ならば
「笑いながら出来るって、余裕がありますね?」
カラは確かに笑っていたが、俺は後退ってしまう。
あの総務の某さん、オシと続き、カラも警戒すべき対象ではないと判断していた。
別に、また油断してしまっていたわけではない。
それが、この豹変っぷりだ。
最初に建物を見た時に流した冷汗を思い出す。
自分は魑魅魍魎の巣に入り込んでいるのだ。
こいつも、オシも、あの某だって、決して味方ではない、敵だ。
「大丈夫ですか?初めての作業で疲れてしまいましたか?」
心配そうな顔で距離を詰めてくる。
これ以上は不味い、使うべきか。
迷いが逡巡を呼び、時間を稼ごうとしてさらに後退ろうとして、背中に自分が積んだ荷物が当たる。
逃げられない、これ以上、ならば。
「あっ、青岸さん、駄目ですよ、この積み方は」
不意に、唐突に言われた事の意味が理解できず、俺は振り上げようとした手を硬直させてしまった。
「荷物はね、何でも積んでいくんじゃなくて、書かれている表示で合わせて同じ物を積んでいって下さいね」
諭すように言いながら、カラは俺の積み上げた荷物を別の台車に積み直していく。
背中はがら空きで、今なら確実に狙える。
硬直させてしまった手を再び動かそうとした。
「おい、何をやってる?どんどん積んでかないと、荷物が詰まってくぞ」
オシがこちらを見やり、非難する。
「あ、すみません…、青岸さんに積み方を教えてて」
言いながら、カラが作業に戻っていく。
絶好の機会を逃した俺も作業に戻るしかなかった。
暫くの間、オシがこちらを見ていた。
その視線は人間のというよりは、ある種の虫を連想させて、気味が悪くて仕方がなかった。