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妊婦は幼女

胎児内胎児は医学専門用語でDoubleモンスターとも言われている。


「医長先生小児科からエコー画像が届けられました」

医長の秘書事務からデータを受ける。


産婦人科医長はどれどれとエコー撮影を診た。

「なっなんだって」

産婦人科医を長年務めた医師がギョッとした。


「なんだっ。なんでなんだ。さっぱりわけがわからん。ワシはワシの目を疑いたくなる」


地方の中核都市。田園風景が広がる中にポツンと近代的な総合市民病院が建っていた。この市民病院は人口40万人の健康管理や地域医療の最先端を行く近代的なもの。現職の市長が発案をして旧市民病院を壊し新たに市郊外に建築をしたのである。


最先端医療の新市民病院は産婦人科が有名で名医の誉れが高い。


地元出身の産婦人科医長は長年都市部にある大学病院で名を売り日本の産婦人科学会の会員であり不妊治療の名医であった。


「市民病院が新しくできるとなるとワシも自宅から歩いて通える。地元はいいもんだ」


大学退官まで間があったが市民のために役に立ちたいと地元に戻ってきたのだった。


市民病院はもとより市長が喜びのあまり飛びあがったというエピソードまであった。


名医の産婦人科医長に小児科から回された患者を診察しての驚きであった。


患者は医長の自宅から歩いてもいける近所である。患者の名前と両親の名前を見て、

「あれひょっとして同級生の親戚か」

血縁的な繋がりが地域医療にはあった。


産婦人科医長はまた唸った。

「エコー診断は間違いない。ワシがこの目で患者を妊婦を何千人いや何万人と診断をして確認した」

妊婦の腹腔部エコー撮影は産婦人科医長の目であり耳であり全てであった。


その他も妊娠反応を示すデータはすべて陽性(妊娠)であった。


「判断は間違いのないことだ。ワシは何を恐れ何を裏切られたいのか」


患者さんの診断をしてからかなりの時間が経過をする。


医長は何を思ったか産婦人科控え室に入った。おもむろに書棚に並ぶ医学大全(アメリカ版)を取り出す。


「信じがたいことは間違いのないこと。悩んでしまったら確認をしたいのだ」


医長は地元の高校出身。学校で成績がよかったから高校担任に、

「お前は工学部希望なんだってな建築か土木なんろう。なあ先生の顔を立てひとつ医学部を受験してくれないか。お前の成績なら受かるだろう」


医長は控えの間で英訳の医学大全を紐解く。なぜか昔が思い浮かぶ。

「担任の先生は私に医学部を勧め建築はやめよと言った」

高校の担任教師はすでに亡くなっておりその息子が代をついでいた。

「息子さん(50歳)は内科に通院していたな。たまたま名字が懐かしいからとカルテをみたら恩師の子供だった。糖尿と高血圧か。担任も太っていたから遺伝かな」

医学大全は読みたい項目がすぐ見つかる。


「担任かっ懐かしいな」

高校教師の言いなりに都市部の国立大学医学部を受験する。

「医学部なんて受かるはずないと無欲だった。ところが大学の入試問題は数学と化学はなんとなんと」

大学受験を思い浮かべた。

「ワシの得意なところがバンバン出題された。今でも思い出す。まるで(せき)を切ったように解きまくった。もちろん正解の自信は満々だった」

入試の数学は6問題出題あったが5問題は完答した。化学に関しては減点があったかどうかの完全なる答案を書き込みをしたのだ。


全受験者の中でもトップクラスの成績だった。

「医学部に合格してからは大変だった。なんせ親父には工学部(建築)受験だと騙していたから。大工の棟梁の親父はなんにしても頑固だ。ワシは殴られそうになって往生(おうじょう)こいた」


息子が医学部が受かったと知り大工棟梁は学費はどうなると心配をした。

「親父は国立だろうがなんだろうが医学部は金がかかると言ったからな」

それと工学部建築に進めば大工棟梁としては自慢の息子が建築士になってくれるとそれはそれは喜んでいた。

「大工の息子が建築士さんになるは親父の夢だったらしい。その点は親不孝をしでかしてしまったか。高校の担任がなんとかして怒る親父を説得してくれた。親父は泣きながら大工の倅はもう人様の家を建てることができねぇ。なんて言ったなあ。担任もその時ばかりは悪いことしたのかなと思ったらしい」


「まあそうこうしてワシはやっと医学部進学となった」

地元の市民病院にいると昔のことがいろいろ(よみがえ)る。


産婦人科医の道を選択して大学医学部と大学院医科コースを卒業。まもなく医者として30年を越えようかとするところであった。


「まだまだ勉強が足らんとは困ったもんだ」

産婦人科にある医学大全は英訳である。医長はひとつため息をついて英訳に挑むことにした。英文は久しぶりに読む。

「医学専門書は英文7割。ドイツ語2割。フランス語1割」


産婦人科医長は『胎児内胎児』『封入胎児』の項目を見た。


封入胎児もしくは胎児内胎児とも呼ばれている。


医学用語ではdouble monsterと呼ばれる一卵性双生児奇形のカテゴリになる。


2卵の受精卵が卵割をしていく段階で一卵の児の発育が極端に悪く(寄生胎児parasite)他の発育良好な胎児(自生体autesite)内に寄生したように発育する非対称性二重体になる。


封入胎児は自生体胎児の腹腔・腹膜内から眼窩・胸腔・縦膜に存在することもある。


「この医学大全書を見る限り異常な胎児だとは一概には言えないらしいな」

産婦人科医長は唸った。


患者の産婦を前にして嘆きたくなる気持ちをぐっと抑えながらである。

「ワシの診立ては間違いなく妊娠なんだ。胎児もエコー映像にありだ。ワシは間違いなんてしたことなどない。100%妊娠だ。あとはどうして妊娠を患者にその両親に伝えたらよいかだ」

医長はバタンと医学大全を閉じた。

「わからんワシにはさっぱりわからん。わかったのは妊娠をしてあの患者は妊婦さんである真実だけなのだ」


医長から妊婦はエコーを撮られ子宮に宿った胎児を映し出していた。紛れもなく胎児であり子供である。


市民病院の外来待合室には心配した親御さんがいた。

「あのぅ娘はどうしてお腹が膨れたりしたんですか。お医者さんはなんと診たのか教えてもらいたです。長い待ち時間になっています。もう不安で不安でたまりませんです。診察されたのは産婦人科医長さんでございます。小児科で診察してもらいましたがどうして産婦人科に回されたのでしょうか。お願い致します」

"娘"の母親は心配な顔で受付の病院職員に聞いた。

「わかりました。今しばらくお待ちください」

受付の職員はスカートの乱れを気にしながら診察券を持った。母親の言う外来産婦人科に急いだ。カッツンカツンのハイヒール音は軽快だった。


「早く病院から帰りたいわねっあみちゃん。どうしてお腹ポコンになってしまったのかしらね。悪い病気でなければいいけど」

あみは待合室で大好きなイチゴアイスクリームを美味しい美味しいとペロペロしていた。

「お母さん早くお家に帰りたいよう。お病気嫌いですよっあみちゃんは」


母親はパートからいつもの時間に帰宅をした。

「はいただいま帰りました。あらっあみちゃん早く学校から帰ったのね。今からお母さんが夕飯の支度しますから待っていてね」

母親はパートの慌ただしさから家事の慌ただしさに埋没してしまう。

「お母さん頑張ってね。あみちゃんはテレビ見ているから。ああお腹減ったなあっ。フゥ〜」

と小学生のあみはお腹をちょっとさすってみた。


あれッ


あみは酔狂な声を出した。台所の母親は娘の一言に敏感に反応をした。


なんだろう。


お米を研ぎ炊飯器のスイッチを入れてからあみの様子を確認する。


「どうかしたのっあみちゃん」


あみはテレビを見ながらお腹をちょっと見せてみる。服をたくしあげた。

「あらっちょっと」

ぷっくっとお腹が膨れあがっていた。


驚く母親である。あみには痛みはないかと聞くが、

「うんなんともないよ。ちょっとお腹さんが満腹しているだけみたい」

いたって無邪気に答えた。

「痛みがない?だけど膨れているなんて」

母親は盛んにあみのお腹を擦った。

「お母さんイヤン。擽ったいもん」

父親が帰宅する。母親はあみのお腹を話する。父親もぷっくと膨れたお腹をあれこれと眺めた。


父親はちょくちょく娘のあみと一緒にお風呂に入っていた。

「風呂であみちゃん洗ったりしたがな。気がつかないぞお腹なんて。こりゃなんかあるだろう。頭にできるオデキがお腹にできたのかしれない。おいっ明日市民病院にあみ連れて行け。あみちゃん痛みがあれば痛いってちゃんと言うんだよ。我慢したりしてはいけない」

父親も母親もその夜は心配で一睡もできなかった。


田園の中にある市民病院に母親はあみを連れて行く。診察券を出して小児科の待合室に行く。あみは母親の手をしっかり握りしめた。全身から病院に対して恐怖を感じているところであった。


「お母さん病院やだね。みんな病気なんだもん。あみちゃんはオンモで遊びたいなあ。公園や運動場で遊びたいなあ。病院から帰りましたらアイスクリーム食べてもいい。冷蔵庫にペロペロアイスクリームまだあったモン」

待合室の長椅子にあみは腰掛け足をブラブラとさせた。


母親はあみの手を決して離したくはなかった。もしも悪性の腫瘍(しゅよう)があみの体にあると診察されたら。

「こんな小さな子が手術を受けるなんて。母親の私には堪えることはできないわ」

母親が代わりたいとさえ思ってしまう。


小児科の順がやって来る。

「次のかたどうぞ診察室にお入りください。付き添いの方ですね。お子さまと一緒にどうぞお入りください」

受付から名前を呼ばれてあみと母親は小児科医の診察室に入る。白いカーテンで隠された小児科診察室。幼いあみは恐怖をさらに感じてしまう。

「こんにちはお嬢ちゃん。今日はどうされましたか」


小児科医は若い先生だった。医学部出たばかりの風情である。にっこりとして童女のあみをリラックスさせる努力をしてみる。


「先生。子供のお腹が膨れてしまいました。ぷっくとなって来たのは最近のことなんでございます。いかがですか診てください」


母親はあみの服を脱がせ上半身裸にする。あみそのものは肥満体質ではなかった。痩せ童女という感じである。


小児科医はお腹の膨れ具合から食べたものが大腸に詰まったかとまずは予備知識した。

「お嬢ちゃんお通じはありますか」

カルテをサラサラ書き込みながら尋ねた。


母親はあみに言い含める。

「あみちゃんは毎日ちゃんとおトイレ行くよね。お腹にたまったりしないよね」


小児科医うーんと唸り首捻る。

「なんだろう。では触診の診察をしますから台に上がり横になってください」

若いナースがあみの後ろから介護した。


あみは母親の手をグッと握り泣きそうな顔になる。医師とナースが怖いいのだ。


「お母さん怖いよ。あみちゃんお家帰りたい。やだやだ帰りたい。あみちゃん帰りたい」


白衣の医師にナースが敵の悪役に見えるようだ。

「あみちゃん心配ないよおっ。先生は優しいいい方だわよ。安心してベッドに横になって頂戴ね」


母親の手をグイグイ持ちあみは横になった。


診察台に横たわるとあみのお腹のせりあがりは顕著だった。

「こちらからみたらかなりだ」

若い小児科医は緊張する。ひょっとして自分の手には負えない童女患者かもしれない。不安が背筋を走った。

「あみちゃんすぐに診察は終わりますからね。診察済んだらお母さんに好きなものを買ってもらいましょうね」

ナースは(なだ)めあやかした。小児科のナースだけあり子供の扱いはうまかった。


あみは何かもらえるのと母親の顔を盛んにキョロキョロであった。半泣きは影を潜め母親の顔が気になった。


「どれどれ。ナース君しっかり抑えてくれよ」

小児科医はサージェントグローブを()めてあみの腹腔を触診する。悪性腫瘍か内蔵の肥大かと目を閉じた。


うん!


体の構造は医学部時代いくらでも学習をしマスターをしている。解剖学も苦手ではあれどなんとかクリアをしている。


触診で腫瘍か内蔵かわからないことはあり得なかった。


「こっこれは一体」


小児科医は納得がいかない。幾度も幾度も童女あみの腹腔を確認しながら撫でてみる。

「大腸の肥大は違う。胃袋はもっと上だ。この位置にあるのはなんだ」


小児科医は考えながら擦ったり撫でたり。グッとくる硬いシコリがあれば触診も満更ではないがその手応えはない。あみは長い間医者に触られて、

「お母さん擽ったいよ」

時間にして5分以上は撫でた。小児科医はまだ納得が行かない。


「お母さん心配しないでくださいね。悪性腫瘍はないですからね」


小児科医はこの謎解きにそれでも答えを出さねばならないとなる。


「お母さん小児科の診立てはここまでです。異常ないとは言えませんが精密検査を受けてもらいます」

小児科医はサラサラとカルテを書き込みナースに検査項目を指示させる。

「お母さん。こちらの(カード)をお持ちになり検査室に行ってください。レントゲンとエコーです。あらっ」

ナースはレントゲンがどうして必要かなと疑問に。

「先生レントゲンは要りますか」


母親はあみの手をしっかり握りしめエコー画像室に。


エコーは誰もいなくすぐ診てくれた。臨床検査技師は服を捲り横になりなさいと命令口調だった。エコー画像室はあみがひとりだけであり母親は待合室にいた。たらたらした動きの童女には横柄(おうへい)な態度だった。


あみはもう少しで泣き声をあげそうになる。

「もうイヤン。お家に帰りたい」


技師は適当にあみの腹に乳液を塗りたくり適当にコロコロと腹腔部を撫でただけだった。ものの数分である。

「終わりだわ。乳液拭いて服着て帰りな」

エコーデータが弾き出されたら技師は面倒臭い仕草で気送管(伝達手段)にクルクルと丸めポイッと投げた。

「おしまいだ。さてゲームの続きやるか」

検査室にピコピコのゲーム音が響く。


エコー画像は小児科医に届く。データが早く知りたいから他の子供患者がいても、

「すいません。気になって気になって」

エコーデータを見た。


そっそんなバカなっ


診察室にいた他の子供と付き添いの母親は、

「なにこの先生。怖いなあ」


あみと母親は小児科の待合室で待つ。

「早くお家帰りたいようお母さん。あみちゃん帰りたいよう」

母親の膝に甘えあみは頭を押しつけた。

「お母さんもね帰りたいんだけどね。小児科の先生がお帰りくださいと言わないからね。そうだあみちゃんアイスクリーム食べようか」


アイスクリームと言われてあみはスクッと真顔になる。

「あみちゃんはバニラかなチョコレートかな」

笑顔になりあみは大きな声で、

「あみちゃんはイチゴアイスクリーム大好きでぇ〜す」


母親がバックから財布を取り出す時に小児科のナースに名前を呼ばれる。


「もう少し辛抱してくださいね。小児科ではなくて今度は産婦人科にお願い致します。先生の仰るのは婦人さんの初期症状が疑われてますとのことです。産婦人科にお願い致します」

小児科ナースはペコリと頭をさげた。


「産婦人科ですかっあみは童女ですのに。なにか悪い腫瘍があるんでしょうか」

小児科ナースは腫瘍でも何でもわからないので産婦人科ですと繰り返した。


「お母さんまだあみちゃん診察するの。やだやだ帰りたい。イチゴアイスクリーム食べたいよ」


半泣きのあみを母親は連れて産婦人科の外来に行く。

「あみちゃんみたいな子供なんていないのにね」

待合室には産婦さん経婦さんが座っていた。

「まあかわいいお嬢ちゃんだこと。お母さんふたり目がおめでたでいらっしゃるのかしら」

産婦人科ではあみの母親が妊婦と見られた。無理もない話である。


産婦人科であみは呼ばれて診察にいく。あみは母親の手をギュと握りしめた。


診察ではベテランのナースがいらっしゃいと笑顔で迎え入れた。ナースはエコー画像を見て患者あみを知っていた。

「あみちゃんいらっしゃい。小児科と違ってちょっと怖いかもしれないけど大丈夫です。すぐに診察は終わりますから」


ナースは産婦人科医長を呼ぶ。医長は気送管からのエコー画像を眺め考えていた。さらには医学大全を調べてとそれはそれは忙しい。


「おおっ(診察室に)いらっしゃいお嬢ちゃん。名前はあみちゃんだね。ワシの孫娘と年が変わらないねアッハハ」

医長は豪快に笑ってみせた。


医長はナースに細かな指示を出して再度エコー画像を撮りたいと言い準備をさせた。

「技師のエコーは雑ですわ。ワシがちゃんとやりたいからぬ。あみちゃんかあ。かわいいなあ」

医長はあみの前ではおじいちゃんに徹した。


「あみちゃんおじいちゃんですよぉバアー。エコーのローラーグルングルンっアッハハ」

あみは検査の最中も診察中も陽気にケラケラと笑っていた。


産婦人科医長の孫娘はひとり娘のお子さん。寂しいことに娘婿が仕事からニューヨークに永住することが決まっていた。娘が離婚したら帰国ではある。


「あみちゃんお母さんご苦労様です。これで検査も診察もおしまいです。後は待合室で検査結果をお待ちくださいね」


母親はあみの服を着せてやれやれと安心をした。

「これで検査結果がいいとねぇ」


童女のあみの手を握り産婦人科診察からロビーの待合室に行く。


「お母さんあみちゃんアイスクリーム食べたいなあ。イチゴ食べよ」

売店の姿が見えたらあみが連れて行ってと母親を引っ張る。

「イチゴアイスクリームは約束だったわね。お母さんもアイスクリーム食べたくなったなあ」


親子揃って待合室でペロペロ食べ始めた。


産婦人科医長は再び悩んでしまう。

「どうしてなんだ」


産婦人科外来の内線から小児科外来に掛けてみる。

「ああ産婦人科医長だが。そちらからのクランケ今診ているところだがね」

若い小児科医は同じ大学医学部の大先輩からの内線にすっかり恐縮してしまう。

「医長先生。エコー画像のミス映像とは考えられませんか。童女の子宮が何らかの拍子に異常肥大という病症例も私は大学で見たことがございます。ただ単なる腫瘍と考えますと子宮内に出来たとなりますからこれは厄介でございますが」


内線では小児科医の見解と産婦人科医の診立てを参考として意見がまとまりつつあった。

「君は子宮内に何らかの異物とか腫瘍とかが膨れたと診るわけだな。(童女が妊娠は否定する)」


小児科医はさようでございますと答えた。この小児科医は専門の小児科学に熱心だった。ベテランの産婦人科医長の知らない、いや気が付かないことを口走る。


小児に稀にある病症例を言った。


「胎児内胎児でございますね。封入胎児とか言われてもございます。エコー画像を見た瞬間なんですがふと思いつきました」


医長は思わず唸った。若い小児科医はよく勉強をしているなっと関心をした。


小児科医の意見がなければ童女妊娠とか自分自身が騒がなくてはならなかった。


医長はナースを呼んで、

「ワシの孫娘あみちゃんを呼んでくれるか。うんどうかな母親だけでよいか」


医長はうまい嘘がつけるかなと顎髭(あごひげ)を撫でながらニヤリとした。


「失礼致します。娘のあみの病症はどんなものでございましょうか。私は母親として気が気ではございませんです」

医長はゆったりと診察椅子に構えた。

「まあまあお母さん心配だったでありましょう。無理もありませんね。かわいいかわいい娘さんがお腹プクンですからな」


医長は母親に嘘をついた。

「お腹に水が溜まってしまいましたね。子供さんには珍しいのですが。小児科医はそれでわけがわからなくなり産婦人科のワシにSOSをしてくれたというわけです。なあに心配はありません。しばらく通院してもらいましたらきれいいにプクンはなくなってしまいます。ワシとしてもかわいい孫娘のあみちゃんにこれからいつも会えるなんて嬉しいというところですよ」

あみのお腹の正体は水になってしまった。

「専門的には羊水ですなあっ」

医長は端的に付け加えた。

「先生あみは痛みなどはございませんか。我慢強い子供ですからちょっとやそっとでは痛いと言ったりしないのでございます」

医長は心配ありませんとキッパリ言い切り母親を帰した。2〜3の注意を受けその日は帰宅をすることになる。


「おうあみはどんな具合だった。なにか悪い腫瘍が腹にわいたじゃあねぇだろうな」

父親は帰宅早々あみを心配した。

「水が腹に溜まってプクンかって。あみはそんなに水をガブ飲みしたかい」

父親はあみの胃袋が穴が空いて水漏れから腹に溜まってしまったと見事な考えを披露した。

「だったら胃袋にテープ貼って穴塞がないといけないなあ」

リビングで一生懸命テレビを見ているあみを眺めた。


母親はそんなのんびりした父親とはまったく異なりあみは大変な重症に侵されているのではないかと不安視した。

「あの市民病院の検査が綿密過ぎだから勘繰りますわ」


市民病院は外来が終わり1日の(せわ)しさから解放される。ドクターもナースもホッとする瞬間である。


産婦人科医長は外来が済むと今度は雑用に忙しくなる。

「産婦人科学会に市役所の会合。市会議員からの夜の接待。プロパーからの昼の接待ゴルフ。まあ断りをすればなんのこともだがなアッハハ」


医長は着替えをして出かける準備を整えた。今から市会議員と懇談会。そこに小児科医から内線である。

「医長先生忙しいところで恐縮です。胎児内胎児の件を調べましたので医長先生のメールに送っておきました。ご参考まで」


あみはお腹の膨れ具合が日増しに目立つようになる。小学生だからあみはスタイルにこだわりを見せてはいない。だが同級生にあれこれと言われたら童女とても傷がつく。


「おいあみのデブ。腹だけプクンプクンのお化けあみ」

母親はなるべくダブダブの服を着せて学校にやったがそれが仇となった。見るからに太い感じに見られてしまう。

「失礼ねあみちゃんはデブちゃんではございませんです。変なこと言うと先生に言いつけますですよイイーダ」


服はダブダブを着せてなんとかなった。


問題は小学校の体育である。夏ならば水泳。

「あみちゃんは体育さんできない。だってお腹が邪魔さんでございますから」

お腹が出てしまい体育では走れやしない。

「あみちゃんはまあ病気扱いにしますか」

担任からは医師の診断書を提出するように義務付けされた。これにはあみ大反対をした。

「先生っあみちゃんは病気じゃあないですよ。ただお腹にお水さんが溜まってしまうからいけないのよ。病院のお医者さんはあみちゃんは病気なんかじゃあないって言ってたのよ。あみちゃんのお腹さんからお水さんがなくなってしまえば元に戻りますから。先生ひどいわっあんまりだわ」

クラスの仲間の前であみは泣いてしまう。


あみを散々(いじ)めた男の子はシュンとなった。


あみのお腹からは水が抜けるどころかどんどん膨れあがってくる。市民病院小児科にあみは母親と毎週通ってはいるが一向に治る気配がない。


母親は小児科医に業を煮やして詰問をした。

「先生どうなんですか。娘はあみは大丈夫なんですか。初診で市民病院に来た時はちょっと膨れているだけでした。今は違っています。もうあみが憐れで憐れでたまらないです。そんなにも羊水がお腹に溜まっているのでしたら手術でもなんでもやってくださいな。あの子の人間形成に悪影響さえ出てしまいます。先生聞いてくださっているんですか」


母親は学校であみは苛められていると暗にサゼスチョンした。


小児科医はカルテを書き込みながら母親の怒りを聞く。

「嘘もこれ以上つけはしないだろうな。今が限界か」


小児科医は母親と対峙をする覚悟を決めた。


「お母さんわかりました。私も小児科医でございます。お子様が完治をしないのは診てわからないことは御座いません。お怒りの内容もお気持ちも承知致します。つきましては」

日を改めて市民病院の院長室にいらっしてくださいと母親に伝えた。


「市民病院からお母さんやご主人さまにもお伝えしたいことがございます。よろしくお願い致します」

小児科医は礼儀正しく御辞儀をした。

「そんないきなり頭さげられたって困りますわ」

母親はブルブル震えた手を引っ込めた。

「私はただ娘のお腹がちゃんとヘッコンでくれさえすれば文句もありません。何も院長さんにまで会わなくたってよいじゃあありませんか」


母親は反ってヒステリーを起こしてしまう。小児科医は藪蛇だったようだった。


父親母親そしてあみが市民病院の院長室に向かった。

「わざわざ院長室に来いと言うのが気になってしまうな。あみはなんか悪腫瘍があってあの医者が隠しているかもしれないなあ」

父親の推理である。話の具合的な内容を知らない場合悪く悪く取る傾向にある。


何も知らないあみは父親と母親に手を繋がれて出かける。


「院長先生あみちゃんがご父兄といらっしゃいました。いかがされましょうか」

医療メディカルクラークからの内線が入る。

「わかった院長応援間まで案内をしてくれたまえ。産婦人科医長と小児科医も呼んでくれたまえ。えっとおもてなしだが」


コーヒー紅茶は皆さん揃ってから決めた。


「失礼致します。あみの父親でございます。院長先生にお目にかかれ光栄でございます」

父親と母親は院長に頭をさげた。市民病院院長は新聞に度々載る地元の名士さんであった。

「よく来ていただきありがとう。お礼を言うのはこちらの方でございます。ささっおかけください。おおっこちらがあみちゃんで。なんとかわいいお嬢ちゃんではありませんか。あみちゃんの腹腔部が腫れなければねぇ。可哀想なことです」


院長と世間話をあれこれとしていると小児科医は現れた。

「失礼致します。少し雑用がございまして遅れてしまいました。こんにちはあみちゃん。御気分はいかがですか」

若い小児科医は院長の前で緊張する。大学医学部の先輩であり市民病院の直属の上司が院長である。


院長は若い小児科医に席を勧めた。


「君はあみちゃんの初診だったね。申し訳ないが君はどんな診断をくだしたのかね。先程から親御さんは君に不信感を抱いていらっしゃるようだ。腹腔部に羊水が溜まる。時間が立てば満膨は引いて元に戻っていくと診断したが一向に治る気配がないとおっしゃっている」

院長は少し立腹した仕草を見せていた。だがこれはポーズであった。


あみの病症は逐一院長には報告をされて院長より指示が出ていた形になっていた。


「産婦人科医長が遅いな。仕方がない話を進めようか」

院長はインターホンで秘書を呼ぶ。

「あみちゃんはコーヒー紅茶よりジュースがよろしいかな。ショートケーキ・シュークリーム・プリンどれがお好みさんかな」

院長は優しいおじいちゃんになってあみに聞いた。

「あみちゃんはねオレンジジュースとシュークリームがいいわ」

ちょっと母親の後ろに隠れながら答えた。


あみの注文ジュースが秘書に伝えられた。


院長は緊張する小児科医に向かい、

「君の担当があみちゃんだ。君から御両親さんにお話をして差し上げるんだね。本当のことを告げてしまうんだ。もうよいであろう。院長からの許諾だ。話せっいつまでも隠しておける問題じゃあない」

両親は固唾を呑んだ。


「本当のこと?院長先生何ですか本当のって。まさかあみは悪腫瘍が」

母親は気が遠くなる。ハンドバックからハンカチを出して額に乗せた。

「お母さん大丈夫ですか」

小児科医が気を使う。


「まず御両親さまに。私は謝らなくてはなりません」

小児科医は頭を恭しく下げた。

「あみちゃんの腹腔部の水溜まりは真っ赤な嘘でございます」


父親は怒鳴った。

「なんだとぉ〜嘘だとっ。どうした料簡なんだ。ちゃんと説明してくれ。俺の子供がなんか悪いことでもしたんか。おい答えたろ」

院長は黙ったまま目を瞑る。小児科担当医の判断は間違ってはいないという無言の同意か。

「私があみちゃんを初診した際にまず思ったことが2つございます」

父親は手がブルブル震え出す。今にも小児科医に掴みかかろうかとしていた。

「ひとつでございますかが悪性の腫瘍の疑い」

小児科医は腹部に腫瘍が出来る場合胃袋か大腸あたりの臨床をつんでいた。だが幼児の腫瘍はとんと経験ない。

「大人に腫瘍がありますが子供にないことは否定できません。ですからエコー画像で確認を致します。結果は腫瘍ではございませんでした」


小児科医がボツボツ説明し始めたら秘書がジュースとシュークリームを持って来た。あみちゃんは大喜びである。

「さあっあみちゃん召し上がれ。お父さんお母さんもどうぞ。このシュークリームはね市民病院の前の洋菓子屋さんのやつなんだ。私の孫娘が大好きなんだ」


小児科医は少し邪魔が入るなあと苦笑いをした。


「わあっシュークリームだ。あみちゃん大好きですよ。パクパクしたいの。食べてもいいの」

秘書がお茶をサーバーして出ていく。


入れ替わりに産婦人科医長が来る。

「やあ院長先生遅くなりました。道が混んでましてなあ。申し訳ない」

これで役者は揃った。


小児科医もコーヒーを飲んで一服をする。

「院長どこまで話をされましたか」

院長と医長は口に手をやり耳でヒソヒソ。

「わかりました。親御さまには申し訳のないことを我々医療スタッフはしてしまいました。深く御詫びをさせてもらいます。羊水の嘘、あみちゃんのお腹が水で張ったは私が考え出したものでございます」


話の続きは産婦人科医長だった。

「小児科医からあみちゃんのエコー画像をもらって私は正直驚きました。長年産婦人科をやっていますがこのような病症例は初めてでございますからね」

医長もコーヒーを少し口つける。それを見たあちは医長さんはあみのおじいちゃん。

「先生シュークリームも美味しいよ。一緒に食べてくれたらあみちゃん嬉しいなあ」

医長はあみに言われてスプーンを持つ。

「おおそうかい。あっ本当だ。甘くてまろやかなシュークリームだね。あみちゃんのほっぺたみたいなシュークリームだ」

医長はあみのおじいちゃん役になった。

「あみちゃんには勝てないねアッハハ」

あみもつられて笑う。


医長の話はこうだった。あみの腹腔部エコーに腫瘍部分が見られた。腹膜あたりなら腫瘍だろう。これは童女の年齢から考えて外科手術は難しいと判断をする。


ところが腫瘍らしきものは腹膜でないと子細に診てわかる。

「私は小児科医と連絡を取り相談をいたしました。専門は産婦人科ですがあみちゃんは童女。小児科でございますからね」


小児科医は医長から目配せをもらう。

「続きは私が。あみちゃんのエコー画像は子細に私も診ています。なんど診ても画像は同じ結論に至りました」


父親はカッと目を見開き一体なにが医者は言いたいのか早く知りたくてウズウズしてしまう。


コーヒーもシュークリームも食べないのを見てあみはこっそりとくすねた。

「お父さんシュークリーム食べないモンだからあみちゃんがパクパクしてあげましょう」

ちょっと拝借してムシャムシャとやる。あみはイタズラっ子らしく満足な顔だった。


小児科医は顔を赤らめ瞳を閉じた。意を決して頬を脹らませた。


「御両親さま正直に申し上げます。娘さんには赤ちゃんがいます。エコー画像には胎児の残像がはっきりと映っています」


父親は我が耳を信じていなかった。なんの宣言を医者にされたのかわかりたくもないのであった。


母親は母親で気が動転していた。小児科医の意味を理解することはなかった。


「御両親さま嘘をついて申し訳御座いません」

小児科医と産婦人科医長は頭をさげた。


院長はコーヒーを飲んでから言った。

「あみちゃんのお話は医学的に難しくはなりますが大変に稀れなケースになります。おい君が小児科は専門だろう説明したまえ」


小児科医は簡単に『胎児内胎児』の話をした。


「というと先生あみはあみの子供を宿したというのではないわけで。うちのやつこの女房が双子を産んだ。その一人があみでもう一人はあみの腹にいるということですかい」


あみの子供ではない。御両親の子供と言われても。


「俺の孫でなく子供だというのか」


小児科医はホッとした。

「医学的にはあみちゃんの双子の片割れが宿ったとなりますね」


院長はそこでもういいだろうと話を切り出した。

「つきましては我が市民病院では手には負えないと結論に至りましてな。いかがでしょうか大学病院に入院をされては。今後は臨月を迎え大変になります。この胎児内胎児は病症例が大変に少ない。大学医学学生の勉強の教材としてご協力願えませんか。その見返りといたしましては入院費用は貸与といたします。全額市役所から貸与となるんです」


無心にシュークリームを食べる我が娘を眺めた。

「この娘が赤ん坊を産むのか。シュークリームを鼻の頭につけた娘が母親になってしまうのか」

あみは父親にじろじろ見られ、

「アチャアお父さんのシュークリーム食べたのまずかったかなあ」

可愛らしく首を(すく)めた。


あみ大学病院入院は直に決まる。院長の鶴の一声(ひとこえ)が決定となり父親は承諾をした。

「最初は娘あみが医学部のモルモットになんかやだなっという気分が強かった。それにあみが子供を産むということが納得できないんだお父さんは。院長の話だと童女だから体がまだまだ未熟なため中絶手術を施して母体が持つかどうか保証できないと言われた。ならば産むしか手はないとなる。入院費用は要らないとなるのが魅力と言えば魅力だ」


父親の承諾から入院が決まりあみと母親は準備に忙しくしていた。

「あみちゃん学校をお休みするの?やだなあっあみちゃん。学校のお友だちと別れなくちゃいけないなんて淋しい。やだあやだあ入院したくないなあ」

あみはしくしく泣いてしまう。


あみには出産だとか赤ちゃんがいるとかはよく理解のできないものだった。ただあみにだけはお腹の水溜まりは有効だった。

「あみちゃんはお腹のお水さんをシュゥ〜って抜いてもらうの。早くお腹治らないかな」

あみはお部屋の中から大のお気に入り熊のプーさん縫いぐるみを大事に抱いて入院をした。

「お熊のプーさんはねあみちゃんと仲良しさんだから。いつまでも仲良しでいましょうね」

入院日前夜はあみがしっかり抱いて寝た。プーさんの顔にはあみの幼い涙がキラリと光っていた。


あみの大学病院に入院。この選択はあみやその両親には正解であったであろうか。


大学病院にタクシーで到着をする。付き添いは市民病院の小児科医だった。

「大学附属病院に入院されましても私はまだ担当医のままでございます。何か心配なことがございましたらすぐに飛んで参ります」

小児科医に連れられあみと母親は大学の小児科医と産婦人科医の紹介を受ける。

「やあいらっしゃい。こちらが患者(クランケ)あみちゃんですか。可愛らしく素直なお嬢さまだね」

小児科医はあみの頭をよしよしと撫でた。顔は笑顔であったが目は笑いはしなかった。あみをまるでモルモットか研究対象としか見ないような冷ややかなものだった。

「先輩。市民病院の居心地はいかがですか。早く大学病院に戻ってくださいよ。僕ら研究医師にはなくてはならぬ先輩の存在ですからね。このクランケあみちゃんは僕らに任せてください」

小児科医師の先輩後輩に連れられあみと母親は小児科病棟に行く。


大学附属病院は内科や外科は2病棟たっぷりとあって広々としていた。しかし小児科施設病棟はほんの僅かな小部屋を与えられただけのものだった。

「相変わらず小児科は阻害だな。世間では小児科不足だと騒がれているがその根源は大学病院にあるような気もしないではないぜ」

先輩後輩まったくねと合意する。


小児科病棟で入院手続きをする。この手続きには小児科医が、


「患者児童あみ7歳。腹部膨張-原因不明」


スラスラと病症欄に記入をした。担当の病棟ナースはわかりましたと承諾をした。

「あみちゃんの子細な指示は担当医の僕が全てやりたい。チーム医療よろしくお願い致します」


あくまでもあみはシークレットとなっていた。


小児科病棟に行くとお遊びの遊戯場が設定されていた。あみのような長期療養児童のためにあった。

「お母さんあみちゃん紹介致します。こちらが幼児担当の病棟保育士さん。まだ若いからお子ちゃまとドクターたちも間違いをする」

遊戯の子供たちの中からかわいい女の子が現れた。今春保育短大を出たばかりの小柄な保育士さんだった。

「彼女は保育士さん。病棟保育の資格もあります」

病棟保育士はペコリと頭をさげた。


小児科医が病棟保育士にも綿密な打ち合わせを行う。

「あみちゃんは腹部膨張ですね。はいわかりました。あみちゃんは腹部圧迫や運動に気をつけていかないとなりませんね」

病棟保育士はあみのカルテを小児科医から手渡された。しっかりと病症を見た。


「原因不明なのか」


あみは病室が決まるとさっそく病棟保育士のお姉さんに行く。

「えへへっあみちゃん遊びたいなあ」

遊戯施設には児童にとっては魅力のあるものばかり揃えられていた。

「あみちゃんよろしくね。どれで遊びたいかな」

病棟保育士の頭には童女あみのカルテが浮かぶ。腹部膨張-原因不明が鮮やかに蘇る。

「気をつけていないと取り返しのつかないことになるわ」

あみは病棟保育士の指導で着せ替え人形さん遊びになった。乳園児がたまたまいたから、

「あみちゃんがお母さん役やってね」

今後も病棟保育士としてはあみが遊戯施設内で走ったり転がったりしないよう最大の注意を払わなくてはならなかった。


「はい皆さん聞いてちょうだいね。御人形さん遊びしますからね。あみちゃんはお母さんになりますよ。みんないい子さんしてくださいね。御人形さんはオネンねして気持ちよくしていますね。いい子ばかりだわ」

母親あみの人形遊びは続く。


小児科病棟には元気に走ったり騒いだりするような児童患者は稀れだった。大抵はひ弱な虚弱体質な子供である。

「長い入院生活となると退屈したり外に出たいと言ったり。子供たちは大変なストレスを抱えている」

病棟保育士は赴任早々からテンテコマイだった。


「私は病棟のナースとは違う。子供の成長を保育士として見守って行かないとならないの。その保育士が子供に怪我を負わせたり病気を悪化させたりはもっての他だわ」

病棟の遊戯施設で子供たちが静かに遊ぶ姿を眺めながら病棟保育士はカルテを一枚ずつ記入をしていく。小児科医が毎日看てもらいたい諸注意があった。


患者の子供について少しでも変化があればすぐに小児科医師やナースに教えなければならない。


カルテを記入し終えた。

「何もないことが当たり前の幼稚園の保育士と大きく違う点は病弱なお子さんを抱えていることね」

不治の病で病棟から出れない子供も面倒を看る。

「先生オンモに行きたい。ディズニーランド行きたいなあ。病院なんて退屈でつまらない」

よく患者の子供から聞かされていた。


病棟保育士が机で書き込みをしたら前にあみが立っていた。

「あらっあみちゃんどうしたのかな。御人形さん遊びに飽きたのかな」

なにか言いたい様子だった。

「あみちゃんどうかしましたか。御人形さんは皆さんどうかされましたか」

御人形ハウスには他の子供たちがおとなしく遊んでいた。これという変化はなかった。


ポコンと膨らみ腹部を見せてあみは、

「あみちゃんお腹痛いの。とっても痛いの我慢出れないの」

ワンワンと泣き声をあげた。


病棟保育士は小児科医を呼び出した。あみは半泣きから本格的になっていく。

「大丈夫ですかあみちゃん。お腹痛々しいはすぐに先生が来てくれますからね。我慢できるかしら」

あみを小児科病棟から診察室に連れていく。


小児科診察には担当医が待機(スタンバイ)する。

「あみちゃんお腹痛々なのかい。早くお腹出してごらん」

聴診器をあてがいお腹を診る。医師は聴診器から胎児の心臓音を感じる。

「う〜んかなり成長している。この調子だと小児科医師から産婦人科医師にバトンタッチしなくてはならないな」

あみが痛がるなら鎮痛剤を投与で抑えられるのだがまだ子供である。

「薬の投与はできない」

お腹をマッサージしたりあみの背中を伸ばしたりと痛みの和らぎを求めた。小児科医にはあみの症状がわかるので処置はテキパキと行われた。


あみの苦痛は軽減されていった。


事情を知らない病棟保育士は小児科医の処置をただ見ているだけだった。


「あみちゃんのお腹を盛んに揉んだり触ったり。腹部をマッサージしているわ」

小児科医からの病棟保育士にの指示はマッサージを施してもらいたいだった。


小児科医はすぐに大学教授会に報告をする。

「あみちゃんの診立てなんですが。エコー画像あてたら詳しくわかると思いますが聴診器では妊娠3ヶ月あたりです。胎児の心臓音が微かに感じるところでした」

小児科医はいささか興奮しながら報告をした。


「3ヶ月か。どうですか先生そろそろ産婦人科に任せてもらえませんか」

産婦人科教授は頼んだ。


小児科医としては、

「異存はございませんね。小児科は子供を診るんでございますがお腹の子供までは面倒を診ることはありませんから」


さてあみを小児科から産婦人科に転科は決まってよいが問題がある。


児童のあみが子供を産むため産婦人科に入院の"入院説明"がみあたらなかった。

「あの歳で婦人病だから産婦人科だというような」

なら母親を出汁(だし)にしたらどうか。それも考えたがアイデアの中身が浮かばなかった。


「あみちゃんは附属病院に極秘入院になっている。外部に存在が漏れたりしたら厄介なことになる」

小児科医は考えていた。

「小児科病棟に入院のままにしておくか。余計な詮索を避けるためにも。ならば隠してはおけないな。今からはチーム医療となる。小児科病棟スタッフ全員と小児科希望の医学生には説明をしておかなくてはならない。隠しているからややこしい話に発展してしまうんだ」


小児科医らは考えを纏めた。小児科病棟のナース長が医師からの伝達を受ける。スタッフ全員にリビングルーム集まりなさいと号令をかけた。ナースたちは一糸乱れぬ統制力で伝達されていく。

「病棟保育士さんも来てください。子供たちから目が離せないかもしれません。僅かな時間だけでも作ってください」

大切な話なのでと出席を要請された。


「あみちゃんのお母さんもお願い致します」


リビングに集まると小児科医師が教授と供に控えていた。

「皆さん集まりましたか。では手短に私からお話致します」


医師はあみが7歳の児童であるにも関わらず妊娠をしていることを明確に伝えていく。

「医療の勉強習われたことだと思いますが」


あみの腹腔部には普通の妊娠と異なる過程で子供が宿ったと結論づけた。

「DOUBLEモンスターです。あの幼い子供にはDOUBLEモンスターが宿ったんです」

小児科医師はナースに頼んでDOUBLEモンスターの学術データを配らせた。医学学生の間からはざわめきだった。全員初めて見るまた聞くことだった。

「学生諸君は大変ラッキーだといえるな。稀な病床例だからな。1/5万か1/10万の確率と言われているDOUBLEモンスターなんだ」

大学医学部の学生たち2〜3年はわけがわからないという顔である。データパンフレットを食い入るように読んだ。

「DOUBLEモンスターっていうと。奇形の一種なのか」

データ解説には丁寧に漫画『ブラックジャック』(手塚治虫)のピノコが紹介されていた。

「ピノコは知ってるが実在をしたことになるのか。なぜだ」

ザワメキはなかなか収まりつかない。


「小児医学の分野には産科はない。確かにないんだがこうして現実産科を必要とする子供がいる。あみちゃんは妊娠入院しているんだから現実は現実なんだ」

小児科医師は苦笑いを繰り返した。


病棟保育士も説明を聞く。彼女は最もあみに長く接する医療スタッフとなる。しっかりと小児科医の話を聞いておかねばならない。


小児科からのデータ『DOUBLEモンスター』にはまったく知識がなかった。

「データには胎児内胎児とあるわ。胎児の中に胎児が宿るってどんな意味なの」


一通り小児科医が説明したら医学学生から質問があった。

「質問です。学童が妊娠はわかりました。超音波エコーで目視できたということからです。妊娠の過程でなぜDOUBLEモンスターだと断定されたのかご説明願いたいです。言っては悪いですが幼児虐待など新聞で賑やかな時代です。妊娠される要素は他にも考えていくべきだと思っております」

医学学生は暗に虐待の果てに幼児妊娠という説明を求めた。小児科医はなぜ否定されたかと聞きたかった。いずれも小児科分野でなく産科である。


小児科教授と担当医師は苦笑いをする。

「医学生の君もそう思うか。実は臨床の小児科医たちも産婦人科医も同じことをまずは疑うんだ。まあ自然の流れというやつか医師は因果な商売だな。医師の愚かさというやつかアッハハ」


小児科医は簡単に童女あみの内診をした結果を言う。

「あみちゃんには内傷なるものはまったく見られずだった。処女膜(ヒーメン)もちゃんとあったしな。また母親からも父親からもそれらの点聞き取り調査も済ませてあるんだ。暴行を受けることはまったくない」

きっぱりとした声で報告データを読みあげた。


次に病棟保育士が挙手をして質問をする。彼女はあみの保護の責任からである。

「あみちゃんが妊娠は理解いたしました。では私保育士はいかように対処していけばよろしいのでしょうか。普通の学童児童の患者でよろしいのでしょうか。産科の妊婦さんとしてでしょうか」 


担当小児科医師は言う。

「病棟保育士さんは大変だ。たぶんあみちゃんがお産を向かえるまでお付き合いされるかもしれない。その扱いなのだが」

医師は正直に答えてくれた。

「DOUBLEモンスターの病床例を我々も調べてはいる。がなんせ大学病院初めてのケースなんだ。前例がまったく持ってない。申し訳ないが手探りなんだ。だから医療スタッフをチームとして全員であみちゃんをバックアップしていきたいと思っている。適時我々も気をつけて診ていくしかない。童女であり妊婦でありなんだ。頼むよ」


小児科医は教授と見合わせた。

「DOUBLEモンスターはデータにあるように珍しいケースなんだが」

胎児の胎内に双子の片割れが寄生をする形で宿るわけである。

「病床例に書かれているが大抵の場合自然に消えかけていく。あみちゃんのように子宮に宿るケースはラッキーとしか言い様がない。寄生したDOUBLEモンスターは幸運の持ち主だとなるな」

医学生たちはまだまだ半解な様子である。

「寄生された胎児ですか。ますます疑問点噴出ですね。双生児ならば同時に発育成長を経るはずだと思うのですが」

医学的な見解からはあり得ないと反論をした。

「なるほどな。双生児は双生児。もしくは多胎児なら多胎児として全員一緒に育成されてしかるべきだと君は思うわけだな」

医師と医学学生の討議は続く。


医師や医学生の前にあみの母親が不安そうに座り見つめていた。この話を聞くと我が娘はなにやらとんでもない疑問点を抱えた病気(妊娠)だとよくわかった。


「お母さんも我々チーム医療にご協力をお願い致します」

医療スタッフは医師から全員があみの母親に頭をさげた。母親はさらに不安を覚えて血の気が引いてしまう。


病棟保育士は遊戯施設に戻り妊婦/妊娠を調べてみる。

「産婦人科の小冊子(パンフレット)に妊娠の解説図があったわ」

産婦人科の受付に内線を入れ頼んでみた。

「あら保育士さんがまたどうして。さては御自分でオイタしたなあ。彼氏にも読ませなさいよ」

定年間際のベテランナースに冷やかされた。


『妊婦胎児のメカニズム』


妊娠2ヶ月(4〜7週);胎児はさくらんぼサイズ


子宮は鶏卵より少し大きいぐらい。胎児は頭から足まで体長2〜3センチ体重4グラム


胃心臓腸などの内臓・目鼻口耳から手や足の原形や脊髄(せきずい)形成。

心臓が動き始め超音波(エコー)検査で確認。2頭身だが原始的な動きあり。


妊娠3ヶ月(8〜11週);胎児は苺大サイズ


胎児の成長は体長3倍体重7倍で3頭身。頭胴手足の形がかなり形成される。


羊膜の中に羊水(ようすい)が溜まり胎児は羊水の中に浮かぶ。鼻から羊水を吸い込み呼吸に近い運動をする。原始的な皮膚感覚ができてきて皮膚刺激が脳を活性化させる。


妊娠4ヶ月(12〜15週);レモン一個サイズ


胎盤完成し臍緒(へそのお)を通して酸素や栄養を胎児に運ぶ。


心臓肝臓胃腸など内臓の形体はほぼ完成し機能を高めていく期間。血液が流れ皮膚もあつみが増して丈夫になる。


手足ブラブラや指しゃぶりもする。耳は子宮の外の大きい音が聞こえる。


妊娠5ヶ月(16〜19週);オレンジ中サイズ


脳が大きく発達し神経も行き渡り記憶装置も働く。胎児は母親の心臓音や声を覚え知覚する。


手足の爪や髪の毛や産毛(うぶげ)も生えてくる。目鼻口の形成は完成近い。(まぶた)は閉じたままだが眼球は動く。母親は胎児の胎動を感じとる。


妊娠6ヵ月(20〜23週);桃の中サイズ


腹腔部の膨らみが目立ち胎動も激しい。羊水の中で胎児がクルックルッ体の位置を変える。激しい運動が胎児の皮膚を刺激して鍛える。骨筋肉を発達させる効果あり。


羊水を飲んで胃腸吸収。残りは腎臓で濾過して羊水に排尿する。嗅覚が完成し匂いも感じとる準備。


脳の発達で母親の匂いを羊水の中でわかり記憶しようとする。エコーで男女が判断できる時期。


妊娠7ヶ月(24〜27週);キャベツサイズ


骨格関節など発達し皮下脂肪もつき始める。瞼が上下分かれ瞼を開いて眼球がキョロキョロ動く。


脳の発達により音を聞き分けもする。なんと好きな音嫌いな音を感じとる。


胎児は明暗を感じ昼と夜を区別できる。母親が夜更かしなど不摂生ならば胎児の体内時計が狂う。



妊娠8ヶ月(28〜31週);かぼちゃサイズ


骨格が完成し筋肉神経の働きも活性化。皮膚の皺もなくなり脳も完成間近。脳の感覚野ができて快適と不快を感じ母親の喜怒哀楽を知ることができる。


聴覚発達して音に対する脳波の変化も複雑になる。音の違いを聞き分ける。


舌の感覚も発達して苦味や甘味を感じる。胎児は甘味を好む。母親が空腹感じたら胎児も空腹を感じる。空腹だと臍緒を通して母親の血糖値が低下胎児に影響となる。


妊娠9〜10ヵ月(32〜39週);スイカ一個サイズ


32週目だと胎児は起きている寝ているがわかる。睡眠は深い眠りと浅い眠り。夢まで見る。


皮膚はピンクになりふっくらとした赤ちゃんらしくなっていく。9ヵ月の終わりには髪の毛や爪が伸びる。生まれるための準備で内臓筋肉神経皮下脂肪などが目覚ましく発達する。体内機関は最終段階に突入をする。いつ生まれても大丈夫ですとなる。


妊娠10ヵ月になると赤ちゃんの頭は骨盤固定になり誕生日を待つ現れになる。胎動が少ないのは固定のため。


赤ちゃんは生まれる日が近いと自分から子宮口を軟らかくするホルモンを分泌し母親の脳に知らす。


新生児誕生となる。


病棟保育士は簡単にお産のメカニズム・胎児の成長の冊子を読んだ。


短大卒業をしたばかりの20歳。短大時代には彼氏もいたが深い関係にはなってはいなかった。

「私が妊娠したらパニックになりそうだわ。大変なんだなあ妊娠って」

グッと腹部に力を入れてみた。


童女あみが妊娠していると悟ったらどんな気持ちなのかと同情してしまう。

「可哀想にあみちゃん。まだ生まれて7年しか生きていないのに。もうこんな辛い目に遭うなんて」

ハンカチを取りだした。


そのあみはしばらく産婦人科に行く。妊娠3ヶ月もなり胎児の動き始めがエコー画像でわかるようになっていた。


産婦人科医はエコーと尿検査から胎児は順調にスクスク育てられているとわかる。

「順調は嬉しいのかどうかだが」


妊娠したことはあみには一切言わず頑なにお腹に水が溜まる変な病気としていた。


「あみちゃんのお腹変なのよ」

あみがジッとしていると胃袋がグニャと動き始めると言い出した。


産婦人科医や周りにいた医学学生は(きも)を冷やした。

「そりゃあったぶん。あみちゃんのお腹の中で食べたお魚さんが泳いでいるんだよ。先生もたまに胃の中で泳いでいるから。お魚さんとタコさんがね」

あみは本当っと聞き直し納得した。


大学附属病院は大変な敷地面積を誇り数多くの医療スタッフが働いている。入院患者や通院患者もそれなりにいた。


「あらっかわいい子供だね。なんで産婦人科にいつもいるんだろ。あっそうか母親が産婦人科にかかっているからか。本人は小児科だよなあ」

可愛い美少女あみは入院病棟の人気者となっていく。


「あみちゃんの冒険物語ですよ。今日はどこに行きましょうかねクマのプーさん」

小児科の病棟で母親が付き添う。その目を盗んではあっちこっちと冒険あみちゃんを繰り返した。


あみのお供さんはお気に入りの縫いぐるみクマのプーさんである。

「あみちゃんの大好きなプーさん。可愛いから一緒にいると楽しいのよ。大好きですプーさん。あみちゃんがお母さんになりますからねヨチヨチ」

縫いぐるみを抱え病棟を病院をあっちこっち歩き回る。


大抵は女の子ひとり歩きはすぐにおかしいと見られる。病棟ナースか大学職員に見つかり小児科病棟に引き戻されていく。

「ナースさん嫌い。痛い注射ブチューするモン。あみちゃんなんも悪いことしていないモン。ナースさんなんか大嫌い」

ナースがあみを捕まえようとすれば目の色を変えて逃げた。あみは走ったらすぐにゼイゼイ息が切れ捕まえられた。嫌いなナースに捕まえられて大抵泣いた。

「病棟は退屈なんだモン。あみちゃんはオンモで遊んでみたいなあ。でもオンモにいくと先生がメッて怒るんだもん。ナースさんは怖いよぉ。あみちゃんなんもしないモン」


あみの冒険は病棟では有名となる。長く入院している患者さんには顔と名前を覚えられた。

「あみちゃんあみちゃん可愛いね。今日はどこに冒険していくのかな。お菓子あげようね。ナースに見つからないように頑張ってねアッハハ」

人のよい患者さんからお菓子やジュースをもらった。


あみの病院冒険は院内至るところに顔を出した。

「縫いぐるみの女の子は見たら要注意」

至るところで指名手配書が回っていた。


そのうちに母親が、

「あみちゃんいい子だからケータイをプレゼントしてあげます」

ピンクのキティちゃんケータイをもらった。あみは喜んでキティケータイを首から掛けた。

「キャア可愛いキティちゃんケータイ。あみちゃん大好き。ヨチヨチキティちゃん頑張ってね。よい子よい子さんですよ」


このケータイであみがどこにいるか何をしているか一目で母親にわかるようになった。

「あみちゃんケータイなくさないでちょうだいね。なくしたりしたらキティちゃんが悲しくなってしまいますよ」


ハァーイわかりました。


あみはキティケータイが気に入りいつも首からぶら下げくれた。


あみの冒険は大抵母親が病棟から薬を取りにいくちょっとした隙を狙ったものだった。賢い娘だから抜け目がないようであった。


その日も母親が小児科医に呼ばれて病室病棟を空けた。


「今だわ。あみちゃんの冒険始まり始まりですわあ。いくわよクマのプーさん」

あみはしっかりプーさん抱きしめタカタカと病棟廊下を早足する。走ったら息が切れてしまうことを自覚する。


「今日はどこに冒険しましょうかしらプーさん」

ナースの姿がないことを確認しながらエレベーターに乗る。ボタンがいくらでもあったが最上階を選んだ。キティケータイは肌身離さずである。

屋上(おくじょう)ってなんだろう」


あみは屋上を選び降りてみた。立て札があり『危険ですから関係者以外立ち入り禁止区域です』と書いてある。あみは漢字がまったく読めやしないから、

「わあっ屋上ってオンモだわ。ワアーイお日様テンテン気持ちいいなあ」

スッと外に出てしまう。

屋上の外壁はグルリと高い網のヘンスが張り落下をすることはない。


あみは縫いぐるみと一緒に広い屋上を歩き回ってみた。久しぶりの太陽は肌に射すようで気持ちよかった。

「プーさんも気持ちいいわね。ヨチヨチいい子ちゃん」


一回り屋上を歩き回ってあみは疲れてしまう。


ふぅ〜


屋上から階下に降りて行こうとした。


「プーさんもお散歩に大変喜んでくれました。さあさああみちゃんとお部屋に帰りましょうね」

あみはエレベーターから出てきたドアを開けて戻って行こうとした。


「あれっ」

あみはドアのノブを探した。屋上のドアはアウトオートロック式だった。出ては行けるが戻りには鍵が必要だった。あみは屋上から帰れなくなってしまう。


うわぁ〜ん


泣ける泣けるあみ姫である。屋上に誰か来て呉れなければこのままである。

「誰か誰かっ。うわぁーん」


どうだろうか10分ほど泣けるだけ泣いたであろうか。


キティケータイが鳴る。母親からの電話であった。母親にはあみが屋上だとわかる。

「もしもしあみちゃんかい。屋上にいるのかい。早く帰りなさい。遊戯のお友だちが待っていますよ」

あみはワァンワァンと泣くだけでさっぱり要領を得なかった。

「どうだろうあみは。甘えちゃったなあ。わかったわお母さんがお迎えに行きますから」

ケータイを切り母親はあみを誘いに来てくれた病棟保育士に謝る。

「先生申し訳ありませんね。あみは屋上にいるんです。私がちょっと目をそらした隙にいなくなってしまいました」


病棟保育士は病院が非常ドアシステムを整備していることを職員講習で聞いていた。だから屋上ドアも開かないのではないかと思った。

「お母さん私が探しに参りましょうか。屋上ドアは確か鍵が要りますわ。病棟の警備さんに連絡をしませんといけないわ」

警備室に行き鍵を授かる。マスターキーだからと警備員さんと一緒に屋上へ行く。


「あみって子は活発なお子さんなんだね。大したもんだ」

警備員に皮肉を保育士は言われた。さも監督不行き届きかのごとくであった。


二人が屋上に到着すると屋上のドア越しにあみがいた。泣き疲れたのか縫いぐるみにもたれかかり眠っていた。

「あらっ大変だわこんなとこでオネムさんだと風邪ひいちゃう。クマさんをしっかり抱いて可愛いわね」

可愛い寝顔の天使はすぐに保護をされ小児科医に送られた。

「屋上で泣き疲れたのか。おいおい大丈夫か」

小児科医はまず喉から診察開始した。

「いいや心配ないね。ただ泣き疲れただけだな。風邪は喉も腫れてはいないから大丈夫だな」

発見が早いか運がいいたと思った。


小児科医は診察を終えホッと溜め息をついた。


「流産されたら母子共に危ないんだ。それにこの子は二人分の栄養を摂らなくてならない。妊婦ならそんなアイスクリームや駄菓子程度で腹を脹らませてはたまらない。病院食はちゃんと食べているんだろうね。食べていないからと母親が代わって食べてしまわないだろうな」

小児科医は病棟保育士にしっかりとあみを見張ってあなくてはダメではないかと厳重注意を与える。

「フラフラ歩き回るのは遊戯にあまり興味ないんじゃあないか。毎日お人形さんお人形さんではいくらなんでも飽きる。バラエティに富む遊戯を与えるんだな」

工夫をしてもらいたいと苦言だった。


言われて病棟保育士はあみのために遊戯を考えてみる。

「運動はダメなんだからお絵描きとか貼り絵だとか。どうだろうかな。あの活発なお嬢さんのあみちゃんだから」


あみに遊戯を何か熱心にこなすものはないかとあれこれ勧めてみた。

「あみちゃんお絵描き好きよ。貼り絵も大丈夫よ」

って返事はいいがすぐに飽きてしまいう。フラフラと保育士がよそ見をした隙に遊戯施設から出て行こうとする。


抜き足であみはそぉ〜

差し足であみはぬぅ〜

忍び足であみこそこそ。


「やったあ〜見つからないで出れましたあ。さあ病棟冒険だなあ」

あみは遊戯施設のお部屋から出れたと思った。

「あみちゃんどこに行くの」


ギクッ


あみは心臓を射抜かれた。

「あちゃあ」

保育士に見つかりあみは言い訳をする。

「あみちゃんあんまりお絵描き好きでないの。アイスクリーム食べたいなあ」


ショボン


小児科病棟には人工透析の患者もいた。

「先生こんにちわ。今日もよろしくお願い致します」

透析の男の子だった。童女あみより2歳年長になる。男の子は遊戯施設にあるインターネットゲームに夢中であった。保育士はインターネット環境を整え画面を開示してやった。

「インターネットか。あみちゃんにもやらせたら夢中になるかもしれない」


さっそくアイスクリームをペロペロしているあみを呼んだ。

「あみちゃんインターネットを教えてあげましょう。男の子のやっているようにゲームもできるのよ」


新しいものが好きなあみだった。とりあえずは男の子のやるゲーム画面を眺めてみた。

「テレビゲームをやっているんだね。楽しいみたい」

あみは男の子の横にちょこんと座り仲良くチャンチャンした。

「そこに座っているのはいいけどさ。僕の邪魔するなよ。黙って見ているだけだぞ」

男の子にきつく言われた。あみは怖いなあとシュンとなる。


「あみちゃん見てるだけダモン。お兄ちゃんの邪魔なんかしないモン。あみちゃんはいい子ダモン」

両膝を揃え礼儀正しくお座りをした。男の子はあみのかわいい顔を見てにっこり笑ってくれた。

「よし見ていろよ。今から敵を叩き落としてやるからさ。爆撃開始だぞ」


インターネットゲームは戦闘機の機関銃でいくつ撃ち落とせるかを争うものだった。男の子はかわいいあみの前で格好よく振る舞いたいと思ったらしい。あみは横に黙って座りわけのわからないまま画面を眺めていた。爆撃はうるさいだけでなんにも面白いこともなかった。


爆撃がおしまいになる。どうやらゲームとしては満足する結果が得られたようだった。

「お前もなにか遊びたいか。好きなゲームやらせてあげる」

男の子はあみに尋ねた。

「あみちゃんはお前じゃあないモン。私はあみちゃんダモン」


あみはやりたいゲームはどれかと聞かれた。男の子は画面クリックで初期にする。画面上にはアイコンが現れあみの好きな白雪姫やドラえもんが出ていた。そのアイコンの中に『囲碁』『将棋』『オセロ』があった。


「これ何かな」

あみは将棋を指した。漢字はまったく読めない。

「それがいいかい。あみちゃんには難しいかも。将棋だよ将棋。駒を動かして王将を取るゲームなんだ。いいよ僕教えてあげるよ」


ゲーム画面は将棋となった。男の子は小学校では将棋が好きで強いことで有名だった。病棟に入院をしてからはたまに入院患者さんと盤を挟むこともあった。


可愛いらしい女の子あみの前でかっこよく将棋を指したら褒められるかとも思った。

「わあ凄い。お兄ちゃん将棋(ショーグ)できるのね。あみちゃんもやりたい。ショーグショーグやりたいなあ」

男の子は違うって将棋だってばと大笑いをした。

「あみちゃんおかしいなあ。将棋はショーグじゃあない」

こうして小さな二人は共通の遊びインターネットを手に入れたことになる。


インターネットゲームでは男の子が様々にあみに教えたくてたまらなかった。


「ワアーイあみちゃん嬉しいなあ。お兄ちゃんいろんなこと知ってるのね。あみちゃん勉強になるなあ。ショーグは面白いね」

あみは将棋もオセロもさっぱりわけわからなかった。あれこれと男の子から教えてもらうことが嬉しかった。


インターネットパソコンの後ろから保育士は眺めて、

「あらあら小さな恋人さんが出来ちゃったかな。あみちゃんモテモテなんだね。よかったね素敵なお兄ちゃんができて」

言われてあみはにっこりとした。よほど嬉しかったようだった。


それからあみは遊戯施設の中に退屈をしないでいることになる。

「今日もお兄ちゃん来ないかなあ。あみちゃん会いたいなあ!あっやって来たお兄ちゃん。こんにちわ。あみちゃんと遊びましょう。早くショーグしましょう」

あみはいつも男の子が遊戯に来ることを心待ちにしていた。

「僕を待っていてくれたのかあみちゃん。嬉しいね。じゃあ新しいゲーム教えてあげるよ。ショーグって違うってばあ」

仲良くインターネットゲームを始めた。これがあみの初恋であったのかもしれない。

「あみちゃんにかわいい恋人ができたなあ。男の子が来てくれたらあみちゃんフラフラしなくなったわ。安心だわ」


あみは男の子のやることをすべて真似をしながら遊戯の時間を過ごす。インターネットの中で仮想お人形遊びやお料理遊びもやらしてもらえた。

「あみちゃん奥さんよ。お兄ちゃんがお父さんになります。あみちゃんが台所でお料理作ってます」

あみは夢中で画面をクリッククリックしていく。お料理を材料から取り揃えていく。

「早くお料理作っていかないと冷めちゃうモン。お兄ちゃん冷たいお料理食べさせたくないから」


後ろで見た保育士はあっけらかん。まあどうしたゲームなのかと。


「あみちゃん料理うまいなあ。あったかいよ」

旦那さんもよくしたものであった。あみの作って出した料理を食べてみた。

「まあっよくできた夫婦さんですこと」

保育士に言われたあみは照れ屋なっていく。


あみの恋は毎日少しずつ実りました。


しかしここは病院であった。子供さんもなにも患者である。病いを持った患者さんばかりである。


「今日はお兄ちゃん来ないのかな」

あみは遊戯施設で保育士に尋ねた。あみの恋人は姿が見えない。時間を揃えてあみと男の子は遊戯にやって来ていた。


「あみちゃんあのね」

保育士は困ってしまう。男の子は定期の人工透析を施したががうまく機能をしないため集中治療室に入ってしまったのだ。


今は中毒症状で生きるか死ぬかの境である。


「お兄ちゃんお病気なの。(保育士)先生あみちゃんお兄ちゃんにお会いしたいなあ」

あみは男の子の病棟が知りたくなる。あみは保育士の顔を見た。保育士が何も言わないことから不安な気持ちになっていく。

「あみちゃんとお兄ちゃんもう会えないの。お兄ちゃんお病気大変なの。うわぁ〜ん」

幼いあみは泣けてしまう。涙は止まらない。保育士も返事に詰まる。


生命の危機を童女にうまく伝えていく自信はなかった。

「大丈夫だよ。あみちゃん心配しないでね。お兄ちゃんはちゃんと元気になってお遊戯にまた来てくれるから」

あみは本当にと目をパチクリさせた。


あみは男の子を探しましょうと詮索を始めた。まずどこの病棟にいるかを聞き取り調査である。

「先生お兄ちゃんに会いたいの。お兄ちゃんのお部屋教えてちょうだい」

遊戯施設で保育士に尋ねた。もしわからなければナースである。

「お兄ちゃんの病棟ですね」

男の子は中毒から合併症状を起こし絶対安静のまま集中治療室から出られなかった。保育士はそこまでは知らない。


「そうねあみちゃんも先生もお会いしたいわね」

保育士はあみの手を持って男の子の病棟病室に行く。あみは喜んでチョコチョコついていった。

「お兄ちゃんに会いたいの。お兄ちゃんにお勉強教えてもらいたいなあ」


男の子の病室は保育士が突き止めた。人工透析の患者ばかりの病床だった。

「こちらにいらっしゃるわ」

トントンとドアを叩く。ベッドには本人いなかった。付き添いの母親がひとりガックリ肩を落として座っていただけであった。顔は腫れ泣き晴らした感じであった。

「こんにちわ」

保育士とあみは母親に挨拶をする。あみは人見知りをして保育士のふくよかなお尻に隠れてしまう。

「いらっしゃい。遊戯の先生ですか。うちの子がいつもお世話になっています。あらっ可愛いお嬢さん。あみちゃんと言うの。うちの子と遊んでくれてありがとうね。でもね今はこちらにはいないんですのよ」


人工透析の結果がどうにも思わしくないから治療室から帰って来れないと母親は教えてくれた。

「お兄ちゃん帰って来れないの。迷子さんでは困ってしまいますね。あみの(ケータイの)キティちゃんで教えてあげなくちゃ。もしもしお兄ちゃんですか」

あみはキティちゃんとお話をする真似をした。

「お母さん。お兄ちゃんから電話ですよ。今から帰っていきますよぉ。アイスクリーム買ってから帰って行きますょぉ」

あみは演技派であった。男の子の母親はあみの顔を見て微笑んだ。


あみのひとり芝居は続く。男の子は集中治療室から出られないのは、

「あみちゃんは知ってるの。お兄ちゃんはねお勉強が忙しいの。お勉強がなかなか済ませられないから(病棟に)帰って来れないんですよ。だからあみちゃんはアイスクリーム持ってお勉強済むのを待ってますよぉ。早く帰ってこないとアイスクリーム溶けちゃうから。わかりましたかあ。あみちゃん食べてしまいますよペロペロりん」

あみはいつまでも待ってますとキティちゃんに話掛けた。


男の子の母親はあみの訪問に微笑んだ。

「ありがとうあみちゃん。遊戯室で仲良くしてくれたんだね。お兄ちゃんお勉強好きだからね。アイスクリームかあ。お母さん気が付かなかったなあ。買って待っていないといけないね。買ってジッと息子の帰ってくるまで持っていないといけないね。だから私はいけない母親なんだね」

母親はハンカチを取りだし目を押さえた。息子が人工透析の必要な子供に産んだ責任はと私にあると涙がまた溢れた。


「あみちゃんお兄ちゃんに会いたいなあ。アイスクリーム渡したいなあ」

保育士はあみの手を引いて集中治療室(ICU)に行ってみた。もしかして姿が見られるのではないかと期待してである。

「お兄ちゃんこの中なの」

あみは背伸びしてみた。背伸びしようが飛びあがろうが中は見えない。

「あみちゃんせっかく来たのにね。お兄ちゃんに会えないなあ。まだまだお病気がよくならないの」

よくならないと聞きあみは可哀想だと思う。人知れず涙がこぼれてしまう。

「頑張ってお兄ちゃん。お病気なんかどっかやってしまえ。あみちゃんが応援していますよ」

集中治療室のドアはいくら待っても開くことはなかった。


男の子は翌日帰らぬ人となっていた。附属病院の小児科医師たちは最大の努力をしたが。


大学附属病院小児科教授会の様子。あみの入院により日本各地の大学医学部から続々と教授・助教授らが表敬訪問をしていた。

「DOUBLEモンスターとは珍しい病床です。我が国では前例がないのではありませんか」

小児科医の教授たちは異句同音に珍しい珍しいと言った。また産婦人科医や内科医たちもあみのエコー画像を覗く。

「DOUBLEモンスター、胎児内胎児ですがなぜかように幼児の胎内で発展 をするのかまったくわかっていないのが現実なんです」


あみの日常の子細なデータは克明に記録をされインターネットで全国の医学部に配信されていた。


学術の意味からは英訳やドイツ訳もされ世界に配信までされた。


『DOUBLEモンスターの子供あみ』は今や世界の大学医学部で知らぬ医師はいなくなっていた。


情報配信だけではなかった。ドイツ医師やネパール医師などからはDOUBLEモンスターを手掛けたことがあるとメールが大学病院に届く。

「世界にはDOUBLEモンスターのクランケがいるんですね。ないことはないんですね」

嬉しいことにドイツ医師から妊娠初期〜分娩に至る過程が細かく知らされてきた。小児科医師たちには有難い医学データとなった。

「ドイツ医師はDOUBLEモンスターを死産されてますね。失敗した原因を私見で知らせてくれています。自然分娩にこだわり母体を誤りと書いている」


時間が許せば大学病院に飛んで行きますとコメントさえあった。

「ドイツ医師はかなり悔しいがってますね。専門は小児科ですか。産科は専門外になるようですね」


ネパール医師はDOUBLEモンスター分娩には成功しているとメールだった。大学教授ではなく個人産婦人科病院の医師となっていた。

「ネパールの医師は私もデータを見たことがある。3年前だろうか。産婦人科学会でネパールは噂になり騒いだからね。だがDOUBLEモンスターなのかどうかかなりあやしいんだ。この医師は売名行為の噂がフンプンだからな。その証拠にデータを有料配布したいと書いてある」


大学附属病院に小児科医師や産婦人科医師がやってくるとあみはそのたびに診察を受けることになった。


「あみちゃん診察室にいくの。ハァーイ行きます。あみちゃん頑張っていきます」


頻繁に入れ替わり立ち代わり教授らに診察されてあみは嫌がるかと思ったが。


担当の小児科医師は頭がよかった。いや子供の気持ちというものを理解していた。


「あみちゃん可愛くなって来たね。先生が可愛いあみちゃんのお腹を診るよ。はいお腹出してね」

小児科医はあみに服をあげて腹部を出させた。

「あみちゃんはお腹を触るたびに段々綺麗になっていくんだね。よおしお腹撫で撫での魔法をかけてやるぞぉ〜お腹よお腹。この世で一番可愛いのは誰かな教えてください」

腹腔部を触診しながら、

「あみちゃんのお腹から魔法が聞こえた。あみちゃんが一番可愛いってさ。またねお腹の魔法がね診察終わったらアイスクリームをお母さんからもらえるよってさ。うん違うなあ。お腹魔法はシュークリームだな。いいなあ先生も食べてみたいなあ」

あみはどっちがもらえるのかなと真剣な顔になる。どっちにしても嬉しい。

「あみちゃんのお腹は魔法だわ。あみちゃんのお腹不思議さんなのよ」


小児科学の大学教授たちも同様だった。あみを怒らせないようにあやしながらの診察だった。

「どれどれ先生にあみちゃんのお腹を診せてごらん。聴診器でちょっと内緒話するよ。あみちゃんのお腹は魔法だらけだね。なになにお腹さんからお話がある。撫で撫でしたらあみちゃんにチョコレートをあげなさいって言ったぞ。おいおいお腹が私に話かけてくるぞ。ちょっと困ったなあアッハハ」

小児科大学教授からはベルギーチョコレートをもらった。

「ワアッあみちゃんチョコレート大好き。ベルギーチョコレートってとても可愛くて甘いなあ。凄いなお腹の魔法さん」


あみはお腹の魔法を信じた。


「不思議な不思議なあみちゃんのお腹さん。先生がたくさん触るとあみちゃんはお菓子いっぱいもらえちゃう」

あみは小児科診察が大好きになっていた。


あみを触診した小児科教授たちの見解はまちまちだった。

「適齢期の妊婦が妊娠とはかなり違う。エコー画像をそのまま鵜呑みにすべきではない」


また産科の専門産婦人科医たちは、

「子宮で胎児が育てられていれば自然分娩になるんだが」

あみの幼児学童では骨盤から胎盤形成は不可能であろうと思われた。

「自然分娩は無理ですね。この幼児ではとても体力が持ちませんよ。小児科医の言うDOUBLEモンスターとかいう胎児だからこその分娩に分類されます。産科としては異例の事態としか考えられない」

どこまで行っても小児科と産婦人科は平行のままとなる。接点を見い出すことが益々難しくなる。


あみの入院は長期化し妊娠もかなり目立つことになってくる。

「よっこらしょ。あみちゃんのお腹は魔法さんだから重いなあ」


胎児が育ち腹部を軽く蹴ることもあった。あみの魔法もまんざら嘘ではないようである。

「お腹の魔法さんがちょっとオイタしたの。あみちゃんのお腹をポンしたの。ダメですよポンポンしてはいけません。あみちゃんのお腹は痛い痛いになりますよ。あみちゃんお母さんは許しませんからね。お腹の魔法はオイタしてはいけません」

あみは無邪気にお腹を撫でながら言った。

「ヨチヨチいい子さんにしてくださいね。いい子さんならアイスクリームあげますよ。シュークリームですよ。お腹さんだがら天ぷらうどんがいいかな」

傍らで聞いたのはあみの母親だった。お腹を撫でながら盛んに話かけている。

「あみは自分の子供がいると気がついたのかしら」


母親はあみを産んだ経婦である。母親になる心境は自分のお産とダブって見える。


「あみちゃんに妊娠を隠すことには無理がありそうね」

あみに林檎を剥いてひとつ渡した。ベッドであみはにっこりした。

「お母さんありがとうね。あみちゃんは林檎大好きよ。ガブッしたいなあ。よお〜しガブッ。わあっ美味しいなあ」

あみの林檎を頬ばる笑顔を見て母親は小児科医に出向いた。


「小児科の先生いらっしゃいますか。あみの母親でございます。あみのことでちょっと先生にご相談がございます」


母親が診察室に来たと知り小児科医は慌てる。貴重な患者さんあみちゃんである。

「なんだろうか。産気づいたか」

診察中の患者を早めに診て母親に対座する。

「お母さんどうされましたか」

母親から話を聞いて小児科医はギクッ。聴診器を片手に持ち直しあみの病棟に一目散に向かう。


小児科受付のメディカルクラークには産婦人科医に連絡するようにと指示した。

「あみちゃんが胎児に話かけていたんだって。本当ですか」

幼児であれども母体である。子供が宿している限りには母親になる権利と義務が生じていたようであった。


病棟で小児科医は大きな深呼吸をする。あみは世界の医学が注目をするDOUBLEモンスターである。あみの診察データはすべて世界医学が参考にする大変貴重なものだ。

「診て間違いのないようにしなくてはね。またあみちゃんの機嫌を損ねないようにしなくてはいけない」

小児科医は白衣のポケットにクレヨンしんちゃんキャラメルがあることを確かめてあみに向かった。


「やああみちゃんこんにちは。先生ねあみちゃんの魔法のお腹からお話が聞きたいなってやって来たんだ。もしもしって話聞かせてくださいね」


あみは魔法のっと言われてにっこり。

「あみちゃんねお腹は魔法ですよぉ。はいどうぞ」

あみは素直にベッドに横たわりお腹を出した。


「いい子だね。どれどれお腹の魔法を聞かせてね」

聴診器を腹腔部にあてがう。2〜3夾雑音が聞こえてくる。微かだが胎児かなと思える雰囲気だった。

「妊娠3ヵ月過ぎならば産婦人科に頼みたい。小児科としては胎児まで面倒は見切れやしない」


あみのお腹を触診してみたては終わった。

「あみちゃんお腹の魔法さんがあみちゃんにキャラメルさんあげてくださいって言ったよ。キャラメルなんかないからどかで探してこないといけないね」


どこにもないねキャラメルさんと探すフリを見せた。あっちこっち探すフリをしてから白衣ポケットのキャラメルを出す。


あみはキャアっと手を叩いて喜びを表した。


「魔法さんすごいなあ」


あみの胎児に心音がわかるようになると産婦人科医が頻繁に診察をする。小児科病棟にいるあみは母親に連れていかれては妊婦さんのたくさん待つ診察室に行く。


ハタから見たら母親が妊婦であみはその子供。なんら不自然さはなかった。


「あみちゃん来たね。お腹の魔法使いさんがね先生を呼ぶんだよ。お腹に触ってください。お腹がお話したいからってね」

産婦人科医も小児科医と口裏を合わせてくれた。


「あみちゃんのお腹の魔法さんは凄いのよ。魔法さんの言うのは素晴らしいことばかりなの」

あみは産婦人科の診察ベッドでもちゃんとお腹を出して診察を受ける。あみにしてみたらお腹の魔法がまた何か美味しいものをくださいねと言うのかなと期待した。


産婦人科医は聴診器とエコーで胎児を確認した。

「順調だな。妊婦5ヶ月だ」

あみにはツワリの兆候が大なり小なりあるはずだと思う。

「あみちゃんありがとうね。お腹の魔法がねナースさんにチョコレートもらってねって言ったよ」

産婦人科医はナースに目配せをした。

「あっちに連れていきなさい」

ナースは看護白衣そっとチョコレートを入れた。

「はいわかりました。あみちゃんお洋服着たら私についていらっしゃい。お腹の魔法さんがなにか言ったらしいわ」


あみはナースと診察室を出た。


医師は母親に声を潜めた。

「はっきり申し上げます。今のところ胎児は順調にスクスク育てられておりますね。普通の妊婦さんと遜色のない立派な胎児だ。だが問題は山のごとくなんですね。まずお産にあみちゃんの幼児の体が堪えられるかどうか」

母親は顔が硬直する。

「先生堪えられないと申しますと娘はどうなるんでしょうか。うちの主人とも相談したのでございますがあみはどうしても子供を産まなくてはならないのでしょうか」


幼児なんだから出産に耐えられない。ならば中絶して早く楽にさせてやりたいと母親は願う。

「大学のモルモットで産まなくてもよろしいでございます」


母親は母親で医学書からDOUBLEモンスターを知っていた。

「先生。あのあみの子供は私が双子をこさえたその片割れというわけでございますね。というと私があみだけ産んで片割れは産み損ねたということではありませんか。母親の私にもなんか責任を感ずるものでございます」


母親が双子を産まないからあみが代理母になってしまったと言いたかった。

「先生方は医学のための特殊なDOUBLEモンスターも結構なんでございますが」


母親は一気に怒りをぶちまけた。大学病院があまりにあみをモルモット扱いしていることも重なった。小児科の話と産婦人科の話がダブって耳に入ってくることも不快である。

「私医学書と言うの初めて読みました。あみの場合は確かに特殊であるしお医者さまが研究をしたいというのもわからないこともありません」


母親は中絶させたいと願う。あみの幼児の体力は出産には堪えられないなら出産させないでもらいたいと。


「DOUBLEモンスターは奇形なんでございますわ。あみが成長した胎児でDOUBLEモンスターとかいうあみのお腹の胎児は奇形の胎児でございます」

母親は言いたいことだけ産婦人科医に言ったら涙がこぼれた。


奇形児が生まれたら苦労するのは我々家族だからと。病院はお産さえすめばさようならである。


産婦人科医は黙って聞いた。

「モルモットか。確かにこんな稀れなクランケ(ケース)は長い医師生活でもお目にかかることがまずはないであろうな。こちらとしてもどうしても欲しいデータを得たくてたまらないんだ。産婦人科医師には格好のモルモットだ。間違ってはいないなあの母親は確かに良いことを言う。だがモルモットは私だけの愛玩ではないことが残念なところだが」

あみはそれ以後毎日産婦人科に通うことになる。


母親は産婦人科医に妊婦5ヶ月と告げられて戸惑う。

「あみの幼児の体では妊婦さんがとてもできないのよ。なら早くに卸してもらえたらよかったのよ。医学的研究のためにDOUBLEモンスターなんて得体の知れない赤ちゃんに振り回されて。我々家族が医学の犠牲となるなんて真っ平御免だわ。だけど妊婦さんになってもうお産しなくてはならないのよ。ボサボサしていたら大変なことになりそうね」

母親はベッドに眠る我が娘の寝顔を見た。スヤスヤと天使のごとくの寝顔である。母親はあみの額を優しい手で撫でてみた。

「あみちゃんはなんもねぇ悪いないのよ。ただお母さんがちゃんと双子を産まなくていけないことだったのよ」

母親にも責任があると思い込んでしまう。


深夜0時を回った頃あみが母親を起こした。

「お母さんあみちゃんお腹痛い痛いさんなの。我慢できないのお腹の魔法さんがチクチクさんしているの」

腹痛を訴えた。


母親はナースコールを押す。


当直小児科医が駆けつけてくれた。あみが腹痛だと聞いたから待機していた医学生も2人連れていた。

「あみちゃん痛いかい」

妊娠5ヶ月だからと小児科医は産婦人科医をあえて呼ぶ。

「あみちゃんは小児科だけど産婦人科なんだ。お産は基本は病気ではないんだからね」

施しの(すべ)は産婦人科に任せなければと(さじ)を投げた。


しかし小児科があみに何を食べたのと聞いたら腹痛の原因がわかる。

「病院食の前と後にアイスクリーム?たくさん食べたなあ」

あみは食べ過ぎだった。


駆けつけてきた産婦人科医は飽きれてしまう。

「食べ過ぎか。まあ陣痛でなくてよかったが」

せっかく夜あみの病棟に来たのだからと腹部診察をした。


あみのお腹の魔法さんは寝てるようで産婦人科医からは何ももらえはしなかった。


あみはすっきりした寝顔でスヤスヤした。


「いやあ産婦人科さん深夜に御免なさいね。てっきり妊娠ウンヌンかとばかり思い込んでしまったから」

小児科医は産婦人科医に謝った。産婦人科はまったくだよと素直に答えた。


大学付属病院には様々な人種の者が出入りを繰り返す。通院患者であったり付き添い患者であったり。


医療のスタッフは医師・薬剤師・ナース・メディカルクラークなど。さらには医療ジャーナリストもいた。


医療ジャーナルの編集室。こちらは大手出版社の中の一部門が編集作業を進めていた。他の部門には一般週刊誌や月刊雑誌。政治経済から一般大衆娯楽まで扱っていた。


「おい誰か。このさぁ大学病院の記事を取材してくれないか。産科病院の不妊治療の最新現場っていうやつ」


他の医療ジャーナルが不妊治療はここまで進歩をしているを特集していた。黙って負けてはいられないのがライバルである。

「大学病院の産科ですか。あのぅ僕ならよろしいですよ。あの附属病院に足骨折して入院したことがありますから」

若手の記者が名乗りあげた。ナースに知り合いがいるから何かと便利だと手を挙げたらしい。


「あん入院しただと。まあいいわぁ頼むよ。ベタな記事6ページ頼む。産科の教授さんに話聞いて写真一枚な。最新の技術がもしあれば連絡をくれ。応援部隊を出してやるから。手の空いたフリー雑誌記者はゴマンといるからな」


記者はさっそく取材準備に入る。

「まずはライバル医療ジャーナルの雑誌をよく読んでからっと」

病院に向かうタクシーの中で記事を隅々まで読み頭に叩き込んだ。

「この不妊治療よりちょっとでも進歩があれば儲けものさ」


病院では取材許可をもらって産婦人科に向かう。メディカルクラークに来館の趣旨を伝えて産婦人科主任から助教授と手の空いてるスタッフを片っ端からインタビューしていく。

「なんでもいいから目新しい記事が欲しい」


メディカルクラークからの返事は助教授が昼休み以後ならインタビューを受けるとアポイントメント取れる。

「助教授さんは昼休み以後かあ。時間余るなあ。ズバッと教授はどうかと行きたいが教授は敷居が高いからなあ」

謝礼の高さも特にである。 


医療ジャーナルが附属病院で時間待ちをする。喫茶でも行こうかと考えたが産婦人科の待合室で座りテレビを見た。

「連日の残業で疲れたよ。昼休みまで寝入るか」

帽子を目深かに被り長椅子に腕組みをしてグゥーグゥー。


記者が寝入る時にあみと母親は産婦人科診察のためにやってきた。お腹はプクッと膨らみ立派な妊婦さんであった。

「あみちゃん予約した診察時間までまだあるわ。ここでテレビ見ていてね。お母さんね病院の会計からお呼びがかかっているの。すぐに戻りますから大人しく座っていてね」

あみはわかりましたと返事をした。


医療ジャーナルは、

「子連れの妊婦さんなのか。大変だなあ第2子出産だろうなあ」

うとうとしながらあみと母親の会話を聞く。


あみの母親は会話に手間取る。なかなか戻りはしなかった。あみは予約時間が来てメディカルクラークに呼ばれてしまう。あみひとりで産婦人科診察は嫌だった。

「お母さんどうしているのかな。キティちゃん(ケータイ)で探しましょう」

ケータイは繋がる。母親はもう少し書類の手続きに時間かかると返事をした。

「あみちゃん診察室に行きます。お母さん早く来てね」


あみは長椅子からよっこらっと立ち上がった。


そのあみのお腹をプクッとさせた姿がジャーナルには夢うとうとの中に見えた。

「俺夢見ているのか。幼児が腹でっかくして妊婦さんをしていやがるぜ。しかもヨチヨチと診察室に入る。大変だなあ妊婦さんわよ。うん入る?産婦人科の診察に幼児が腹でっかくして入るって」


ガバッと目覚めた。


幼児が妊婦さんだって。


パッと目覚めた。

「ブルブルなんたることか。今俺の横っちょに子供が座りこんでいた。間違っていない。母親が会計にいく幼児は待っている。幼児がケータイで母親早く帰りなさいとそこまで聞いた」

医療ジャーナルはこりゃとんでもない特ダネをつかんだのではと舌舐めをした。幼児が妊婦だなんて。早く確認をしなくては特ダネを逃してしまう。


「なんとかして産婦人科の診察に潜り込みたい。産婦人科は男はいけないんだなあ。頭にかつら被り侵入してやるか」

ジャーナルはケータイを出す。知り合いの女性フリー記者に来てねと頼むつもりだった。アンテナを出してもしもしをしようとした。ポンっと肩を叩かれた。誰かなっと振り向けば警備だった。

「院内ケータイ禁止なんですよ。あの電話ブースでお願い致します」


フリーの女性記者は心よく受けてくれた。時間はかかるが病院には必ず行きますと言った。

「頼むよ。俺は幼児の名前と入院病棟や病室を突き止めておく」


こうしてあみは医療ジャーナルに目をつけられてしまう。記者の取材能力は大したもので瞬く間にあみの名前と小児科病棟が突き止めてられた。インターネットでカルテが管理されているがそのカルテも手にする。記者はパスワードを入手していた。

「名前はあみ。病名は腹腔部膨張-原因不明。不明って言ったって。なんで小児科から産婦人科に診察なんだ。あの長椅子から降りる仕草は妊婦さんそのものだ。女は誰でも腹をかばってどっこいしょとやるさ」

ジャーナルの疑問はどんどん膨らむ。ジャーナルは昼休み以後の助教授インタビューはキャンセルしてしまう。

「不妊治療はまたの時にする。それよりも幼児の妊婦だな。あの可愛いらしい子供が妊婦だとなると。こりゃあなにかある。俺の睨みはまずはハズレないの」

お昼過ぎに女性記者が病院に到着をする。


「遅くなりました。仕事をいただきありがとうございます。しっかり取材させていただきます」


記者は男女のペアとなった。ペアならば夫婦の役もできるから院内ある程度の場所まで侵入ができる。

「ご苦労様。これが妊婦の女の子さ。ケータイ写真だけどね。腹はプクッんだろ。産婦人科の診察から出たところで撮ったんだ」

女性記者は目を丸くしてあみの隠し撮りを眺めた。

「本当に妊婦さんですかね。見た感じ幼児って見えたわ」

俄には信じられない写真ではあった。


ジャーナルはあみの名前と小児科病棟を確認をしてその日は帰ることにした。

「産婦人科医は本当のことは言わないね。カルテには妊婦を匂おわす病名なんにもない。怪しい話だろう」

女性記者はハタッと気がつく。

「あの童女のお腹の子供の父親は誰になるの」


二人は役割を決めてあみの妊娠確認作業に入る。

「妊娠後期ならば毎日受診しているだろう。あみの受診中に君は診察室に飛び込めないか。妊娠のために内診している現場をみたらいいんだがな」


女性記者は翌日派手な服装で病院にやってきた。見るからに水商売の女。

「これも作戦ですから」

女子大時代にはタレントを目覚めた過去があった。


産婦人科は担当医が掲示板に出ている。

「今日は若いドクターさんだわラッキー」

ジャーナルの男女は産婦人科の長椅子に腰掛けて獲物(あみ)の登場を待っていた。二人は若い夫婦に見えた。二人で盛んにキョロキョロしたらあみが母親と診察に現れた。


「よし来た」


あみは予約産婦人科診察。すぐ診察室に入る。ジャーナルはあみが入るのを見届けた。

「大丈夫かい。君はどんな方法でやるのかわからないが」


女性記者は水商売女(チーママ)として産婦人科の診察室に向かう。外来受付(メディカルクラーク)から何も呼ばれてはいない。


「こんにちわ。ちょっとお聞きしたいことがありましてよ」

産婦人科受付(メディカルクラーク)が見知らぬ水商売女に目を向けた。なんだろうかと疑問が浮かぶ。記者は診察の中に耳を傾けた。

「この診察受付にいても医師の話は聞こえるわ」

受付は受診患者でゴタゴタしていた。記者は中の診察状況をなんとか聞こえないかと耳澄ます。

「産婦人科医の声がわかるわ。今から下着を脱ぎ内診に入るようね」

いいタイミングといえる。


記者は嘘八百を並べる。

「あのぅ私昨日こちらで診察を受けました者です。服を脱いだ時に指輪を落としましたの。忘れ物としてこちらには届けられてはいませんでしょうか」

受付(メディカルクラーク)はこの女はいかにも見た目が水商売だから高い値段の指輪を無くしたのではないかと慌てた。


「指輪でございますか。なくされたのでございますか。あいにく私は何も聞いておりません。しばらくお待ちください。ナースやクリーンスタッフが知ってるかもしれません」

女性記者はサングラスを取り出した。

「では診察室の中で待たせてもらいます。あの高価な指輪を産婦人科で無くしたとなりますと警察にも連絡をしなくてはなりませんわ。中で待ちますわ」


クラークは警察と聞いて蒼くなる。記者は悠然と診察室のソファーに腰掛けた。

「幼児の診察はまだまだ続くわ」

産婦人科医の声と患者あみがカーテンで仕切られた診察室から聞こえてくる。内診は見えはしない。だが医師とのやり取りから想像はつく。

「産婦人科医は妊娠何ヵ月かと言わないだろうかしら。言ったら確実なんだけど」


診察室のあみは妊娠5ヶ月から6ヵ月になるところである。内診を受けるあみは妊婦さんのお腹を擦られていた。

「あみちゃんのお腹さん。不思議な魔法使いなんですよ。お腹をポンしたりしますよ。元気な魔法さん」

あみは無邪気に産婦人科医に答えた。胎児がお腹を頻繁に蹴ったりすると答えた。


診察室内の記者は産婦人科医とのやり取りを聞く。

「お腹を蹴った?お腹の魔法使いさんがポンって。なっなんだって。さっぱりわかんないわ」


はてなんだろうか。


産婦人科あみの内診は終わる。産婦人科医はあみに労いの言葉をする。

「あみちゃんのお腹の魔法さん。今日はあれこれやかましいなあアッハハ」


腹部エコーだとすくすく育つ胎児が確認されていた。


診察が終わりあみ服を着る。産婦人科のナースがチョコレートを持って待っていた。チョコレートやシュークリームなどの嗜好品はナースたちがお金を出してあみのために買っていたのだ。


「あみちゃんのお腹の魔法さんはチョコレートでしたあ。あみちゃん嬉しいなあ」


あみが診察室を出たら女性記者も続く。


記者がいなくなってから受付(メディカルクラーク)が戻ってきた。


「あらっ誰もいないや」


ジャーナルたちは意見を交換しあう。あみの診察様子を検討した。

「お腹の魔法ってなんだろうか。魔法がやかましい?なんだろうな」

ジャーナルは想像をしたがわけがわからない。

「魔法は魔法でいいが。その使い方がわからない。それよりも幼児のあみが妊娠ならば妊娠判定薬を使うか。この試薬で調べたら一発でわかる。こちらなら俺に任せてくれ。場馴れしているからさ」

ジャーナルはバッグの中の試薬を確認した。


あみと母親は小児科病棟に戻っていく。

「お腹の魔法さんがチョコレートくださいました」

あみは嬉しい顔でチョコレートをパクパクしていた。


その後ろからジャーナルの男がついていた。身なりは軽装。肩にはバッグをぶら下げていた。


「お母さんあのね」

あみは母親に所用を言った。


男はそれを聞きしめたと喜ぶ。

「やったなっチャンス到来だ」

ジャーナルはスタスタっとあみと母親を追い越した。


「先回りして臨床検査技師にならなくちゃあな」

バッグから白衣を出す。さっと羽織る。立派な医療スタッフになった。

「あみちゃんあみちゃんこんにちは。このコップにお願い致します」


この男は誰か。なんのための尿検査か。まったく説明のないまま紙コップだけ渡した。あみの母親は疑問も持たず、

「わかりました」

紙コップをチョンと受け取る。紙コップにはあみの名前が書いてあった。


「しめしめ」

ジャーナルはうまくやったと喜びである。あみと母親はしばらくして出てくる。紙コップは検査カウンターに置かれていた。

「よし妊娠判定試薬だ。ちょっとつけるだけで簡易にわかる」


ポチョン


妊娠判定試薬は陰性(不妊娠)を示した。ジャーナルは首をかしげた。


「あれっ本当にかあ」


天地がテングリ返るぐらいに驚く。試薬が悪いのか何が悪いのかとは疑問疑問であった。


紙コップをジャーナルは検査技師のフリをして母親に手渡した。母親は母親の健康管理かなと勘違いをしてしまった。あみが検査を受けたことは一度もなかったから。


あみではなかった。


病棟に戻りあみはベッドに横たわる。妊娠6ヵ月ともなると一人前の妊婦さんである。

「よっこらしょ。あみちゃんお腹重いの。お腹の魔法さんちょっと重いの。フゥ〜お腹さん大変だわあ」

ベッドに横にならないと辛いことになってきた。


母親は妊婦のあみを見るのが辛くて辛くてたまらなかった。


ベッドであみを横にさせる。あみが寝ついてくれるまで布団をポンポンと叩き子守り歌を唄う。


あみがスヤスヤ寝てくれたら母親は病棟を抜け出していく。人気(ひとけ)のない場所を見つける。ポケットからハンカチを出す。おいおいと泣き声を出す。


「あみちゃんごめんなさいね。あみちゃんが悪いんじゃあないの。お母さんがいけないのよ。悪いお母さんを許してね。あみちゃんに何もすることができないダメダムお母さんを許してちょうだいね」

母親は胎児内胎児(DOUBLEモンスター)のありとあらゆる医学文献に目を通していた。病床の例が極めて少ないからわからないことばかりだと知った。絶望が母親を遅い涙だけ流れた。


「医学文献には胎児は奇形児だというものがあるの」

アメリカ医学文献にはちょくちょく書かれていた。母親は見逃すことができなかった。


大学病院は胎児を中絶する選択肢を与えない。あみや家族には与えることはなく話を胎児出産だけした。

「相談すらなかった。だから私はダメなお母さん。あみをひとりだけ酷い目を見させてしまうなんて。出産なら代わりたい私が代わりになります。神様がいらっしたらあみに試練など与えることはお辞めください。母親が犠牲になります」


母親は泣けるだけ泣く。気がつくと夜が明けていることもあった。


小児科医療スタッフたち。教授から助教授からみんなが揃っていた。小児科教授は、

「あみちゃんは妊娠6ヵ月なんだってな。早いもんだな」

教授は暗にあみの場合は小児科分野ではないと示唆している。


「産婦人科に面倒を診てもらいたまえ」


教授の一声は鶴の一声である。直に産婦人科へ転病棟しなさいとなった。小児科のナースが転病棟を話した。

「あみちゃん嫌だあ。あみちゃん小児科ダモン。イヤイヤ産婦人科なんて嫌だモン。行かない行きたくない。イャ〜ン。産婦人科病棟行くならあみちゃんお家帰る。お父さんとお母さんと一緒のお家に帰る。病院大嫌いダモン。ワァーン」

大きなお腹を揺すり抵抗をした。


あみには産婦人科病棟に行くとはどういう意味なのか子供ながらわかって行く。


「あみちゃんのお腹の魔法さん。あみちゃんを助けてください。あみちゃんを助けてください。あみちゃんはもう病院嫌だから。あみちゃんのお家帰りたい。学校のお友だちと遊びたい。あみちゃんは普通の女の子に戻ってみたい」


あみは小児科病棟に響き渡る大声でワンワンと泣いた。小児科医らは腕組みをしたまま動けなかった。

「なんとか騙して産婦人科に連れていけないか。産婦人科には楽しいことはないか」

嘘を考えていた。


散々に妊婦あみが泣いたから小児科病棟から移動はしばらく見送りされた。

「あみちゃんの気が落ち着いたら考えよう。子供なんだが妊婦は妊婦さんだ。荒い気性にもなるさ」


その夜に妊婦あみは夢を見た。夢の中に子供がボゥ〜と煙のように現れた。夢の中あみは男の子に尋ねた。

「私はあみちゃんなのよ。あなたはダアレ」

夢の子供は黙ったままあみを見ている。あみの夢はだんだんと映像がクリアになってくる。煙みたいな残像がはっきり男の子になって見えた。不気味にあみを眺めていた。

「あみちゃん見てもつまらないわよ。名前はなんていうの。男の子だね。名前をあみちゃんに教えてください。名前わからないとあみちゃん遊べないモン」


夢の男の子はにっこり笑う。何やら口をモゾモゾ動かした。

「えっあみちゃんわかんない。名前なんて言ったの。あみちゃんわからない」

あみは夢の中で泣き声を出す。


男の子は口をさらにモゾモゾさせた。今度はあみに聞き取れた。


お姉さんありがとう。


あみはハッと目が覚めた。病棟のベッドの中。背中は汗でビッショリである。時間は深夜の2時だった。母親はひとりで泣くために病棟から外に出ていた。


あみは病棟に母親の姿がないことに気がつく。

「お母さんがいない。あみちゃんの大好きなお母さんがいない。どうしたの。ウワァーン」

あみは寝惚けマナコでワンワン泣く。泣いていたら眠くなってそのままスウスウ寝てしまう。


あみは寝入ると再び夢を見た。あみに夢の中の男の子は語りかけて来る。


今度ははっきり顔まで見えた。男の子はあみに似ていた。ともするとあみを男の子にしたような感じであった。


「あみちゃんはあみちゃんですよ。お姉さんじゃあないモン。あみちゃんはあみちゃんダモン。名前もない人なんて遊べませんよ」


夢の男の子はモゾモゾいい始めた。

「僕はお姉さんと一緒に生まれる双子だった。同じお母さんのお腹から生まれるはずだった」

あみは双子(ふたご)ってなんだろうと思った。


「ふたごってなに。同じお母さんから生まれる。あみちゃんのお母さんはあみちゃんだけのモンだよ。男の子なんか知らないモン。ダメですよあみちゃんのお母さんを取ったりしたら。あみちゃん悲しくなってしまいます。あなたはあなたのお母さんがいます」

あみは毎晩深夜に(うな)されていく。夢の中に男の子がはっきりと現れあみをあれこれと悩ませていく。


毎晩あみが(うな)されているようすをうとうとしていた母親が気がつく。あみが腹痛ではないかと気を使う。ナースコールはどうしようかと考えた。

「妊娠5ヶ月ぐらいになると胎児が急に成長をするの。あみちゃんお腹が痛いのね。可哀想にあみちゃんごめんなさいね。愚かな母親を許してね。何もできない母親を許してちょうだい」

母親はあみのお腹をさすってやる。


寝入る妊婦あみはお腹を気持ちよく撫でてもらうと悪夢がスゥ〜と消えた。


「あみちゃんのお母さん優しいのよ。あなたもお母さんのところに帰りなさい。お母さん心配しているわよ」

夢のあみは男の子に帰りなさいと説得をする。

「僕のお母さんはそこにいる。お姉さんと同じお母さん」

夢のあみはわけわからなくなる。

「あみちゃんのお母さんはあみちゃんの優しいお母さんなんだモン。男の子のお母さんは男の子のお母さん。あみちゃんのお母さんじゃあないモン」


男の子は首を捻りながら夢の中煙に消えていった。消えかけた男の子をあみは追い掛けていく。


「待って待ってください。あなたはどこに行くの。あなたはどこから来たの。あなたは誰ですか。あみちゃんはお姉さんではありませんよ」

夢のあみは懸命に男の子の後をつけた。しかし体は重く動きがとれなかった。


一晩悪夢に魘されたあみは翌朝なかなか起きれなかった。母親は無理に起こすこともないからと寝かした。

「あみちゃんは妊婦さんだから。体調が優れなくて疲れているのよ」


その日を境にあみは睡眠時間がどんどん長くなっていく。お昼近くにあみは目覚めた。

「あみちゃんは夜9時ぐらいにはお寝んねするのに。朝が起きれない。オネボウさんあみちゃん」


胎児の成長からあれこれ栄養分を摂られたから眠いのではないかと産婦人科医は説明をした。


あみは妊娠8ヶ月になっていく。母親はいよいよ出産が近いと焦る。

「妊娠8ヶ月って。お父さんに来てもらいたいくらい。いつ生まれてもおかしくないな歳月になったわ」

未熟児で誕生させてもよいくらいだった。


妊婦あみはお腹に魔法はなくて赤ちゃんがいることを自覚する。毎晩胎児が足でお腹をトントン蹴るからわかっていく。

「あみちゃんのお腹には魔法さんがいないの。いるのは赤ちゃんなの。あみちゃんがお人形遊びしているあの赤ちゃんがお腹にいるの」


赤ちゃんとはなんだろうかとそれはそれは不思議であった。


あみの夢には胎児(DOUBLEモンスター)が頻繁に出現をした。


「お姉さんお姉さんってば。まもなく生まれるよ。お姉さんの弟だから。双子の姉弟(きょうだい)になるんだ。お母さんは同じなんだ。間違ってはいけない。お姉さんのお母さん。僕にもお母さん」

夢の子(DOUBLEモンスター)はあみの弟だと名乗った。不敵な笑いをしてはあみを挑発していた。

「あなたは弟ですか。なぜですか。あみちゃんはお姉さんですか。なぜですか。お母さんは誰ですか。あみちゃんはあみちゃんなんですか。あみちゃんはどうしたらいいのですか」

あみは問い掛けを繰り返していく。どんどん男の子(DOUBLEモンスター)について行きたくなる。


「あみちゃんあみちゃん」

あみは深夜に起こされた。母親が起こしたのだ。あまりにあみが(うな)されていたからであった。


目が醒めたらあみは母親にしっかりと抱きついた。目から涙がこぼれた。

「あみちゃん可哀想に。お腹の子供に恐怖を覚えるんだね」


あみが(うな)されることは毎晩続く。母親はあみが可哀想でたまらない。

「お母さんあみちゃん夜が怖い。夢の中にいつも男の子が出現してくるの。あみちゃんの弟だって言うのよ男の子。お母さんの子供だって言うの。あみちゃんはダメですよって言うとね男の子はプィっていなくなってしまうの」

あみは母親にしっかり抱きついたまま夢を語る。


母親は子供の夢物語をハイハイと聞いていた。

「あみちゃんの弟?男の子がそう言うの」

あみの弟。男の子(DOUBLEモンスター)が出て来る。母親はどうしてDOUBLEモンスターが現れるのかと背筋が凍ってしまう。


「お腹の子供(DOUBLEモンスター)はあみになにかしでかすかもしれない。お腹の子供はあみの弟だと名乗ったの。母親の私が双子としてあみと一緒に産み落とさなかったことを恨んでいるかもしれない」

母親はあみのお腹をさすってみた。気のせいかコッツンと胎児がお腹を蹴った。衝撃が感じられた。


あみが夜を怖いということを小児科医にも産婦人科医にも報告をする。

「先生ならあみを救い出してくれる」

母親は一婁の望みを医師に託した。相談を受けた小児科医師は、

「夢に子供が出てくるんですか。胎児が出てあみちゃんにあれこれ言うのですか。DOUBLEモンスターが目覚めたのですか」

だからなんですかと小児科医は母親を相手にしてくれなかった。


産婦人科医師は、

「妊娠も後期に入ると妊婦さんは大変不安な時期になって行きます。変な夢を見たり怯えたりです。お母さんしっかり看ていてください。不安なことはできる限り取り除いてください。胎児(DOUBLEモンスター)が夢に出ても気になさらないように。お母さんもご経験のあるように妊婦さんとはこの時期大変不安定になるものでございます。妊婦あみちゃんの手を夜握りしめて熟睡させてください。幼児ですから睡眠薬は使えません。母親の愛情で克服します」


母親はあみが寝入るまでしっかり手を握りしめてやる。幼児のあみは母親に甘えた。

「お母さんの手は優しいモン。男の子なんか怖くないモン。お母さんそばにいてね」

母親からの愛情を感じてぐっすり寝入る。

「あみちゃんが安心してくれたらいいの。母親としてできることはなんでもする。この子のためならなんでもしたい」

あみが熟睡したら母親は手を離した。


離した瞬間に妊婦あみに悪夢が襲う。


「お姉さんお姉さん。やっと二人っきりになれたね」

あみは魘されながら夢の中に弟(DOUBLEモンスター)を見る。夢のあみは黙ったまま。

「お姉さん僕と遊びましょう。どこに行きますか。遊園地がいいかな。動物園がいいかな。動物ならサファリパークがいいかな」

DOUBLEモンスターは黙った姉のあみに遊び場所を聞いた。あみは好きな遊び場所を聞かれたから、


「あみちゃんは遊園地がいいわ。楽しい遊園地に行きたくなったわ」

弟(DOUBLEモンスター)はニヤリッと薄ら笑いを浮かべた。


夢の中で弟は姉の手をしっかり握りしめて空に飛びあがる。

「ヒャアあみちゃんお空を飛んでいます。飛行機みたい」


夢の遊園地ではあみの乗りたい遊具施設がいろいろ出てくる。ディズニーランドのようだった。

「あみちゃんあれこれ迷います弟くん。全部乗りたいあみちゃんです」

弟は不気味な笑いを残しあみを遊具に乗せた。メリーゴーランド・観覧車・汽車・ゴーカートなど。

「お姉さんジェットコースター行こうか」


遊園地に見えるジェットコースターは一番の人気スポットだった。だが幼児あみは怖くなる。

「弟くん。あみちゃんお姉さんはジェットコースター怖いわ。やめましょうね。あみちゃんダメダメ。お姫さまのコーヒーカップに乗りたい。ゆっくりクルクル回りたいの。かわいいクマさんのスロープライダーも乗りたい。ゆらゆらしながら降りてくるのよ。あみちゃん大好きなのよ」

あみはDOUBLEモンスターに哀願した。

「ジェットコースターは嫌よ。あみちゃんは行きたくないモン。怖いから行かない」

DOUBLEモンスターはあみの手をさっとつかむ。

「お姉さん行こう」

あみが嫌がるも関係なく手を持ちグイグイと引っ張った。強烈な力を発揮した。

「弟くんどこに行くの。お姫さまやクマさんはこっちではないわ。そちらはジェットコースターよ。嫌あみちゃん行かないモン。怖いから行かないの」

あみは嫌なものは嫌と抵抗した。DOUBLEモンスターはあみの手を離さない。


嫌がるあみに向かい、

「お姉さんジェットコースターに乗らないよ。乗ると怖いんだからね。乗ることはない」

ジェットコースターの遊戯施設の軌道コースにあみを連れて行く。目の前には細長いレールがあった。柵がしてあり危険につき立ち入り禁止となっている。

「お姉さんジェットコースター乗らないからルールに連れてきた」

DOUBLEモンスターはあみの手を引き柵を越えた。立ち入り禁止のジェットコースター軌道レールの上を歩かせた。

「お姉さんレールなら大丈夫です。レール上なら安心です。ジェットコースターは危険だけどレールは安心」

あみとDOUBLEモンスターはとことこレールを歩く。あみは全く危険を感じなくなった。


そこにゴォ〜とジェットコースターが物凄い速さで侵入してくる。このままではあみはぶつかる。しかし危険を察知する能力は麻痺させられていた。

「弟くんジェットコースターがやってくるわね。ゴォ〜ゴォ」


ゴォ〜ゴォ〜


あみの目の前にジェットコースターが来た。あみは怖さがないままひかれてしまう。


キャア〜


「あみちゃんあみちゃん大丈夫ですか」

母親があみを起こす。またもや悪夢に(うな)されていたのだ。あみはキィーとか助けてとか悪夢をみながらベッドで叫んだらしい。

「あみちゃん汗ビッショリ。シャツ替えなくちゃあいけないわ」


あみの眠る際に悪夢は続く。DOUBLEモンスターは、

「お姉さんお姉さん動物園に遊びにいきましょう。象さんカバさんいます。ライオンさんもマントヒヒさんも"餌"を欲しい欲しいと待っています」

あみは動物園が大好きだった。幼稚園の時にお父さんに連れて行かれたことを思い出す。


「いいなあ動物園行こうね。動物園ならお弁当とお茶を持って行こうね。あみちゃんはサンドイッチがいいな。おにぎりさんがいいかなあ。弟くんはどっちかな」

DOUBLEモンスターは答えない。


ウキウキしながら動物園の門をくぐるあみであった。

「お姉さんどの動物から見たいかな。象さんからかな。カバさんキリンさんかな」

DOUBLEモンスターはあみの手をグイグイ引っ張った。動物園の獣舎の中をグイグイと。

「弟くんどっちに行くの。象さんカバさんこっちだよ。そっちはライオンさんだよ。ライオンさんは怖いからあみちゃん行かない。象さんが見たいのあみちゃん。キリンさんが見たいなあ」

あみは見たい動物が見えないから泣けてしまう。


ガォ〜ガォのライオンは襲われそうで不気味だった。


「お姉さんライオンさんは怖くなんてないよ。安心をしてください。優しいから頭撫でてあげてください」

DOUBLEモンスターはあみの手を引っ張りライオンの獣舎に連れていく。

「やだやだあみちゃん怖いからライオンさん行きたくない」

あみが必至になって泣き叫んだがDOUBLEモンスターは構わない。ライオンの檻の中を覗き込むように仕向けた。あみの首をグイッと押しつける。


「やだやだ。あみちゃんライオンさん怖いモン。象さんキリンさんがいいモン」


ワンワンあみは泣き出した。あみの前にライオンが数頭現れた。あみの前にあった獣舎の檻がスゥ〜と消えた。弟もいつしかいなくなっていた。


あみはライオンと数メートルの距離にいた。ライオンは獰猛な雄叫びをあげ幼児あみに跳びかかった。あみの頭を鋭い歯がガブリっとやった。


キャア〜


「あみちゃんあみちゃん」

母親はあみを揺り起こした。


悪夢は毎晩あみを襲ってしまう。


「お姉さんお姉さん。遊園地も動物園も遊んだから水族館に行きましょう。お魚さん眺めたら気持ちいいよ」

DOUBLEモンスターはあみの手を持ちヒューと空高く舞い上がる。都会の空を抜けとある海岸近郊に辿り着く。水族館の玄関にはイルカと鯨のデコレーションがあった。DOUBLEモンスターはその玄関口に人喰いサメを加えた。あみにはわからないように。

「わあ水族館だあ。あみちゃんお魚さん大好きよ。かわいいお魚さんだあ」

水族館の水槽がズラリっとあみとDOUBLEモンスターの前に並ぶ。


あみはお魚の水槽をひとつひとつ見ては喜ぶ。


「お魚さんこんにちは。あみちゃんですわよ。みんな泳ぎ上手さんですね」

水槽の小魚を見たらDOUBLEモンスターはあみを引っ張った。

「お姉さん水族館のプールには珍しいサメが泳いでいるよ。サメを見に行こう」

あみはサメを知らない。

「どんなお魚さんかな」


サメのプールには立て札がある。


危険につき関係者以外は立ち入りしないこと。サメは離れた観客席から見てね。


あみはDOUBLEモンスターに押されながらサメプールの近くにやってくる。

「わあサメは大きなお魚さん。なんか怖いなあ。あみちゃん怖いなあ。やだ危ないからやめましょう」

あみはプールから離れようとした。

「お姉さん。サメがお姉さんに話がしたいって言っているよ」

あみはクルッとプールを覗きこんだ。DOUBLEモンスターはあみの背中をドンと押した。


キャア〜


「あみちゃんあみちゃん。起きてちょうだい」

あみは激しい(うな)され方だった。母親がいたたまれずあみを揺り起こした。

「引き裂かれるようなあみの悲鳴が聞こえたから起こしたの。体中汗びっしょり」


母親は産婦人科医に悪夢に(うな)されるあみの異常さを逐一相談する。

「そうですか(うな)されますか。止まりませんか。妊婦さんとしては異常ではないんですが。幼児さんはどうにも胎児が重荷となっているようですね」

産婦人科医も悪夢までは面倒は見きれない。


あみは妊娠9ヵ月を迎えた。大きなお腹を抱え大変な幼児になってしまう。


「お母さんお母さん。あみちゃんもうダメ。お腹いっぱいポンポン。どうしてこんなに膨らんだのかな」

小児科病棟の妊婦あみはいつ陣痛が来てもおかしくない年月だった。

「あみちゃん頑張ってね。もう少しで生まれますからね。お腹痛いのかな。ナースコールします」


母親は妊娠をあみには隠しはしなかった。


臨月が近くなるとあみは小児科病棟から産婦人科病棟に移された。

「産婦人科病棟が嫌だ行かないと言ってられないわ。明日にも生まれそうなんだから」


産婦人科病棟に幼児あみが妊婦さんとして入院をする。瞬く間に妊婦あみの噂は広がった。


「ちょっとちょっと聞いたかしら。あの幼児って妊娠しているのよ。なんと9ヵ月。信じられないわね。父親は誰なのかしら」

産婦人科の妊婦さんと言えども噂の大好きな主婦連中の集まりだった。あみは格好の餌食となり病棟内で常に噂の主となっていた。


「お母さんだから産婦人科は嫌だって言ったの」

小さな体に膨らんだお腹。あみはお腹だけ立派な大人であった。


産婦人科医師は教授室に集まりあみのお産について話合う。

「あみちゃんの自然分娩はまず無理でございますね。内診を私が致しましたがとてもあの胎児が降りて出て来るとは信じられは致しません」


教授らは妊婦あみの帝王切開を決めた。

「切開はよろしいのでございますがDOUBLEモンスターとかは最後まで自力で世に出る努力をしてくれませんとな」

学術的にも胎児内胎児の出産は注目をされていた。


教授の一存で妊婦あみの帝王切開の日は決められた。

「来週の土曜日3時に手術は行う。執刀医らは教授の裁量で人選したい」

いよいよ産まれる。


教授会からお産の日程はすぐに母親に伝えられた。

「帝王切開ですか。あみは自然分娩ダメなんですね。辛いお産にならなければいいんだけど」

母親はガックリと力を落とす。自分の産んだ娘が幼児のままでお産をする。しかも手術をしてまで。

「医学書には大人の妊婦さんでも出産は大変な作業。体力が持たない母体があるというのに。幼児あみに帝王切開の大事(イベント)がこなせるかしら。あみちゃんごめんなさいね。何もできない母親を許しておくれ」


母親はあみのつきそいを実の姉(独身)に代わってもらう。

「お姉さんすいませんね。家政婦さん頼みますと娘のあみが不安になりますから。すいません一晩だけ付き添いをお願い致します」

姉は結婚もしないで実家にいた。

「付き添いぐらい任せてちょうだい。かわいい姪っ子のためならばですものね」


母親はあみの出産のために安産で有名な神社に祈願に出かける。近い神社ならばちょくちょく父親に付き添いを代わってもらい行ってはいた。


「一晩無心に御百度を踏みたいの。母親としてあみにしてやれることは全てやりたいの。私の気の済むまで納得の行くことをしたいの。あみちゃんに申し訳ないから」


あみは母親の姉(叔母)がやってきて喜ぶ。

「おばちゃんお久しぶりです。あみちゃんはこんなになってしまいました。お腹大変なのよ。フゥ〜」


独身の叔母はまもなく姪っ子に赤ちゃんが誕生する。

「この赤ちゃんは私から見たら何になるの。妹はお祖母ちゃん。あらっ20台でお祖母ちゃんと呼ばれていくのね。で私はなんだろうかな。お祖母ちゃんの姉だから姪っ孫かな」

あみの叔母は腕を組んで悩んでしまう。

「私は結婚もしていない先からお祖母ちゃんだなんて嫌だなあ。えっ孫になるのヒェ〜。来週に30回目のお見合いがあるの。あるけどその時に私は孫がいますからって言うのかしら。聞かれないだろうけどバレたらどうしようかな」

叔母の不安は孫の存在だった。


叔母もあみはDOUBLEモンスターを身籠ることを妹から知らされていた。頭では理解できているつもりではあるが実家にあみをみたらやるせなくなる。


「私は32歳で妹に孫がいるのなんてね。あっ孫ではなくて妹の生む予定の子供になるのか。ムムっわけわからないなあ。まったく憂鬱になりますわ」

32歳独身の叔母は無邪気なあみをベッドに眺めた。

「おばちゃんどうかしたの。あみちゃんの顔になにかついていますか。じろじろ見らるとあみちゃん恥ずかしい」


あみは久しぶりに会う叔母に少し甘えたくなる。母親からは止められていた甘味のお菓子が食べて見たくなる。

「あみちゃんアイスクリーム食べたいなあ。あみちゃんイチゴパフェ食べてみたいなあ。おばちゃん食べに連れて行ってちょうだい」

32歳独身叔母は甘味には目がない。あみとは血の繋がりがあるせいか好きなアイスクリームも一緒だった。

「あみちゃん行きましょうか。イチゴアイスクリーム食べたいね。叔母ちゃん今財布を車から取ってくるから待っててね」


あみは手を叩いて喜びを表した。


叔母と姪っ子はペロンとイチゴアイスクリームを食べてまずは満足をする。叔母は童心に戻っていた。

「アイスクリーム美味しいね。冷たい甘いまろやか。たまんないなあ。姪のあみちゃんと食べて益々美味しいわあ。だけどまた太るだろうなあ」

お見合いの日程が頭をよぎった。


そのすぐ後にあみは腹痛を覚えた。お腹をアイスクリームが冷やしたことが原因である。叔母はすぐナースコールを押す。

「すいませんあみちゃんですけど。お腹が痛いと言います」

ナースが飛んで来る。


あみは特別なクランケであるため産婦人科医もやってきた。さらにDOUBLEモンスターがひょっとして産まれ落ちるのかもしれないと医学学生が鈴なりにわんさかあみの病棟に押し寄せた。


産婦人科医は聴診器を腹部にあて何も胎児に異常のないことを確認する。

「あみちゃんお腹の痛い痛いはどこかな。ここかな。こっちかな」

どうやら胃腸機関ではないかと探り当てる。

「あみちゃんに何か与えましたか。アイスクリームだとかヨーグルトだとか。冷たいものですね。腹部がヒンヤリしている」

産婦人科医に言われた叔母は恐縮しきりであった。叔母やあみの周りは医学学生でぐるり囲まれていた。

「あのぉすいませんでした。あみちゃんがイチゴアイスクリーム食べたいと言いますから」

叔母は小さくなって頭を下げた。医学学生たちからため息が漏れた。


産婦人科医はムッとして叔母を睨んだ。

「付き添いはしっかりやってもらわないと困ります。妊婦さんには冷たいものはお腹を冷やしただけでなく胎児に影響を与えますから」

医学学生の前で叱られてしまう。


叔母はしばらく顔があげられずシュンとなった。


夜になると叔母は退屈をしてしまう。あみが起きていたら世間話でもしていられたが。

「あみちゃんは早く寝てしまったわあ。付き添いは何もすることないなあ。携帯ゲームやるかな」

バッグから取り出しテトリスを始めた。

「眠くなるまでやりましょう。今日は最高得点叩き出すぞ」

暢気に32歳独身叔母はゲームに興じた。


時間は過ぎ11時を過ぎる頃叔母もゲーム疲れになり微睡みを覚えていく。

「フワァ〜眠くなってきたわ」

あみのベッドに持たれ毛布を掛けてグウグウし始めた。叔母と姪っ子が就寝をした。


「お姉さんお姉さん」

あみは悪夢が始まった。夢を見ているあみはかなり(うな)され奇声を発したりしていた。だが叔母は熟睡しておりまったく気がつかない。またナースさんは定期に病棟を見回りをするがあみが魘された時にドンピシャ当たればよかった。


「お姉さんおいでよ。こっちにおいでよ」

夢の中DOUBLEモンスターはあみを手招きをした。

「弟くん。今夜はあみちゃんをどこに連れて行ってくれるの」

DOUBLEモンスターはついておいでと手招きするだけであった。


あみはどこかなどこに行くのかなと弟くんのDOUBLEモンスターに従う。

「あれっここって見たことあるとこ」

あみは夢の中で回りをぐるりと見渡す。見たことのある場所どころか。

「あみちゃんの入院する病院だわ。あらっ小児科病棟だ。保育士さんがいた遊戯があるわ」


DOUBLEモンスターはあみをさらにさらに病院中に連れていく。小児科病棟を抜けて外来診察に行く。

「外来はガランとして誰もいないのね。淋しい感じね」

弟のDOUBLEモンスターは産婦人科外来にあみを連れて来た。


「お姉さんここわかるだろう」

診察室に手招きをしていく。あみが毎日診察を受ける台がはっきりわかる。 

「わかるわ診察台ね。わかりますわ」

夢の中のあみは力強い返事をした。

「へぇお姉さんわかるのかい。そいつはいいやアッハハ」

DOUBLEモンスターは腰に両手をつけて高笑いをした。


産婦人科病棟で妊婦あみはベッドに横になっていた。かなり低い声で唸り寝ていた。付き添いの叔母はあみの布団に頭をつけてグゥ〜グゥと寝て気がつかない。


ベッドに寝ていたあみ。目を瞑ったままスクッと起き上がる。付き添いの叔母が寝ていることを確認をする。あみの顔面は喜怒哀楽のない能面のようであった。


あみは起き上がると足で立つ。足が伸びるとスリッパが自分からはかれた。


あみは両手を前に伸ばした。それは夢遊病患者であった。


あみはスリッパでゆっくり一歩前に一歩前に歩き始めた。その姿なんとお腹の脹らみがなかった。妊婦あみはどこかに消えてしまっていた。夢遊病患者あみは産婦人科病棟を抜けエレベーターに乗り込む。


あみが乗るとエレベーターは行き先階が自動で点滅した。外来診察のある1階に行くらしい。


エレベーターは途中で深夜勤務のナースやメディカルクラークを数回乗せた。だがあみの存在には気がつかない。何もなかったようにあみの降りる1階で先に降下した。


あみは両手を出して歩き出す。目指すは産婦人科外来診察室。廊下を歩き警備員控え室の前を通る。深夜の院内だが無人というわけでなく人の気配はあった。

「警備長今なにか通っていきませんでしたか。小さな女の子がいたような」

警備員は錯覚だったかなパジャマ姿の女の子が深夜にフラフラしているわけはないかと思い込んだ。

「そうだモニター画像で確認してやれ。エレベーターホールから女の子が出て来たんだ」

警備室にある院内モニター画像を再生してみる。


ああっ!


警備員は腰が抜けた。


エレベーターホールから玄関ロビーに赤いスリッパがスゥ〜スゥと歩いている画像ではないか。

「目の錯覚か。赤いハレーションなのか。でっ出たあ」

警備員眠気が吹っ飛び背筋がゾォーとした。


あみは外来廊下を通って産婦人科外来に到着する。外来診察室は鍵がかかり中には入れない。


あみは右手を伸ばした。ドアの鍵穴に指を差す。


パチン


鍵が突然に開いた。ドアはあみが手を添えただけでスゥっと開いた。


産婦人科外来診察室が開くと警備室で開錠ランプが赤く点滅をした。

「おっおい産婦人科に怪しい侵入者ありだぜ」

警備は色めき立つ。外来診察に来たのは不審者かどうか。外来モニターで産婦人科を映してみる。しっかり確認をしないと誤解を招くこともあるからだ。

「深夜に医師が(警備に)黙って診察室にやってくることがある。夜中に急患ができてカルテが見たいだとか」

ナースと密会されるタフな方もなきにしもあらずであった。

「最近はナースだけでなく受付(メディアクラーク)嬢も多いけどな」


外来のモニターには誰の姿も映していなかった。

「不審者がいないのか。となると錠の点滅ランプが異常になってしまったというやつか。まあいいや産婦人科の現場に行って確認してくるか」

若手の警備員は警備帽を被り外来廊下に出て行く。

「うーん外来の鍵はしまったままだ。異常なんてなんにもない。人騒がせな錠ランプだぜ」

産婦人科外来のドアをガチャガチャと確認した。


夢遊病あみはうまうまと診察室に入れた。


あみが夢遊病になってしまった後、叔母はムニャムニャと寝言を繰り返した。

「あんっもうだめだわ。そんなに食べられないわあん。アイスクリームはイチゴいただいて満足さん。バニラはひとつでいいの。シャーベットはいやん太るからムニャムニャ」

幸せな32独身女であった。


夢の中で食べてばかりであった。その夢は巨大プリンが登場をした。

「ひぇ〜でっかいプリンだわあ。(どんぶり)プリンサイズだわ。いただきますわ。あみちゃんもいこうか。ヒヤァ〜洗面器サイズプリンが出たあ。あみちゃんも(母親の)妹もパクンパクンしましょう。あらっまだまだ来るなあ。アワアワ〜バケツプリンだわあ」


お化けのようなバケツが出たところでハッと目が醒めた。

「あらっ夢だったのか。アイスクリームもプリンも食べたいなあ。ねぇあみちゃん」 

寝惚け(まなこ)で叔母はあみのベッドを見た。


あみちゃんはスヤスヤ寝てるわ。


翌日あみの母親は安産お百度詣りを済ませ戻ってきた。

「お姉さんありがとうね。付き添い大変だったでしょう。夜中にあみちゃんが(うな)されたりして」

言われた姉(叔母)は熟睡しており気がつかない。

「ええっまあね」


あみの母親は寝ずの安産お百度を踏んでいた。

「お姉さんそれがね」


深夜にお百度を踏んでいると頭の中にあみが現れたり見たこともないあみにそっくりな男の子が現れた。

「私がボォ〜としていたのかな」

あみと男の子は交互に、

「お母さんお母さん」

と呼んでいた。そのふたりの声は忘れることができないものであるらしい。

「お姉さん私思うんだけど」

DOUBLEモンスターはあみのお腹に宿って今まさに産まれようとしている。

「あみに寄生してまで産まれたいと思うのは母親の私に会いに来るためではないのかなと思うの」


あみのお腹を母親が撫でてやると胎児はおとなしくなる気がしてもいた。


あみの悪夢のうめきや叫びはひたすら母親に会いたいという胎児の意思表示のような気がしている。


「私は男女の双子を産むはずだった。だけど女の子だけしか産み落とせなかったの。だからこの世に産まれなかった男の子は私に恨みを持ってしまったのかもしれない」


32歳独身の姉は困った顔をする。

「妹は出産経験があるけどさ私はなあ」

30回目のお見合いに賭けてみたいなあと思う。

「姪っ子のあみにも先越されちゃったしなあ。なんか(うち)の家系って世代交代異常に早くないかしら」

32歳の姉はお見合いの日までエステに通うかなと急ぎ足で帰った。


あみはいよいよ分娩の日を迎える。

「お母さんあみちゃん手術をするの。お腹痛い痛いさんになってしまうの。嫌だなあ」

あみは母親の胸にずっと抱かれたまま離れようともしない。

「あみちゃん可哀想だけど。あみちゃん大丈夫だから」

母親はあみの長い髪を撫でながら涙を流す。

「あみは私が産まなかった子供を代わりに産んでくれるの。私はあみちゃんに謝らなくてはならないの。ダメダメお母さんを許しておくれ」


母親は娘あみと心底代わりたいと願ってしまう。神様がいらっしゃるのならなぜあみにお産という試練をお与えになったのか教えてもらいたかった。

「私がなぜ双子を産めなかったのか。答えがいただきたいわ」


朝のナースの検温がやってきた。

「おはようございます。あみちゃんご気分はいかがですか。今日ですわね」

妊婦あみの体温は平熱血圧も正常だった。

「お母さんも検温させてもらいます」

分娩の事故があらば母親から輸血などするかもしれないとナースは説明した。


「輸血ぐらいなら好きなだけ採ってください。あみちゃんが助かりますならなんでもしてください」


あみは分娩室に入る前に軽い食事を摂る。母親に抱きついて朝から泣いてばかりいるから空腹は感じはしなかった。

「あみちゃん食べないといけないわ」

母親がスプーンであみの好きなヨーグルトを食べさせようとする。


「いらない」


ヨーグルトは大好きな娘なのに。


産婦人科教授会。

DOUBLEモンスターが産まれるとわかり世界の医学部から問い合わせが殺到をする。

「先生物凄い反響ですね。アメリカ医学からも細かなデータをもらいたいとファックスが流れています」


騒いでいたのは大学医学部だけではなかった。


「DOUBLEモンスターのドキュメンタリーを放映させてくださいませんか。産婦人科教授から許可いただいて貰えませんか」

マスコミはテレビや新聞とわんさか大学本部に産婦人科教授会に押し寄せていた。


「教授大変な騒ぎですよ。アメリカのテレビから英国テレビと取材させてくれと申込み(オファー)です」


昼過ぎ3時からあみの分娩は市民病院の産婦人科医長にも知らされていた。医長はあみを大学病院に移送させてからはインターネットで子細にあみのDOUBLEモンスターを診て気になっていた。


「最初にDOUBLEモンスターと対面したのはワシだ。分娩はワシが取り上げてやりたいくらいだ」


その気持ちが日増しに強くなり母校の大学病院に執刀医依頼をした。

「執刀医は大学教授が担当致します。サブドクターでしたら先輩の顔を立ててお受け致します」


医長と年齢のさして変わらない教授から手術に立ち会ってくださいと快諾を貰う。市民病院医長は飛び上がらんばかりに喜んだ。

「嬉しいよ。久しぶりに母校に行くか。あみちゃんに会えて光栄だ。DOUBLEモンスターくんにもまもなくお目にかかれるとはな」

医長はダブルのスーツを着て病院に出かける。

「孫のあみちゃんにはなにをプレゼントしようかな。シュークリームかアッハハ」

医長は内線で秘書を呼び出す。

「君ならあみちゃんなにをプレゼントしたいかね」

秘書はわかりましたと答えた。秘書もインターネットであみの病院入院データをチェックしていた。

「お腹の魔法さんですからね。医長先生はお腹の魔法さんでアッと驚くプレゼントをお持ちになられないといけないですわ」


秘書は大学病院に一番近いデパートに電話を入れた。赤ちゃんコーナーを繋ぎベビー洋服を注文する。

「男女どちらかわかりませんからその点を気をつけてください」

医長が病院に到着をする時間までに産婦人科教授会に届くように頼んだ。

「あみちゃんはお腹の魔法からいよいよ解放ですわ」


医長は病院に着くと真っ先にあみを尋ねた。

「あみちゃんお母さんお久しぶりです。ほほぉ泣き虫あみちゃんだね」

医長が尋ねた際にあみは母親の胸で泣いていた。

「泣くのは無理もないなあ。こんな幼児にお産をさせるなんてな」

医長はあみの頭を撫でた。担当のナースを呼び出しあみの検査データを読む。

「うん体調はいいな。だが妊婦さんである前に幼児ちゃんだからな。大人のつもりであみちゃんを診てはいけない。とんだしっぺ返しが待つかもしれん。なんせ医学や科学は万能の武器ではないのでな。慢心は怪我の元だわい。分娩も今や誰でも産婦人科医なら施せる術式だがな」


医長は妊婦あみの顔いろを判断する。お腹を触診して病棟を後にした。


この時のあみの泣き腫らす顔は忘れられなくなってしまう。


さらに医長は幼児の血圧が気になった。


医長は産婦人科教授会に行く。あみの分娩スタッフのひとりとして参加をするその打ち合わせにである。

「今日はどうぞよろしくお願い致します」


大学医学部では後輩にあたる産婦人科教授に頭を下げた。

「先輩お久しぶりです。市民病院の名医の噂はこちら大学病院にまで鳴り響いております。今日は先輩のお力をぜひいただいて術式を成功させたいと思います」

産婦人科教授は医長に頭を下げた。


大学医療スタッフが慌ただしくなると同時にテレビクルーもだった。


民放各社は『胎児内胎児・DOUBLEモンスター』の特番を組んでいた。

「長く医療番組を専門にディレクターをしているがDOUBLEモンスターなんて初めて聞いたぜ」 

各社のディレクターが異口同音であった。

「産婦人科医の専門家だって知ってるやつなんか誰ひとついない。まあそれだけ稀れなケースというやつさ。だがな不思議は不思議さ。父親なくて妊娠だからな」


医療番組スタッフとは別に芸能リポーターも動き始めた。

「つまりいくら幼児だからとしても父親がなくて妊娠はしないというやつさ。疑うなら徹底して疑うのはジャーナリストの宿命というやつ(さが)っていうとこかな」


あみは疑いがかけられていく。


父親は誰か。


「ディレクターちょっとよろしいでしょうか」

芸能リポーターのフリーの若手がさっそく情報を集めてきた。

「ディレクターは最年少出産記録というものはご存じでしょうか。世界記録というやつです」

世界で一番若い母親は誰かという問だった。

「そうそうギネスブックには記載があるな。何歳ぐらいだろうなあ。生理が来てからの妊娠だろうだから12ぐらいか」

ディレクターは小学校6年生12歳と答えてハッとする。


「妊婦あみは幼児だぞ」


となると生理があみにはないから通常の妊婦とは言えないのか。

「世界最年少出産記録は5歳7ヵ月21日なんですよ。南米のペルーの幼児が産んでいます。その次がロシアの6歳。英国では7歳母親9歳父親なんて記録が残ります」


ペルーの世界最年少は当時かなり物議をかもし出したようだった。果たして6歳児が妊婦になれるのであろうか。また妊娠が本当ならば父親は誰か。あみと全く同じケースである。

「ペルーの場合は実の父親が幼児虐待を繰り返したのではないかと警察に逮捕されています」


父親はペルー警察に逮捕をされて幼児虐待を認めよとなっていたらしい。だが容疑は一貫して否定をする。

「かわいいかわいい愛娘に虐待なんかするわけがない」

結局証拠不十分で釈放されている。幼児の回りの男性は誰かと探してはみたが特定には至らなかった。

「結局父親は不在なのか。そこで妊婦あみのようなDOUBLEモンスター説になりつつあるというカラクリか」

テレビディレクターはなんかつまらないオチだなあと呆れかえる。

「DOUBLEモンスターもなあ夢はあるがね。夢はあるがなんていうか悲しいかなドラマが感じられやしないんだ。幼児の妊婦の結末はアッと驚くものが待ってないといけない。腹を開いてみたら金貨や銀貨財宝の山だったとかさ。ジャックと豆の木の金貨を産むアヒルとかさアッハハ」


ディレクターの命令で幼児あみの男性関係を洗いに出た芸能リポーターはことごとく無駄足で戻ってきた。

「ディレクター残念ですわ。ジャックと豆の木からは金貨は産まれませんです。何にもありません。あみちゃんの父親が疑いだったんです。が父親は大変な子煩悩でしたね。近所で有名でした。素敵な父親です。疑うなんて失礼なぐらいでした」

芸能リポーターはそれだけ伝えて足早に消えた。


あみの分娩は予定通り始まった。執刀医産婦人科教授。サブ執刀医は市民病院医長である。


医長はあみに麻酔をかける前に伝えていた。

「あみちゃん安心をして手術を受けておくれ。執刀は教授と私だ。分娩手術のベテランふたりがかわいいあみちゃんのお産の手助けをする。あみちゃん手術(オペ)が済んだら素敵なプレゼントを私や教授たちからあげるよ。頑張ってよい子を産んでおくれ」


麻酔が徐々にあみに効いていく。あみは恐怖だけの世界で微睡み意識が遠くなる。

「ではただ今から術式を始める。見学をする医学学生たち諸君。胎児内胎児は稀なるケースだ。深くクランケに敬意を表し術式を診て研究に役に立ててくれたまえ」

教授はオペ室に響きわたる凛とした声で説明をした。


医学部の学生はその日手の空いている者すべてが集められ見学をした。


世にまたとない胎児内胎児・DOUBLEモンスターの出現を心待ちにしていたのだ。


あみは麻酔効果から深い深い昏睡に陥る。意識だけは覚醒をして夢を見ていた。

「ここはどこなの。何にも見えない暗闇だわ」

あみは目がよく見えないようだった。その暗闇の中に光が一筋サアッと入ってくる。

「やあっお姉さんご機嫌よう」

あみの弟(DOUBLEモンスター)が暗闇の中に現れた。

「僕いよいよ産まれるんだ。産まれたら立派な男の子に成長をしたい。スポーツをやって野球かサッカーの選手になりたい。(あみの)父親はテニス選手だから僕もテニスをやればうまくなるだろう。産んでくれたら楽しいことがいろいろあるだろう」


暗闇の光はDOUBLEモンスターの喜んだ顔をくっきりと浮かびあがらせていた。


「弟くんが産まれるの。あみちゃんの弟くんが産まれるの。なんのことなの。あみちゃんにはわかんない話だわ。あみちゃんのお母さんは弟くんを産んでなんかいないモン」


あみは必至で母親を取られないように努力をした。


「あみちゃんのお母さんはあみちゃんだけのお母さん」


あみちゃんのお母さんはあみちゃんだけの…


あみは弟くんに断言をした。DOUBLEモンスターには母親はいないのだ。あみはお前を産んではやるが母親にはなってはやはない。

「僕のお父さんはお父さんさ。お母さんはお母さんさ。ちゃんといる。お姉さんだけのお父さんお母さんじゃあない」

怒る仕草をDOUBLEモンスターはあみに見せていく。あみは負けてはいない。大好きな母親を横取りされてはたまらないからだ。


あみは母親を独占するような態度を取る。


DOUBLEモンスターは一段と声を荒々しくした。

「あみは姉さんなんだ。僕は弟になる。僕はお姉さんに寄生をして産まれるのが遅れてしまった。だが間違いなく双子の姉弟なんだ。なぜわかってはくれないのだ」

DOUBLEモンスターは少しも理解を示さない姉のあみにつっかかってきた。


暗闇の中であみの顔が赤くなっていく。

「やだよ。変なこと言わないでちょうだい。あみちゃんはお母さん大好きよ。お母さんはあみちゃんの弟なんかいないモン。お母さんはあみちゃんだけのお母さんだから。ちゃんと覚えてちょうだい。あなたなんか知らないモン」

あみはイライラしてくる。負けてはいけない。負けたりしたらあみの母親はDOUBLEモンスターに取られてしまうのではないかと危惧していた。

「あなたなんか嫌い。大嫌いだっアッカンベー」

あみは悲しくなって泣けてしまう。


妊婦あみの手術室の術式は進行をする。

「開腹手術はなんとも異常はないが」

執刀の教授は汗だくになる。開腹をしてまだ間が経ってはいないと言うのに。

「大人の妊婦ならば骨格から胎盤からそれなりの大きさがある。いくら個人差があるとしても。今のクランケあみよりは断然大きい。骨格だってしっかりとしている。こんなコンパクトな体腔にメスを入れたのは初めてだ」 


手術は産科であるがクランケは小児科であった。

「教授大丈夫ですか」

サブ執刀医の医長が助け舟を出す。教授は顔いろが冴えない。苦渋の色が読み取れた。


「執刀医を代わります」


教授は先輩の産婦人科医長に代わってもらう。教授はフラフラと歩きオペ室を後にした。極度の緊張感から疲れが蓄積してしまう。 

「世界が見ていると思ったら」

教授はナースを呼び点滴を受けた。


「ただ今から私が執刀医を務める。術式は教授と同じだ。みんなよろしく頼む」

医長が執刀医に代わる。あみの胎盤から中々胎児は剥離(はくり)をしない。医長は汗だくになる。

「妊娠期間が短い場合によくあることだ。ベテランのワシが慌ててはならない。落ち着きなさい。慌ててはならない。この程度でベテラン医がなんたることか」

胎盤は小さ過ぎて完全には機能をしていない。黙視では胎児と完全に皮膚そのものが分離されていなかった。

「なむさんダメか」


暗闇の中あみは母親を守るためDOUBLEモンスターと対決する姿勢を見せていく。

「まだわからないの。あみちゃんはお母さん大好きだから誰にも取られたくないのよ。お母さんを奪い取る悪い子なんかあみちゃん知りません」


暗闇のDOUBLEモンスターは笑い始めた。

「アッハハこれは愉快だ。僕のお母さんを独占したいなんて。これは愉快だアッハハ」


暗闇いっぱいにDOUBLEモンスターの笑い声が響いていく。あみはさらに不愉快になっていく。

「おかしくないモン。あみちゃんは笑われたりすることなんにもないモン」

DOUBLEモンスターは笑わい終わったら真面目な顔に戻る。

「お姉さんまもなく僕は産まれ落ちるようだ。この続きはこの続きはやろうぜっお姉さん」

DOUBLEモンスターは光を失い暗闇の中に吸い込まれ消えてしまった。


あみは音も光も何もない世界でただひとり佇んでいた。あれだけ興奮したことが嘘のような暗闇だった。


妊婦あみの手術は難航を極めた。産婦人科医長は執刀医として早急な決断を迫られていた。

「医長先輩。胎児を剥離致しましょう。胎児形成に奇形があることは珍しくはありません。早く剥離してやらないと出血が抑えられません」


悩んでいても埒があかない。医長は強引に胎児を胎盤から剥離をした。メリメリという凄い音が響きわたる。胎児の背中は脆く剥がされていった。


胎児を取り上げるとあみの胎盤からの出血を抑える。

「医長先生。血圧が低下しています」

グラフを見たナースが逐一血圧低下値を報せてくれどんどんさがっていく。

「止血と輸血の準備をしろ」

輸血がなされあみは縫合を受ける。

「これで血圧が回復してさえくれたら万全だ」

母体のことは医療スタッフに任せた。

「胎児の処置を急がねばならない」


背中がただれ皮膚がむしられた状態になってしまった。医長は胎児の臍の緒をチョキンと切る。


オギャア〜


産婦人科全員が拍手をした。


医長は汗だくになりながらもやれやれと安心をする。

「えっとどっちかな。うん男児だな」

立派なものがチョコンとついていた。


手術はあみの血圧の回復を待つばかり。グラフは医長の期待通りにぐんぐん上がった。

「よし終わりにしよう」

手術室から拍手が。手術室の見学席からも拍手が巻き上がった。医長は深々と医療スタッフ全員に頭をさげた。

「私の孫が無事お産を終え取り上げることができて光栄に思います」

DOUBLEモンスター誕生の瞬間であった。

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