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生まれて六十年経つと、人は新たに生まれ変わるのだと、誰かに聞いた。
仕事も定年を迎え、子供も手元を去り、残されたのはいくらかもわからない余生の時間。長い休みが与えられたのだと喜び勇んで、読めずに溜まっていた本の山を切り崩し、今までで一番の額になった貯金で上等のコンポを買い、それに見合うジャズやアンティークな音楽のCDを見繕い、時には壊れかけの蓄音機でレコードを流した。縁側のある和室にはどうやっても不似合いなそれらを、私は今こそそのときとばかりに愛でた。彼女は忙しく日々の家事をこなしながら諦めた顔で私を時折流し見たが、物言いたげな眼差しを背中で受けつつも無視を決め込んだ。けれど抑えていた趣味への欲求が冷めるのは意外と早く、わずか数ヵ月後には本やコンポは薄く埃を被った。
新しく生まれ変わったはずの私は、趣味への情熱が冷めた瞬間、はっとした。未来を見つめたとき、はじめて自覚した膨大な余生という名の暇に恐れおののいた。
人生の価値というのは、いかに百年という途方もない暇を上手につぶすことができるかにかかっている。まったく、得てして妙な話だ。仕事に追われ、疲れ果てて酒を飲んでいた最近には、人生を暇と思うことなく、どうして日々はこうも忙しなく情緒もなく暮れ行くのだろうと思っていたのに。余生を持て余した私は、蕩けるような自由な時間をどうすることもできないまま、凡々な日々はゆっくりと暮れ行くばかりだった。
諦め顔の彼女はしかし、時折広告に混じってくる旅行会社の格安な旅行プランを私の目の前に持ってきては、こんなところに一度は泊まってみたいわ、だの、ここは始めてあなたと出かけた場所に似ているわね、だのと家を離れて外へ出かける口実を作りたがった。我が家は、まだ子供も幼く、給料も少ない結婚何年目かに長いローンを組んで、私の理想と夢を叶えて建てたものだった。一家の大黒柱たるもの、簡単に家を空けるわけにはいかんのだ、と頑固に突っぱねて、何度も彼女をガッカリさせたことか。突っぱね、そっぽを向いた私に、肩を落として深いため息をついて、そして彼女は、それなら仕方ないですね、と困り顔で頷いていた。
その様子を見ても、悪いと思うことなく、当たり前だろうとすんなり流してしまっていた私の、今となって思い返すになんと愚かなものだろう。そのときだって、当たり前にあるものだったとしても、彼女への愛はあったのに。突っぱね、そっけなくし、亭主関白を貫くことがどうして彼女への気遣いや思いやりに繋がらないと気付けなかったのか。腐るほどの暇があって、暇を潰すほどの趣味への熱なんてとっくに冷え切り、過去に浸るばかりだったというのに、そういうことには本当に切羽詰ってから思い至るものなのだ。
新たに生まれて、すっかりと暇も極まって一年ばかり。
私は癌に侵された。いや、侵されていたらしかった。付き合いから始まった酒だったり、不規則な食事だったり、もしかしたら遺伝だったのか。原因はさておき、私は胃の半分を取り出す手術を受けた。手術までの、凡々な日常に輪をかけて暇になった入院生活のベッドの上で、傍らで背もたれのない椅子に座ってりんごを剥く彼女の姿を見ながら、私ははじめて穏やかな死を夢見た。
小さな部屋に詰め込んだ四台のベッドのうち、一番窓側のベッドをあてがわれた私は、彼女やときどき訪れる子供や見舞い客を待つ間、同室の人たちと会話をかわすこともなく、開け放した窓から吹き込む風を浴び、揺れるカーテンを見ていた。こんなに穏やかな風がもし、私の魂を攫っていくのだとしたら、私は幸いのうちに静かな眠りにつけるだろうと、広がる青空の雲の果てへと思いを馳せた。最後の晩餐が、病院の薄味でまずい食事は嫌だな、と思ったのもこのときだ。そういえば、彼女の食事は抑え目の塩味なのに美味しかった。そこで初めて、彼女への感謝の気持ちを欠片分だけ感じたのだ。
成功した手術の後、定期健診を受けるように勧められてから毎月通っていた病院の担当医から癌の転移もなく、経過は順調だと診断されたのが六年前。手術が無事成功し、目が覚めてから、まさしく覚醒したように彼女への気遣いをはじめた私に、彼女が驚きながらも嬉しそうに、少しだけ困ったように笑ってから六年。私はまた、同じ病院の窓側のベッドに横になっていた。




