感謝
サリタンが半年ぶりに目覚めたその日、リーサは歓喜しとめどもない涙を流した。父親であるバッシュもその瞳に涙を滲ませている。喜びに満ち溢れたリーサは、お祝いという名目で身内だけでのひっそりとしたパーティーを開こうと、朝から意気揚々と食事の用意をし始め、バッシュは家の中の飾り付けをしていた。
そんな中、サリタンは終始無言で、何事もなかったように装っていたが、ヒーローだけは、その心中を察し、見守っていた。
祝いなどしたい気分でもないのに、親があまりにも喜んでいる為、水を差さまいと耐えているのだろう。
夢の中でりあに会っていたことは、無駄ではないのだとヒーローは考えている。
以前なら、彼女と同じ色の瞳を持っている、というだけでフウノを避けていたが、サリタンはフウノを避けることもなく、二人で並んで座っているからだ。
まぁ、ただ、避ける意欲すらないという可能性も、あるにはあるが。
己にも聞こえていた、りあの最期の言葉。
『捜して』
サリタンは必ず彼女を求め、捜し始めるだろう。
あの言葉が、吉と出るのか、凶とでるのかは、分からない。
ただ、どうか。すでに転生済みだったなら、と祈るばかりだ。
皆が寝静まってから、サリタンは起き上った。
寝付けないのだ。
静寂の中で、両親の寝息が響いている。
その時、ふとサリタンは気が付いた。
フウノの姿がない。
りあと、同じ瞳をもった少年。
サリタンはそっと歩き出してリビングへ移動した。暗闇の中視線を走らせても、彼の姿はなかった。
サリタンは、なんとなくそのまま外へ出ようと扉を開けた。その瞬間、たちまち冷気が流れ込んできて、サリタンの身体から熱を奪ってゆく。
寒さで、身体が震えた。
そっと、外に一歩足を踏み出してみると辺りが僅かに明るいことに気が付いた。顔を見上げてみれば、暗闇の中で、三日月だけが燦々と光を放っている。
「眠れないのか?」
意外な人物の声が耳に届いて、顔を、声が聞こえた左の方に向ける。
すると、手の届くところに、ヒーローが立っていた。その視線は、先刻までサリタンも向けていた、夜空に浮かんでいる三日月に注がれている。
「……あんたもか」
その言葉は、素のサリタンの言葉であるとヒーローは気づいた。なにも取り繕っていない、真の姿。
「ああ。……今宵は月が綺麗じゃな」
なんとなく、そんなどうでもいいことを呟く。
サリタンは、返事を返さなかった。
数秒静寂に満たされたが、ふとサリタンは思い出して口を開いた。
「フウノは?」
「ああ……あの子は、両親の様子を見に行ったんじゃよ。安静にしておくという条件で、都からここに移動してきてね。今はこっちの医者に診てもらっておる」
「……そう」
「……のう、レグや」
その言葉を聞いた途端、驚愕に目を瞠ってヒーローのほうを振り向いた。
唇が、僅かに震えている。
「な……なぜ……」
「あれは、夢であって、夢ではないぞ」
真っ直ぐに見つめてくる瞳を見ている内に、だんだんと心が落ちついていくのを、サリタンは感じていた。
夢ではない。
その言葉が、嬉しかった。もう一度好きな人に会えたのだから。
サリタンは溜め息を漏らし、もう一度夜空を見上げた。
そして、ふと思い出す。
ヒーローは、夢の中といえども、二度もりあの命を救ったのだ。
今までの関係を考えると、かなり勇気のいることだったが……。
「感謝、している……りあを、護ってくれたこと」
そう、囁くように、告げた。
ヒーローの顔を見れず、ずっと天を仰いでいたが、彼が孫の方をじっと見つめているのは気配で解っていた。
その時、丘へ行く方から足音が聞こえてきた。
二人は一斉に音のする方へ視線を向ける。ヒーローは予想していたが、足音の主はやはりフウノだった。
「会えたかな?」
ヒーローが背後からそう走ってくる少年に声を掛け、フウノは柔らかい微笑みを向けて頷いた。
「はい!」
ヒーローがサリタンの側を通り過ぎ、フウノを家の中へと促す。その様子をじっと見ていると、家の中へ入ろうとするフウノと視線がぶつかった。
すると、フウノが微笑んできた。サリタンはその小さい背中が完全に家の中へ消えてから動き出し、自身も入っていった。
翌日、朝食を済ました後部屋で窓の外を眺めているとフウノがトコトコやってきた。
「あの……サリタン……ちゃん?」
そう背後から聞こえてきて、違和感を感じた後、そういえば名前で呼ばれたことなどなかったな、と考える。振り返るのは面倒なので、そのまま答えた。
「……なに?」
「ええと……その……」
なにやら言うのを躊躇っている様子ではあったが、そのまま言うのを待つ。
「あの……町に、行きたいときは……」
「町?」
くるりと体ごと振り返り、立ったままもじもじしているフウノに視線を向けた。
「う、うん……石鹸が……欲しくて」
暫く無言で逡巡したあと、一言告げる。
「じーさんに言ってみたら」
「ええ、と……おじい様に?」
それには答えず、じっと無言でフウノを見据えていると、フウノは頷いた。
「う、うん。分かった……ありがとう」
そう言って身を翻し部屋から出て行った。
「おじい様」
のんびりと読書を楽しんでいたヒーローは、背後から聞こえてきた声に振り返って、その双眸にフウノの姿を映すとにっこり微笑んだ。
「なにかね?」
すると、部屋の入り口にたっていたフウノは勇気を得たのか、ヒーローの側に近づいてくると、その場に正座をする。
「あの……町に、行きたいんですが……」
「町とな?……買い物かね?」
「は、はい。父と母に……」
合点がいった、という風にヒーローは頷き、すっと立ち上がる。
「ちょっと待ってなさい」
そう一言言い残すと、ヒーローは背中を向けて歩いていき、部屋を後にした。
待ってなさいと言われたので暫くそのまま座っていると、数十分後にヒーローが戻ってきた。
そして、フウノが正座したままの姿を見ると、苦笑した。
「足、崩してもよいぞ」
「あ、はい」
ちょっと焦ったように少年が足を崩すのを見つめたあと、視線を合すためにヒーローも腰を下し胡坐をかいた。
「息子夫婦に話をしてきたんじゃ。ここから一番近い町といえば王都になるが、それでよいかの?」
「はい!」
元気よく嬉しそうに返事をするフウノを見て、ヒーローも無意識に微笑む。
「明日の朝にでて夕方に着くじゃろう。宿で一泊して翌日昼前まで探し、昼過ぎから帰る予定ではあるが、どうかな?」
「十分です!」
「よしよし。久しぶりの外出で息子夫婦も喜んでおったから、探し物が見つからなければもう一泊する予定じゃ。ゆっくり探すんじゃぞ」
「はい!ありがとうございます!それじゃあ、失礼します!」
今にもスキップしだしそうに出ていくフウノの後姿を、穏やかな笑顔で見守るヒーローだった。
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