夢路2
ヒーローは、目前に立っている若い青年をその双眸に映すと、驚愕で目を瞠った。
自分は、確かに、孫娘のサリタンを探しに来た筈だ。
だが、目の前で、驚愕とも恐れともいえる感情の奔流に吞まれ、身体を震わせている青年は、脳裏に浮かぶ孫娘とは似ても似つかない存在である。
―――だが、あの男が間違えるとも思えないし……。
ヒーローは、一心に、鋭い光を放った憎しみを帯びた漆黒の瞳で睨み付けてくる青年と対峙しながら、ここに来るまでの経緯を脳裏に浮かべ、思いを馳せるのだった。
それは、今も意識を失ったまま深い眠りに囚われている孫娘、サリタンの夢の中に入り込む、数日前のこと。
サリタンが意識不明の状態に陥り、半年ほど過ぎた。その間、村医者に何度も診せ、都会の方まで足を延ばし診察を受けもした。有名だと詠われる薬剤師の呪いも試したし、神聖な水とやらも購入し与えたりなど散々試みてきた。
が、一向にサリタンは目覚める気配がなかった。
そんなある日のこと、フウノを含め家族でサリタンを囲み、様子を窺っていると、ヒーローは重い口を開いた。
「知り合いの魔術師がおってな……ちょっと、会いに行ってこようと思う」
悲嘆な日々を過ごしてきていたリーサはその話にすぐ乗った。
藁にもすがりたい気持ちだったのだ。
バッシュは訝しげな表情ではあったが、リーサの気が済むのなら、と了承した。
そして、その日の昼下がり、ヒーローは簡単な旅支度を素早く済ませたあと、自宅を後にした。
ヒーローは、その魔術師とは伝言鳥を飛ばし合い、時々連絡を取っていた。最後に届いた手紙には、研究に没頭したい為、以前から国王に「城にこないか」と誘われていたので、それに応じ、好きなようにやっていると書かれてあった。
「今も、いるといいんじゃが……」
そう呟きながら、村から出たヒーローは北へ向かって人通りがあまりない、小道を歩いて行くのだった。
村を出てから数時間経ち、空が茜色に染まりだした頃、ヒーローは城下町へ到着していた。村から魔術師が移住している城までは、そんなに距離があいてはいないのだ。
すぐさま知人のところへ訪れるのは、時間を考えると、無礼と考えたヒーローは、一旦町の宿屋に泊ることにした。
部屋に運ばれた夕食を摂り、軽い運動をした後で瞑想をし集中力を鍛える。
そうして時を過ごしている間に完全に日は落ちて、夜が訪れた。
部屋の備え付きのベッドに寝転がり、天井を見つめる。
本当は村を出る前にでも鳥を飛ばせばよかったのだが、思い浮かんで即行動したのでそんな暇はなかった。
鳥を飛ばすより歩いたほうがいいとも思えたのだ。
だが、やはり不在だったらどうしようと不安が胸にわだかまる。
はぁ、と軽く溜め息を漏らしてヒーローは横を向き、瞼を伏せた。
翌朝、朝食を頂いた後ヒーローは城へ向かった。
城下町から城へ向かって歩いていると、城門に兵士が二人立っていることに気づいた。
側まで近づくと、ヒーローが口を開く前に声を掛けられる。
「何者だ?何の用だ」
「ヒーロー・バレスティアスと申す者ですじゃ。ここに魔術師のレヒドル・マルクスという爺さんがいるはずなんじゃが、おりますかいの?」
兵士の二人は、ヒーローの名前を聞いた途端、目を見開いたあと、興奮したように瞳を輝かせ始める。
「ああああ、あの、伝説の勇者、ヒーロー様ですかっ!?」
「ああ、まぁ……そう呼ばれてはいますがの」
「握手してください、握手!!」
さっと右手を出してくる男の、豆がつぶれている手のひらを見ながら、ヒーローはそっと左手を出して、握り返した。
「ありがとうございます!!」
そうすると隣りの兵士も同じように片手を出してきたため、そちらにも同様の対応をする。
すると、初めに握手を促してきた兵士が「案内します!」と、かって出て、ヒーローはそれに甘えることにした。
訓練場としても使われるであろう広い庭を歩いていくと、目前に城の中へ入るための、堅牢な青銅製の扉が見えたが、兵士はそこには入らず右に逸れた。
どうやら城の中には住んでいないらしいと思いながらも特に気にすることもなく、ついていく。
すると、右隅の城壁を少し奥に入ったところに、小さいドーム状の建物があった。いくつもの窓が横に、ドームに沿って並んでいるが、部屋の様子は見えない作りになっているようだ。
兵士は木製で出来た扉の前に立つと、足を止め、
「こちらです」
とヒーローに向かって言った。
「ありがとう」
そう感謝を述べると、兵士は来た道を戻っていく。その後姿をある程度見ていた後、ヒーローは扉を叩いた。
コンコン、と木の心地よい音が響く。そしてヒーローは三十秒はしっかり待った。
だが、出てこない。
―――本当にいるんじゃろうか……。
そう思いながら、今度はしっかり音を立てて、叩いてみた。
ゴンゴン、と音が響き、扉が軽く揺れる。
そしてしばらくすると、今度は扉が音を立てて開かれた。
と同時に何かが風を切って真っ直ぐ飛んで来て、知覚より聴覚で察知したヒーローは素早く上半身を横に逸らし、それを避ける。
ピタリ、と左耳の側で静止したそれは、槍だった。陽光に照らされて、一瞬眩しい光を放つ。
「相変わらず物騒なことをしよるのう」
「久しぶりじゃな、ヒーロー」
槍が引っ込んでゆき、ヒーローは久しぶりに会ったレヒドルに視線を投げる。
依然と変わらず、首元から足先までを黒いローブで覆い隠している姿が瞳に映り、ヒーローは問うた。
「洗濯しておるのか?」
「まぁ入れ入れ」
―――スルーしよったな。
半目でじっとりとした視線を送ってやる。
とりあえず促されるままにヒーローは家に上がる。隅に机と椅子、本棚が見え、棚にはぎっしり重そうな厚い書が詰まっており、床にも魔術関連と思われる文字が綴られた紙や、書物などで散らばっていて、足の踏み場も危うい。
部屋の中央には長方形の机があり、その上にも今にも崩れそうな本の山と、ガラス製の丸いのやら細長いのやらの瓶が並んであった。七色に光る液体や、毒々しげな紫色の液体も見える。
「相変わらず……散らかしておるの」
「よし、それで何の用じゃ?」
周囲を見渡していた視線を、目の前に立っているレヒドルに、半目で向けた。
「まぁ、よいがの……」
そして、ふぅ、と息を吐くと真剣な目でレヒドルを見つめた。
「わしの孫娘が、半年になるが……意識を無くしたままで、一向に目覚めないんじゃ。色々試してはみたんじゃが……。なにか、……目覚めさせる手立てはないものか……」
ふむ。とレヒドルは天井を仰ぐ。
しばらく、部屋の中が静寂に満たされた。
ふと、天井に向けていた視線をヒーローに戻す。
「夢見、してみるか?」
その言葉にいつの間にか俯いていた顔を上げて、レヒドルを見た。
「夢、見?」
「ああ。目覚めないとて、夢ぐらいは見ているかもしれんし。魔具をやろう。わしが創ったんじゃが、丁度良いな。試してみい」
―――それは体のいい実験台じゃないのか?
机まで歩いていくその背中を半目で追いかけるヒーローだった。
机の前で足を止めたレヒドルが何かを手に取り、戻ってくるとヒーローに差し出して、握っていた手のひらを広げて見せた。
そこには、濃い桃色の、手の平サイズの石があった。艶々して、光を帯びている。
「それを、どうするんじゃ?」
「これを手に持ったまま、夢見したい相手の体に触れ、中に入りたいと念じるだけで良い。まぁ魔力に反応するから、ないとただの石ころだがな。お前は持っているから余裕であろう」
そう言って、レヒドルはヒーローの皴が寄った手を取り、石を握らせる。
「ただ、注意事項がある」
その言葉に、石にやっていた視線をレヒドルに戻し、目で続きを促した。
「もしかしたら、その中で現れる孫娘は、孫娘の姿をしてないやもしれん。たとえば、虫やら、他人の姿をしていたり、あるいは、魔物とか……な。まぁ、目の前に現れるように念じてやればいいとは思う。あと、何があっても責任はとらんぞい」
半目で付け加えられる。
―――えー……。
「と、とにかく、ありがとう。やってみる」
「ああ。また何かあったら来いよ」
「ああ」
最後に手を一振りして、ヒーローは背中を向けてレヒドルの家を出た。
こうして、数年ぶりの再会は幕を閉じた。
その後、数時間掛けて夕暮れ時に帰宅し、その日の夜前もって息子夫婦に話を通し、サリタンを己の部屋に移すと、寝静まってから夢見とやらを行ったのである。
思い返すこと数秒。ヒーローは閉じていた瞼を上げて、目の前の青年を再度、見据える。
目があうと、青年は更に目つきを鋭くした。
そして。
「帰れ!!!!」
青年が叫んだと同時に、ヒーローの体が何かに吹き飛ばされ、浮遊した。
草花が宙を舞い、風景がゆっくり進んで見えた。
僅か数秒の後、ヒーローの体が背中から地面に叩きつけられる。
「く、はっ……!」
その衝撃で、呻き声が漏れた。
だが、今ので解ったことがあった。
背中に痛みを感じながら、ヒーローは、澄んだ青空を見つめ、今しがた解ったことに基づいて、サリタンの事を考えていた。
そう、なんとなく感じていた違和感は、これだったのだ。
ヒーローは、ゆっくり上半身を起こし、いつの間にか家からでて、数メートル離れたところに立っている青年を見つめる。
青年の放った、『気』で、自分は飛ばされた。
そしてその『気』は、数十年前にも食らったことがある。
数年前にも、感じたことがある。
やはり、目の前の青年は、サリタンなのだ。
そして、魔王でもあったのだ。




