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調査

 窓から陽光が射し込んで室内を明るく照らす中、テーブルに並べられた朝食をそれぞれが口に運んでいる時、サリタンは陥落しやすい母親に視線を向け、無言で見つめる。

 何か言いたげな視線に気が付いて、リーサは愛娘に優しく問いかけた。

 「ん?なーに?」

 サリタンは口の中に入れて咀嚼していたものを嚥下してから、口を開く。

 「外に出たい」

 「まぁ」

 あまりに珍しかったため驚き、軽く目を見開いて無意識に手の指先を唇に当てるリーサ。バッシュとヒーローもピタリと動きを止めてサリタンを見つめている。

 ダメ押しとばかりに、サリタンは可愛らしく首を傾げながら、言う。

 「だめ?」

 「いいえ! そんなことないわよ! ねぇ、あなた?」

 らんらんと瞳を輝かせ意気込んで問いかけてくる妻に、バッシュは一瞬たじろいだが、微笑みで誤魔化す。

 「うん、いいんじゃないかな……親父も行こうよ」

 話を振られ、断る理由もなく、むしろ行きたいヒーローは一も二もなく承諾した。

 こうしちゃいられないわ、と独り言ちて、朝食もそのままに準備をし始めようと席を立ったリーサの左腕の袖を、バッシュが諌めるように軽く引っ張って止める。

 「奥さん。先に食べようよ」

 優しい声音でそう言われ、振り返って視線を合わせる。

 バッシュは微笑みを湛えていた。

 「ね?」

 「……うん、そうね。私ったらついあせちゃって。急ぐ必要なんてないのに」

 苦笑しながらそう呟くように言い、リーサは椅子に腰を掛ける。

 バッシュは隣りに座ったリーサの頭をよしよし、と撫でた。

 そして、食事が再開され、再度食器がぶつかり合う音で家の中が満たされるのだった。



 食後片づけを終えてお昼用の軽食を作ったリーサは、それらを竹製の四角い籠に入れた後布を被せる。更に布が籠から落ちないように紐で縛って固定し、寝室の押入れからリュックを取ってきた後、怪我した時などのことも考え、傷薬や包帯など必要最低限を入れてから、それの口を閉める。

 と、そこでタイミングよく右の部屋の扉が音を立てながら開けられて、以前見た布で巻いてある長細いものを携えたヒーローが姿を現した。

 「じゃあ、サリタン。ちょっとパパ呼んできてくれる?」

 にっこり笑って言われ、内心苦く思いながらも、サリタンは座っていた椅子から降りて、バッシュがいるであろう寝室へ向かう。

 「パパ」

 そう言いながら寝室を覗くと正面にはおらず、左耳が音を拾ったのでそちらの方へ視線を移すと、暗がりでがさごそしている後姿が目に映った。

 無言で広い背中をじっと見つめるサリタンの視線を感じてか、そのままの格好で右手をひょいと挙げると、手を振りながら

 「はいはい、今行くから~」

 そう言って再度がさごそ腕を動かし始める。

 その背中をどつきたい衝動に駆られつつ、それを理性で抑え込み無言の圧力をかけていると、数分後に振り返ったバッシュと視線が絡み合った。

 「ああ、まだいたんだ。もう終わったよ」

 そう言って袖がない上着を羽織ると立ち上がり、サリタンの側へ来ると、その小さい背中に右手の平を当ててリビングへと促した。

 誘導されるままに移動し、人数が揃うとバッシュがリュックを背負い、食糧の入った籠をリーサが持つと、それぞれが靴を履き玄関を通り抜け、家を後にした。


 とりあえず近場を選んで北を上がったところにある丘に行くことが決まった。

 丘には所々に小さい草花が咲いており、時折吹く涼しげな風が撫でていっては、揺らしてゆく。中央に大きな木が一本ずっしりとした佇まいで大地に根を下ろしており、広がっている太い枝から生えた鮮やかなエメラルド色の葉は日陰を作っている。

 リーサ達はそこへ行くと大き目の布を敷いて、その上に腰を下ろした。

 全員が座ったのを確認すると、早速リーサが籠の布を取り去り、入れておいた、パンに野菜やお肉などを挟んで作った軽食を、手渡していく。

 作った時に小さい紙で包んでいる為、そのまま持って食べることが可能だ。

 ヒーローは感謝の言葉を述べて食した後、登ってきた方向とは逆の方へ歩いていった。登ってきた道以外は崖になっていて、遠くまで見渡すことができる。

 まぁ、周囲は殆ど森林に囲まれているのだが。

 崖沿いに来ると、そこに座り込むヒーロー。

 サリタンはなんだか寂しそうに見えるその背中に、そっと近づいて行った。

 隙あらば、と思っていた。

 が、そんなものはなかった。

 近づいただけでもすぐに感知されたのだ。

 「よく見えるじゃろー? サリタン。こっちにおいで」

 言うことをきくのも癪ではあったが、孫なので一応従っておくことにした。

 だが、しっかりと人間が二人並べるくらいの距離は空けておく。

 その離された距離には突っ込まず、ヒーローは言葉を紡いだ。

 「天気がいいのう~いい気持じゃ」

 そういって、背伸びをすると同時に出たヒーローの唸り声が、耳に届く。

 「サリタンや。わしはなぁ……お前のことを大事に思ってるぞ。だから、護らせておくれ」

 その言葉を聞いてサリタンは眉を顰める。

 ―――なんだ? まさか魔王と分かったのか……? いや、解っておるなら護るなどとは……。

 怪訝な表情を、ヒーローに向ける。そんな視線に気が付いたのか、ヒーローも周囲に向けていたその眼差しを、サリタンへやった。

 ヒーローの穏やかな笑顔と、サリタンの怪訝な表情が向き合う。


 そっとヒーローは立ち上がって、サリタンの側へ寄ると、ゆっくり手を伸ばした。

 が。

 サリタンが咄嗟に身を引いたためヒーローの手が止まり、その小さいおでこに指先が触れることはなく戻ってゆく。

 「さて、二人が待っておるから、戻ろうか」

 そう告げて、背中を向けて歩いてゆく後ろ姿を数秒見つめた後、サリタンはここへ来た目的を果たすため、崖に沿って歩き始める。

 ゆっくり目を凝らしながら、足を進めてゆき、やがて目的のものがその双眸に映ると、にやりと笑った。

 ―――そう、村から遠くはないな。明日行くか。

 明日のことへ思いを馳せいているところに遠くから声が掛けられて我に返ったサリタンは、呼ばれるままに三人のもとへ歩いてゆく。

 「さ、おじいちゃんも後から子供達に素振りを教える約束もあるし、今日は帰りましょう」

 パン、と両手の平を合わせて叩いた音が響き、同時にリーサが明るく言ったのを合図に皆が片づけを始める。

 敷いていた布をリーサとバッシュが畳んで汚れ部分を内側に、綺麗に丸めるとそれをリュックの中へいれて、背中に抱え、

 「さぁ、帰ろうか」

 という言葉を合図にするかのように、歩き出した。


 一番最後尾で歩くサリタンの口元は笑みを模っていた。

 ―――明日。明日だ。

 「サリタン、こっちにいらっしゃい」

 前方から声を掛けられて、サリタンはしぶしぶながら言葉に従うために、ちょこちょこと走り出した。


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