罠
「ところでさ」
ベッドに腰を掛けたままサリタンは、肩越しに背後で立ったままの白衣の男に声を掛けた。
「ん?」
呼ばれたことに気が付いた白衣の男が視線を向けてきて、二人の目が合う。
「誘拐されたのって、この町の子供?」
「ここもだけど、半分は他の村の子っていう話だよ」
思案気な表情をしてそう答える白衣の男の言葉に、散り散りになった子供達の事を想う。俯いていた顔を上げて窓の外を見てみれば、いつの間に時間が経ったのか夕焼け空が広がっていた。夜までに戻れなかった子供はどうやって凌ぐのだろうか。肌寒い季節。病気にならなければいい。
「……捜索隊とかは?」
「うん、出てるって。でもまだ、……君達以外には見つかってないみたい」
まぁ、君達は自分で戻ってきたけど、と白衣の男が続けて呟いた。
「何? 会ったの?」
訊かれて、サリタンはベッドから降りると白衣の男の方へ回る。すると気が付いた男が自身が座っていた椅子をサリタンに差し出してきて座れと促してくるので、黙って腰を掛けた。
「魔物に捕まってたんだ、皆。それで、一斉に逃げてきたけど、散り散りになったから……」
「えっ! ていうか逃げてきたの!? どうやって!?」
「あー、ここの外に住んでる魔術師?の爺さんに貰った道具投げたら爆発して壁に穴が開いたから」
それを聞いた瞬間白衣の男が吹き出した。
ヒーローは背後で「ほおおおおおー」と感心したような声を出している。
「籠ったまま何してるんだろうと思ってたけどそういうの作ってたのか」
何とも言えない表情をしてそう呟く白衣の男の言葉を聞いて、フウノが苦笑する。
「ん、まぁ、時間も時間だし、また部屋に夕食運んでもらうからさ、ヒーローさん達今日は一泊して、村には明日戻ってくださいね」
気を取り直すようにそう告げる白衣の男に、ヒーローは頭を下げる。
「ご迷惑をおかけします」
「いいえ、とんでもないですよ」
そう笑いながら言った後、白衣の男は「さ、どうぞ」と外へ促してきたため、ヒーローを先頭に三人は医務室を後にした。
案内された部屋は先日通された部屋だったため気安く過ごすことができた。疲れからかやはりサリタンとフウノは早くから眠気が襲って来て、早々にベッドに入った。
その二人の様子をヒーローは穏やかな心で見守っていた。
翌朝三人は朝食を頂き、城門まで見送ってくれた白衣の男にお礼を言った後頭を下げ、別れを告げた。
背後から「またおいでー」という声が飛んできたのに対し、ヒーローは丁寧に再度頭を下げることで応じ、三人はまた歩き始めた。
城下町に入ると毎度のように喧騒と食べ物の匂いが鼻孔をくすぐってくる。
ヒーローは先日のように二人の小さい肩を片手ずつで掴み、己の前に並ばせたまま人ごみの中を縫って進んでいた。
たまにフウノがよそ見して躓きそうになっていたが、転ぶこともなく無事に通り過ぎていく。すれ違う人とはぶつからないようにヒーローが気を付けているのか、当たることもなかった。
そうして歩いていると、ふと、中年のおばさんが叫んでいる声が耳に届いた。
歩きながら、三人の意識がそちらに動く。
ヒーローが二人の肩を抱いたままおばさんの方へ向かい出し、サリタンがヒーローを見上げて肩に置いてある腕をポンポンと叩いた。それに気が付いたヒーローが端によって足を止め、孫を見下ろす。
「おばさんのところ行くならここで待ってるよ」
「む……」
そう呟いたヒーローは周囲を見渡してから逡巡した後、頷いた。
「……そうじゃな。ここなら大丈夫だろう」
そう言ってヒーローは納得すると、サリタンとフウノをその場に待たせることにして数メートル先のおばさんのところへ歩いていく。
そして気が付いたおばさんが焦ったようにヒーローと会話し始めた。
それを見守っていたサリタンとフウノだったが、背後から何かが倒れたような音が聞こえてフウノが振り返る。
「あ!」
そう言った途端止める暇もなくフウノが走っていき、サリタンは一度ヒーローの方を見た後舌打ちをしてフウノを追いかける。
フウノは数メートル先で、倒れたと思われる中年のおばさんを助け起こしているところだった。
「大丈夫ですか? 怪我は……」
「あいたたた……ありがとうね坊や」
駆け寄っていくサリタンの耳に、フウノとおばさんの会話が耳に入ってくる。
フウノに追いつくとサリタンは彼の腕をぐいっと引いて、顔を自分の方に向けさせると口を開いた。
「おい!」
いつもとは違い少し怒ったような顔をしているサリタンを見て、フウノは血の気が引くのを感じた。慌てて口を開く。
「ご、ごめんなさい!」
「そんなんだからいつも迷子に……がっ!」
突然、後頭部に強い衝撃を受けて、酷い痛みに襲われ目の前が霞んでゆく。
おぼろげながら、フウノが泣きそうな顔で手を伸ばしている姿が映る。
そして、体から力が抜けていったサリタンは、ついに大地に崩れ落ちた。
キーンと耳鳴りが起こっている。
音が、遠くの方から近づくように段々と鮮明によみがえって来る。
目が覚めてその双眸に映ったのは、砂。
どうやら外に寝かされているらしかった。頬と砂利が密着していて、小石が刺さっているのか少し痛む。だが、頬より痛むのは頭だった。
その痛みで、気を失う前の出来事を思い出す。確かフウノがおばさんと話をしてて……。
そう、考えている時だった。
―――ケケケケケケ、早ク起キナイカナァ……。
その声が脳裏に響いて、サリタンは目を見開いた。
―――何故だ!?
「い、言われた通りにしたんですから……お、お願いしますよ……」
今にも消えそうな程か弱い、掠れ声が耳に届いた。
聞きたくなかった言葉を、聞いた気がして。
その言葉の先を想像して、サリタンの中でドす黒い感情が渦巻く。
それでも、信じたい気持ちが、まだあった。
だが、その祈りにも似た想いを嘲笑うかのように。
「こ、こんな子供を……殴って、気絶させてまで……運んで来たんですから! だから……こ、子供を……私の子供を、返してくださいよ……!」
懇願している声色が、続けてサリタンの耳に届く。
「こ、ここまでやったんですから……!お願いしますよ……!」
―――ケケケケケケ。ヨクヤッテクレタヨォ……子供ニハ合ワセテヤルヨ……アノ世デナ……クケケケケケケ!
「そっ、そんな!! 約束が違いますよっ!!! この子を連れてきたら、子供を返してくれるっていう話だったじゃないですか!!!」
―――クケケケケケ! ソンナ約束ナンテモノヲ、ワレラガ守ルト本気デ思ッテイタノカアアアアア?
脳裏に響く魔物の声には、嘲笑が含まれていた。
サリタンには解っていた。
利用したのだ。
人間が持つ、身勝手な心を、巧みに。
ドす黒い感情がサリタンの心を支配する。過去が走馬灯のように脳裏を過る。
またしても。
裏切られたのか。
人間に。
サリタンは、ゆらりと立ち上がった。
脳裏に、鮮明に、りあの姿が思い浮かぶ。
―――何故。いつになっても、人は裏切るのか。同胞を、簡単に。
―――クケケケケケケ、起キタ、起キタ!!
魔物の楽しそうな声が、脳裏に響く。
―――煩い。
サリタンは、無意識に胸元にかけっぱなしだったネックレスを引っ張り出すと、怒りに任せて引き千切った。
ブツ、と鎖が切れて、サリタンの手の平から零れ、宙で揺れる。
―――ナンダ? ナンダ?
不思議そうだが、それでも楽しげなその声に怒りを刺激されたサリタンは、手の平にあるネックレスを、目の前にいる魔物に投げつけた。
ビュッと風の切る音と共に金属が固い何かに当たったような音が響き、同時に魔物の声が響く。
―――ナニヲスルンダ! ……ダガマッタク痛クモ痒クモナイゾ? ケケケケケケ!
魔物が一人で喋っている間、サリタンの身には変化が起きていた。
力が、漲ってくる。
体が、とても軽い。
サリタンは、今にも倒れそうに、ふらふらと、おぼつかない足取りで体を左右に揺らしながら、魔物へ向かって、ゆっくりと歩いて行った。




