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誘拐

 城に滞在して十日が経ち、サリタンの背中に負った裂傷もだいぶ回復したため、村へ帰ることになった。白衣の男や、サリタンとフウノの命を救った騎士二人にしっかり礼を伝えると、ヒーローは逆に握手を求められ喜んでそれに応じた。

 城門にでると、町まで見送ると申し出た三人に、友人のレヒドルに一言挨拶してから行くと伝えると、三人は納得したようで、その場で別れた。

 城の壁伝いに庭を歩きながら、サリタンは前を歩いているヒーローに声を掛ける。

 「知人って、もしかして……丸い建物に住んでる爺さんとこ?」

 歩いている足は止めず、肩越しに振り向いてヒーローが答える。

 「そうじゃ。会ったのか?」

 「……まぁね」

 「そうか。……刺さらなかったか?」

 その言葉で槍で突いてきた光景が脳裏に思い出されて、顔を顰める。

 「いつもあんなことしてんのか?」

 「おそらく、な。趣味じゃろ」

 ―――あぶねぇ爺さんだ……。

 口元を無意識に引きつるサリタン。その様子を隣りで並んで歩いているフウノは声を出さずに笑う。

 話ながら歩いてると時間はすぐに経つもので三人はドーム型の建物にすぐ行き着いた。

 ヒーローが一歩前に出て、扉から一メートル手前で立ち止まると、携えていた剣を鞘ごと手に取り、先を使って扉を叩いた。

 ―――その手があったか。

 思って、サリタンの口角が上がる。

 そして予想通り扉を開けると同時に爺さんが突き出してきた槍の刃は、あと数センチでヒーローのおでこに達する寸前で、止まった。

 「チッ」

 ―――わー。この爺さん舌打ちしやがった。

 「チッとはなんじゃチッとは」

 「何の用か知らんがホレ、上がると良い」

 「相変わらずスルーかい」

 扉を全開にして爺さんは中へ入り促す。それについてゆくヒーローの後ろを、子供二人はゆっくりとした足取りでついていった。

 一番最後に入ったフウノが、ガチャン、と音を立てて扉を閉める。

 「魔具、役に立ったぞ。ありがとうな」

 そう言ってヒーローはズボンのポケットから何かを取り出し、爺さんの差し出してきた手に握らせた。

 「疲れとか被害とかはあったかいの?」

 「いや、とくにはなかったぞ」

 「ふむ。そうか」

 そう言って、爺さんの視線はサリタンとフウノに向けられた。暫く見つめあっていたが、何かを思い出したのか、爺さんは突然背中を向け、奥の机の方へ歩いてゆき、引出しを開け閉めしてごそごそ探すそぶりを見せた後、ゆっくりとした足取りで戻ってくる。

 そして、ヒーローではなくサリタンとフウノに手を差し出し握っていた拳を解いて、平を見せた。

 そこには宝石を埋め込んだネックレスが二つあった。カットされた赤色の小さい宝石が嵌め込んであるものと、同じくカットされた大き目の青い宝石が嵌め込んであるものだ。

 「それは?」

 爺さんの背後に立っているヒーローが、手の中のネックレスを覗き込みながら訊く。

 「まぁ、お守りみたいなもんじゃよ。ヤバそうな時に投げるだけでよい。そうじゃな……」

 そう呟いた爺さんは、小さい方をフウノの首にかけ、大きい方をサリタンのそれにかけた。

 「これの効果は?」

 「秘密じゃ」

 ヒーローの質問に、ひゃっひゃっひゃと笑いながら半目で答える爺さんだった。

 「……やっぱりのう。まぁ、有難く貰っておくよ」

 「ああ。そろそろ戻るんじゃろ?」

 その言葉にヒーローは頷く。

 「世話になったな。土産もありがとう」

 「ああ。元気でな。子供達も。ネックレスを投げるんじゃぞ。感想も教えてくれ」

 ―――実験台だな。

 ―――やはり実験台じゃったか。

 同時にそう思う孫と祖父だったが、表情には出さず、爺さんに別れを告げて、三人は家を後にした。


 城の広大な庭をまっすぐ突っ切って、城下町に入るための門をくぐり数秒歩いて抜けた先では、商いの声や物音がそこかしこで飛び交い、いい匂いも漂って来て、まるでお祭りにいるかのような雰囲気に包まれる。そのごったがえしている人ごみの中を、フウノの左肩を左手でサリタンの右肩を右手でヒーローが掴んで支え、護るように足を進めていく。途中でちょっとしたつまみ食いをし、お腹を満たしてから城下町の出入口へ向かった。

 そこで馬車をしつらえてもらい馬の扱いは御者に任せて、三人は中に乗り込んだ。

 暫くするとほどよい揺れを感じ始めたが数分も経たないうちに馬が止められる。

 ドアが叩かれて、ヒーローは扉を開けて身を乗り出した。

 「どうしましたかな?」

 目の前に立っていたのは不審者かどうかを吟味するために護衛もかねて立っている兵士だった。

 開いた扉の隙間から車の中を覗きこみ、子供二人の姿を確認した後兵士の視線はヒーローへ戻る。

 「大通りを行く予定かね?」

 「そうですが……なにか、ありましたか?」

 「ああ。先程、なんでも落石があったようで大通りは通れないんでね。小道の方を通ってくれるかい?」

 その言葉を聞いてヒーローは、視線を前に乗っている御者に向けた。丁度話を聞くためにヒーローと兵士を見ていた為、御者と視線がぶつかり合い、お互い無言で頷く。

 「分かりました。わざわざありがとうございます」

 ヒーローは御者に向けていた視線を兵士に向けてお礼を告げると、兵士もにこやかに微笑んでから「よい旅を」と言い残し、扉を閉めた。

 ヒーローがもう一度椅子に腰を下して数秒後、再度馬車が動き出して身体が揺れ始める。車の中から窓を通しゆっくり進んでいく景色に、フウノは釘づけだ。

 天気がよく、燦々と輝く太陽から降り注ぐ暖かい陽光を浴びて、小道の周囲にある木々や草花が鮮やかに光を放ち、時々だが鳥のさえずりも聞こえ穏やかな気持ちになる。

 窓から差し込む陽光で車内も気温が上がって暖かくなり、腹も満たされている為眠気が襲ってくる。そうして、だんだんとうつらうつらとしてきていた、その時。

 突然ドッシャーーーン!と何かが壊れるような大きな音と共にサリタンとフウノは身体に衝撃を食らって、気が付けば地面に倒れていた。

 頬に、砂利に擦られて薄い傷が出来、砂埃が舞い呼吸がしにくくなって視界もかすんでいる中、何が起きているのかを知るためにも、サリタンは埃が目に入らないように一度瞼を閉じて数秒待ってから、再度上げて様子を見た。

 頭がくらくらするのを感じながら、それでもしっかりと瞳に映し理解した現状に、目を瞠る。

 先程の兵士の言葉が脳裏に甦る。

 乗っていた馬車は屋根が岩で潰されていたのだ。

 周囲に視線を走らせると、少し離れたところでフウノがうつぶせに倒れていた。気を失っているのか身動き一つしない。更に視線を走らせてヒーローの姿を探し、その双眸に潰れた屋根で押しつぶされてフウノと同様、身動きが出来なくなっているヒーローが映ると、愕然とした。

 「お、おいヒーロー……」

 無意識に、気づかぬうちにサリタンは心配そうな声を上げていた。その声色で意識を戻したヒーローは頭に軽い傷を負ったのか血を流しながら、背中に破壊された屋根で押しつぶされた姿のまま、サリタンに安心させるように笑顔を向けた。

 そして次の瞬間、穏やかだったヒーローの表情は一変する。

 目を見開き焦ったように、サリタンに向かって叫ぶように言った。

 「逃げるんじゃ!!」

 ヒーローの放った、その言葉の意味がその瞬間解らなかった。

 ふっ、と身体が陰ったことに気が付いて、頭上を見上げた。

 頭を打ったのかクラクラする。

 視界が霞んだままのその瞳に映ったのは一匹の二本足で立っている魔物の姿だった。

 ―――な……に?

 そう思ったのも束の間で。

 気が付けば、サリタンは腕に抱えられていた。

 反対側には気絶したままのフウノの姿が見えた。

 走っている魔物のせいで身体が大きく上下し、くらくらしている頭がさらに揺らされて、もう意識を保っていられなくなっていた。

 意識を手放す寸前で、サリタンの耳にヒーローの叫ぶ声が、確かに届いた。


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