を促しながら、襟櫛だけは誰かに何とかしてもらわないとどうしようもないと改めて思い知らされていた…。