脱走
魔物達が姿を消して数秒後、サリタンは大きな溜め息を漏らした。すると、それを聞いたフウノが心配そうな表情で問う。
「どうして、あんなこと……」
サリタンはフウノを一瞥したが答えることはせず、ゆっくり身体を起こしながら魔物が戻ってこないか、耳を澄まして警戒する。
「ねぇ……」
まだ言い募ろうとするサリタンに、しっ、と人差し指を自身の唇に当てながら言って、フウノが黙ったのを確認してから慎重に立ち上がる。
すると、背中に痛みが走って違和感を覚えた。
―――傷、開いたかもしれないな……。
背中に目がないし自分では確認のしようがない為、一旦置くことにして、サリタンはそっと鉄格子に近づいていき、扉部分の細長い鉄にそっと触れた。
途端、肌を刺すような冷たさを感じて、一瞬だけ躊躇するが、再度握りしめ慎重に、ゆっくり力を入れて、押していった。
すると、ギィ、という高い音と共に、ゆっくりと扉が動き、開いてゆく。
その様子を、驚愕から目を見開き、固唾を吞んでフウノは見守る。
―――やはりな。思った通りだ。
奥の方で囚われている子供達も先程まで身体を震わせていたが、サリタンが扉を開けるのを見ると驚愕のあまり声を上げた。
「なんで!!」
サリタンは内心舌打ちをしながら小声で、しかしはっきりとした口調で言い放つ。
「黙れ! 騒ぐとあいつらが来るぞ」
その言葉は効果がてきめんで、ざわつき始めていた子供達は、はっとしたように一瞬で口を噤み、口元を引き結ぶ。
その様子を見るとサリタンは再度溜め息を漏らした。
―――世話が焼ける……。
気を取り直してサリタンは子供達が囚われている牢に近づくと、扉部分の格子を掴んでゆっくりひくと、こちらも音を立てて開いていった。
それを見て子供達も唖然とする。
「どうして……」
背後でそう呟くフウノの声が聞こえ、サリタンは、推測だけど、と前置きしてから言った。
「ただ単に鍵のかけ方とか知らなかったんだろ。そもそも鍵というものが何なのか知ってるかも怪しいけど」
―――わたしだって、りあに教えてもらわなければ――――――……。
そう考えて瞼を伏せる。
しかしそれは一瞬のことで、閉じていた瞼を上げると、未だ隅で呆けている子供達を見て、小声で促した。
「おい、早く出ろ」
言われ、はっ、と我に返ったように子供達は次々と立ち上がって牢から出てくる。間近で見ると十人くらい捕まっていたようだ。
そして、問題はこれからだった。
周囲を見渡すも、岩でできている壁しかない。小窓もない。
気づくことといえば、どこからか滴が落ちている音が聞こえ、時折風が吹いているくらいだった。
そこで、サリタンは、はっとしていつの間にか俯きがちになっていた顔を上げ、奥の壁を見つめる。
そして、一度子供達に向き合い、「静かにしとけよ」と言い残して奥の方へと足を進める。
岩壁に辿り着くとそっと手の平で触れてみるが、冷たいだけだ。少しずつ足を横に進めながら手の平で岩壁を同じ方向に辿り、何か変化がないか調べていく。
けれどすぐ牢の格子に行き先を阻まれ、サリタンは入っていた牢とは違うそれの扉を開けて中に入り、直後に触れていた岩壁付近から、再度調べ始める。
そして、ふと手の平が牢の角に触れた時、ぬめりを感じた。それとほぼ同時に、細い指先に少量の水が流れてきて肌を伝い、手の甲を濡らす。
手を素早く引いて滴を振りはらったあと、無意識に目を閉じ、耳を澄まして風の通る音を聴く。
―――ここか。しかし……。
岩を、子供の力でどうこうできるはずもない。
数秒頭をなやませていると、脳裏にある言葉が浮かんできた。
『まぁ、お守りみたいなもんじゃよ。ヤバそうな時に投げるだけでよい』
爺さんの姿も言葉と同時に思い浮かび、無意識に口元を引きつったサリタンだったが、背後にいるフウノと子供達に視線をやると、音を立てないように気を付けながら、牢から出て駆け寄る。
フウノの前に立つと、サリタンは口を開いた。
「爺さんに掛けられたネックレスを」
そういって差し出された手の平を数秒見た後、フウノは両手を首筋に持って行くと肌と密着していた細やかな作りの鎖を服の中から引っ張り出した。小さく赤い宝石が宙で揺れ、フウノはそれを躊躇もせずサリタンの手の平に乗せる。
―――どんな効果か知らないが、突然でかいのを使うよりはいいだろう……多分。
「小さい方を使ってまずは様子を見る」
そういうと、視線を今度は子供達に向けた。
「おい、お前達。これから何が起きても、すぐ体を動かせるようにしっかりしておけよ」
そういうと、子供達は無言で力強く頷いた。
それを見届けた後サリタンは壁際の牢屋に近づいて行ったが最後にもう一度子供達を振り返る。
「あと、何か言ったら、言うことを聞くこと。……いいな」
言うだけいうとサリタンは子供達の反応は見ずに視線を正面に向け、壁を睨む。そしてその視線を手の平にあるネックレスに落とした。
―――やるしか、ない。
半ば祈るような気持ちで、サリタンはネックレスを牢屋の壁に向かって放り投げた。
シュッ、とネックレスが風を切って宙を舞う音が静かな部屋に響いて聞こえ、数秒遅れて、宝石が嵌め込んである金属で出来た台座が、カン、と涼やかな音を立てて壁に当たった。
その瞬間。
眩しいほどの光が迸り、轟音と同時に強風が巻き起こる。
ビュオオオオオオ!!と風の嘶きが聞こえると共に塵が舞い、咄嗟に両腕を顔の前で交差させて護る。髪の毛が風に煽られて背後に引っ張られ、軽い子供の姿では風圧に逆らえず、尻もちをついた。のけぞりそうになりながら、永遠にも思えた数秒の後、風が嘘のようにぴたりと止んで正面に視線をやると、サリタンは目を瞠った。
一部の岩壁が消えていたのだ。
目前に見えるのは小さく不恰好に削られた岩穴と、そこから見えるのは木々。耳に届くのは大きな水音だった。日にちと時間の感覚は狂っているが、外が明るいのは確かだった。穴の外から差し込む光が、暗かった部屋を明るく照らしている。
サリタンは背後を振り返って子供達とフウノが無事かどうかを素早く確かめる。皆サリタンと同様驚いて尻もちはついたものの、体は健康のようだった。
「おい、お前達急げ! 奴らがくるぞ!」
サリタンの一喝で我に返った子供達は、全速力で走り出す。先頭切って走っている子供と、他にも聞こえるような声の音量で続けて叫ぶように言った。
「外にでるときは気をつけろ! どうなっているか解らない。出たら町か村を目指せ!」
言い終わると素早く背後を振り返る。
「行くぞ!」
言われて、フウノは真剣な表情で力強く頷いた。
子供達の最後列を走り出した数分後、魔物の声が、脳裏に一段と強く響いた。
―――逃ゲタ、逃ゲタアアアアアアアア!!




