解ける軟禁
それから二日ほど、サリタンは家から一歩も出られず安静を余儀なくされた。
というのも、筋肉痛が存外に酷かったサリタンにとっては、さほど気にすることでもなかったのだが。
バッシュとリーサとは、あれからは何事もなかったように過ごしている。バッシュからは時々見られている、と思うことはあるけれど、それ以上何も言ってこない為、表面上は今まで通りだ。
そう、軟禁されている以外は。
しばらくは、我慢していた。出してくれと頼むのも癪である。
しかし、もう二週間経った。
そろそろ飽きた。
と、いうことで。
サリタンは今直談判しにヒーローの元へ訪れていた。
しかし、普通に頼んだところで出してくれるか怪しい。
そう考えたサリタンは、苦渋の選択をした。
猫かぶることにしたのだ。
「どうしたんじゃ?サリタン」
訪れたものの、なんと言おうかと逡巡していると、先にヒーローに声を掛けられた。顔を上げて視線を向けると、ヒーローはにこやかに微笑んでいる。
サリタンは意を決して、口を開いた。
「おじいちゃん……お外でたい」
「猫かぶってもだめじゃ」
―――くっ、このジジイ、人が折角サービスで可愛らしく首を傾げて言ってやったのに……!
怒りと後悔、恥辱で体を震わすサリタンを、ヒーローは先刻と同様に、こやかに見守っている。
―――ああ、面倒だ。
そして、考えるのを放棄した。
「出たい」
「だめじゃ」
「出たい!」
「だめじゃ」
「でーたーい!!」
「だーめーじゃー」
プツン、と音を立てて、サリタンの何かが音を立てて切れた。
「出せ!!!!」
無意識に素を曝け出して叫ぶように言い放つ。
「ほほほほほ、だめじゃ」
最後までニヤニヤと笑いながらヒーローは答える。
サリタンの怒りが爆発し、気づいたときは体が勝手に動き、右足でヒーローの胸を蹴りあげていた。
ドサッ、とヒーローが仰向けに倒れる音を耳が拾い、我に返る。
ヒーローの胸に足の平を置いたままの姿で、サリタンは己の血の気が引くのを感じ取っていた。
内心焦りながらどう取り繕うか頭をフル回転させて逡巡していると、ヒーローが自分の胸にある小さな足にそっと触れ……一言。
「いい蹴りができるようになったのう……」
と、とろけるような微笑みを湛えて言うので、サリタンは別の意味で、血の気が引いた。
―――ひ、ヒーロー……ま、まさか、お前に……そういう趣味が、あった……とは……。
胸にサリタンの小さい足を抱いたまま天井を向いて仏のような笑顔でどこかいっちゃってるヒーローから、己の足をそーっと引き抜いた後、サリタンは脱兎のごとく逃げだした。
翌日、自分の他には誰もいない寝室で、ヒーローとの交渉が失敗したことを苦く思いながら、サリタンは何ができるだろう、と考えていた。
とりあえず、今まで通り筋肉は鍛えるとして。ヒーローに対しては……。
ふと、昨日の昼間のことが思い出され、サリタンの体が、悪寒でぞぞぞ、と鳥肌が立った。
―――ま、まぁ……やつのことは、いずれ……。
と、そんなことを考えていると、突如外から悲鳴が聞こえた。
はっ、とサリタンは立ち上がり、玄関へ向かって真っ直ぐ走る。あと、もう少しで玄関に辿りつける。
と、身体が宙に浮いた。
「だめだよー危ないんだから」
首を回して、声の主を見る。
「この間、狼に食い殺されそうになったばっかりでしょ?」
―――邪魔だてを……!
「何がしたいのか知らないけど、殺されたら話になんないよ?」
ぐ、と詰まる。
確かに正論ではある。
だが。
ギシ、と床が軋んだ音を立てる。自分を捕まえているバッシュの背後に視線をやると、ヒーローが例の布で巻いた細長い何かを携えて、近づいてきていた。
サリタンとすれ違いざまに、バッシュが声を掛ける。
「親父、魔物倒すの?」
「それしかあるまいて」
そう言い残し出ていこうとするヒーローの背中に、サリタンは叫ぶように言った。
「行く!」
ピタリ、とヒーローは足を止め、振り返ってサリタンを見つめる。
ヒーローは、頭を振った。
「だめじゃ。もっと強くなってからにしなさい」
「! いつもいつも、そればかりだ!!」
「仕方がないじゃろう? お主は、子供なんじゃから」
静かに、諭すように言われ、サリタンは歯ぎしりする。
顔を俯けて唇を噛みしめ、拳を強く握る。
そんな様子を数秒見た後、ヒーローは口を開いた。
「今回はだめじゃ。守れたら、外に出てよいことにしてやろう。……どうじゃ?」
は、っと顔を上げてヒーローを見る。
その顔は真剣で瞳には一点の曇りもない。
「……わかった」
まずは、外に出れるようにならなければ、どうしようもない。
今回はあきらめよう。
サリタンの承諾を訊いて、ヒーローは一度軽く頷いた後、今度こそ扉をくぐって外へ出ていったのであった。
その後、魔物は無事、全て退けたとの話を聞いた。
また、機会を逃してしまった。
が―――。
「いつか、必ず……」
そう紡がれたサリタンの言葉は、誰にも聞かれることもなく、空気に溶け、消えた。