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帰宅

 素早く視線を走らせると、数メートル進んだ先に路地が見え、サリタンは隅を走りぬいて路地の前に立った。

 暗がりで解りにくいが、確かに小さい姿が見える。フウノらしき姿の前に、大人の姿がうっすら窺え、路地を走り抜けながら、声を掛けられてついていったのだろうと予測する。

 数秒の後に追いつき、サリタンがフウノの腕に手を伸ばし捕まえると、ぐい、と引いた反動でフウノの身体が傾いて、その双眸にサリタンが映る。

 「の、バカ!」

 吐き捨てるように言うとフウノが顔を歪めた。泣きそうになっていると瞬時に悟が、宥める暇はない。フウノの前にいたのは男性だったらしく、よく見れば服などが汚れており、髭も剃られてないままだ。『金目当て』そんな言葉が脳裏をよぎる。

 咄嗟にフウノを腕を引き、引き摺るように駆け出すが、その足音で男が気付き数メートルも距離を稼げないまま追いつかれ、男の腕がフウノに伸びた時、咄嗟にサリタンはフウノを押しのけ前に出た。

 「この餓鬼が!!」

 野太い声と共に伸びた手がサリタンの胸元の裾を掴み上げ、小さな体はいとも簡単に宙に浮く。履いていた靴の裏からパラパラと砂が落ち、大地へ還った。

 顔を顰めるが、サリタンは呻き声を出さないように耐え、フウノは半分泣きながら宙に浮いているサリタンをどうにかして下ろそうと飛び跳ねていたが、それが無駄と知るや否や男の足に駆け寄ってポコポコと叩き始める。

 「離して!! 離してよ!!」

 痛くはなかった筈だが抵抗されたことにイラついたのか、男がサリタンを地面に向かって投げ飛ばし、サリタンは背中を強く打ちすぐに立ち上がることができなかった。

 男は手が空くと足の側にいるフウノを掴み上げ、サリタンと同じ場所を目がけて無造作に手を振り下した。投げ飛ばされたフウノはサリタンの側に落下し、背中を強打して無意識に呻き声を出した。

 「くっ……そ!」

 背中に痛みが走り、顔を顰めるが倒れないように足で身体を支えつつゆっくり立ち上がる。

 投げ飛ばされたとき腕も痛めたのか、血が滲んでいた。

 サリタンは怒りに任せて駆け出し、男の足に体当たりして足元をふらつかせるのには成功するが転倒にまでは力及ばず、更に怒りを煽る形となり、男の腕が再度サリタンの胸元に伸び、掴みあげると、勢いよく壁に背中を打ち付けられた。

 ダン!と大きな音がすると共に塵が舞い、サリタンの口からは今度こそ呻き声が漏れる。

 が、痛みに負けじと鋭い目つきで男を睨みあげた。

 「ンだぁ? 何か文句あるのかよコラァッ!!!」

 その瞬間だった。

 「大アリじゃ」

 音も気配もなく、すっと刃が男の首元に突き付けられた。このまま引けば、頸動脈が切断され、血が噴き出るだろう。

 驚きに目を見開いたのは男だけではなく、サリタンもだった。

 だが、男に刃を突き付けている人間がヒーローだと解ったサリタンは、心から安堵し、ついでそんな己の弱さに悔し涙をその双眸に滲ませ、唇を噛みしめた。

 ヒーローに真剣を押し付けられ命を脅かされた男は、見るからにその逞しい身体を震わせてゆき、見ているサリタンのほうが、首元の刃で勝手に切れるんじゃないかと思う程だった。

 「ゆっくり降ろすんじゃバカもんが」

 ドスの効いた声色で、静かに耳元で囁かれて、男は震えながら、言われたとおりにゆっくりサリタンを地面に降ろしてゆく。そしてサリタンの足元が完全に地に着いたとき、頭上から、ドスッという音と同時に男のものと思われる呻き声が耳に届いた。

 反射的に素早く頭上見上げたサリタンの瞳には、男の背中にヒーローの鉄拳が埋まり、間髪入れず崩れ落ちていく様が映った。

 男を見下ろすヒーローの目つきは鋭く、暗がりで見たせいかサリタンの背筋にも一瞬悪寒が走った。

 ヒーローは剣を鞘に収めると、再度倒れこんだ男に一瞥をくれてやった後、男の両手に挟まれるように壁際に背中を付いて立っているサリタンに視線をやると、一瞬でヒーローの表情が侮蔑なものから心配そうなそれに変わる。

 目線を合す為に腰を落としながら自然に伸ばしてきたヒーローの手を、サリタンは避けることさえ脳裏に浮かばず、享受する。サリタンの砂で汚れた柔らかい頬に、ヒーローの年の割には無骨な指先がそっと触れた。

 ヒーローは、一度もの言いたげな表情で口を開いたが、言葉が紡がれることはなくそのまま閉じられる。

 ヒーローは、『大丈夫か』の一言が、サリタンにどれだけの衝撃を与えることか瞬時に悟り、傷つけることはない、と黙ったのだ。

 静かに立ち上がると背中を向け、倒れているフウノのところへ歩いていくヒーローを見つめながら、悔しさに唇を噛みしめた。

 フウノの身体を抱えたヒーローは、サリタンの方を振り向いて目で合図してきた。側に寄ると、

 「フウノをおんぶできる……か?」

 と訊かれた。背中はまだ痛かった。だが。

 「できる」

 答えると、ヒーローは頷いてからサリタンの背中にフウノを移動させるとおんぶしやすいように誘導してくれる。 

 小柄のフウノといえども、一応男であり己とそれほど年齢差もないその体はずっしりと重かった。背中も痛く、サリタンは顔を顰める。

 フウノを預けたヒーローは何をしているのかと思えば、奥の方で倒れている男を肩に担いで戻ってきた。

 「それ……どうするの?」

 つい、思ったことをそのまま口に乗せれば、答えは即座に返ってくる。

 「兵に引き渡すんじゃよ。これでここの町も、あくどい輩が一人減っていいこと尽くめじゃ」

 半目で、ほっほっほ、と笑っているヒーローを見上げているサリタンの口元は僅かに引きつっていた。



 その後、無事男を兵士に引き渡したヒーローは小遣い程度の報酬金を貰い、サリタンの背中からフウノを取り上げ、己の背中におぶると、孫を自身の前で歩かせ、今度ははぐれることなく宿へと移動した。玄関先にはすでに戻っていた息子夫婦が落ち着きなさげに立っており、リーサがその双眸に三人の姿を映すと慌ててすっ飛んできた。泣きそうになっているリーサをバッシュが何とか宥めつつ宿屋のおばさんに医者を呼んで来るように頼んだ後、皆でヒーロー達に宛がわれた部屋へ行きフウノとサリタンを優しくベッドに寝かせ、バッシュもリーサと一旦部屋に戻っていった。

 騒がしかった部屋があっという間に静寂に満たされ、サリタンは起き上るとヒーローに問う。

 「なぜあそこにいると解った?」

 ヒーローは椅子に腰を下した後、孫の方へ視線をやり、口を開く。

 「『気』じゃよ」

 「……そうか」

 気が済んだサリタンは再度静かに体を横たえ、瞳を閉じたのだった。



 僅かに、身体が揺らされ、同時にヒーローの声が耳に届いた。

 伏せていた瞼を開けて、目前に立っているヒーローを見つめる。眠気でシャキッとしない頭で、どうやらいつの間にか寝ていたようだと理解した。ふと気づけば、真横に置いていた手に布が巻かれており、いつの間にか治療すら済んでいたことを知る。

 「夕食じゃ」

 その言葉に上半身を起こすと、視線がテーブルの方へ向いた。そこには、いつ起きたのか知らないがすでにフウノが座っており、なぜかおどおどした雰囲気を身に纏っていた。とりあえずベッドから降りて、サリタンは椅子に移動し腰を降ろす。

 すると、フウノが声を掛けてきた。

 「あ、あの……サリタンちゃん……ごめんね」

 何を気にしているかが解り、「別に」と答え、食事を食べ始めた。

 「フウノや、明日も泊まることにしたから、ゆっくり探そうな。今度は離れないよう気を付けるんじゃぞ」

 「は、はい! ごめんなさい、おじい様!」

 慌ててそう答えるフウノに、ヒーローは力強く頷くことで答え、二人も食事を再開する。


 各々が食事を済ましたあと、リーサが部屋にやってきて、食べた食器を重ね、バッシュと半分ずつお盆に入れて持つと宿屋のおばさんに戻す為、階段を下りて行った。

 サリタンとフウノはベッドに戻ると、背凭れに凭れて、ぼーっと座る。するとリーサが戻ってきて持ってきた寝巻に着替えさせられて、再度寝かされた。

 先程まで眠っていた為眠れるわけがないと思っていたサリタンだったが、余程小さい体には堪えていたのかあっという間に意識が霞んでゆき、いつの間にか眠っていた。


 朝を迎え朝食を摂った後、また五人で宿から出て町の中を歩いていた。今日も人通りは多く、慎重に歩かないとぶつかりそうになる。

 歩を進めながら、ヒーローが思い出したように、前を歩いているフウノの背中に問う。

 「そういえば、何を買うんじゃ? お菓子かの?」

 「ああ、いいえ……石鹸を買おうと思っています」

 「石鹸……。リーサに言えば、くれただろうに」

 「あ、いいえ……もったいないです。それに、その……香りがいいのを探していて」

 「そうか」

 「はい。……お湯に少し溶かして、それで体を拭いたら……石鹸のいい香りがして、気分がいいかなって思って……」

 「ああ、なるほど……それじゃあ、あの店にあるかな」

 何を買いたいかを知ったヒーローは息子夫婦と別行動を決め、石鹸を売ってそうなお店を探し、店内を見て回ってゆく。何件かお店があったため、一番気に入ったのを二つほど買い求め、フウノは満足げな溜息を漏らしていた。表情もとても明るく、にこにこしている。

 それからはいくつか露店の食べ物をつまんで食べて楽しみ、日が暮れる前に宿へ戻った。 



 そうして、翌朝には城下町に別れを告げ、ヒーロー達は村へ戻る道をゆっくり歩いて、帰っていった。


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