再会
草木を手で掻き分けて走る余裕もなく、ひたすら全速力で疾走していた。一斉に散った十人の子供達の姿はどこにもなく、どこを走っているのかすら解らないが、無事であってほしいと願う。
サリタンの後ろを走っているフウノは、少し辛そうに荒い息を繰り返していた。それに気が付くとスピードを緩めたサリタンは肩越しにフウノと視線を合わせた後、手を取ってまた全力で走り出す。脳裏にはまだ魔物の声が響いていた。
それから数十分走っただろうか。とうとう苦しくなりサリタンとフウノはスピードを緩め、けれど足は完全に止めず歩き出した。
草と土を踏む音、風が吹いて木の葉が揺れ、小鳥の囀りが聞こえてきて、何も知らずただそこに居られるものたちが羨ましくなる。
喉が渇いて体が水を欲しているが、川のせせらぎは耳に届かない。
額や背中に汗を流しながらそのまま暫く歩いていると、ふと、魔物の声が頭の中に入り込んでこないことに気が付いた。
おそらく撒けたのだ。
安堵の溜め息を漏らしたとき、後ろにいるフウノが、突然ぐいっと手を引いてサリタンの体が後ろへ傾いた。
倒れそうになったものの、片足で踏ん張りなんとか体制を整えて凌ぐ。そして不機嫌そうに口元を引き結んで背後のフウノを振り返った。
文句でも言ってやろうと口を開き掛けたところで、止まる。
フウノは瞳に涙を浮かばせてサリタンを睨み付けていたのだ。
「な、なんだよ……」
「背中! 傷開いて、血が出てる!」
「怒鳴るなって。奴らに場所嗅ぎ付けられたらどうするんだよ」
その言葉を聞くとフウノはしぶしぶ口を噤んだが、まだ何か言いたげな顔をしている。
サリタンはそんなフウノをみて大袈裟に溜め息を漏らすと、口を開いた。
「しょうがないだろ。あの時は魔物の注目を子供からはずす手段はアレしか思い浮かばなかったんだ」
それを聞いたフウノは目を見開いた後、後悔しているような顔を向けてくる。
「行こう。追いつかれちゃ終わりだ」
そう言ってサリタンは知らぬうちに離れていたフウノの手を再度取って、歩き出した。
どうやら牢を脱出したときは昼すぎくらいだったらしい。
空に昇っていた日が落ち始め、茜色に染まり始めている。
このままだと場所も解らない森で野宿か?と訝しく思っていた時、突然開けた道に出た。
そして数メートル先に、城下町を囲んでいる城壁が目に映って、ようやく戻ってこれたと安堵の溜め息を漏らす。
そこでサリタンはヒーローのことを思い出した。
ヒーローはあれからどうなったのだろうか。
今まで、彼の安否を考える余裕すらなかった。
背後にいるフウノを振り返って見てみれば、喜びから花がほころんだような笑顔で城を見上げていた。瞳がきらきら輝いている。
そんな彼に苦笑し、正面に視線を戻すと無言で手を引っ張り、壁に沿って歩いていった。
門まで辿り着くと、相変わらず兵士が怪しいものがいないかどうか道行く人を観察していた。そしてその視線が薄汚れた姿のサリタンとフウノの姿を映したとき、兵士の表情が無表情から怪訝なそれへと変わる。
「なんだぁ?」
「中に入りたいんですけど」
無表情にそう告げたサリタンをみて、兵は面白くなさそうに口を開いた。
「ここはなあ子供が一人で来れるところじゃないんだよ。お家に帰んな」
「そんなこと言ったって、もう夕方ですよ!? 無茶です!」
サリタンの背後に隠れていたはずのフウノが、いつの間にか前に出て、普段の穏やかな彼とは思えない程しっかりとした口調で訴えるように言った。それを見たサリタンは驚きに目を見開いていたが、フウノの言葉を反抗と取ったのか兵士は重たそうな鎧をガシャンと音を立てながら一歩前に足を出すと、
「このガキ!」
と言い放つと同時に手の平をフウノの額に当てて、軽く押した。
すると、軽いフウノの体がなんなく背後に倒れて、ドサッという音と共に尻餅をつく。
それを見たサリタンは黙っていられなかった。
咄嗟に兵士に掴みかかる。
「何するんだ!」
「うっさい!」
首根っこを掴まれて放るように投げられて、サリタンは大地に俯せの格好で倒れこむ。砂埃が散って、全身が汚れた。
「まったく最近の子供は……ってお前背中怪我してるじゃないか! しかもこの跡、魔物にやられたのか!?」
サリタンが俯せで倒れたことにより背中の傷が露わになって、それに気が付いた兵士が驚愕の声を上げた。
兵士は慌てたようにサリタンに近づくと肩に触れ、起きるのを手伝おうとするが、サリタンはその腕を振り払う。
「触るな。……起きれる」
自力で立ち上がると尻餅をついていたフウノが近寄って来て、そっとサリタンの腕をとり、体を支える。
サリタンはそんなフウノを一瞥するが何も言わず、兵士に視線を向けた。
「勇者ヒーローが先日この付近で倒れてなかったか?」
「あ、ああ。なぜ知っているんだ?……待てよ、君ヒーローさんに親しい者か?」
「孫だ」
その言葉を聞いて驚愕のあまり兵士は叫んだ。
「うるさい……」
「ご、ごめんごめん。だって、びっくりして。彼のお孫さんだったなんて! 君を探しに行くって言って、止めるのが大変だったんだよ昨夜も今朝も! 背中痛めてるのにさ……って、ああ、こんなところで悠長に話してる暇はないね。城に行こう。ヒーローさんも待ってるし、怪我の手当てをしないと!」
そう言って兵士に促され、サリタンとフウノは足を進めた。城下町に入る門を通る際に他に立っていた数人の兵士に事のあらましを説明しながら通り抜け、兵士が人ごみの中を歩くと彼を避けるように道が空けられ、歩くのが楽だった。
十分後には城門に辿り着き兵士を先頭に、広い庭をまっすぐに進んでいく。城門に入ると以前覗いたときのように兵士たちが壁際に並んで立っており、こちらを一瞥するが、特に何も言われずそのまま通る。扉を開けて廊下に出ると真っ直ぐ歩いて階段を上ってゆき、三階まで到達するころにはサリタンとフウノは息を荒くしていた。
それに気が付いた兵士は苦笑いしながら「あ、ごめんごめん」と謝ってくる。
二人の呼吸が落ち着くのを待ってから再度歩き出し医務室の扉を叩くと、声が返ってきた。
「入れー」
「失礼します」
そう告げてから兵士は扉を開ける。
相変わらず部屋中に白い簡易ベッドが均一に並んでおり、窓辺に白衣の男が椅子に座っている姿が、兵士と開けた扉の隙間からぎりぎり見えた。
「どうしたー」
「はい、あの」
「お客が来られたようなのでわしは二人を捜しに」
「だからそれは駄目でなんですってー」
兵士の言葉を遮るようにして聞こえた声は、確かにヒーローのもののように聞こえた。
出て行こうとするヒーローを慌てて白衣の男が引き留めようとしているようだ。
サリタンは兵士の脚と開いている扉の隙間を通って部屋に滑り込むと、予想通り窓辺に白衣の男と向かい合っていたヒーローを双眸に映し、口を開く。
「捜す必要はないよ」
その声に敏感に察知したのはやはりヒーローで、素早く視線を動かしてその瞳にサリタンが映ると席を立ち、一直線に駆け寄ってくると躊躇せず力強く抱きしめてきた。
それは一瞬のことで、サリタンが文句を言う前に抱きしめた時と同様素早く離すと、孫を見て微笑み笑顔を湛えたままサリタンの頭を撫でた。
そしてサリタンの肩越しにフウノの姿を認めると「こっちへおいで」と優しく声を掛け、フウノが側に来るとサリタンと同様に抱きしめた。
「よう無事でいてくれた……!」
小声で囁くように言うヒーローを兵士と白衣の男は温かい目で見守っている。
「それにしても、また汚れとるな」
にこにこ微笑みながら言ったヒーローの言葉に、はっとフウノが我に返る。
「そんなことどうでもいいんです! サリタンちゃんの背中の傷口が開いたんです……!」
フウノがサリタンを見てそう言うと、その言葉を聞いた白衣の男は自らの足を動かしてサリタンの背後へ回り、その小さい背中が砂や汗、草汁などで汚れているのを見て、顔を顰めた。
「お嬢ちゃん、先お風呂入っといで。そのままじゃ治療できないよ、さあ早く」
白衣の男がサリタンの両肩を押して医務室の外へと促す。フウノもサリタンに並んでついてゆき、ヒーローは部屋を出る寸前で二人を連れてきた兵士に頭を下げた。
「ありがとうございました」
「あ、いいえ!」
慌ててそういう兵士の声と、後を追ってくるヒーローの足音が響いて聞こえた。
サリタンが先にお風呂へ入り綺麗にすると、白衣の男に連れられて医務室へ移動し、再度治療を受けた。その間フウノが風呂へ入り、ヒーローは出てくるのを待つために部屋で待機している。
治療が終わって用意されていた新しい服を着ていると、風呂から上がったのかフウノとヒーローが姿を見せた。フウノが笑顔で駆け寄って来て、サリタンの背中を確かめ、嬉しそうに満面の笑顔を湛えて頷く。サリタンはそんなフウノの姿を見て、目を細める。
―――いつの間にか、仲が良くなったようじゃの。
そんな二人の子供の姿を見て、ヒーローもまた笑顔になったのだった。




