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最後の戦い4

 アオと抱えられているサリタンに視線を向けてきたとき、うさぎ似の魔物はそれとは似つかない程鋭い目と半開きにして鮮血のように真っ赤な長い舌を上下に二本ずつ生えている端から垂れ流しながら口角を上げ、ニヤアと笑った。

 それは、いやらしい笑みだった。不気味で、背筋がゾクリとするような。

 半開きになっている口からは涎で濡れた鋭い牙が上下に二本ずつ生えて鈍い光を放っていた。

 サリタンの心臓は、ドクドクと鳴っていた。

 緊張のために。

 脳裏に、森でフウノを襲おうとしていたのを庇って、背中に負った傷のことが甦る。

 もう、傷はないのに、疼く気さえする。

 ふと、正面に立っている魔物の左目に眼帯がしてあるのに視線がいった。

 それに目ざとく気が付いた魔物が、ケケケと不気味な笑いをこぼす。

 ―――コレカァ……オ前ニヤラレタンダヨ……アノ時ハ痛カッタナァ……。

 「……何のことだ?」

 ―――剣ヲ投ゲタダロウ……小サナ村デナァ……人間同士デ騙シアッテ、トテモ愉快ダッタ!

 途端、頭によぎった。

 爺さんからもらったネックレスで力が増幅し、魔物を切り裂い時の事。その後、村人がもっていた剣を奪い取って、確かに最後草むらに向かって投げたのだ。

 確かに、覚えていた。

 ―――それのことか?

 そして、思ったことを口に出す。

 「あれは、お前だったのか」

 ―――ソウダヨオォォォ。オ陰デ使イ物ニナラナクナッタンダアアァァァ!!

 突如、魔物が溢れんばかりの殺気を放出させながら腹の底から叫んでいるような声が脳裏に轟いだ。うるさくて耳を塞ぎたいが直接響いている為それも出来ず、顔を顰める。

 無意識に舌打ちをした。

 次の瞬間、体が突然宙へ放り出されていた。風の風圧を受けながら、それでも体は行きたくもないのに殺気だっている魔物の元へ向かって飛んでいく。一瞬だけアオを見ると、ニヤリと笑っていた。

 その瞬間、コイツも仲間だと確信する。

 瞬時に正面に立っている魔物へと視線を移すと今にも襲い掛かれるように腰を屈め、鋭い鉤爪を空へ向けて構えている姿が目に映る。

 本気でやばい。

 体がガクン、と落下を始め、風に煽られながら勢いよく落ちて行く。

 そして、ふと気づけば胸元からオレンジ色に光る何かが風に煽られて宙に出ていて、激しく揺れていた。ソレを見た瞬間脳裏に爺さんの顔がよぎる。

 時間がない。

 力の加減すら出来る余裕はなく無理矢理に黄色い宝石が嵌め込まれている飾りをぶちっと引き千切り投げようと力一杯握り込んだ。

 その時。

 眩しいほどの光が、握り込んだ宝石から迸り、目を開けていられなくなる。

 ―――眩シイイィィィ!! 何ガ起コッタンダアアァアァァアァア!!

 脳裏に響いたその怒号で魔物も同様だと知り、目が見えにくいのにも関わらず命が延びた事ににやけずにはいられなかった。

 サリタンは体が熱くなっているのを突然感じた。同時に落ちる速度が速まった、と思った瞬間には足の平に衝撃が走った。状況が解らなかった為態勢も整えられず両手で衝撃を緩和させ両膝を大地に着けたが、それがまたビリビリと骨に痛みが走り、ずきずきする。

 「グアアアアアアアアア!!」

 ―――目ガアアァァア!! クソヤロオオオォォォォ!!!

 背後で魔物が雄叫びを上げながら脳裏でサリタンを罵る声が響き、この瞬間を利用する手はないとサリタンは痛みを堪えて素早く駆け出し、木の陰に隠れる。

 その駆け去る足音を敏感に察知した魔物がまた声を上げた。

 ―――逃ゲルノカアアァァ卑怯者オオオォォォォオォォ!!!

 顔を顰めながら無意識に片耳を抑えてしまったサリタンは我に返って手を外し小声で呟く。

 「お前程じゃないだろ……」

 その時ふと、視点が高いことに気が付いた。声色も高い気がし、気づけば胸の辺りがとても窮屈で……。

 そう考えながら視線を胸元にやった瞬間、叫びそうになったが素早く両手で口を覆うことで回避する。

 ―――やばいやばい。叫んだら隠れた意味がない。

 右肩を通して背後を一瞥すると、魔物が唸り声を上げながら周囲を見渡している。おそらく血走った目で探しているに違いない。見つけたら即殺す、と言わんばかりの殺気を全身から放っている。

 ―――にしても……。

 思いながら、視線を胸元に落とす。


 気のせいだと思いたかった。


 大抵の女性なら、喜ぶのではないだろうか。


 目の縁を覆う、長い睫。顔は小さく唇は艶やかな桃色で細く透けるように白くきめの細かい肌に、華奢な肩。括れた腰に、細長い手足。そして。

 大きい胸。


 サリタンは前世男だったので、どのくらい大きいのかは知る由もない。だが。

 ―――りあ、よりはある気がするな……。

 体が急成長したのは喜ばしいことだ。だが、胸は邪魔にしかならない。

 おまけに、感覚が違い過ぎて間隔も掴めない。

 メリットとデメリット。

 脳裏に爺さんの言葉がよぎった。

 『ボインになれる』

 ―――あのジジイ……。

 ―――ドコイッタアアアアアァァァァ!!!

 再度声が響いて視線を背後に向けた。アオが魔物の側へ立っていて、まるで宥めるように気遣わしげな目で見ている姿を見、怒りが湧く。

 サリタンは周囲に視線を走らせて武器となりそうなものを探すが、なかなか見当たらずつい一歩足を踏み出した時、靴の底からポキ、と乾いた音が鳴った。

 その瞬間、脳裏に警告が鳴り響いた。

 咄嗟に身を翻し距離を取ろうとするが、

 ―――見ィツケタアアアァァアァァァ!!!

 しまった!

 思った時は既に遅く、振り下ろされた鉤爪が駆け出していたサリタンの腕を切り裂いていた。

 「ぐっ……!」

 激痛が走り、腕から鮮血が流れ宙を舞い大地へと吸い込まれていく。痛みと戦いながら素早く離れ身を翻し、大地へと根をおろしどっしりと構えていた大木へ背中を預けると、傷口のある左腕を右手で押さえ、唇を噛みしめながら悠然と立っている魔物を睨み付ける。

 ―――オヤァ? オ前サッキノガキカ? 気ハ変ワッテイナイカラ偽物デハナイ筈ダガナァ……ナゼキュウニデカクナッタ?

 首を傾げながら魔物が言うが、全くもって可愛くない。

 ―――何か、武器になる物……。

 頭をフル回転させ、気づかれないように慎重に周囲に視線を走らせて、得物となる物を探す。

 ―――くそ……竹刀のようなものだけでもあれば……! …………竹刀?

 己が思ったことに対し疑問が生まれる。

 ―――そうだ。竹刀でも得物になりえるなら。

 視線が、正面の魔物。の横に生えている木に向けられる。

 ―――枝でもいいじゃないか。

 希望が見えてきた。

 だが、楽観視はできない。

 ぐっと口元を引き締める。

 ―――クククク、怖イノカァ?

 楽しくて堪らないとでもいうように、魔物は嗤う。

 そんな魔物を一瞥し。

 ―――調子に……。

 「乗るなよっ!」

 そう言うと、身を翻して全速力で森の中へと走り出した。

 ―――オヤァ? 逃ゲルノカァァァ!? ヒヤーハッハッハ逃ゲロ逃ゲロ!! 簡単ニ殺セタラツマラナイ!!!

 「冗談だろ」

 魔物が背後から追いかけてきている気配と、草の中を駆ける際に生じる葉擦れの音が耳に届く。

 アオが付いてきているのかは解らないが、もし一人で追って来ているのであれば相手が楽になる。

 だがその前に。

 ―――武器を調達してからだ……!



 草木の中を走り回りながら、視線で周囲を視察する。頭の中でずっと嘲笑の声が響くのが堪らなくうるさい。はやく黙らせたい。そう思うが、一向に枝は見当たらなかった。

 探すときには見つからず、要らないときにはそこにある。

 軽く舌打ちしたあと、ある事を思いつく。

 できるかは解らないが、何もやらないよりはましだろう。

 草木の中を縫うように駆けながら、キョロキョロと忙しなく視線を走らせて、良さそうな太さの枝を探す。そうして発見すると、一目散にそれ目指して駆け、右手を空へ伸ばして跳躍し、それを掴んで全体重をかけ一気に引き下ろす。

 目論見通り、バキッ!といい音を立てて枝が折れた。その場にあった手ごろな大木で身を隠し、体が大きくなったおかげでキツキツになっていたズボンの裾を引き裂くと、左腕の傷口の上に巻き、止血する。

 今はこのくらいが限度。

 ―――さて。

 幾度かその場で枝を振り、風の裂く音、握った時の感触等を確かめる。

 ―――これなら……!

 ―――追イツイタゾオォォォドコカナァアアァァ? 血ノ匂イデ近クニイルノハ分カッテルンダ!

 背後で魔物の止まった気配がしたと同時にうるさい声が脳裏に響く。

 サリタンはぐっと枝を握りしめるとそっと背後に腕を回しそれを隠す。

 そして、そっと大木から離れて魔物と対峙した。


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