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血痕

 日が昇り太陽の光が燦々と降り注ぐ。

 その陽光が木々に活力を与え、その葉は鮮やかなエメラルドグリーンの輝きを放っている。所々に見られている木漏れ日は、吹かれた風により葉擦れのざわめきと共に位置を変え、そして凪いだ風と同時に元に戻る。

 時折どこからか小鳥の囀りが聞こえ、それが羽ばたく音も聞こえる。

 

 そこには、草木を掻き分け、土と枯れて落ちた枝を踏みながら歩いている音も混じっていた。

 そして、人の声も。



 「おーい、あんまり先に行くなー」

 「平気っすよー」

 「平気ってこたーないだろうがよ。魔物がいるかもしれないんだからな」

 「まぁ、そうっすけどねー」

 先頭を歩くのは、王都から派遣されている巡回担当の若い兵士。その後ろを中年の兵士が歩いている。

 

 王都は、魔王が死んでから何十年、この大陸に住まう人々が安心して暮らせるよう、何人かの兵士を各地に派遣し、巡回させている。

 今日も王都の周囲を囲んでいる森の中を、二人ずつでペアになり散らばって、異状はないかを確認して回っているのだ。

 そうすることで、未然に防ぐことができた事もある。

 

 

 狼に襲われて危うかった子供を、救った時のように。



 「あー疲れた。一休みしませんかーバラッドさん」

 「キース。お前はそればっかりだな。もっと鍛えろ」

 先頭を歩いていたはずの若い兵士の頭を、追いついた中年の兵士が軽く小突いた。

 頭が揺れて、頭を覆っている兜の位置が少しずれ、キースと呼ばれた若い兵士はそれに手を伸ばし、直すとヘラッと笑う。

 「まったく……」

 今は鎧で隠れている鍛えられた逞しい腕を胸の前で組み、溜め息を漏らしたバラッドだったが、一瞬相好を崩したあとキースに向けていた視線を正面に戻し、歩き出した。

 「あー、待ってくださいよーバラッドさ~ん」

 「情けない奴だな」

 「そんなこと言ってもオイラのこと好きなのは知ってるんですよ~」

 ふへへ、と笑い、歩くバラッドの顔を覗き込んでそう言うキースに、バラッドはしかめっ面をわざと作って見つめた。

 「ほら、キリキリ歩かんか」

 「はいはーい……?」

 そして突然、キースが足を止めた。

 三歩前に進んだバラッドは足を止め、キースを振り返る。

 「……どした?」

 バラッドから見たキースは、普段ヘラヘラしてみせているが、観察するところはちゃんとしており、それなりに頼りになる男だった。ついで、眼がすこぶるいい為、些細なことに気が付くことが多い。

 些細なことが、重大だったことも、今まで数えきれないくらいあった。

 キースは小さい声で囁くように言った。

 「……バラッドさん」

 そして、静かに歩き出したキースの背中を、バラッドは追う。

 ほんの、数歩だったが。

 「……これ、やっぱり、血だ」

 「……なに?」

 歩いていた所から数歩進んだ先に佇んでいた大木へ近づいたキースは、それについていた赤い染みを指しながら、そう言った。その背中から身を乗り出したバラッドは、前に出て肩を並べると目を細めて、染みを見据える。

 「……乾いてるな」

 「はい」

 「……行くか」

 「はい」

 バラッドが木々に注視しながら歩き出し、キースも周囲を見渡しながら後についていく。

 数分、どこにも異常がない景色が続いていたが、今度はバラッドが足を止める。視線の先には葉があった。

 そっと手を伸ばして、本来なら緑一色の筈の葉についていた赤い染みを確かめる。

 「キース。これもだ」

 肩を並べてバラッドと同じように腰を折って葉を見つめた。

 その瞳は険しい。

 「でも、おかしいですよね。今まで大抵魔物に襲われた人々は、その場で倒れて……亡くなっています。ですが、これは……」

 「移動、している。……担がれている?」

 「……担がれて、この草の高さなら……手に付着していた血液が、葉や大木に擦れて、移った?」

 「……なんともいえないが、そうかもしれんな……」

 二人は顔をどちらからともなく見合わせ、押し黙る。

 沈黙が、その場を支配した。

 

 

 この、血液は誰のものなのか。

 誰が害を成し、それを受けたのは、誰か。

 この血液の主は、どうなっているのか。

 そして、今、どこにいるのか。

 答えを、探さないとならない。

 


 「……行くか」

 バラッドは考えるのを止め、溜め息を吐き、静かに呟いた。

 キースは声の主を見つめ、頷く。

 そして二人は、また歩き出した。


 それから暫く足を進めていると、葉、木、そして大地に作られていた染みを見つけて行った。

 それを辿りながら、周囲に目を光らせていく。

 なにも、逃さぬように。


 そうして、二人が辿り着いた先には崖があった。

 地面に、最後と思われる鮮血が、乾ききって染みを作っていた。

 崖の向かいには、森が続いていた。

 崖の下には……。


 

 背中を切り裂かれた、白衣を着ている男性が、俯せで倒れていた。



 「……ひでぇ……」

 ぐっ、と無意識に握った拳に力を入れ、下唇を噛みしめるバラッド。

 隣りに肩を並べて立っているキースは血の気を失った顔で、倒れている彼を、見つめていた。

 「……仏さんを、助けてやろう。キース」

 「……はい……」

 バラッドは腰に括り付けている袋の中から非常用の発煙筒を取り出すと、マッチで火をつけて持ったまま腕を伸ばし空に掲げた。

 たちまち大量の赤い煙が上がり、空へと伸びていく。

 それを、二人は静かに見つめた。


 数十分後、煙を目撃した、同じ森を巡回していた兵士達が駆けつけた。

 そして、彼を発見に至るまでの経緯を話し終わると、ほかの兵士が持っていた縄を借り、バラッドは己の体に巻き付けてもう一方の端を側の大木に括り付け、仲間に見守られながら崖を下りて行った。

 そして、湧いてくる悲しみの感情を抑えながら己の体に巻いてあった縄を解き、それを体温を失ってしまっている彼の体に巻き付け、上の仲間に引き上げる合図を送ったのだった。


 

 その後、無事に上に戻ったバラッド達は彼を王都へ運んだ。

 白衣を着ていることから、医師と判断されたのだ。

 医師は、王都から派遣されるため、個々の情報は王都により管理されている。

 だが、派遣された内の誰なのかは、解らない。

 そこで、城の医師であり、医師達をまとめる責任者でもあるレイフという名の男に、森で発見された彼を視てもらい、亡くなった彼は、南の村のマクレガー医師だということが解った。

 

 

 だが、そこで疑問は浮かぶ。

 

 

 なぜなら王都は、彼が戻ってこない、見掛けない、消えた、等の報告を一切受けていなかったからだ。

 

 

 なぜ、村人は何も報告をしてきていないのか。

 

 


 そして王都は、数人の兵士を、村へ派遣した。




 状況を、確認するために。


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