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よくある行事で…よくある恋愛で…

よくある行事で…よくある恋愛で…(仮装行列編)

作者: 吉田灯冶

これは前の投稿で書いた『よくある行事で…よくある恋愛で…(プロローグ)』の続編、『もし蒼が仮装行列の方へ進んだら?』の展開で書いています。言ってみれば前投稿が人物紹介とすれば、こちらが本編になります。

よろしければ、前投稿から読んで頂けると嬉しいです。


※これは分岐物になるので、連載とは違い、短編で書いています。流れの考え方はギャルゲーの分岐物と考えてもらえたらいいと思います。

 翌日学校に行くと、黒板に誰が仮装行列か体育祭に分かれたのか名前が書かれてあった。

 もちろん書いたのは誰であるのかは知っている。今朝も朝早くから登校した美鳥だ。そもそもこんな手間がかかることをするのが一人しかいないから、クラスメート全員分かっている。

「だから昨日の夜は機嫌が良かったのか」

 谷原蒼たにはら そうは納得していた。

 ただ、そこに書いてある名前を見て、少し予想外の人物が一人いた。

 昨日の聞いていた限りでは体育祭と言っていた人物がなぜか仮装行列の方に来ていたのだ。

 その人物もすでに学校に到着しており、いつも通りカメにエサをあげている。

「よう、恋」

「おはよう」

 佐藤恋さとう こいもいつも通りの様子で挨拶を返す。

 隣でカメの様子を軽く気にするように見つめながら、蒼は尋ねた。

「昨日は体育祭って言ってなかったっけ?」

「あ、やっぱり気になる? 谷原くんは絶対に聞いてくると思った」

「予想済みかよ」

「そういうの気になるタイプでしょ」

「まぁな…」

 ここまで見透かされるといい気分がしない。

 反応に困り、気を紛らわせるためにカメの指を差し出そうとする蒼に対し、恋はそれを止める。

「そういうのしちゃ駄目。カメって怖がりなんだし…」

「すまん。んで、理由は?」

「あー、あいつがいるから。セクハラされると嫌だし」

 恋のいうあいつが簡単に分かるから蒼はさらに反応に困る。

 視線こそ向けていないが、背中で語っているという表現が似合うくらい殺気みたいなものが赤井淳あかい じゅんに向けられている。

 その本人は朝早くから、スマホを必死に弄っている。

 ただ一瞬、何かしらの気配を感じたようで、こちらに顔を向けてくるが、今はそれどころじゃないという感じで再びスマホに視線を戻す。

 きっとサイトに小説を書いていることは蒼は知っているので邪魔をしないことにする。

「そんな人にバレるようなセクハラしないと思うけどな」

「でもなんか嫌」

「あー、分かる気がするわ」

 人間として嫌なんだろう。

 蒼が適当に相槌を打っていると谷原美鳥たにはら みどりが二人に近寄ってきた。

 恋が一瞬視線を向けるも何事もなかったようにカメに視線を戻す。

「うっす、みーちゃん」

「おはよ、そーちゃん、佐藤さん」

「おはよーございます、生徒会長さん」

「えー、佐藤さんまでそう呼ぶの!?」

「だって生徒会長ですし」

 思いっきり不満そうな美鳥。

 そんな反応をされると思っていなかったのか困り気味の恋。

 美鳥は生徒会長を襲名してから、周りからなぜか名前で呼ばれることが一気に減った。中にはからかいでそう言ってる人もいれば、尊敬を込めて、生徒会長と呼んでいる人もいる。下級生からはそっちの呼ばれ方が当たり前ではあるが。

 でも美鳥はその呼ばれ方を完全に嫌っている。

 初対面の人に馴れ馴れしく名前で呼ばれるのも嫌だが、美鳥はまだそっちのほうが良いということを蒼はちょっと前に聞いたことがある。生徒会長は所詮肩書きなのだから、せめて身内とクラスメートからは名前で呼ばれたいと言っていた。

 少なからず、からかってそう言っていた蒼は素直に反省したぐらいだ。

「クラスメートなんだから名前で呼んでよ、『美鳥』って呼び捨てでいいから!」

「さすがにそれは…」

「いいから、呼んで!」

 恋は助けてという風に蒼を見る。

 蒼は首を横に振って、諦めろと促す。

 こればかりは美鳥が妥協するはずはないことを知っているからだ。

「うっ、じゃあ佐藤さんで」

「まだそれならいいかな」

 やや不満そうではあるが、納得する美鳥に安堵のため息を吐く恋。

「んで、何か用?」

「あれ、お姉ちゃんが弟に話しかけたら駄目なの?」

「そういうわけじゃないけどさ」

「あ、お邪魔なら私行きますけど」

 恋が遠慮して離れようとするけれど、それを慌てて腕を掴み、美鳥が止める。

 いきなりのことだったので、恋はそれを振り払ってしまう。

 ただその反応は恋も予想外だったらしく、反省の色を示し、そそくさと教室から逃げるように出て行ったしまった。

「あ、私何かしたのかな?」

「そう思うなら、追いかけるしかないだろ。そういうのを溜め込んで、あとでモヤモヤするのがみーちゃんなんだから。気になるなら追いかけて来い」

「やっぱり分かるんだね」

「そりゃそうだ」

「じゃ、行ってくる。あ、仮装行列一緒だから頑張ろうね!」

「はいはい」

 美鳥は蒼の返事を聞く前に追いかけて行った。

 残された蒼はカメを見つめながら、二人のことを考えた。

 恋がああいう風に変わってしまった原因は分からないが、元の感じに慣れるなら力になりたいと思うがそれが逆に迷惑になることもある。だからこそ何も出来ない。

 美鳥は美鳥で周りに振り回されて、必死になって、倒れてしまう。子供のときからの定番だ。それが分かっているからこそ、力になりたいのだがそれはそれで周りに迷惑をかけないようにする。読心術まがいの能力があると言っても、無駄に手を出して良いものではない。

「友達だろうが、身内だろうが、こんなの負の面でしか役にたたねーぞ、カメ吉よ」

 必死にエサを食っているカメ吉は蒼の言葉に全く興味がないのか、無視されたのは説明するまでもない。




 その日の放課後、早速打ち合わせが行われる。

 普通は教室内で前後に行われるのが当たり前となっている中、蒼たちのクラスは教室と会議室で別れて開かれた。

 そんなことをしたのは美鳥の職権乱用の賜物である。

 驚きや感動などの反応はさまざまであるが、間違いなく呆れているのは蒼だけだ。。

 その張本人である美鳥はそんな顔をしている蒼に話しかける。

「なんか駄目だった? クラスのためにちょっと無理したんだけど」

「無理するぐらいなら借りるなよ」

「開いてるからいいかなって思ったんだよ」

「さいですか。それはいいから打ち合わせ始めようぜ」

「はーい」

 美鳥はまだ気にしているような感じだったが、手を叩き、席に着くように促す。

 ここらへんは生徒会で実際やっている会議と同じような感覚で美鳥がスムーズに会議を仕切り始める。

「じゃ、まずはどんな仮装をしたいかみんな言ってみて」

「ディズニーとか今年流行った映画とか定番だよなー」

「あえて最近人気の歌い手とかの絵のコスとか!」

「それを言うなら、アニメやゲームとかでも問題ないだろ」

 そんな声が一斉に上がり始める。

 それを美鳥が黒板に書いていく。

 それぞれに何をしたいか、考えてきていたみたいなので美鳥は満足していた。

 ただ一人を除いて。

「やべ、なんでお前らそんなやる気なんだよ」

 蒼はそう漏らす。

 ここまでやる気を出すクラスだとは思っていなかったので、呆気にとられていた。

 蒼は人数が偏った場合、移動させられることを想定していた。そのため、どうでもいいかって思い、やりたいものについて考えていなかったのだ。

 同じく急遽こっちに移動し、蒼の隣に座っている恋も呆気に取られている様子で、二人は顔を見合わせた。

「みんな、いったいどうしたんだろうね」

「同じ感想か、同志がいてくれて助かる」

「私も一応考えてきたんだけど、ちょっと霞む」

 そんなことを平然として言う恋に、蒼は考えているだけで十分だということを言いたくなったのは言うまでもない。

 この場のノリで考えを引き出してみるものの、まったく良い考えが想い浮かばない始末。

 そんな時に限って、美鳥が蒼を見つめる。

「見てるね」

「ああ、あれはお前も考えを言えという合図だ」

「あるの?」

「思いつかないし、考えてもない」

 そんな蒼の声が聞こえたのか、美鳥はため息を吐いて、注意したいような目で見つめる。

 美鳥が蒼を見ていることに気付いたのか、メンバーの視線が自然に蒼に集まっていく。

 そして一人の男子が蒼に尋ねる。

「なんかあるのかよ、谷原」

「いや、俺はみんなと同じことしか考えてきてなかったんだけどな」

「でもさ、ここまで上げたやつって本当に定番だよなー」

 そんな声も上がり始める。

 そもそもこの仮装行列は高校生しか行わない行事なのではあるが、それでも九クラスあるのだからどれかは被ってしまう。最終的に被ったところはジャンケンで決まる。最後の手段で大分類から一作品に絞り、分けて行うものが今までの歴史だ。中には大分類のところから被らないようにして一作品だけ譲ってもらうことあったらしい。

「あ、そういや佐藤さんがなんか考えてきたらしいぜ」

「え!?]

 蒼はさっきの恋のセリフを思い出し、話を振ってみる。

 まさか振られると思ってなかった恋は間抜けな声をあげた。

 そして視線が一気に集まる。

「私に振らないでよ」

「どうせだいたい同じような意見しか出ないんだったら、ちょっとしょうもない意見に賭けたくなるだろ?」

「自分がそういうのはいいけど、他人に言われるのは腹立つね」

「わりい」

 美鳥が恋に言う。

「言うだけ言ってみようよ! もしかしたらそれが通るかもだし」

「あ、はい。じゃあ、人気の職業の仮装…とか?」

「うんうん」

 美鳥は頷きながら黒板に書いていく。

 他のクラスメートたちもそれを聞き、一気に静まる。

 珍しいといえば珍しいからだ。

 今まで出たものがみんながテレビで見るものが挙がっている中で、職業のコスプレは地味すぎる。むしろ蒼たち三年は今後の就職のために勉強していて、こういう行事で息抜きをしているのだから、現実から離れたいという気持ちがあったりする。

 そういう考えが多いの、クラスメートたちも隣に座っている人と話し始める。

「静かにー! 私は別にこういうのでもいいと思うんだけど…。ちょっと意外っぽくて。そーちゃんは?」

「そこで俺に振るのかよ! 俺は別にいいと思うけど? リアルだからこそのコスプレってのも一つの手だと思うし。何より材料が多くて助かる」

 前向きに考えてみるなら、いろんな面で楽だと蒼は素直に思う。

 他のクラスも今まで出たものを選ぶ可能性もある。

 デメリットを考えるなら、アニメや映画などは映像を見て考えながら作らないといけない部分もあるため、メリットだけで考えると職業に関してはネットで検索すれば簡単に見つかる。むしろスーツっぽいものを作れば、基本何でもいける。

「適当に思いついたのがこれだけだったんだけど」

「いいんだよ、前向きに考えとけばなんとかなる。それにならなかったら、ならなかったで気にしなければいいだけだし」

 恋はちょっと気まずそうな感じで言うが、周りの反応はそうでもない感じである。

 新鮮なものが逆にテンションがあがるという具合だ。

(どんな職業あったっけな、漫画とか楽そうだ。ダンボールの机と車輪みたいな台座あれば押してもらえるし)

(は! スクール選手だと水着か。女子着てくれるかな)

(執事する男を上から見るお嬢様的なのもありだよね)

 蒼はそんなことを考えている男女がいることも分かっているのだ。

 ここまで来たら、決まったような感じだった。

 その後、多数決を取るといろいろ分かれたものの、最終的には恋が出した仮装に決定した。

「それでは、職業の仮装をすることになったんだけど…誰がこれを率いるリーダーやる? 本来なら私がやった方がいいと思うんだけど、私は生徒会の仕事が主になるからリーダーと副リーダー決めてもらわないといけないんだけど」

「それはもう決まってるようなもんだろー」

「だよなー」

 再び全員の視線が蒼と恋に向けられる。

 蒼はなんとなくそれが分かっていたので、何にも言い返すことが出来ない。

 きっとそれは恋も同じだろう。

 覚悟が出来ているか、出来ていないかの違いだけで。

「分かった分かった、俺と佐藤さんでどっちがリーダーかを決めるから、今日はもうこれで解散でいいだろ」

「おっしゃ、んじゃ帰ろっ!」

「今日はどこ行くよ!」

 そんな感じでみんな自由に会議室から出て行く。

 美鳥もそれを止める様子はなく、呆れた様子で出て行くクラスメートの背中を見送る。

 そして蒼、美鳥、恋の三人が残された。

「ったく、あいつら本当に自由だなー」

「ごめん、私のせいで」

 申し訳なさそうに謝る恋に蒼は笑った。

「佐藤さんは別に問題はないさ。俺の場合はみーちゃんのおかげでそうなるんだけどなー」

「なんで私のせいになるのよ!」

「生徒会長様の弟だからだよ。家で連絡事項出来ると思われてんじゃね?」

 そんな風に蒼が反抗すると、美鳥が近づいてきた。

 そして一発頭を叩く。

「何すんだよ」

「そーちゃんの意地悪。分かってたことだけど…」

 美鳥もそのことはちゃんと分かっているので、これが些細な反撃。美鳥は自分の後始末を蒼に任せている感があるのは分かっていた。まさか自分の目の前でこの状態を見ることになるとは思わなかっため、ちょっとショックだったのだ。

 しかし蒼もそれが分かっているため、嫌がらず受けてくれるのが嬉しいのも本音だ。

「んーと、それでどっちがリーダーする?」

「あ、私がする。言いだしっぺだし、谷原くんは私の巻き添えでもあるし」

「おっけ、そういうわけで今日は解散だな」

「あ、一緒に帰りたい!」

「やだ、これから会議あるくせに」

 蒼がそう言って、会議室を出て行く。

「バカーッ!」

 美鳥の大きな声が聞こえるが、蒼は聞こえないフリをして進んだ。どうせ家に帰れば、また会うのだから、それまでは自由にさせてもらおうと思ったのだ。もちろん美鳥自身も蒼が残ってくれるはずもなく、残ったところで追い返されるので意味はない。言ってみただけのレベルなのだろう。

 残された会議室では美鳥と恋の話し声が聞こえるのであった。



「むぅ」

 晩御飯の時間に谷原桃たにはら ももは拗ねていた。

 拗ねるというよりは納得していないという顔だ。

「んだよ、不満全開の顔で」

「そうだよ、ご飯のときぐらい笑顔で食べないと美味しくないよ!」

 二人がそう言うけれど桃の顔は相変わらずふてくされている。

 蒼にはその原因が分かっているため、なんとも言えなくなる。

 それは今回の仮装行列と体育祭の分かれたことに関することだ。しばらく前に桃にどっちに行くのか、という質問をされた。そのときはそんなことなんて全くというほど考えていなかった蒼は適当に『体育祭かな』と答えてしまったことに原因なのだ。。

 そんなことを知らず、美鳥が一緒にやれることを大喜びして報告したものだから、さらに油を注いだ。

 美鳥も一生懸命宥めていたのだが、我慢の限界が来たらしく、怒った。

「もういつまでも何にそんなにふてくされてるの! そんなんだったらご飯抜き!」

「え、いや! それはやだ!」

「みーちゃんもやり過ぎ」

「そーちゃんはこのままでいいの!?」

「良くはないけどさ、一緒になったのを自慢してたみーちゃんも悪いと思うぞ」

 蒼は自分のことを棚上げにして、美鳥に軽く注意を促す。

「うっ、だってさー!」

「ったく、二人にあとでアイス奢ってやるから我慢しろ」

「あ、ほんと? 特に気にしてなかったけどラッキー。演技してみるものだね」

「ちょ、演技だったの!」

「そんなの当たり前でしょ、そこまで子供じゃないんだし」

「ねー、お兄ちゃん」

 そういう桃の目は蒼を見ると全く笑っていない。

 もちろんそのことは蒼は気付いていた。

 でももうどうすることも出来ない。

 それで許してもらえるのならば、安いと思うことした蒼だった。

「あ、そういえばクラスの仮装は佐藤さんので決定したよ」

「あ、そう。ああいうの考える人少ないしな」

「え、なににしたの?」

 興味津々で桃が尋ねてくるので、美鳥が説明に入る。

 桃は恋のことを知っている。

 委員会で一緒だった時期があったらしい。

 提案した人も意外な人物な上、仮装するものも普段はちょっと違うためか箸が止まり、美鳥の話に聞き入る桃。

「へー、不器用なお兄ちゃんが服を作るって、出来るの?」

「いや、俺は他のものをするからいい」

「一ヶ月もあるかないかなのにさすがに無理でしょ」

 失敗して無様な姿を見せることを期待しているのか、桃は悪笑を浮かべる。

 しかし心の中では心配してくれているのを蒼は分かっているので、ちょっとイラッとしたのだが流すしかなくなる。

「それははきっとなんとかなる。そう信じよう」

「出た、無駄な前向き発言」

「はいはい、ご馳走様!」

 蒼は食べ終わった食器を逃げるように台所に持って行き、逃げるように自分の部屋に逃げた。

 リビングからは『アイスー』と聞こえた気がするがひとまず放っておくことにした。どうせあとでアイスを買いに呼びに来るのが分かっているからだ。




 月日は早くあれから二週間ほど経っていた。

 材料の買出しのおかげで製作はあまり進んでいなかった。

 理由は割り当てられた制作費の中で買えるように調整することが大変だったからだ。

 それでも男子生徒はノリノリで看板などを作り、女子生徒たちも頭を悩ませながらもビニールの服の製作を頑張っているようなので、全体的に真剣にやっていることは伺える。

 そんな女子に混じって、服の作成をしているのが蒼である。

 男子にこれ以上、力仕事はいいからこっちをやれと言われて、やらされているのだ。

「なんで俺はこんなことをしてんだろうな」

 ビニールで切れ目を糸で縫い合わせながらため息を吐く蒼。地味に針が指に刺さりそうになっているため、正直怖い。

 そのためか女子に比べ、一着出来上がるスピードが遅い。

「仕方ないよ、こればっかりは」

「そういう指が傷らだけの佐藤さんが言うかよ」

 恋も最初に宣言したように不器用なため、何回か指に針が突き刺さったあとを隠すように絆創膏を付けている。

 そんな先から喋った影響か、また針を指に刺さる。

「っ、またやっちゃった」

「いやー、ドジっこだなー」

「馬鹿にしてる?」

「いや、別に?」

 蒼は視線をビニールに戻し、縫う作業に戻る。

 一瞬、恋の顔が般若のように見えたのは気のせいにすることにした。

「しかしあれだな、やっぱり体育祭の方が良かったんじゃね? じゅんのこと本当に嫌いなのか?」

「え? なに急に」

 縫うのに意識を集中しようと深呼吸をしていたところで蒼が話しかけたために、恋はタイミングをずらされたためか、急にやる気をなくしたようで針を針刺しに戻し、休憩に入った。

 それに習うようにそろそろ腰が痛くなってきた蒼も休憩に入る。

 この際なので床に寝転がる。制服が汚れるなど、今の腰の痛みに比べれば大したことではないのだ。

「いや、なんとなく気になっただけ」

「そういうわけじゃないんだけどね、あのセクハラのことはどうでもいいし」

「あ、さようですか」

「そっちこそ生徒…、谷原さんがこっちに来るからこっちにしたの?」

 蒼はちょっとどう返そうか、悩んだ。

 それもあるし、それもないようなって感じだからだ。

 偏ったときのことを考えるとどっちでもいいかなって思ったわけで、入った側のほうのことを一生懸命すればそれはそれで楽しめると思ったからってのが答えである。けれど、それを他人に言う必要もない気がする。所詮は蒼の気持ちの問題だからだ。

 恋は答えを待つかのようにじっと蒼を見つめていた。

「まぁ、なんとなくだ。淳と一緒でもよかったけど、あいつに振り回されるのも面倒だしさ」

「ふーん、谷原くんの方が実は嫌ってるんじゃないの?」

「いや、特になんとも思ってないよ」

「今日もしつこく絡まれたでしょ」

 少し楽しそうに笑う恋。

 蒼は今朝、教室に着くやいなや、早速出来あがった小説を読まされたのだ。

 もちろん感想はノーコメント。

 実は恋が自分たちの方を見ていたのは実は気付いていたのだが、巻き込みたくないので話しかけなかった。

「仕方ないさ、身近な奴に感想貰いたいんだろ。今回は駄作すぎてノーコメントだったけど」

「優しいよね、本当に」

「そうかー? 気にしたことはないや。っと、休憩は終わりだな」

 再び蒼はビニールを手に取り、針で縫い始める。

 なんとなくこの会話の流れを呼んでいくと、そのうち美鳥の名が出る気がした蒼はそうそうに逃げることにした。いろんな奴がそういう風に関連づけるのは分かっていたからだ。もちろんそういう風にしてる時もあるし、偶然のときもある。だからこそ、そういう風に他人の詮索されるのが本当に面倒だった。

 少なくとも他人の気持ちが分かってしまう自分が言うべきでないのも蒼はちゃんと分かっているからこそ、億劫なのだ。



 一週間が経ち、残りは一週間となった。

 蒼たちが作っていた服やプラカードなどがほぼ完成し、あとは手直しにだけの状態になっていた。

 しかしその最後の日曜日に問題が起こった。

 その日曜日の朝、隣の部屋で寝ていたであろう美鳥の携帯に一本の電話が入る。

 昨日は台風だったために学校に行くことも出来ずに家でのんびりしたのだが、何人かが『明日こそは作りに行こうぜ』という話になり、登校することになっていたのだ。

「んだよ、朝っぱらから大きな声出して」

 蒼は着信で目を覚ますが、再び眠りに就こうとする。

 九時集合なので、もう一眠り出来る時間があるからだ。

 しかしそれも美鳥の大きな声のおかげで出来なかった。

 いきなり悲鳴に近い声を上げられたら、気になって眠れない。

 電話が終わったらしく、蒼の部屋を勢いよく開ける。

「ちょっと、そーちゃん大変だよ!」

「んだよ、朝っぱらから」

 部屋にいきなり入ってきた美鳥の顔は青ざめていた。

 よっぽど大変な時でもそういう風な顔は見せず、平常心でやってのけるのが美鳥。しかし今回はそんな余裕がないように蒼は見えた。

「私たちの教室が大変なんだよ!」

「はあ?」

「えっとね、昨日の台風の影響で折れた木が教室の窓を突き破ったらしくて、そのせいで…」

「言わなくても分かるよ」

 そう最悪な展開になってしまったということを蒼は容易に想像できた。

 金曜日に昨日登校する予定で教室は片付けず、作品をそのまま床に放置して帰った。

 つまり割れた窓から雨が入ったせいでダンボール系が大変なのだろう。

 それより先に一番心配なのはビニールで作成された服なのである。それが何らかの拍子に鋭いもので切り裂かれていたら、大変なのだ。

「とりあえず俺は佐藤さんに連絡してから、みんなに連絡する。みーちゃんは学校行く準備してくれ」

「わ、分かった」

 女の子だからいろいろ準備することを視野に入れて、美鳥にそう言い、蒼は恋に電話した。

 発信してから二コールで恋が電話に出てくれた。

「おはよう、今大丈夫か?」

「おはよ、大丈夫。学校で何かあったんでしょ?」

「よく分かるな」

「声が慌ててるし、最後まで言わなくていいよ。すぐ準備して行くから」

 寝ぼけた声のまま恋はそう言うと、電話を切った。

 蒼は自分がそんなに慌ててないと思っていたのだが、恋に指摘されたことで自分も少し動揺していることに気付く。

 そう言われると逆に落ち着けなくなるもので、わしゃわしゃと頭を掻いたあとで、残りのメンバーにはメールで連絡した。

 その後は朝食も抜きつつ、制服に急いで着替えて、待っててくれた美鳥と一緒に家を出る。

 外はまだ小降りの雨が降っていたが濡れてしまうことも気にする余裕はなく、傘を差しつつも学校へと急いだ。。

 そして教室に着くと、先に来ていた恋が呆然とした様子で入り口に立っていた。

「おい、大丈夫か?」

「ぜんぜん大丈夫じゃない」

 完全に燃え尽きたような感じになっていて、泣くのを必死に我慢している様子だった。

 それもそうだろう。

 中を見ると酷かったからだ。

 それを見た蒼もなんとも言えない状態だった。

 机はまとめて後ろに下げていたので濡れるだけで終わっているが、他のものが全滅と言える様子だった。

 ビニールの服はぐっしょりに濡れていて、多少色を塗っていたものもあるので、それが落ちて変に色が変色していた。

 ダンボールで製作したものは完全に駄目な状態だった。

 誰がどう見ても今までの意欲を失う状態。

 先に来ていた先生がびっしょ濡れになった教室を片付けていたので手伝うことにした。

 作品のことに気を使ってもきっと怒られなかっただろう。

 それでもその惨状を見た蒼たちはそれに手をつけることが出来なかった。

 駄目になった作品はどうすることも出来ず、ことごとく捨てた。未練はあったけれど、こんな状態のものを使いたがる人間なんていないという理由で後から来たクラスメートたちも納得の元、捨てたのだ。

 こうしてその日は作るというよりは片付けだけで午前中には帰路に着いた。



 翌日。

 蒼と美鳥、恋は仮装行列のメンバー全員を集めて、今後どうするかについて話すことにした。

 授業中はそれなりに元気だったメンバーもそのことを持ち出すと顔に陰りを出す。

 だからこそ、今後についての答えは諦めの返事、『もうどうでもいいじゃん』だった。

 それが大半の総意であり、残りの数名がまだ頑張る気はあったみたいだが、それでも周りに感化されてやる気を失うパターンとなっていた。

 そしてみんな帰っていく。

 蒼と美鳥、恋を残して。

 初日以上、止める気は起きなかったためである。

「みんな酷いよね」

 しょんぼりとした様子で美鳥が呟く。

「分かりきってはいたんだけどさ」

「それでもやっぱりやる気になってくれないと、駄目だよ!」

「私、頑張ってたんだけどな…」

 蒼の言った発言にちょっと怒ったような感じで注意する美鳥をよそに恋が自分の手を見つめる。

 そこには頑張った証の絆創膏を付けた指たちがある。

 もちろん蒼も無傷ですむはずがなく、二箇所ほど付けているのだが、その痛みより心の痛みのほうが強い。

 人間なんてものは一回挫ければ、そこからの再起は本人のやる気次第になるのは分かっていた。

「それより今後どうするか、だな。先生たちはどう言ってた?」

「本人たちに任せるって。今から作るってのはさすがに限界もあるだろうから、やれるだけやれって言ってた。もちろん全員じゃないけど、数人の先生も手伝うって」

「手伝って貰っても、ここまでは無理だよ」

 さすがの恋も半分諦めかけている様子だった。

 人の前に立つことに慣れてない恋は結構大変だったみたいで頭を悩ましていたのを蒼は知っていた。

 その様子は生徒会長になった頃の美鳥とそっくりで、蒼自身も力になってあげないといけないと感じるほどに頑張っていた。きっと他のメンバーもその姿は知っているのだろう。

 三人がそれぞれにため息を吐く。

「生徒会長、ちょっと良いですか?」

「あ、はーい。ごめんね、二人とも」

 生徒会の一人が呼びに来たため、美鳥は教室を出て行った。

 残ったのは蒼と恋だけである。

 何も喋ることが見つからない。

「俺たちも帰るか?」

「うん、そうしよっか」

 どうすることも出来ないという虚無感が二人を襲う。

 もう駄目だと悟ってしまいそうだぐらいに。

「これで本当に終わりなのかな?」

「終わりにはしたくないよな。終わらせたくないのに…この様子が余計に心を挫けさせるんだよ」

 壊れた窓を蒼は見つめる。

 全部ではなく、窓二つ分だけだったが修理というのも時間がかかるみたいで、まだブルーシートでその部分だけを防護している。

 窓際の席の人は『暗い』とか言ってたのを蒼は思い出した。

「今日はもう帰ろう、暗くなるだけだ」

 蒼はそう言って、教室を出た。

 廊下の窓から見えるのはグラウンドでマラソンの練習している人。

 聞こえるのは元気な生徒たちの声だけだった。



 その日の夜、蒼が自室で宿題をしていると、美鳥が部屋にやってきた。

 内容はやはり仮装行列のことである。

「仮装行列どうしよっか?」

「どうしたいのさ」

 教室で話した内容と同じことの繰り返しにしかなってないことに蒼は気付いていた。

 美鳥自身もそのことを分かっているのだが、愚痴り混じりの相談をしてこないと気分が晴れないのだろうと思って、蒼はそれに突っ込まず、相談に素直に乗ることにした。

「みんなのやる気を戻したいんだけど、手が浮かばないんだよ」

「それを言うなら、まずは佐藤さんだろ」

「分かってる! けど、あの帰り姿を見たら再起なんて言いにくいよ」

 美鳥は偶然だが、校門を出る姿を見ていたのだ。

 背中が小さいという表現が似合うぐらい哀愁が漂っていた。それは過去に一度見たことがある姿だったのだ。

 ヤリマンなどと呼ばれ始めた時期と同じような感覚。

 あの時も美鳥は原因が分からなかったため、力になれずに終わった。注意するだけの毎日で自分の力の無さを痛感したのだ。

「子犬のような目で見られても俺にはどうしようも出来ないよ」

 蒼は宿題のやる気もなくしたので、ベッドに寝転びながら考える。

 残りもう三日しかない。

 そんな中で何が出来るのだろう、っと。

 やれるのは手を抜いて作るということ。

 そうするとしてもやはりやる気の問題だということも分かっているので、提案自体無理な話。

「駄目だな、考えれば考えるほどやる気の問題になってくる」

「やっぱり?」

「そうなるって」

「だいたいさ、なんで仮装行列なんか考えたんだろうな。考えた奴に聞きたいよ」

「うーん、作る必要がないならまだ楽なんだろうけどね」

 美鳥のその発言に蒼は前から言いたかったことを提案しようと思った。

 作るから問題なのであって、作らなければいいのでは良いということを。

「なぁ、なんで作らないといけなくなったんだっけ? ああいうものを」

「え? たぶん自分たちが作らないといけない時代だったせいじゃない?」

 美鳥は蒼の質問にちょっと悩みながら考える。

「今回って特例ありかな?」

「相談してみないと分からないけど。って何か思いついたの?」

「思いつくというか、ずっと前から思ってたこと。仮装じゃなくなるかもしれないし、先生の許可が下りる可能性低そうだけど」

「教えて!」

 蒼は美鳥にその提案を話す。

 話したところで顔は少し晴れないという考えではあったが、それでもないよりはマシという表情でちょっとだけ顔が明るくなる。

 こればかりは間違いなく美鳥の生徒会長としての手腕が問われるだろう。

「うーん、可能性は低いけど、相談してみるよ」

「期待はしてないさ。ただ今回は学校側の問題もあるしな」

「そうだね、やれるだけ大丈夫かも」

「あ、そうだ! 最後に一つだけいいかな?」

「え、なに?」

 その内容を伝えると美鳥は完全に駄目だという風に首を横に振った。

 それでも蒼はそれを実行する気満々だった。

 美鳥も呆れた表情を浮かべた。

 蒼の最後の話は本当に悪戯レベルのことなのだ。バレたら怒られることが目に見えている。それでもいつになく本気だったために何も言うことは出来ず、しぶしぶ美鳥も納得することにした。



 そして当日がやってきた。

 そこには仮装した蒼たちのクラスメートたちの姿がある。

 もちろん他のクラスと違ってビニールなどではなく、布で作られている服装である。ナースや弁護士、土木作業員などさまざまである。一番多いのはスーツを着た姿であるのは間違いない。

 蒼の計画はこのことだった

 つまり自分の親たちの服を借りるということ。

 製作が間に合わないなら、借りれるもので解消をすればいいだけのことなのだ。しかも今回は学校側の問題のせいで駄目になったのだから、これぐらいは多めに見てもらおう。

 もちろん提案はすれば絶対通るわけではないく、美鳥とクラス全員が頑張った結果でもある。

「いやー、今日は晴れてよかったよかった」

「そうだねー。私は何も聞いてなかったけどね」

 隣で怒りを全く隠す気がない恋がドスの聞いた声でそう言ってくる。

 このことを秘密にしていたのだから、知らなくて当たり前なのだがやはり納得してはいない様子だった。

 それにも少し理由がある。

 美鳥は先生に話を通すことを頑張ったとすれば、クラスはやる気の欠如を直接訴えた。

 このことを誰かが知れば、クラスメートたちに噂として一気に広まる。そうすればみんなサボる方向でやる気を出すのは明白だ。そんものは本当のやる気などはない。嘘なのだから、どこからボロが出るか分からなかったため、誰にも言わなかった。それが本当に台風が原因でそうなっていると分かれば、意見も通りやすいと思ったためである。

 だからこそ恋にも言わなかった。

 案の定、意見が通ったのだが、恋にはわざと意見が通った後も伝えなかったのだ。

 そこにも違うが理由はある。

 あれだけ頑張ってたのだから少しぐらいサプライズしてやろうと、蒼は考えたのだ。それをみんなに聞いてみると意外と賛成意見が多かった。

 みんなも意外とノリノリだったために実行したのだ。

「なんか必死にみんなのを誘ってたのが馬鹿らしい」

「でもあの後も放課後までちゃんと俺は付き合ったろ?」

「時間がなかったから、昨日泣いたのに…」

「うそっ!」

「ほら、前に付いていくよ」

「いや、おい、ちょっと待てって!」

 前の人が歩き出したので、付いて歩き出す。

 はぐらかす感じになってはいるが、実際恋は泣いた。

 昨日ではないけれど、さすがに日曜日は泣かざる終えなかった。そんなことを人に言うのも恥ずかしいので言うつもりはなかったのだが、蒼が意地悪なことをするために言ってみたのだ。

 そんな恋を見つつも蒼はなんだかんだで満足していた。

 昨日までは本当に恋に元気がなかったからだ。

 空元気だったというのは目に見えて分かるほどに顔に明るさがなかったからである。

 今では、この仮装行列を見てくれている子供たちに笑顔で飴を渡している。

「さっきからこっち見てどうしたの?」

「いや、特にないけど?」

「ふーん、さっきから谷原さんが呼んでるけど?」

「は?」

 クラスの先頭で歩いている美鳥が手招きをしていた。

 蒼は美鳥の方へと向かう。

 大したことではないは分かっている。

 きっと恋の様子について聞きたいのだろう、と予想して。

「いったいどうした?」

「佐藤さんどう?」

「ああ、なんか元気が戻ったみたいだけど」

「なら、良かった!」

「もしかして、そのためだけに呼んだのか?」

「うん」

 悪びれた様子もなく、美鳥は頷く。

 蒼は予想通りのことにため息を漏らすしか出来なかった。

 そういうのは後で聞けばいいのに、と思いつつも一番気にしていたのは美鳥だと思っているので、やはり気になるのだろう。

 そういう美鳥も楽しそうなので、蒼はさらに満足だった。

 この仮装行列は成功に違いない。

 結果よければ全て良し。

 蒼は脳裏にそのことわざが思い浮かんだ。




-続く-


最後までお読みいただきありがとうございます。

中にはご都合主義での展開が多いです。しかも全員分の会話を書いていると長くなるため、基本二人に絞っています。

この流れで次の続編を書くとすれば、『美鳥編』『恋』に分かれるので、興味があれば、また読んで頂ければと思います。


誤字脱字などあれば、良かったら感想などで教えてください。直しますので。

長々とありがとうございました。

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