顛末
ヒーローに促されるままに村に向かって歩いていたサリタンだったが、例の小屋まで戻ってくると大木を見て自分が対魔物用に用意した枝の存在を思い出した。
「そういや結局使わなかったな」
―――折角折ったのに。
「何がじゃ?」
訊かれてサリタンは視線を大木から肩を並ばせて歩いているヒーローへ向けると、不思議そうな顔をして見ている目とぶつかった。
「いや、別に」
「ふむ」
ヒーローはそれ以上は尋ねてこなかった。
再度歩きだして数分したころ、数メートル離れたところにある木々の隙間から、村が見え始めた。
ようやく帰って来た気がして、無意識に溜め息を漏らす。
そんなサリタンを見ていたヒーローは、そっと口を開いた。
「さっきの……大きい姿は、お前さんだったんじゃよな?」
「ん? ああ。爺さんから貰ったネックレスの効果だ」
そう言うとサリタンは歩きながらもポケットに直していたネックレスを取り出して見せた。するとヒーローの手が伸びて来て、意図が解ったサリタンは皴が寄っているが固く、鍛えているその手の平にネックレスを落とす。
足を止め、ヒーローは渡されたそれを眼下へもってゆき、まじまじと見つめていた。
やがて、厳しい表情を作る。
「……?」
―――なんでそんなに真面目な顔してみるんだ……?
真剣な表情でネックレスを見ているヒーローを、サリタンが怪訝な表情で見つめていた。その視線に気が付いたのかヒーローが顔を上げ、サリタンと視線がぶつかった。途端、ヒーローはにっこりと微笑む。
「さ、行こう」
そう声を掛けて、サリタンの背中を優しく押し、歩きはじめる。
数歩歩いたところで、ヒーローがまた声を掛けてきた。
「レヒドルに伝えたいことがあるかの?」
「え?」
肩を並べて歩いている祖父を見上げ、サリタンは今の言葉の意味を探ってから口を開いた。
「……また王都へ?」
「おそらくそうなるとは思うがの。ついでにまた世話になったようじゃから礼でも、とな」
―――ああ、なるほど……。
納得がいって、サリタンは数秒、言葉を探すために沈黙した。
その間も二人は歩き続け、ようやく村の中へと足を一歩踏み入れる。同時にサリタンの足が止まり、ヒーローも習うように止める。
「……爺さんの予想通りだった。って言っといて」
「分かった」
自然にヒーローの手がサリタンの後頭部に伸び、ひと撫でされる。サリタンがその感触に気が付いたときには既にヒーローは前を向いて歩きはじめていた。サリタンは多少気恥ずかしく思いながらも不快には感じなかったのだった。
先行くヒーローの後を追ったサリタンが祖父に追いついて肩を並べて歩いていると、小さく双眸に映っていた、王都から訪れていた隊長を含めた兵士達が二人に気づき鉄のぶつかり合う重たそうな音を立てながら、駆け寄ってきた。
個人差はあるが兵士達の鎧は、自身の血や魔物の体液が付いた個所に砂埃が付着している為か、とても汚れていた。主に首を狙われたらしく、ほとんどの者が掠り傷を負っていたが、村の女性たちに治療してもらったのか、包帯を巻いている。だがじんわりと鮮血が滲み始めていた。
薬剤師と医師だと思っていたアオとソラは魔物であったために、現在この村には医師がおらず、簡単な応急手当しかできないのだろう。
血と汗、そして魔物の体液が混じり異様な臭いとなって、辺りに漂っている。
そんな中荒い呼吸を繰り返しながらヒーローの正面まで移動してきた兵士達を代表し、隊長が話し掛けて来た。
「ご無事でしたか」
「ええ、この通り」
そう答えたヒーローが優しい笑みをサリタンに向け、同時に隊長と兵士達の視線が集まる。一斉に注目されて、少々気まずい思いをしたサリタンは誤魔化すように話題を振った。
「今から王都へ戻るの?」
「ああ、そうだな。王に報告をせねばなん」
隊長が顎に生えている髭を親指と人差し指でジョリジョリ触りながらそう答える。ついでその視線をヒーローへ向けて口を開いた。
「ヒーローさんも、ご同行願えますかな? そちらの方であった事もお聞きしたいので」
「分かりました」
予め予想していた為だろう、驚くこともなくすんなりそう答えたヒーローは、
「ちょっと家族の者に伝えてきます」
と言い残し、サリタンを一瞥すると背を向けて自宅に向かって歩き出した。サリタンはついていくことはせず、どうせ戻ってくるのでその場で立ち止まったまま、ヒーローの背を見送る。
自宅に入るのかと思われたヒーローだったが玄関先に立ったままで話をしているらしい。数分も満たない内に戻って来た。
「もういいの?」
側に来たヒーローにそう問うと、「ああ」と答えサリタンに微笑みを向けてくる。そしてその視線を正面の隊長に戻すと、
「待たせてすみません。さ、行きましょう」
と声を掛けて促した。そして再度視線を背後のサリタンに向け微笑む。
「じゃあ、行ってくるでの」
「ああ」
そうして、隊長らと共に背を向けて歩き出すヒーローの小さくなる背中を、サリタンはその姿が消えるまで見守っていたのだった。
兵士達と共に王都へ着くと、ヒーローは応接室へ一人通された。
以前泊まった部屋のように壁際に棚が並べてあり、その上にアンティークのようなものが置かれてあった。カップや花瓶、鏡、絵などである。近くによって見てみると、埃などはかぶっておらず、色も鮮やかで艶もよい。大切に扱われていることがよく伝わってきた。
そうしていると扉が音を立てて開かれ、ガラガラと床を滑る台車を押しながら侍女が姿を現した。上には急須とカップが伏せて置いてある。その後ろから隊長が鎧を脱いだラフな姿で部屋に入って来た。
「お待たせいたしました、どうぞこちらへ」
そう告げた隊長は礼儀正しく腕をまっすぐ伸ばし、己の向かいのソファーへ座るように促す。ヒーローはそれに従い、数歩歩いてソファーまでいくと、腰を落ち着けた。
隊長は足を肩幅に開き、腕をそれぞれ鍛えて固くなった、逞しい大腿部に乗せている。室内には侍女がお茶の用意をする音だけが響いていた。それも暫くすると終わり、ヒーローと隊長が座っているソファーの間に置かれているテーブルの上に小さな音と共に、湯気がのぼっていて甘い花の匂いが仄かに香るカップを置く。そして礼儀正しく両手を下腹部辺りで組み、お辞儀を一度してから部屋から出ていった。
静まり返った部屋に気まずい沈黙が流れたが隊長がそれを誤魔化す為かお茶を手に取り一口口に含んだので、ヒーローも一口頂くことにする。
飲んでみると甘味は抑えられており花の香りが程よく香り、味も濃いくもなく薄くもなく、口に合って美味しかった。
三口飲んでからカップを一旦置くと、それを図っていたように隊長が口を開いた。
「ヒーローさん、まずはお礼を申し上げます。魔物討伐にご協力頂いてありがとうございました」
そう言って頭を下げる隊長に、慌ててヒーローは返事を返した。
「いえ、当然のことをしたまでです、頭を上げてください」
「は」
そして顔を上げた隊長は続けて口を開いた。
「早速ですが……本題に入らせていただいてもよろしいでしょうか」
「ああ、はい」
「では、ヒーローさんが見た事を教えてください」
うむ、と一度頷いてから、ヒーローは口を開いた。己が見た一部始終を報告する。
アオに孫が連れ去られ医師を騙ったソラと合流していたこと、そのソラから孫が逃げ回る形でなんとか耐えきっていたこと、アオが孫を殺そうとした際手違いでソラを刺してしまい、ソラが絶滅したこと、そして、その現実に耐えかねて逃げ出したアオを自分が追いかけたら、己の剣に突撃してきてアオが自害したこと。
サリタンが大人になっていた所はわざと省き、それ以外を全てを話すと、最後の方で隊長は顎の髭をジョリジョリいわせながら怪訝な表情をした。そして、低く唸る。
アオがヒーローの持っていた剣に突っ込んできて自害した事が、なんとも理解しがたいらしい。それはヒーロー自身も同じ気持ちではあったのだが。
「……まぁ、我々は魔物そのものじゃないですし、なんとも理解しがたくはありますが……無事に全てが丸く収まったわけですな」
ヒーローはその言葉に無言を返す。
数秒後、気を取り直したように、間を繋げるように隊長が己の太腿を、拳でポンと叩いた。
「分かりました。王にはそう報告しておきます。わざわざお越し頂いてありがとうございました」
「いえいえ」
「して、ヒーローさんはこれからどうなされるので?」
「レヒドルに顔を見せてから帰ろうと思います」
「なるほど。では、下までお見送りいたしましょう」
言って、隊長がすっと立ち上がった。ヒーローも長居するつもりはなかったので黙って従い、二人肩を並べて応接室から出ると門まで移動する。
「では、わしはこれで」
「ありがとうございました! お気をつけてお帰り下さい」
暇を告げるヒーローに対し、隊長は慇懃な礼で応える。
ヒーローは隊長に見送られながら壁沿いに歩いて行き、レヒドルの家へ向かって歩き出した。
レヒドルが住んでいる丸いドーム状の家から数メートル離れた所に着くと、ヒーローは空を見上げた。先程までは青空が広がっていたのだが、今は雲が空を覆い始め、太陽が隠れて辺りがすっかり暗くなってきている。
―――雨が降るかもしれぬなぁ……。早く帰らねば。
そう考えながら立っていると、耳が、何かの扉が開く音を拾った。
見上げていた顔を下げ、正面に視線を向けると家の玄関の扉を開けヒーローの姿を見ているレヒドルと視線が合った。
「来たか」
その言葉には答えずにヒーローは歩き始める。玄関まで来るとレヒドルが道を空けたのでヒーローは家の中へと足を踏み入れた。背後で、レヒドルが扉を閉めた音が室内に響き渡る。
そして、静寂が室内を満たした。
数秒、どちらも口を開かず、音一つさえしなかったが、やがてヒーローが身を翻し扉の前に立っているレヒドルへ視線を向けた。お互いのそれがぶつかり合う。
部屋に満ちた静寂を破ったのは、ヒーローだった。
「なぜだ」
その問いに、レヒドルは答えない。
「お前が渡しただろう。これを」
そう言ってヒーローはズボンのポケットに手を入れ、引き抜いた。
握りしめているその手からは細い鎖が伸びており、その先には黒い宝石が埋め込んであるものと、黄色い宝石が埋め込んである飾りがついていた。
そう、ネックレスだった。
黄色はサリタンがお守りとして貰い、成長して大人の姿になったネックレスである。
そして、黒は。
「魔物に」
外で、ゴロゴロゴロと、雷鳴が轟いでいた。




