医者
マクレガーが王都に出かけて数日後、サリタンは四歳の誕生日を迎えた。
半年眠っていた期間があってか、やはり迎えるのが早い気がする。
だが、リーサは気にとめるどころか歓喜し、上機嫌で毎年恒例の飾り付けと豪華な料理を、鼻歌を歌いながら踊るように用意していた。
そんなに何が嬉しいのか、サリタンには解らない。
ただ、サリタンの心を占めるのは、フウノのことだけ。
一緒に祝ってもらいたくて誘おうと思ったが、見透かしていたのかヒーローに止められた。
何故かと問えば、
「フウノを呼べばお前はくっついて離れんだろう? この誕生日くらい、母の気持ちを慮ってやれ」
と言われ、なんとなく言わんことを理解したのでしぶしぶ諦めた。
代わりに昼過ぎに会いに行き、誕生日だと伝えるとフウノも大喜びして抱きしめてくれたが、プレゼントがないと肩を落としていた。
わたしには、フウノの存在そのものがプレゼントなのに。
命は、尊い。
いつ消えるか解らない。
身を切るような辛さを味わったから、余計にそう思う。
もう、二度と失いたくない。後悔したくない。
だから、もっと鍛えて護れるようになろうと、新たに決意した。
そうして夜を迎えると、身内だけのささやかなパーティーが開かれた。
大人達がリーサを筆頭に、楽しそうに体を左右に揺らしながら笑顔を湛えて、誕生日を祝う歌を口ずさんでいる。暗がりの中で、テーブルに食事と共に置いている蝋燭が橙色の光をぼんやりと放ち、リビングの床に人数分の黒い影が映りこむ。
ゆらゆらと揺れる炎を見据えている間に歌が終わり、蝋燭の火を吹き消すように言われたサリタンはそれに従う。
炎めがけて息を吐くと、蝋燭が消えて室内が暗闇に満たされたが、あらかじめ用意していたのかバッシュが再度、火を灯した一本の蝋燭を次々と別の蝋燭に移していき、部屋が徐々に明るくなっていった。
用意されたすべての蝋燭に明かりが灯されると一斉に拍手され、リーサがケーキを切り、料理を取り分け全員に配る。
それを食べ始め一時間が過ぎたころになるとバッシュとヒーローがお酒でほろ酔い頬を赤く染めていた。楽しそうに息子と談笑していて、リビングは明るい笑顔と笑い声で満たされる。
サリタンはそんな大人達を見つめていたが、次第に飽きてきて、席を立って寝室へ入った。
すると、僅かに部屋が明るいことに気づき窓を見遣る。
と、そこには黒い夜空にぽっかりと浮かんでいる満月があった。
何にも染まることのない、綺麗な満月。
目を離さず片膝を立てまま座って、両親が戻ってくるまで、ずっと見上げていた。
フウノも見ているだろうかと、思いを馳せながら。
翌朝、朝食後お茶を飲んで一息ついていた時、湯気が出ているコップをカタン、と音を立ててテーブルに置いたバッシュが、父親を見ながら口を開いた。
「親父、毎年のことだけど今日も行くの?」
「ん?ああ……」
そう言葉を切ると、ヒーローの視線がバッシュからサリタンへ移動した。口に含んだお茶を飲み下し視線を上げたところで、ヒーローのそれとぶつかり合ったサリタンは、見つめ返した。
数秒見つめ合っていたが、ヒーローがふいに視線を外した為、サリタンも再度お茶を飲み始める。
「サリタンと行ってくるよ」
が、その言葉を耳にした途端吹きそうになり無意識に吐くまいと理性が働いて耐えたと同時に、お茶が気管に入って激しく咳き込んだ。
「ちょ、ちょっとサリタン、大丈夫!?」
それに一番驚いたのは隣りに座っていたリーサで、慌ててサリタンの背中をさすり、声を掛ける。
数秒咳き込んだ後、口元を手の甲で拭うと、ヒーローに視線を向ける。
ヒーローから逸らさず向けられるその目線に、何か用があると悟ったサリタンは席を立った。
「サリタン?」
リーサの声には応えずサリタンはヒーローを見つめる。すると言わんことを理解したヒーローが席を立って、玄関に向かって歩き出した。
「行ってくる」
一言そうリーサに声を掛けると、先に扉を開けて出て行ったヒーローの後を追って、サリタンも家を後にした。
いつもの道を通って丘の上に着くと、ヒーローはそのまま崖沿いまで歩いていき、眼下に広がる森を眺めた。サリタンはその後をついていき、ヒーローが足を止めると背後で立ち止まっていたが、数秒経っても、動く気配も口を開こうともしない為、再度歩き出して祖父と肩を並べた。
風が吹いて、髪を撫でると同時に服の裾が波打っていく。
その時、隣りに立っているヒーローが口を開いた。
「……今日はのう、お主は覚えてないかもしれないが…………魔王が死んだ日なんじゃ」
その言葉にサリタンは目を見開いて、視線をヒーローへ向けた。すると、目線がぶつかり合う。
「わしはのう……ずっと腑に落ちなかったんじゃ。なぜ、魔王は対峙したあの日、二人だけで戦うことを決めたのか。……まぁ、当時はそこまで深く考える余裕などなかったがのう」
サリタンは、瞳を逸らすことなくヒーローを見つめてくる。
「……後悔、というか……もう少し、何かが違っていたら、と……ずっと思っておった……」
「それで、毎年この日にここから眺めてたのか?」
たいして気にした風もなく、サリタンは淡々と問う。
「……そうじゃ」
サリタンはヒーローに向けていた漆黒の瞳を、眼下に広がる森へと移す。
「……つまらんことを。わたしは、無意識に死を求めていた。あの時はそれが前面に出ただけだ。……生まれ変わったと知った時はお前を恨んだ。今思えば八つ当たりだったがな……。今は、フウノがいる。それだけが、全てだ」
言葉を切ると、再度ヒーローへ視線を向ける。
「…………感謝、している。」
そう、小さい声で囁くように告げた後、サリタンは祖父に背中を向け歩き出す。
去っていく小さい背中と足音を聞きながら、ヒーローは雲一つない青空を見上げて、そっと呟いた。
「……そうか」
その表情は、どことなくすっきりしているように見えた。
それから数日経ったある日、一人の中年女性がヒーローの家の扉を叩いた。開けて中へ招き入れると、戸惑ったような表情を浮かべて口を開く。
「こんにちは、ヒーローさん。……あの、マクレガーさんがまだ帰っていらっしゃらないのですが……ヒーローさん何か聞いていらっしゃいますか?」
その言葉を聞いて、ヒーロー唸り声を上げる。
「わしが聞いたのは、薬草を買い付けに王都まで行ってくるということだけじゃからなぁ……そうじゃ、助手で来られたアオさんはなんと?」
「薬草を王都へ買いに行ったとだけ……。もう一週間以上経ちますし、そろそろ戻って来てもいいと思うのですが……魔物も沈静化しているとはいえやっぱり心配で」
「ふむ……」
思案気な顔をして悩み始めるヒーローをみて、女性は慌てる。
「困らせるつもりでは……、すみません」
「あ、いやいや、ちょっと考えているだけじゃよ」
微笑んでそう言うヒーローの言葉を聞いてホッとしたような顔を作った後、女性は暇を告げて帰っていった。
しかしヒーローはその場を動くことなく顔を天井へ向けて、考えに耽っている。 それをみたリーサは熱いお茶をコップに淹れてテーブルに置いた後、義父に声を掛けた。
「お義父様、とりあえずこちらに座って、お茶をどうぞ」
「ん、ああ、すまんね」
リーサの意図を汲んだヒーローは椅子に座って、置かれた熱いお茶に手を伸ばし、ずずず、とゆっくり啜って口に含むと嚥下する。
そんなリビングでの一連を部屋の陰から見ていたサリタンは、ヒーローの背中に声を掛けた。
「行ってみれば」
サリタンの言葉を耳にしたヒーローは両手で持っていたコップをテーブルにコトン、と置くと椅子の背もたれに左腕を置き体を捻って肩越しに孫の姿を双眸に映す。
「医者の家に」
「うむ……そうじゃな。行ってみるか」
そう言うとコップの中身を一気に全部飲み干してリーサに「すまんね」と伝えて渡すと、席を立ち、そのまま玄関に向かって歩いていく。同時にサリタンも動き出して靴を履いた。するとヒーローの視線がサリタンへ注がれ、サリタンも顔を上げて祖父を見つめる。
「行くのか?」
「……まあ」
そう応えるとサリタンはヒーローより先に扉を開けて外へ出た。その扉が閉じないように片手で押さえた後、ヒーローはリーサへ視線を向けて声を掛ける。
「それじゃあちょっと行ってくるでの」
「はーい」
そして、ヒーローも先に出たサリタンを追うように外へ出ると、扉を閉めた。
医者の家に着くとヒーローがすぐ扉を叩いて声を掛ける。
「こんにちは。アオさん、いらっしゃいますかな?」
そうして数秒待ったが、出てくる気配がない。二人は顔を見合わせた。
もう一度、ヒーローが扉を叩き、繰り返し声を掛けてみたが、やはり反応は返ってこなかった。
「外出中じゃろうか……」
そう呟いたとき、背後から、じゃり、と砂を踏む足音が聞こえ二人は一斉に振り向く。
手前に左目に眼帯をした男と、その背後に見知った人物が立っていた。
ヒーローはとりあえず、見知った人物、アオに声を掛けることにした。
「外出されていたのですな。……ところで、そちらの方は?」
ヒーローが眼帯の男をみると、彼は見下ろしていた視線をヒーローに戻し、口を開いた。
「ああ、ソラという名前だ。王都から派遣されたんだ。前の、……医者、用事が出来て残るって事で新しく来た」
ヒーローはその言葉を聞いて一瞬眉を顰めたが、そういうこともあるか、と己を納得させて新しく来た医者に微笑んだ。
「そうですか。いつまでいらっしゃるので?」
「それは、まだわからない」
そう告げると、ソラはヒーローとサリタンの間に身を滑り込ませ、扉の前に立つと背後のアオを振り返る。
「ここか?」
「はい」
アオの言葉を聞いたソラは扉を開けると、中へ入った。アオも後を追うように家の中へ入ると、扉の前に立っている二人を振り返ることもせず、後ろ手で扉を閉める。
ガチャン、という音と共に目の前で扉が閉まられ、ヒーローは数秒程そのままじっと立っていたが、側に並んでいる孫を見下ろした。
サリタンは怪訝な表情をしたまま、そうしていればやがて扉の中が見透かせれるとでもいうように、じっと見つめている。
ふぅ、と溜め息を吐いたヒーローが、サリタンに声を掛けた。
「サリタンや。……帰ろう」
その言葉に、視線を扉からヒーローへ移す。目が合ったと同時にヒーローは足を動かし、来た道を戻って行く。サリタンはもう一度扉を一瞥した後、歩き出し、その場を後にしたのだった。




