治療?洗浄?いえ、解呪です。
教会の一室。
幾重にも重ねられた幾何学的模様。
それが何であるか俺には朧気ながらわかる。
「魔方陣、だよなぁ」
その中心に立つ俺、宇佐 葵が思っていたことはただ一つだけ。
「どうしてこうなった……」
そう、それだけである。
◇ ◇ ◇
俺とマリアは教会に赴いた。
理由は二つ。
マリアの怪我の治療と俺に洗浄魔術をかけるためだ。
教会なのに洗浄?と思うかも知れないが、血を完全に吸ってしまったこの道着は並の洗浄魔術ーー一般家庭にあるようなものーーではもう手遅れ、洗うことが出来ないだからだそうだ。
マリア曰、汚れを祓う的な意味では汚れも似てるような物だとか。
そして今、問題が起こってしまった。
「こんにちは。なんのご用ですか……ってええぇええっ!?血だらけ!大怪我じゃないですか!」
「あ、いや、怪我してるわけじゃ……」
「しゃ、喋らないで!傷に障ります!大変ですっ!!!皆さん来てください!!!」
「だからこれ血が付いてるだけで、おーい?」
若いシスターさんは俺の姿を見るなり奥に入っていってしまった。
うん。わかるよ?
そりゃあ顔にも血は付いてるし慌てるのはさ。
でも耳をかしてくれてもいいんじゃないかなーって。
あ、シスターさんはあの門番と違って俺のこと心配してくれるんですね!
女尊男卑でもさすがは全ての人に平等に手を差し伸べるだけあるぜ!
久々に感じたこの暖かさ。
もう毎日通いたいぐらいです。
「もう大丈夫ですよ!!!上位の治癒魔術使える人を呼んできましたから!」
い、いい人すぎる!!!
でもね?俺は違うんだよ?
「あ、そのだな……」
マリアがばつが悪そうに髪を掻く。
「そいつに洗浄魔術かけてやってくれ」
「はい!いますぐ治癒魔術を……へ?洗浄?」
「血をかぶっているだけだ、そいつは」
「うぇえええええっ!?」
涙目で叫ぶシスターさん。
うん、ごめんね?
俺、悪くないけど謝るから、ね?
「では、あなたはこちらに来てください。騎士様は別室で治療します」
復活した早とちりなシスターさんに指示され、俺らは別々に動く。
「はぁ、お見苦しい所をごめんなさい」
「気にしないでくださいよ」
「うぅ……それにしてもどうしたんですか?これだけ血だらけになるって……魔獣にでも襲われました?」
「あ、はい。よくわかりましたね?」
「そうなんですか!?でも運が良かったですね。あの騎士様が助けてくださって。それもあなたの日頃の行いが良いからです。神様はいつ何時もあなたを見ていてくださいますよ」
ん?なんか勘違いされてるのか?
まぁいっか。
すると、雑談しながらシスターさんはブレスレットのような物を手にはめていた。
「それは何です?」
「あぁ、これは洗浄魔術が書き込まれた魔具ですね。指輪サイズなら見たことがあるでしょう?」
指輪サイズも見たことないんすけどねー
「それの上位互換ってやつです。使用者の魔力か、蓄えられている魔力を使って発動。血でも染料でも一週間以内のものならなんでも綺麗にできます!」
「それはすごいですね」
「でしょう!!!」
褒められて嬉しそうなシスターさん。
俺もそれを見れて嬉しいですよ。
「あれ?あれれ?」
しかし、その形の良い胸を反らしていたのも束の間、シスターさんは首を捻りはじめた。
「どうしたんですか?何か不具合でも?」
「い、いえ、洗浄はもう済んだのですけど……」
おおっ!?
本当だ!臭いも体の垢も何もかも取れてる!!!
「これはすごいですね……いつの間に?」
「詠唱はブレスレットに刻んであるので不必要なんです。この魔術自体は光も音も発っさないので……」
へぇ……便利だなぁ。
俺も一個欲しいぐらいだ。
でもなんでそんなに驚いてたんだ?
「そのお召し物なんですけど、元々はその色ではないですよね……?」
「ん……?あぁ、上は最初は白だったけど……あれ?じゃあなんで今黒いんだ?」
「ちょっとよく見せてください!!!」
ふぇっ!?
シスターさんは俺の胸に手を付き、ぐいっと服に顔を近づけてきた。
もう、いい匂いやら頭が近くにあるやらでわけがわからんっ!!!
………あれ?
なんだか寒気がするなぁ……。
「ほぅ……ウサギ。私がいない間に何をしているる?」
俺は壊れたロボットよろしくギギキと横を向く。
そこには鬼神……いや、マリアが立っていらっしゃいました。
「いや!!!これは違う!」
「何が違うのだ?お前がシスターを抱き締めている事実は変わらんぞ?よし、右手の調子を確かめるついでに切ってやろう」
まてまてまてまて!!!
冗談じゃないって!
異世界最大のピンチじゃけん!
しかし、マリアが剣を抜く前にこの修羅場は終止符が打たれることとなる。
「大変ですっ!この服、呪われてます!!!」
『なんだって!?』
仲良く、ハモりました。
うん。
喧嘩するほど仲がよ……かったらいいなぁー。
◇ ◇ ◇
そして、今。
やっと魔方陣から解放された。
お祓いもしてくれた人のよいシスターさんが、疲労困憊という様子で尋ねてくる。
「一体……なんの血を……吸わせたんですか……」
「ん?黒狼、じゃなかった。サーベルウルフだっけ?」
「さ、サーベルウルフ!?道理で……」
あ、やっぱあいつ凄いのね。
お祓いの済んだ剣道着を改めて見る。
白、元の色にに戻ると思ったんだけどな……。
黒狼の毛のように真っ黒です。
ちなみにかかっていた呪いというのは、放って置くと命に関わったとか……それを聞いたとき、俺は冷や汗だーらだら。
でもまぁ、悪いことばっかじゃないようで、俺の道着にはいい面での黒狼の影響がまだ残ってるようだ。
サーベルウルフの加護。だったか?
お値段数千円の道着は今やマジックアイテムに早変わり。
着用したものの敏捷が大幅に上がる装備になってしまった。
今ならなんと自動修復付き!
大出世だね!
「確かに体が軽いな。この世界に来てから元々軽かったけど」
「何ぶつぶつ言ってるのだ?」
「ん?なんでもないよ」
整理終了!!!
俺達はシスターさん達に向き直る。
「どうもありがとうございます。またお世話になるかも知れませんけどね」
「ええ、お気を付けて。紹介が遅れちゃいましたけど、私の名前はアネッタと申します。どうぞよろしく」
「俺は葵です」
自己紹介を終え、アネッタさんは笑顔で俺に向く。
それに応えて俺も笑顔に……
「銀貨五六枚になります!」
「は……?」
「騎士様の治療費銀貨五枚、葵さんの洗浄魔術銀貨一枚、呪いの解呪銀貨五十枚です。まさか無償、などとは思っていませんでしたよね?」
「う……うぅ……」
マリアに建て替えて貰いました。
以上っ!!!