囚われの身
ぴちょん、ぴちょんと滴が固い所に落下し、響いているその音が、ゆっくりとサリタンの意識を呼び覚ました。
瞼を開けると、外が暗いのか場所が暗いのか、辺りが闇に包まれている。身体を起こそうとして力を込めた途端刺すような頭痛に襲われて、無理せず起き上るのを止め様子を見ることにした。
まず、一番気にかかるのはフウノだ。
魔物に抱えられたとき、フウノも一緒に居た筈。であれば、当然ここにもいると思うのだが。
周囲を確かめようにも横たわったままでは何も見れない。
思い直し、やはりサリタンは起き上るために全身に力を込めた。
ずきずきと痛みだす頭痛を顔を顰めて耐えながら上半身を起こして、転がされていた床に一旦座る。そして手の平で感触を確かめる。
―――これは……岩?
所々、でこぼこしている個所が見られ、平ではないことから完全に整備し作られたものではないことが分かる。
背後を振り返ってみると、鉄格子があった。そして行き来できる細い一メートルもない間隔を開けた奥にも鉄格子が嵌っており、その更に奥を見た時サリタンは目を瞠った。
何人もの人間の子供達がお互いの身を寄せ合いながら隅で丸まっていたのだ。
暗がりで見えにくいものの、雰囲気などからも恐怖に怯えていることは解った。
やはり、騒がしている誘拐犯は魔物だったようだ。
それも、おそらく自分を狙っての……。
この子供らは、巻き添えを食らったのだ。
サリタンは唇を噛みしめ拳を強く握った。数秒後、フウノの姿を探すべく辺りに視線を走らせると、同じ格子の中にフウノは転がっていた。
隅の方に横たわっていた為、どうやら今まで気付けなかったらしい。
サリタンは周囲を警戒しながらゆっくり近づいていき、、倒れているフウノの肩を、揺らす。
「おい……起きろ」
小声で囁くように言い続けて数秒後、フウノの睫が震えながら、ゆっくりと上がった。
視線がぶつかり合い、サリタンは内心安堵する。
「あ……。……ここは……?」
起き上りきょろきょろと忙しなく周囲に視線を動かして問うフウノに、サリタンは答える。
「場所は解らない。が、どうやら魔物に囚われたようだ」
「えっ」
そう言って目を見開いてサリタンを見つめるフウノを、静かに見つめ返すサリタン。
数秒そのまま見つめあっていたが、ふと、フウノが両膝を床に付け完全に起き上ると腕を伸ばした。
目線はサリタンへ向けたまま。
そして伸ばされた手が、そっとサリタンの頬に触れる。
「フウノ……?」
フウノの親指が、サリタンの頬を上下に優しく撫でる。
数秒が数分にも感じられた後、フウノがようやく口を開いた。
「……あなたは……」
―――起キテル起キテル!
フウノの言葉を遮るように突如脳裏に響いた魔物の声に、思わず顔を顰めるフウノとサリタン。そしてフウノに向けていた視線を、正面に向けた。
ヒタ、ヒタ、と何かが近づく音が反響し、徐々に大きくなっていく。近づく度に橙色の薄明かりが楕円を模って闇の中に侵食してくる。橙色の明かりの中には、短い毛に覆われた細長い足で立っている影が映りこんでいた。
やがて、ヒタリ、と最後の足音と共に一定の位置で止まり、橙色の光はサリタンとフウノがいる格子の中へも侵入する。
格子の外には、二匹の魔物が立っていた。
手前に立っている魔物は顔の作りは狼のようだが、額に一本の長い角を生やしており短い鉤爪がついている手で、格子を掴んでいる。その後ろに控えているのは虎のような顔をし、両側頭部に上に向いた角を生やして二本の長い尻尾を持っている魔物だった。その長い尻尾はシュルシュルと自由自在に動かしている。手には鉤爪が三本伸びているのに、どうやっているのか上手に蝋燭を入れている筒状の入れ物の取っ手を持っていた。
魔物が姿を現した瞬間、奥の格子に閉じ込められている子供達が恐怖で身を震わせ今にも消えそうな声で悲鳴を上げている。
手前の魔物が不気味な笑みを浮かべて、サリタンとその背後のフウノに視線を向けていた。
―――コイツカナ、コイツカナ?
―――ドウダロウナァ。デモ、他ノクズ共トハ違ッテ。
一旦言葉を切り、一本の角を生やした魔物は背後の格子の中で集まっている子供達に視線を向けた後、再度二人に戻す。
―――震エテハナイナァ。
ククク、と魔物の笑い声が脳裏に響く。同時に一本の角を生やした魔物が鉄格子により近づいてサリタンとフウノへの距離を縮めるが、鉄格子に阻まれている為一メートル以内には近づくことができない。
もどかしげにもう片方の腕を伸ばし両手で格子を掴む形にしたあと、強度を調べるかのように前後にガンガン音を響かせながら揺さぶった。
―――オイ、オマエラ。チョット怒ッテミロヨ。怒ッタラ、気配デ解ルンダァー・・・。デモ、解ッタラ殺シチャウケドネエエエェェェェェ! ヒャッハハハハハハハア!
長い口から長く不気味な程赤い舌を出して、涎を垂らしながら狂ったように嗤う魔物の声に反応して、集まっている子供たちの震えと悲鳴が大きくなり、泣き叫ぶ者も現れた。その声に反応した嗤い狂っていた魔物が一瞬で鬼のような形相になり突然背後の鉄格子を足でガンガン蹴り始める。
鉄と鉤爪がぶつかる音や子供達の悲鳴が反響してうるさいほどだ。
―――ダマレエエエエエエエエ!! ウルセェヨオオオオオオオオ!!
恐怖で支配された子供達が静かになるはずもなく、ますます酷くなる叫び声に魔物も力加減せず全力で蹴り上げていく悪循環。
―――それでも殺そうとしないのは、魔王の生まれ変わりが誰なのか解らないから、か……? だが、なぜ殺さない。誰が生まれ変わりでもすべて殺ればいいだけだ……。こいつらは、誰かの支配下に置かれている? そうだとすれば……。
「いい加減黙れよ化け物が!!」
サリタンの口から叫び声にも近い言葉が放たれ、その瞬間喧騒だった室内が一瞬で静けさに満たされ、間髪入れず今度は魔物の絶叫にとって変わる。
「グアアアアアアアアアアアアアア!!!」
一本角の魔物は振り向き様に鉄格子の扉に手をかけ勢いよく引き開けると大きく脚を開いて二歩歩いたと思ったら瞬時にサリタンの唇と下顎を鉤爪が生えている二本の指で掴み上げると三歩目で牢の中の壁に背中を叩きつけ、もう片方の手で拳を作るとサリタンのこめかみすれすれの壁を殴り込む。
ドガッ!と耳元で魔物の拳が壁に埋まる音が響き、数秒の後に感じたのは下顎の痛みの解放と身体の浮遊感、ついで背中にガン!と強い衝撃が走り、息が一瞬詰まる。
「かはっ!」
「!!」
フウノが焦って、投げられて背中を床に強く打ち付けられたサリタンの元へ走り、今にも泣きそうな表情で覗き込む。
そんなフウノの腕を、痛みのせいで顰めた顔のまま左手で掴み、離してポンポンと二度叩く。
そして一本角の魔物の行動を目で追えば、背後を振り返ることなく牢から出て歩き出した姿が映った。
―――扉ヲ閉メテオケ!!
脳裏にそう響いた数秒後、蝋燭を手に持ったままじっと様子を窺っていた魔物が、一本角の魔物が開けっ放しにして行った扉をカシャンと音を立てて閉め、二本角を持った魔物は後を続いて姿を消した。




