覚醒
サリタンが生まれて早一ヵ月が経とうとしていた。
その日は晴天で、朝早くからヒーローは散歩等で足腰を鍛えた後、心待ちにしていた甘美な時間に浸りに行った。
行きつく先は、もちろん孫のサリタンのところである。
「サーちゃんは起きてるかな~?」
木で出来た、決して大きくはなく、所々地面から生えた蔦がまるで護るかのように巻き付いている、自宅の玄関の扉を開ける。
扉が軋んで、音が立つが毎度のことなのでもう気にしない。
開けて入るとすぐそこに見えるはリビングである。
大き目のテーブルと椅子が数脚おいてあり、真横に台所と、左右の壁際には、続き部屋に行くための扉がある。
ヒーローは息子夫婦が使っている左手の方の扉の前に立つと、軽くノックをしてみる。
「はーい」
すると、中から嫁のリーサの声が飛んできた。
その瞬間、ヒーローの表情はあからさまに笑顔になった。
とろけるような笑みを浮かべたまま、ヒーローは許可を求める。
「リーサ、入ってもいいかな?」
「ああ、お義父様。どうぞどうぞ」
「では、失礼して……」
ガラっと音を響かせながら扉を横に滑らすと、リーサと、腕の中に抱かれて満足げにしている、小さい顔の、柔らかそうな白い頬、淡い桃色のつややかな唇、パッチリとした瞳をしたサリタンと視線が絡み合った。
「サーちゃ~ん」
さささっと素早く傍に座って、サリタンの顔を覗くと、サリタンはニコッと天使の笑顔を見せてくれた。
それだけでヒーローは天にも昇るような気持ちになる。
そんな様子を見ていたリーサは、微笑みながら口を開いた。
「お義父様、だっこします?」
一瞬でヒーローの顔が輝いた。
そんなヒーローを内心可愛く思いながら、リーサはそっとサリタンの体を自身のそれから離し、ヒーローの胸へ移動させる。
柔らかく、儚く、力を入れたら壊れそうな、サリタン。
そんな孫を抱きながら夢心地に浸るヒーローであった。
「それじゃあお義父様、私はちょっと出てきますね。すぐ戻ってくるのでその間だけ、よろしくお願いします」
にこやかに告げるその言葉に、ヒーローは笑顔で答えた。
「はい」
リーサはそっと立ち上がって、部屋を出ていく。
「おーよしよし~」
甘い声を出しながらヒーローはゆるく上下に、慎重にサリタンの体を揺らしてやる。すると、サリタンは、きゃっきゃと言いながら、花がほころんだような笑顔になった。
それを見て、いつもはキリリとしている眉毛が、ますます垂れ下がり見る影もなくなる。
数分のち、ガタン、と音が聞こえて、リーサが戻ってきたかな、と思い、ヒーローはサリタンを抱いたまま、くるりと振り返った。
その瞬間。
サリタンのおでこと戻ってきたリーサが座ろうとして曲げた膝頭がぶつかって、いい音が奏でられた。
「ああああああっ!!!」
「あっ! 大丈夫!?」
顔色を真っ青にし、叫ぶヒーローとサリタンを心配するリーサの声が重なって響く。
サリタンはというと、慌てて抱きかかえられたリーサの腕の中で、ぼーっとしていた。
サリタンの頭の中では、この時、過去が走馬灯のように呼び出されて、駆け巡っていたのだが。
ヒーローは、知る由もない。




