疾風のごとく
「さて、思わぬ時間をかけてしまったな。急がねば」
「急ぐってどうすんのよ」
時間がかかったのは俺の呪いのせいだろう。
でも俺は悪くないはずだ。
うん、悪くない。
協会は俺たちが入った南門の近くに位置している。
中心の城までは三キロ弱ぐらいだろうか。
少し遠いな。
マリアはそんなことは分かっているとでも言うように気を鎮めはじめた。
はたから見ても集中しているのが分かる。
「こうするのだ。地上に在る彼の者らよ、我が身に祝福を……」
詠唱ってやつか。
現代日本でマジでやっていたらかなり痛い。
友達が九割ぐらい無言で離れていく、間違いなく。
しかしここは異世界だ。
マリアが紡ぐ言葉によって何か、見えない力のような物が集まっているのが感じられる。
「【全強化】」
言葉を締めると同時にマリアの体が暖かい無色の光に包まれた。
なんだろうか、感じる圧力みたいな物が少し強くなった気がする。
「では、いくぞ。城まで競争だ」
「ちょ!?俺にはかけてくれないの!?」
「ウサギにはそのマジックアイテムがあるだろう」
マリアは膝を曲げて一足で屋根に飛び乗った。
俺も三角飛びの用量でなんとか登る。
マリアさんマジ鬼畜だろ。
説明もなしに駆け出すマリアを追う。
お?以外と追い付くか?
「むぅ……速いな」
「まぁ、サーベルウルフの加護が付いてますから。というかマリアも相当だぞ?それ俺とやった時には使って無かっただろ」
家と家の間を跳びながら話す。
風が気持ちいいな。
「あの時はウサギが男だからとなめていたのもあるが……私は火以外の元素属性の適正があまり無くてな」
適正がないっていっても。
火で森一体を焼き払えるんなら十分じゃないか?
「この【全強化】は無属性の魔術なのだ。一応使えることには使えるのだが、私はかなり集中しなければならないし、術の構成にも時間がかかる」
「なるほどー」
マリアが言うにはすごい人は詠唱せずに使えるらしい。
滅多にいないそうだけどな。
てかなんでもアリだな、おい。
ん、それじゃあ……
「それって俺でも出来るのかな」
不意に言った俺の一言。
それにマリアは何の気なしに答える。
「もう出来ていたではないか。サーベルウルフの最後の二撃で」
「……は?」
「だ、か、ら。もう出来ていたではないか。てっきり私はウサギが出し惜しみしていたのかと思ったが違うのか?」
「はあっ!?知らねぇよ!魔術なんて使ったことないし」
使える環境でもなかったし!
でも、そうか。
黒狼との戦闘の最後、覚悟を決めたあたりからやけに力が溢れていたからおかしいと思ったけど。
あれが【全強化】……。
「てか驚かないのか?男は魔術使えないって言ってただろ?」
「……もうお前に常識を当てはめるのは止めた」
地味にひどいっすね。
「なら今使ってみたらどうだ?魔力は感じるのだろう?」
マリアに言われて自分の中を探ってみる。
んー?
そういえばもやもやしてる。
暖かいようなものがあるようなないような。
意識をさらに集中させるとそれは確信に変わる。
「それを全身にくまなく行き渡らせるようにするのだ。行き渡ったら詠唱で魔力を力に変える。地上に在る彼の者らよ、我が身に祝福を……だ。やってみろ」
長年の剣道で培った集中力。
今が発揮する時だ。
燃えろ俺の小宇宙……じゃなくて魔力。
魔力を全身に渡らせる。イメージは血流。
血の流れと一緒に魔力を通わせるイメージ。
心臓から送り出し、筋肉を通り、頭の先から足先まで……。
鼓動と共に送る量、練る量を増やしていく。
最初は意識しないと感じられなかった魔力がもう体全体で感じられるようになる。
「お、おい、大丈夫か?足を止めて落ち着いたほうが……」
送るスピードを速くする。
一つの渦のように、回す回す回せ!
「地上に在る彼の者らよ、我が身に祝福を……【全強化】!!!」
俺の叫びに応じて、魔力が収縮。
密度が高められ、輝きだす。
「すげぇ……力が溢れてくる。黒狼の時の比じゃねぇ……!」
同時に俺は屋根を駆ける。
速い!景色がどんどん変わっていく!
足に力を入れ、跳躍。
とんだ際に屋根が軋んだが、大丈夫だろうか。
しかし、そんなことはもう頭の隅に追いやられた。
見えるのは都市の全貌。
「すっげぇ!!!すっげえよ!!!」
高い防壁の向こうには広大な森や草原が広がっていた。
いつまでも余韻に浸っていたい。
しかし、浸る前に何か、違和感が俺を駆け抜けた。
あれ?体を覆ってる光が……消えた!?
ちょ、それまずくないですか!!!
「嘘だろッ!?この高さからって死ぬ!」
【全強化】が感じられない。
今の高さは六十メートルぐらいか!?
自由落下の恐怖。
父さん母さん、今までごめん。
あなたの息子は、異世界で、こんな下らないことして死ぬかもしれません。
いや、俺の身体能力考えると死にはしないか?
でもいやぁぁ!!!
「いやぁぁぁぁぁっ!?」
「このっ馬鹿者!!!」
と思ったらマリアに受け止められました。
ボフッという音と一緒に俺が腕におさまる。
「あれ?俺かなりの高さから落ちましたよ?マリアさん力持ち?」
「【腕力】だ。しかし……一発で【全強化】を成功させたのは驚きだが、まさか一瞬しか持たないとは……」
【腕力】は火に類する強化魔術。力特化というべきか、力に限れば強化量は【全強化】の比じゃないとか。
てか、す、すいません。
継続力無さすぎだろう……俺。
「今後の課題はそれを保つことだな。無詠唱はお前は先も出来ていたからさほど難しくないだろう」
「……はい」
マリアの腕から飛び降りる。
お姫さま抱っこなんてされたことなかったのにぃっ!!!
恥ずかしい!
「そんなことをしている間に城についたぞ」
「ソウダネ」
俺はブルーな気持ちで城門をくぐるのだった。