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新たな兆し

 温かく眩しい日差しが窓から差し込んで、サリタンの体を照らす。意識が浮上して、目を開いた。その双眸に映ったのは天井。

 見知ったそれに、柄にもなく、安心感を覚えた。

 そして仰向けになった状態で首を動かし、右隣りを見る。そこにはサリタンの方に横向きに寝ているフウノがいた。穏やかな寝息を立てて眠っているその姿に、愛しさを感じてサリタンは微笑む。そっと手を伸ばしてその柔らかい頬に触れ、親指を上下に滑らせると、安らぎを感じた。

 ―――ああ、よかった……夢じゃない……。

 そして体を起こして周囲に視線を走らせると、両親がすでに部屋にいないことに気づく。

 そっと立ち上がってフウノを起こさないように歩き、扉を引いてリビングを覗くと、楽しそうに鼻歌を歌いながら料理をしているリーサが目に映った。

 食器が鳴る音、鍋が煮える音と共に漂ってくる美味しそうな匂いをかいで、空腹感を感じた。

 立ったままじっと見ていると向かいの部屋の扉が引かれ、ヒーローが姿を現した。目線が合ったと同時に、その存在に気が付いたリーサが声を掛ける。

 「おはようございます、お義父様」

 「ああ、おはよう」

 「今朝は遅いんですね?」

 「ああ、まぁちょっと疲れたからの。久々にゆっくり寝たよ」

 ははは、と笑いながら話すヒーローに、リーサは納得したように頷く。そしてそのまま朝食の下ごしらえに戻った。

 リーサの視線が戻ったことでヒーローの視線が再度サリタンへ向けられる。もう一度目線があうと、ヒーローは優しい笑みを浮かべた。なんとなく気まずくなって、サリタンは目を逸らす。

 「あ、そうだお義父様」

 「ん? 何かね?」

 何かを思い出したようにリーサが再度ヒーローに声を掛けた。

 「フウノちゃんのご両親なんですけど、そろそろ迎えに来ますって言ってました。怪我の具合、大分良くなったみたいです。よかったですよね」

 ふふ、と笑いながら言うリーサの言葉はサリタンの耳に入らなかった。

 軽くショックを受けたサリタンは、のろのろと寝室へ戻っていく。その後姿を見ていたヒーローの表情には気遣いが表れていた。



 部屋に戻ったサリタンは自身が眠っていた位置に戻ると立ち止まり、寝息を立てて眠っているフウノを見下ろした。

 ―――解っている。フウノのことを考えれば、両親の元へ戻れるのはいいことだ。だが……やはり、寂しい。

 サリタンは壁まで下がると背中を預け、起きるまでフウノを見つめ続けた。


 それから一時間後、リビングでテーブルを囲み、朝食を食べている時、朝方話していたことをリーサがフウノに伝えると、彼は嬉しそうな笑顔を見せたもののそれはすぐ消え、ついで複雑な表情に変わりサリタンを見つめた。

 サリタンはフウノの視線に気が付いている筈だが、知らない振りをして食事を食べ続けている。フウノはそんなサリタンを悲しそうな表情で見つめた後、ゆっくりとした動作で自身もまた、朝食を口に運び出した。

 その様子を注視していたのは事情をすべて理解しているヒーローだけだった。


 食後席を立ったサリタンが外へ出ようとしているのを見て、リーサが声を掛けた。

 「サリタン、どこへ行くの?」

 「丘の方」

 目線を合わせずそう答えるサリタンの言葉に、リーサが止めようと口を開いたがヒーローのそれにより遮られる。

 「わしも行こう」

 その言葉を聞いたリーサとサリタンの視線が同時にヒーローへ向けられる。

 リーサは「それなら……」と引き下がり、サリタンは一瞥したものの何も言わず、止めていた足を動かした。

 一連を見ていたフウノも慌ててサリタンの後を追う様に席を立ち、家を後にした。


 陽光が大地を照らし、周囲では子供達がボールを追いかけたり楽しそうな声を弾ませている。それを見守る親達は、子供の様子を見ながら、世間話を大人同士でし、楽しんでいる。そんな中、三人は端を歩いていた。

 先頭をサリタンが、その一メートル後をフウノが歩き、更にその一メートル後をヒーローが付いていく。

 暫く歩いているとフウノの家が見えてきたが丘はそれをもう少し行った先にあるため、サリタンはちらりと一瞥はしたものの、足は止めることなく歩き続けた。フウノも一瞬だけ視線を向けたがそのまま素通りしてサリタンのあとをついていく。 ヒーローも然り。

 数分後、以前ピクニックしに来た丘について、サリタンは中央にある一本木のところまで歩いて行きそばまで来ると、背後を振り返った。

 すると、ずっと後をついてきていたフウノも足を止めて視線がぶつかり、見つめ合う格好となった。

 ヒーローは崖沿いをゆっくりとした足取りで歩くと数歩行ったところで足を止め、眼下に広がっている森に視線を向けた。



 なんと声を掛けたらいいか迷っていると言わんばかりの雰囲気を醸しているフウノに向き合って数秒後、サリタンは口を開いた。

 「ごめん……お前を困らせているのは解ってるんだ……でも、百年には満たないが、その間ずっと会いたくて……。やっと、会えたから……お前と離れたく、なくて……ごめん」

 そう俯きがちに告白してくるサリタンを見て、フウノの中に愛しさがこみ上げる。

 自然に近づき腕を伸ばして、無意識に抱きしめた。

 「うん、……私も、寂しいよレグ。でも……でもね、今は、前とは違う……レグは魔王じゃない……お互い人間で、今は両親が居る。でもね、同じ村の中で、家が違うだけだから。だから……毎日会おうよ……会いに行くから」

 背中を上下に優しく撫でるフウノの腕が刻むリズム、体から伝わる暖かさと鼓動を聞きながら、安らいでいく自分を感じる中、サリタンは頷いた。

 「わたしも……行く」

 「うん……」


 周囲を警戒しながらヒーローは視線を背後に向けた。そうして、遠くで抱きしめ合う二人の姿を、ヒーローは温かい目で見守るのだった。



 それからフウノが引き取られるまでの二日間、二人はいつも一緒に時を過ごした。

 以前と全く違うサリタンの、フウノに対する態度にリーサとバッシュは最初は戸惑ったものの、ヒーローが何か口添えをしたのか、途中から気にする素振りをしなくなっていた。


 そして迎えた当日、以前全身に怪我を負ったフウノの両親は、見違えるほど元気な姿でヒーロー家を訪れていた。

 これでもかという程頭を下げて謝罪と感謝を伝えてくるフウノの両親に対し、ヒーローと息子夫婦は状況が状況だっただけに仕方ない、お互い様、逆に友達が出来て喜んでいると伝え、過分な謝礼は要らないと丁重に断りを入れた。そうして数時間後、帰るために席を立った両親と見送りのために立ったヒーローと息子夫婦が見守る中で、フウノとサリタンは抱きしめ合うと、また明日、と口約束を交わし、フウノと両親は家を後にした。

 扉が閉まる音が静寂に満たされた室内に響いて、リーサが呟くように言った。

 「寂しくなるわね……フウノちゃんすごくいい子だったし」

 「そうだな」

 バッシュが答えて、リーサの肩を抱きしめる。

 サリタンは無言で寝室へ向かって行き、やがて室内に姿を消した。

 その姿を大人三人は、心配そうに見守るのだった。



 数日後、朝食を食べていたとき、リビングの開けていた窓から羽ばたきと共に鳥がするりと身を滑り込ませてきて、ヒーローの肩へ止まった。

 リーサは目を丸くして驚いていたがバッシュは見慣れているのかそんな様子は見せず、口の中のものを咀嚼しながら、視線をヒーローへ向けている。

 ヒーローは鳥の足に括り付けてある紙を丁寧に解いて取ると、開いて目を走らせた。そして僅かに顔を顰めると、肩に乗った鳥ごと部屋へ戻り、数秒後鳥だけ置いて戻ってくると再度椅子に腰を落ち着け食事を再開する。

 その様子をみたバッシュが、口を開いた。

 「親父、なんだったの?」

 「ああ……」

 そう呟くなり、視線をサリタンへ向ける。

 「……この頃あちこちで暴れていた魔物の行動が収まってきているようじゃ」

 そう告げたあと、視線を息子へ戻す。

 「ふぅん……」

 そう答えながら、バッシュは視線をあたりに彷徨わせて、沈黙する。

 何かを考えている様に。

 そして、ヒーローの言葉を聞いたサリタンも無言で口の中の物をゆっくりと咀嚼していた。



 何かの予感を新たに覚えながら。


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