最強開幕
ジョージが自分を捨て去り、愚者となる事を選んだ。
それを理解し、俺は舌打ちした。
こういうのは何と言えば良いのだろうか、ああ、そうか、水を差されたというのが正しいはずだ。
特異性を持つ者は全員が全員、とっておきの秘策を有している。
ほぼ誰も使わない秘策は、だからこそ、秘策であり、結局は有していないのと同じになる。
今日、俺はこの場で数多の奴を殺した。
その全員が秘策を有していて、だが、誰一人として秘策を使わなかった。
使わなくても殺され、使ったとしても自分ではなくなる。
それならば、自分として死にたいと考えてしまうのが普通だろう。
だが、ジョージは使わなくても生き残れた可能性が皆無でもないくせに、秘策を使ったのだ。
これが愚者でなくて、何であるというのだろうか。
「王子、逃げてくれ。もう、守ってやる余裕が無い」
どうやら、襟櫛はジョージと戦うつもりのようだった。
流石は俺の弟子だ、なんて事を考えて失笑する。
まあ、俺も逃げるつもりは無かったし、俺こそがこの状態の奴を殺してやると楽しむ境地に達する。
「仲間外れにするなよ。奴の決断、それは俺を含めての事だろ」
王子が無数の蛇をジョージに向かって動かす。
「馬鹿が」
思わず、口に出してしまう。
襟櫛でさえも、今、この場においては石ころに等しき障害物に過ぎない。
それを王子程度が何を勘違いしたか、この場に残った上で最初に挑もうとするなど、滑稽を通り越して憐れですらもなく、無意味だ。
蛇が次々とジョージに噛み付いていくが、奴は微動だにしなかった。
そんな状態で放置していたら、俺ですらも致命傷になるだろうが、今のジョージにとっては関係がない。
「封殺した。さあ、止めを刺そうか…」
獅子を出しながら、王子が妄言を口にする。
獰猛さを露わにして、獅子はジョージに飛び掛かった。
その瞬間、耳を劈くような叫び声がジョージから発せられて全ての蛇が消し飛んで、まず一歩。
欠片も油断せず、俺はジョージだけを見ていた。
あの暴威がどういう気紛れで俺に向かってくるか、それは皆無ではないからだ。
緩慢に見えていたジョージは、距離をほぼ無かったかの如くに潰し、王子の顔面を右手で掴んでいた。
襟櫛が咄嗟に反応し、持っていた日本刀を二振り撥ね上げる。
ジョージの右腕、その皮膚に刃は触れたが、斬り飛ばせずによろけてしまう。
だが、本当に微かではあったが、襟櫛の攻撃はジョージに間隙を生じさせた。
だから、俺は王子の腰部に左手を押し付け、すでに頭部を失った王子をジョージにぶつけてやる。
そして、そのまま、開幕の合図とするには尋常を度外視した衝撃波を放ってやった…。