帰還
それから、どのくらい経っただろうか。
二人は波打つ音、そして潮の香りに包まれながら、まるで今までの空白を埋めるように抱きしめあっていた。
幸せな、時間が流れる。
サリタンは、体の力を抜いて、そっとフウノを離す。それによって背中に回されていたフウノの両手が、サリタンから離れた。
けれど、二人はお互いに視線を外さぬまま、愛しさがこもった目で見つめあっている。
このまま放っておけばいつまでも見つめ合っていそうな二人。
そこに、咳ばらいが飛んできて二人は一斉に音のした方へ視線を向けた。
うおっほん。
と、ヒーローがもう一度咳払いをする。そして片目で二人を見つめ、三人の視線が絡み合った数秒後。
ヒーローは、優しく微笑んだ。
そして、ゆっくり歩き出し、二人との距離を縮める。
「……そろそろ、いいかの?」
ヒーローがそう言うと、フウノが恥ずかしそうに頬を染め、視線を逸らした。サリタンがそんなフウノの姿を見て、くす、と微笑む。
口角だけ上げるのではなく、優しい愛情のこもった瞳で、本当に優しそうに微笑んでいた。それを見てヒーローは夢の中で出会った女性、りあが、どれほど魔王、そしてサリタンにとって大切な人であったかを思い知った気持ちだった。
そして、少しばかり寂しくも、感じるのだった。
ヒーローは無意識に溜め息を漏らした。
その音を聞いて、二人の視線が再度ヒーローへ移動する。
「ああ、いや、今のは何でもないんじゃ」
そう焦ったように言うヒーローをみて、フウノが首を傾げる。男の子なのに穏やかな雰囲気と笑顔で笑うフウノにはそれが合っていて、可愛らしく映った。
「今更じゃが、……二人が無事でよかった。本当に」
その言葉を聞いたサリタンが突然ムスっとした表情でヒーローを見つめる。物申したい顔だ。
そしてサリタンが口を開いて反論しようとしたとき、隣りにいるフウノがツンツン、と軽く袖を引っ張って来て、意識がそちらへ流れる。
目が合うとフウノは微笑んだまま頭を振った。
言わんとしていることを正確に読み取ったサリタンは数秒後、溜め息を漏らしてからヒーローへ視線を向ける。
「爺さんがくれたネックレスの効果でな」
「ほう。確かにあの時のサリタンは大分『気』が違っていたなぁ……」
「りあ……フウノに渡したのは爆発だったけど、わたしに渡したのは肉体を高めるような効果だったようだ。使っていなければ、魔物におそらく殺されていただろう」
「ふむ……。それにしても」
そう呟いて、ヒーローは視線をフウノに向けると微笑んだ。
「また、お会いできるとはのう」
「え?」
目を白黒させてそう言うフウノにヒーローの方が首を傾げる。
「はて。……りあさん、じゃろう?」
「あ、はい、そうですけど……りあの姿で会ったことは……」
その言葉にサリタンとヒーローは顔を見合わせ、また視線をフウノへ戻した。
「……覚えてないのか? 夢の中で会っただろう? ……夢の中だから覚えてないのか」
「夢って……あの、夢かな……」
「なんだ、覚えてるのか?」
「あ、ううん、覚えてはないの」
「どういうことだ?」
「えっと……神様? みたいな人がいて……」
目をぱちくりさせて見つめてくるヒーローとサリタンに気づくと、フウノは苦笑しながら顔の前で両手を振って恥ずかしそうに言う。
「な、なんでもない、忘れてください」
まだ怪訝な表情で見つめてくるサリタンに慌てていると、二人の様子をみたヒーローが助け舟を出した。
「まぁ、とりあえず王都に向かおうかの。サリタンの傷も、診てもらおう」
「あ、でしたらお爺さんのところへも行きたいです。お礼を言いたい……」
そう呟くように言ったフウノに、ヒーローは微笑んで頷いた。
「そうじゃな。わしも礼を言わねばならんな。あやつの魔具に、また救われたわい。……日が落ちる前にいこう」
「はい」
にっこり笑ってそう返事をするフウノに、ヒーローも微笑んだ。
「あの村は通らずに遠回りでな」
それから一時間もかからぬうちに三人は王都についていた。何度も来ていたせいかヒーローは顔パスで通されるようになっており、夕方近いせいもあって町を行き交う人も少なくなっており、大分歩きやすくヒーローが二人を守るように固めなくても済んだ。
城下町を抜け門をくぐり、城の敷地内に入ると、真っ直ぐレヒドルが居るドーム状の建物へ向かって歩き出す。そして数分後には建物の扉の前に立っていた。
扉の前に立ったものの開けるのに躊躇する。
おそらくまた槍が出てくるはず。
ヒーローがふいに溜め息を漏らした。
「面倒だのう」
心の中でサリタンも賛同する。
すると、突然勢いよく扉がバッと開かれ顔面に直撃する寸前で避けたヒーローだったが、背中に嫌な汗が流れたのを感じた。
「お前……戦法を変えたのか?」
やはり半目で問うヒーローに、姿を現した爺さんは舌打ちした後「入れ入れ」と促してくる。
どうやらまたもや聞かなかったことにするらしい。
ヒーローが最初に入り、フウノ、サリタンと続く。最後尾だったサリタンは入った後扉をしっかり閉めた。
正面を向くと爺さんの視線が自分とフウノに注がれているのをみて、たじろぐ。
「な、なんだよ?」
「お守り使ったか?」
「はい!」
サリタンが口を開くより先にフウノが答えた。
「ボクにかけてくれた紅い方のネックレス、爆発しました。でも皆怪我とかなくて、魔物に閉じ込められてたんですけど、無事に外に出れたんです! ありがとうございます!」
その言葉を聞くと爺さんは微笑みながら頷く。
結果にご満悦のようだ。
「それで、嬢ちゃんのほうはどうじゃったかい?」
「えーと……力が強くなって体がすごく軽くなった……。素早い動きは出来たし、まるで別人の鍛えられた体を動かしていたような、そんな感じ」
「ふむ、役に立ったようだの。もう一つあげようか」
そういうと爺さんはいつものように壁際の机に向かうと引き出しの中でごそごそし、手で掴んだ後戻ってくるとサリタンの平の上に置いた。
鮮やかな黄色の宝石が嵌め込んであるネックレスだった。
「これは……どんな効果なんじゃ?」
背後からヒーローが投げかけてくる問いに、爺さんは人差し指を口元に当ててアヒル口を作ると半目で一言告げた。
「ボインになれる」
「は?」
「は?」
「え?」
三人の声が重なって響いた。
「おー、さすが祖父と孫じゃな反応まで一緒とは」
爺さんがそういうと、表情に出さないように努めてはいたが、ヒーローは顔がにやけていた。サリタンは少し迷惑そうに祖父を見つめている。
そんな二人の姿を見てフウノは笑った。
「まぁ実際に使ってみない事には解らんけどな」
そう言い、ひゃっひゃっひゃと笑う爺さんをサリタンとヒーローは半目で、フウノは苦笑しながら見つめたのだった。
その後、暇を告げると三人は兵士に案内してもらい、城へ入っていった。タイミングよく白衣の男は医務室におり、サリタンの傷を診てもらった後泊まることを勧めてもらったが、この度はかたく辞退し城下町の宿を取って、一泊した。
翌日になると朝食を頂いたあとは、暫く連絡もなしに留守にしていた為かヒーローが率先して土産物を買い求めていた。
そうしてサリタンの背中の傷のことを考え馬車を借り、数時間後、ようやく村へ帰還したのだった。
―――アノクソガキガアアアアアァァアアァアアア!!
日が落ちて暗闇が支配する時刻。
鬱蒼とした森の中を、一匹の魔物が歩いていた。
うさぎのような顔つきで、猫や犬のような耳をピンと伸ばし、長い下顎の先にある口からは鮮血のような真っ赤な舌が覗いていた。上下に二本ずつ生えている大きく鋭い裂肉歯は口の端から溢れて零れていく涎に濡れ、不気味な光を放っている。そして鋭い鉤爪が生えた左手は、左目を覆い隠していた。
いや、抑えていた。
次から次へと溢れ出る体液を、失わないために。
だが、抑えきれていない体液が、ポタリ、ポタリと滴となって落ち、地に染み込んでいく。
魔物のよく視えていた鋭い左目は、視力を失っていた。
魔物の脳裏に、繰り返し浮かんでくる風景。
それは己が、部下にあたる同胞と人間を利用し、魔王の生まれ変わりとして生まれたあの力ない子供を罠にかけ殺そうと企てた時のこと。
捕獲したまではよかった。
すぐ殺せばよかったのだ。
それを、殺す際の痛がる呻き声、絶叫を。
恐怖に怯えて泣き叫ぶ姿を見たいという欲望を叶えるために、目覚めるのを待っていたのが間違いだった。
なんの力もない?
それは間違いだった。
まだ微弱ながら、あの隙の無い動き。目つき。雰囲気。口調。
すべて。
魔王として君臨していた時の様だった!
最後には、数メートルも距離を開けて様子を窺っていた筈だったのに。
気配を悟り、剣を投げてきた。
それも、眼に一直線に!
気づくのが遅れ、貫かれて視力を失った。
―――クソオオオオォォォォオォォォ!!! 憎イ・・・憎イ!!! 殺シテヤル……殺ス!!!!
「ガアアアアアァァァアァアァァァ!!!!!!!」
魔物の怒号が、静寂に満ちた森に、轟いだ。
題名+α直しました^^; 中身はかわっていません。




