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変化

 王都の西に広がっている鬱蒼とした森の中を、単身で歩いているものがいた。


 ここは先日、魔物の手によって誘拐された子供達が囚われていたと言われている、岩を利用した牢があるところだった。

 躊躇せずに歩を進めるその足は、やがて自然に出来た岩の穴のなかへと進んでいく。以前は光が入らない所だったが、奥の牢屋は子供達が脱出する際に薄かった岩壁に穴をあけた為、そこから光が差し込むようになり、昼間は蝋燭などがなくとも簡単に歩けるようになったのだ。

 そしてとうとう奥の牢屋に辿り着くと、足を止めた。

 その視線の先、正面には傷ついた魔物が一匹座り込んでいた。


 ―――アア、オ前カ……前言ッテイタモノガ出来タノカ?


 魔物の声をきいて、立ち止まっていた足を進め近くまで寄りながら、懐へ手を伸ばす。座り込んでいるそれの前で止まると、懐に差し入れていた手を出して魔物の前に突き出し、魔物が鉤爪のついた指を差し出された手の下に広げて、相手の指から落とされたものを受け取った。

 「使い方は、解っておるな?」

 ―――アア、モチロンダ。以前聞イタカラ覚エテイル。クククク……コレデ……コレデアノ人間ドモヲ始末シテクレル…………!!

 そして気が狂ったように嗤う魔物を一瞥したあと、岩壁の牢屋に訪れたものは、来た道を辿って歩き去っていく。

 その足音と残された魔物の嗤い声が、牢屋に反響して轟いでいた。








 ヒーローとサリタン、フウノの三人が村へ帰還してから数か月経った、ある日のこと。


 昼間、ヒーローがサリタンを交えた村の子供達に日課の竹刀の稽古をつけていた時、そこへ一人の若い男が現れた。

 砂利を踏み靴音を響かせながら真っ直ぐヒーローのところまで歩いてくると、男は立ち止まって口を開いた。

 「すみません。村医者のお宅はどこでしょうか」

 その声は小さく、子供達の気合が入った素振りと同時に発せられるそれに掻き消され、ヒーローの耳には届かなかった。

 ヒーローは下していた左手の平を地に向けたまま胸まで上げて、無言で子供達に合図を送る。

 すると、一斉に子供達が素振りを止めて竹刀を下した。

 「もう一度お願いできますかな? なんと仰いましたかな?」

 その瞬間、男のこめかみが僅かにピクリ、と動いた。

 だが表情も穏やかなまま変えず、男はもう一度繰り返し問う。

 「この村の医者宅はどちらかと」

 「怪我でもなさったんですかな?」

 今度は男の口元がピクリと引きつった。

 「……いいえ、王都から来たのですよ。助手をすることになりまして」

 「ああ、なるほど、そういうことですか」

 やっと納得したヒーローが穏やかに微笑み、手を伸ばして「こちらです」と促す。そして歩き出そうとした瞬間ヒーローは子供達を振り向き、口を開いた。

 「すまぬが今日はこれでおしまいじゃ。また明日な」

 「はい! ありがとうございました!!」

 一斉に子供達がそう答えると、数秒後には友達同士で喋りながら散り散りになっていく。サリタンはそれに混ざる気は毛頭ないので、男と共に背を向けて去っていく祖父を見つめると、竹刀を横にして中央を首筋に当て、両端をそれぞれの手で掴むと二人の後を追って歩き出した。


 歩を進めながら、ヒーローが思い出したように男に問う。

 「そういえば、お名前は何と仰るのですかな?」

 「な、名前ですか」

 「ええ」

 歯切れの悪い口調で繰りかえした男だったが、数秒の後口を開いた。

 「アオ、と呼んでください」

 「アオさんですか、いいお名前ですね」

 そう微笑んで言うヒーローに、アオも笑って応えた。そうして数分歩いていると目的の家に着き、ヒーローが扉を叩く。

 「ヒーローですが、いらっしゃいますかな?」

 数秒の後扉が軋む音と共に開かれて、白衣を着た男が姿を現した。

 ヒーローは足を一歩後ろに引いてアオと医者を向き合わせるような格好にしたあと、紹介を始める。

 「こちらはアオさんとおっしゃる方で、王都から助手として派遣されたそうですじゃ。アオさん、こちらはこの村唯一のお医者様の」

 「マクレガーです。初めまして、よろしく」

 マクレガーがアオにそう言いながら、握手を求める手を伸ばす。

 アオは「こちらこそ宜しく」と言ったが、差し伸ばされた手を握ることなく、マクレガーの家の中を覗いていた。

 その様子にヒーローとマクレガーは眉を顰めたが、特に何も言わないことにしたようでマクレガーはヒーローに肩をすくめて見せた後、口を開いた。

 「ヒーローさん、案内ありがとうございました」

 「ああ、いえいえ、丁度お会いしたものですから。では、これで」

 軽く会釈をしたあと、ヒーローは来た道を戻るために歩き出し、今まで様子を黙って見ていたサリタンもそれに習い、歩を進めだす。

 背後でマクレガー家の扉が閉まる音が耳に届いた。



 歩きながら、隣りを歩いているサリタンに呟くように言う。

 「良さそうな人であったな。多少変わってはいたが」

 ―――そうか?

 心中で呟くに留め、返事をしないサリタンに業を煮やすこともなく、ヒーローは足を進めていく。周囲は子供達が帰宅したのか、あふれんばかりの笑い声は聞こえなくなっていた。

 「そういえば、そろそろ四歳の誕生日じゃな。早いもんじゃなぁ……」

 感慨深く言うヒーローの隣りで、サリタンはぼっそりと呟く。

 「半年は意識なかったけど」

 「お主も一応女の子なんじゃから、もうちょっと可愛らしい服とか着てみないのか?」

 見事にスルーしたまま訊いてくるヒーローに、歩きながら冷たい視線を向ける。

 視線を感じてサリタンを見下ろしたヒーローは、孫の冷たい目つきを見て「やっぱりのう」と呟いた。

 「せっかく女の子に生まれたのに……」

 「わたしは男が良かった」

 「そりゃそうじゃろうのう」

 「あ」

 「ん?」

 突然サリタンが走り出したのを見て、ヒーローはその先に視線を移す。すると、家の前によく見知った少年が立っている姿がその双眸に映った。

 それで、納得する。

 「フウノか」

 フウノに駆け寄ったサリタンは軽く抱擁し、嬉しそうに微笑んでいる。遠目からでも喜びに満ち溢れているのが手に取るようにわかった。

 抱擁をとくと、サリタンが家に入るように促している姿が目に映り、自然にヒーローの口元もほころぶ。

 背中を押されるまま家に入りかけたフウノだったが歩いてくるヒーローに気づき駆け寄っていく。

 「おじい様! こんにちは!」

 「こんにちは。元気がいいようじゃな」

 「はい!」

 もちろんです、とにこにこ微笑むフウノを見てつられてヒーローも笑顔になる。と、フウノに置いて行かれたサリタンがやって来たがフウノに近づいた途端背後からぐっと抱きしめた。

 その様子を見て少しばかり吹き出しそうになったヒーローだったが、慌てて堪える。

 「レグ?」

 肩越しにサリタンを見てそう問うが、サリタンは無言のまま抱擁をとくとフウノの腕を引っ張って家の中へ連れて行った。

 その様子を見てまた吹き出しそうになったヒーローであった。




 それから三日後の朝、ヒーロー宅の扉をノックする者が居た。

 朝食の準備をしていたリーサと、散歩から戻ってきたサリタンとヒーローが一斉に気づき、視線が扉へ集まる。

 リーサが出ようと足を一歩踏み出すと、ヒーローが手で制して扉に向かい、音を立てて扉を開けた。

 すると、そこに立っていたのはマクレガーだった。

 「おお、おはようございます。どうなさったんですか? こんな朝早くから」

 マクレガーは左手で扉を閉めると、視線を正面のヒーローに移して口を開く。

 「おはようございます。すみません、ちょっと薬草を買いに王都に行かねばならない用事が出来まして。誰にも告げないで行くのはと思いまして。助手には言いましたが、ヒーローさんにもと」

 「おお、それはわざわざ」

 「いいえ、ヒーローさんがいらっしゃるから、この村の人々も安心して生活しているようなものなので」

 「そんな、めっそうもない……」

 「いえいえ、本当のことですよ」

 微笑んでそう言うマクレガーに照れ笑いをするヒーローだったが、問う。

 「して、いまから出かけられるのですかの?」

 「ええ、そうなんですよ」

 「そうですか。……道中お気をつけてくださいのう」

 「はい、ではこれで」

 軽く会釈をして出ていくマクレガーにヒーローも礼を返し、彼が外へと消えるのを静かに見守った。

 数秒後に扉が閉まる音が室内に響く。

 「唯一の医者じゃから、大変じゃのう……」

 感慨深げにそういうヒーローの言葉が、静かなリビングにそっと響いた。





 村を出て王都へ続く砂利道をまっすぐ歩くマクレガーは、周囲を見渡して呟く。

 「朝早いからか、人通りがないな……」

 聞こえてくる音と言えば、己の足音と時々吹いた風が周囲の木々を揺らし、葉擦れを起こしたときのそれだけだ。

 「ま、静かなほうが性に合う」

 そう独り言ちて、ぐっと背伸びをし、身体の筋肉をほぐす。

 足は止めないまま。


 だが。


 マクレガーは突然、体が揺らされ、背中に衝撃を受けた。


 ―――な、に……?


 よく理解できないまま、体が力もなく崩れ落ちる。

 ドサッ、と重たい音と同時に砂利が舞って、砂埃をたてた。


 ―――な、んだ……?背中、が……痛、い……。


 倒れたまま、状況を理解しようと必死に頭の中が回転するが、何故だかその気力すら、失いかけていることに気づく。

 そして数秒の後、地面についている左手が、赤く染まっていることに気が付いた。

 僅かに顔を動かして、視線をそちらへ向ける。


 鮮血。


 ついで、ある言葉が浮かんだ。


 致死量。


 死。


 そこに、ふっと、影が映りこんだ。

 陽光が遮られて、視界が暗くなる。


 ―――いや、それとも……。


 もう、視力さえ正常に機能できないのか。




 そして、マクレガーは薄れゆく意識の中で、誰かの笑い声を聞いた気がした。


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