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お城2

 意識が浮上して瞼を開けると、双眸に眩しい光が刺し、咄嗟に右腕を動かし目前に手の甲を翳して遮る。休ませていた体を起こすと肩越しに背後の窓から外を見通して、茜色の空が広がっていることを知る。

 ―――夕方……か。

 そして視線を隣りのベッドへ動かすと、未だ横になっている小さい背中がその目に映った。

 ―――良く寝るな……。

 無駄に感心しつつ、今度は部屋中に視線を走らせるが、相変わらず自分達以外には誰もいなかった。

 ―――さて、どうするか……。

 起こすべきか、起こさないべきか。

 数秒逡巡した後、サリタンはベッドが軋む音を立てるのにも構わずに素早く降りると、部屋から出るために扉を目指し歩き出した。

 扉を開けると左手には広い廊下が広がっており、右手には下に降りる階段があった。とりあえずサリタンは部屋を見て回ることに決め、左側へ歩いていく。数メートル進むと一枚目の扉があり、その前で足を止め向き合うと、下から上までまんべんなく眺めてから、コンコン、と叩いた。

 反応が返ってこなかったのを確かめてからゆっくりと扉を開けて、中を覗き込む。

 明かりはついておらず薄暗いが、部屋の奥の窓から夕陽が差し込んでいる為、困ることはなかった。

 医務室側の壁の方にもう一枚扉があり、カウンターも見え、長いテーブルと椅子が端から端まで並んでいるところを見ると、食堂であることが解る。カウンター奥の部屋がおそらく厨房なのであろう。そこで作られた料理が熱々のまま、食堂に並べられるのだと推測できる。

 サリタンは扉を閉めるとまた廊下を歩き出し、奥にあったもう一枚の扉の前で立ち止まると、先程と同様ノックしてから扉を開けた。

 食堂よりは窓の数が少ない為か部屋が暗いが、独特の匂いとぼんやりと映る棚などで、書庫だと解った。

 とりあえず用はないので扉を閉めると背中で凭れ、高い天井を仰ぐと溜め息を漏らした。

 「あの騎士達どこいったんだ……」

 とりあえず、一旦医務室へ向かうことにして、再度歩き出す。

 食堂部屋を通り過ぎて医務室の扉を開け、中を覗くと、フウノが起きて窓の外を眺めていたのが見える。

 「おい」

 静まり返った部屋にはサリタンの声は良く響き、背中を向けていたフウノもすぐ振り返った。視線がぶつかると、途端に微笑んでベッドから降りると駆け足でサリタンへ近づいてくる。

 にっこりと笑いながら、フウノは口を開いた。

 「どこいってたの?」

 「……ああ……ちょっと、な」

 そう言って目を逸らしたサリタンが廊下に出たので、フウノも迷わず医務室から出る。

 「わー……広ーい!」

 無言でフウノを一瞥した後、先ほど歩いていた奥の方へ視線を向けながら、言う。

 「隣りが食堂、その奥は書庫だった。ここには誰もいない。下に降りる」

 言い終わると同時にサリタンは右手の階段に向かって歩いてゆき、フウノも相槌を打ちながらついていく。

タン、タン、タンと規則正しい、階段を降りる足音が響く。

 階段を降り切って数メートルも歩かないうちに、今度は右手の方に部屋があるのが見えた。廊下の奥に行った先にも一枚だけ扉がある。

 「この階は二部屋だけか」

 背後に立っているフウノは黙ってサリタンの後についてくる。

 すると、突然ガチャリと音を立てて真横の扉が開き、中から女性が姿を現した。

 着ているのはワイン色の濃い赤を基本とした服で、真っ先に目に留まるのは若干レースが施してある白いエプロンを腰から腿の辺りまでにかけて、着けているところだ。

 サリタンが口を開く前に、その存在に気が付いた女性の方が、目を丸くさせて声を掛けてきた。

 「あら……お嬢ちゃんどこから入ってきたの?」

 目線を合すために膝を折って床にはつけずに座り、優しく問いかけてくる女性にサリタンは答える。

 「上の医務室で寝かされてた。白衣の人か騎士の二人を探してるんだけど」

 「まぁ……。軍医様いらっしゃらなかったのね。大抵あそこにいらっしゃるのだけど。騎士の二人が誰だか分からないけど、庭にいるのではないかしら」

 「わかった」

 言うが早いか素早く踵を返してそのまま下に続いている階段を降りようとするサリタンに、女性が慌てて声を掛ける。

 「待って、今案内を……」

 「大丈夫です」

 真っ直ぐ歩きながらそうきっぱり答えたサリタンに、城の使用人の格好をした女性は口を閉口させながら、小さい二人の子供が階段を降りていく姿を静かに見つめた。


 

 階段を降りるとまた廊下に出た。上階と同様に右手と奥に扉がある。

 とりあえず、右手の方の扉を叩いて反応がないことを確認した後、開けてみようと扉に手を掛けるが施錠してあるのかビクともしなかった。背後に立っているフウノに視線をやってから奥の方へと足を進めていき、こちらも叩いて数秒後に扉に手をかけると、すんなり開いた。

 中を覗くと広間の奥まった所に玉座と思われるものがあった。周囲に視線を走らせるが、国王と思われる人物は、見える範囲ではどこにもいないようだ。

 サリタンは扉を完全に開けて広間へ出ると、壁際に立っていた衛兵に一瞥される。

 「なぁ。君達医務室から来た?」

 一番距離が近い場所に立っていた兵に訊かれ肯定すると、兵は顰めていた眉を緩め、それ以上は何も言わずに正面を見つめ直す。

 仕事に専念するのだろうと判断したサリタンは他の兵を一瞥することもせず、さっさと王座の正面にある扉に向かって歩き出した。


 

 外に出ると心地よい風が吹いてきて、サリタンの伸びた髪の毛をさらりと撫でては逃げていく。背後にいたフウノもずっと緊張していたのか、外に出た途端背伸びをして筋肉をほぐしていた。

 「さて、と……」

 使用人の女性が言っていた庭とはおそらくここの事だとは思うのだが、見た限りでは誰もいなかった。どこかに建物があって、騎士達はそこへ集まっているのだろうか。

 とりあえず左の方へ壁伝いに歩くことにして歩を進めると、フウノもついてくる。数メートル歩いたところで足を止めて振り返り、黙ってついてくるフウノを一瞥すると、フウノはいつもの柔らかい笑みを見せた。

 「―――お前は、いつも幸せそうに笑うんだな」

 ―――彼女のように。

 心の中でそう付け加えて、再度歩き出す。

 そんなサリタンの背中を見て、フウノは微笑みながら後を追うために自身も足を一歩踏み出した。



 壁伝いに辿ってみると、そこにはドーム状の建物があった。

 不思議な形である。真横に窓が羅列されてあるが、間近で覗いても建物の中は見えない。

 ―――術か?

 サリタンは正面に回って立ち止まると、扉を二度叩いた。

 すると、扉が開けられたかと思ったら風の切り裂かれる音と共に、頭上に突風が吹いて髪の先が揺れた。

 まずサリタンの目に止まったのは、ヒーローと同年代と思われるお爺さん。体全体をローブで覆っている。

 そして腕を正面に伸ばし、手には細長い棒が握られていた。それは、サリタンの頭上の上まで続いていた。

 素早く見上げてみれば、棒の先には鉄製の鋭い刃をもったものが付いていて、それが、サリタンの頭上を通過していったのだと解る。

 はぁ。と大げさに溜め息を吐いたサリタンは右腕を伸ばし、手で柄の部分を軽く押して頭上からのけると目の前の爺さんを見据えた。

 「あんた、殺す気?」

 少しの怒気を含めて言い放たれた言葉に、爺さんは軽快に両肩を竦めて見せる。

 「ところで子供がなんの用じゃ?」

 「いや。あんたに用はない」

 そう告げて踵を返し去ろうとするサリタンの背中に、爺さんは続けて言った。

 「ヒーローの孫じゃな」 

 ピタリと動きを止めて背後を振り返ると、ずっと見つめていたのか爺さんと視線がぶつかる。

 「伝言鳥を飛ばしたのはわしだからのう。城内に子供がいるとすればあやつの子供だけじゃ」

 話が終わったとでもいうようにまた歩こうと背を向けたサリタンの後姿に、爺さんは口を開く。

 「いい夢は見れたかな?」

 その言葉を聞いて素早く振り返ったと同時に扉が閉まる音が聞こえ、爺さんは家の中へと姿を消していた。

 暫く睨み付けていたが、フウノが、ツン、と肘の裾を引っ張ってきたのでそちらに視線を移す。

 サリタンと視線が合うと、フウノは微笑んで口を開いた。

 「騎士さん、探そう?」

 「……ああ」

 そう返事をしつつ背後の建物を一瞥し、フウノと並んで来た道を戻るために歩き出した。

 歩きながら、フウノが心配そうな声で訊いてくる。

 「頭、大丈夫だった?」

 砂を踏む足音がリズムよく、あたりに響いている。

 「ああ」

 「そう、良かった」

 気が済んだのか、フウノは口を閉じた。

 そうして歩いている内に出てきた扉に差し掛かる。と、突然誰かが出てきて、サリタンは無意識に腕を伸ばして隣りに並んでいるフウノの足を止めた。

 「こんなところにいたのか! 心配したんだぞ!」

 姿を現したのは探していた内の一人、白衣の男だった。

 「少しばかり休憩しにいって戻ってみたらいなくなってて驚いたよ。もー」

 脱力して膝を折り座り込む男を無言で見守るサリタンの視線を感じたのか、俯いていた顔をあげ、サリタンを見つめる。

 と、溜め息を吐いて立ち上がった。

 「……ま、無事だったから、いいか……。戻ろう。食事の用意してあるから」

 そう言って城の中へと促してくる白衣の男の後をついていこうと歩き出した、その時。

 「サリタン!」

 聞き覚えのある声が、サリタンの足を止めた。

 声がした方へ視線を向けると、見覚えがある姿が、走って向かってきているところだった。

 「あ。……お迎えが来たようだね」

 ヒーローの姿をその目に留めて、白衣の男が呟くように言った。

 その言葉を聞いて、ふ、とサリタンが口角を上げる。

 ―――いつも、奴だな。

 サリタンの和らいだその表情はヒーローが目の前に来るころには見る影もなくなっていたが、隣りに並んでみていたフウノの記憶にはしっかりと刻まれた。


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