夢路3 ―時期を窺う時―
燦々と降り注ぐ陽光の中、花畑に尻もちをついた状態のヒーローと、睨み付ける青年との間に花火が散る。お互い一歩も引くことなく、相手の出方を見守っている。
その緊張感を最初に破ったのはヒーローだった。
「仕方ないのう」
そう呟いて、ヒーローはゆっくりとした動作で立ち上がった。汚れた部分の裾を、手で払いのけると、付着していた砂や花弁、草がひらりと静かに大地に還っていった。
ヒーローは身構えている青年もとい、孫を見遣る。
―――今回は、連れ戻す……いや、目覚めさせる時期ではない、か。
孫が、何かに対して怯えており、それを悟られないように、憤怒で覆い隠して誤魔化そうとしていることを、ヒーローは見抜いていた。
ヒーローは僅かに溜め息を漏らす。
「……今回は帰ろう。だが、また来るぞ」
「っ……来るな!!」
そう叫んだと同時に、ふっ、とヒーローの姿が一瞬で消えうせる。
「んなっ……消えた……!?」
ヒーローが立っていた場所まで駆け寄り、周囲を見渡すが影も形もない。
「一体……どういう……」
「レグー?」
その声で、我に返った青年はさっと背後を振り返った。
そうして瞳に映る、大事な彼女の姿。青年は心から安堵し、微笑んだ。
けれども。
ヒーローが最後に残した言葉。
『また来る』
その言葉が、青年の心を恐怖に蝕んでいく。
ふ、と閉じていた瞼を開け、眠っているサリタンの体に触れていた手をそっとのける。そしてその手を、孫の小さい額に優しく当てた。
無意識に、小さな溜め息が漏れる。
「なんと……縁深いことよ」
そう呟いたヒーローの言葉は誰に聞かれることもなく、空気に溶けて消えていった。
日が昇り、朝を迎える。
あれからずっと起きて、ヒーローは本を読んでいた。すると、トントン、と遠慮がちに扉を叩く音が聞こえ、「どうぞ」と一言告げた。
同時に扉が引かれ、リーサが姿を現す。
「おはようございます、お義父様」
ヒーローは本に落としていた視線を、肩越しにリーサに向けて、返事をする。
「ああ、おはよう」
「はい。……あの……」
リーサが言いよどみ、何を訊きたいのかは、聞かずともヒーローには解っていた。
「すまんが、何度かやってみないことには何とも言えないんじゃよ」
その言葉を聞いた瞬間、リーサの表情が沈み、肩を落としたことが分かった。
「はい……」
「すまんのう」
「いいえ、謝らないでくださいお義父様。……では、朝食の準備をしてきますね」
「ああ、ありがとう」
感謝の言葉を伝えると、リーサは笑顔になった。
まだ、寂しそうではあったが。
そっと扉を閉めて姿を消したリーサが、立っていた場所を見つめながら、ヒーローは独り言ちる。
「まだ、あやつの方が戻る準備ができていないんじゃよ……」
そして、ヒーローは無意識に天井を見上げるのだった。
「どうしたの?レグ」
その言葉に我に返り、側に立っている女性を見上げた。
「じっとスープ見つめて……おいしくなかった?」
「いや、そんなことはない!」
慌てた風に両手を振りながら否定する青年の姿が可愛くて、りあは笑った。
「ふふっ……変なの」
無言で苦笑する青年。
「仲がええのー」
「うおわっ!!!」
青年は驚愕し飛び上がった。椅子に下していた腰が数センチ浮く。
恐れていた事態の筈だったのだが、あまりにも突然すぎて声がでない。
「な……、なんっ…………!」
ほっほっほ、と笑いながらヒーローは腰を上げて立ち上がる。
素早くりあを見てみれば、彼女も驚いたような表情で、突如何の前触れもなく沸いてきたヒーローを見つめていた。
ヒーローもそんなりあに気が付いたようで、視線を彼女へ向けると優しく微笑んだ。
そんなヒーローを見て、りあも害がないと判断したのか、穏やかな微笑みを向ける。
「お嬢さんは……お名前は?」
「あ、私りあ、といいます」
微笑みながら軽くお辞儀をするりあに優しい微笑みを向けたまま、ヒーローも口を開いた。
「わしはヒーローといいますじゃ」
「ヒーローさん、ですか。レグとはお知合いですか?」
「そんなところですじゃ。ところで、レグ、とは?」
ちらり、と、わなわなと怒りで身体を震わせている孫を見遣ると、その視線に気が付いてか、顔を上げてヒーローを睨み付けてきた。
が、ヒーローはニヤリ、と笑う。その笑みが更に怒りを煽ぐことは、予想済みである。
そんな二人の様子には気が付かないまま、りあは微笑みながらヒーローに言う。
「レグっていうのは、愛称なんですよ。彼、名前がとても長いから」
ふふ、と笑う。
「そうですか」
―――真名を教えてもいい程、大事な女性なんだのう・・・。
真名とは、彼自身を縛る力を持つ、真の名前。それを教えるということは、そこまで気を許しているということに、他ならない。
ヒーローはもう一度りあに視線を向けた。そして、その温かい灰色の瞳と視線がぶつかる。
―――ああ、フウノに冷たかったのは、これが原因か……。ということは、彼女は……。
ヒーローの、りあを見つめる双眸に、憐れみを含んだものが宿る。
その様子を見ていたレグは怒りに支配され、怒鳴った。
「何も知らないくせに解ったような振りをするな!!!」
今にも噛みついてきそうな気迫を漂わせている孫を、ヒーローはじっと見つめる。
りあは驚いたものの、「もう……」と呟いたかと思うと、次の瞬間、握った拳でコン、と軽くレグの頭を叩いた。
叩かれて、目を白黒させたレグはりあを見上げる。
「そういうこと、言うのはよくないよ? レグは見ててわからないの? ヒーローさんは、すごくあなたの事を想ってる」
ストレートに言われ、ヒーローは気恥ずかしくなってつい目を逸らし、レグはそっと視線をヒーローにやった。
だが……それでも……。
「腹が立つものは、立つんだ」
むすっとしたようにレグが言い、りあはしょうがないなぁと言わんばかりに苦笑する。
「仲直り、するんだよ」
そう言って、りあは食べられる機会を失った夕食のスープを片づける。
もちろん、りあに言われたからと仲直りする気にもなれず、レグはヒーローが消えるまでむすっとしていたのだった。




