冤罪で婚約破棄?いいえ、有罪で婚約破棄致しましょう。
「お嬢様、本日もいつも通りのお化粧にしてしまうのですか?」
侍女のナタリーが、眉尻を下げて私にそう尋ねる。
もう、6年もそのやり取りを繰り返しているんだと改めて思う。
「いいえ。今日からは私の顔のパーツを最大限に活かした、ナタリーの好きな化粧にして頂戴。今まで悪かったわね」
そして今日、漸くこのやり取りを終わらせる事が出来る。
「承知致しました!お嬢様の美しさを最大限に補助出来るお化粧に致しますね!」
ナタリーが満面の笑みで、準備に取り掛かったのを見て私は、目を閉じた。
私の名前は、アンジェラ・ハイドライン
このアクアリリム王国の公爵家の長女である。
6年前、12歳の誕生日に高熱を出して倒れた私は、真っ白な空間の中に浮かんでいた。
病が治らずに、神の元へ呼ばれたんだと思っていると、一冊の本が現れた。
何も無かったはずなのに、本当に急に現れたのだ。
本の表紙を見れば、アンジェラ・ハイドラインと、私の名前が書かれていた。
読めという事なんだろう。
手に取って、ページをめくった私は目を見開いた。
私の誕生からの出来事が全て書かれていたのだ。
1ページに1日分。
まるで、日記のようにも書かれたその本は、誕生から18歳になり学院を卒業するまでが記されていた。
その中で、12歳の誕生日に高熱で5日間もの間、生死を彷徨い完治したと書かれている。
つまり、私はまだ神の元には呼ばれないのだろう。
本を読み進めれば、完治して1週間後に王家の使者が、私と第一王子殿下の婚約の打診が書かれた手紙を持って来るらしい。
手紙といえど、王印の捺されたものだ。
我が公爵家は、断れはするが受けておいた方が無難であると判断の上、顔も合わせた事のない王子殿下との婚約が整ったと書かれていた。
驚きはしたものの、貴族である以上愛のある婚姻ではなく、信頼や縁を繋ぐ婚姻になると割り切ってはいたので受け止めたのだけれど、その先を読んでいけば行くほどに頭を抱える事になったのだ。
どうやら、私はその後、王宮で行われた王子殿下との顔合わせの際に一目惚れをしたそうだ。
そして、少しでも大人っぽく見せられるようにと施した化粧が良く無かったのか王子殿下は、乳母に読んで貰った童話の魔女だ!と、私を見るなり泣き叫んで自室に帰るそうだ。
それからと言うものの、王子殿下との交流は、手紙のみになったようだ。
しかも、殿下付きの従僕が書いたであろう、大人な文字での返信だ。
それでも私は、その返事を楽しみに月1の文通を続け、学院入学の15歳になり直接殿下に会えるのを楽しみにしていたようだ。
しかし、入学式の日にようやく会えた殿下の隣には庇護欲を唆る可愛らしい伯爵令嬢が侍っていた。
冷たい目で私を一瞥しただけの殿下と殿下の隣で勝ち誇ったような視線を向ける伯爵令嬢。
嫉妬の炎に灼かれた私は、伯爵令嬢にこれでもかと嫌がらせを行い、その行いを理由に18歳の卒業式で婚約破棄をされてしまうそうだ。
そこで、この本のページが終わりを迎えた。
そして、目が覚めると誕生日に倒れて5日後だと知らされた。
なるほど、5日間は自分の18年間の人生を読む時間だったのかもしれないと思った。
ただ、ひとつ違和感を感じるとすればこの5日間の出来事は、闘病中とだけ記されており、あの白い空間や本を読んだ事については書かれていなかった。
熱に浮かされた為の夢だったのか?
それとも、あの本はこの先訪れる婚約破棄を受け入れよとの神の意志、もしくは回避せよとの神からの救済だったのか?
そして、1週間の王家の使者が手紙を持って来た事により、夢の線は消えた。
その後、顔合わせの際には記載されていたものよりは薄めに、しかし目鼻立ちを際立たせる化粧を施して臨めば、泣き叫ばれはしないが、不機嫌そうに殿下は部屋に戻っていかれ、私はそんな態度の殿下に恋心を抱く事はなかった。
これで、受け入れではなく、回避の為の救済、助言だったのだろうと判断をした。
そして、学院入学後は殿下達と接点を持たないように過ごし、殿下に見つからないようにナタリーに化粧を頼んだのだ。
それも、漸く今日で終わりだ。
今日の夕方から成人祝いの夜会を兼ねて行われる卒業式で。
そして、卒業式の前にエスコートも必要無いし、贈り物のドレスも必要ない。
不出来である婚約者ではあるけれど、どうか1時間だけで良いので2人だけで話す時間を頂きたいと、殿下に手紙でお願いをし婚約破棄の書類に署名をして持っていくのを条件に、卒業式の始まる3時間前のこの時間に殿下と会える事になったのだ。
この時間である理由は、新たな婚約者とする伯爵令嬢をエスコートする為、王宮の侍女に用意を手伝わせている時間であり、要する暇だから不様な女な顔を見てやる。と、ご丁寧に手紙に書かれていた。
王宮に着き、我が公爵家の馬車を降りる前にベールを被る
王宮の門を守る衛兵には、公爵家の家紋が入った指輪を見せれば通れる。
私が時間通りに来ると思っていたのだろう。
殿下は、一応案内に側近である侯爵家の次男を寄越してくれたようだ。
私を慮ってではなく…
「はっ。殿下に捨てられた女が良くもノコノコと顔を出せたものだな。カレンのような、か弱い女性に嫌がらせをする悪女めが、恥を知れ。」
部屋に着くまでの短い間でも、私に嫌がらせをして惨めにさせる為だ。
でも、私は嫌がらせをしていない。
なら、どうしてそんな話になっているのかしら?
入学式からの3年間、私は嫉妬により、伯爵令嬢に対して罵倒しや平手打ちを日常的に繰り返し、制服を切り刻み、誘拐を企み失敗をした事になっている。
私、これでも家族に愛されている公爵令嬢なのだから、気に食わないなら家ごと潰してしまえるのに、何故、疑問にすら思わないのか。
あぁ、殿下を含め伯爵令嬢とその取り巻きも頭にお花が咲いているからね。
あぁ、また、お花の咲いた取り巻き、殿下の側近2号がやって来たわ。
「まさか、本当に来るとはな。そんなに殿下にお会いしたかったのか。不様な悪女め、カレンに膝をついて謝れば、殿下はお前を愛妾として受け入れ、外交などを任せてくれるそうだぞ。殿下に謁見する際に懇願すれば良い」
伯爵家の次男が、私にお前と言ったわ。
それでも、私は声を出さない。
この者達と会話した事も一度も無ければ、名乗られた事もないのだから。
そして、運良く側近が2人揃ったのだから、良いものを見せてあげなければと、2人の後ろについて足をそのまま進める。
本来なら、殿下を連れてくるつもりだったけれど、殿下は後でいい。
先にこの2人に現実を見せるべきだわ。
殿下が使う応接室の隣の部屋に差し掛かるあたりで、私は、ヒールをカツカツと、鳴らした。
伯爵令嬢が今まさに、準備中であるその部屋だ。
応接室の手前、伯爵令嬢が居るその部屋の扉が少しだけスーっと開くと中の声が聞こえて来た。
「ちょっと!もっと優しく出来ない訳?!このクズが!レオに頼んでアンタなんかクビにしてやるわ!」
「申し訳ございません!私は王子妃になられますカレン様にお仕えしたく、ハイドライン家を辞して参ったのです!公爵家を辞し、王宮からクビにされたとなっては、次の就職先がなくなってしまいます!どうかご慈悲を!!」
「ハイドライン家ですって?あのアンジェラの家じゃない!余計に腹が立つわ!あの女!何度もレオに注意された筈なのに一言も謝りもしないのよ!まぁ、あの女は何もしてないのだから謝る理由がないんだろうけど!」
「…お嬢様は…アンジェラお嬢様は何もされて無かったのですか?」
「どうせクビになるんだから教えてあげるわ!レオの婚約者だって言うから邪魔だったのよ!だって、あの女が居たら私が王妃になれないじゃない?公爵家と伯爵家じゃ、悔しいけど公爵家のあの女が王妃になってしまうもの。だから、あの女にイジメられているって毎日レオに泣き付いたのよ!レオは私が好きだから簡単に信じたわ!側近の2人も私の事が大好きだから直ぐに信じて、あの女に私の気持ちを思い知れ!って、罵声を浴びせたり、突き飛ばしたり、制服も破いたり色々してくれたわ!ふふっ!本当はなぁんにもされてないのにね!」
「そんなっ…お可哀想なアンジェラお嬢様…!」
「何を言ってるの?あの吊り目で悪女みたいな顔の女と、この可愛い可愛い私だったら、私の方が可哀想に見えるじゃない!」
あらあら、ミシェルったら役者になれそうね。
ミシェルと言うのは、あの伯爵令嬢と会話をして居る侍女の名前よ。
扉を打ち合わせ通り、タイミング良く開けてくれたのは、エラかしら?
本当に私のヒールの音が聞こえたのね。
お嬢様の足音でしたら、防音室であっても聞き逃しません!って言っていたものね?
うちの侍女は本当に優秀だわ。
今日、この日の為にうちの侍女を数人王宮に派遣していたの。
名目としては、私の卒業式の準備の為。
王妃様も陛下も、この部屋で準備しているのは私だと思っているから。
だから、衛兵も準備の為に、素顔で来たからベールを被っているんだろうって分かってたのよ。
知らないのは、このお花が咲いている4人だけ。
あら、でも、流石にもうこの2人はお花が枯れてしまったかしら?
伯爵令嬢の声が聞こえてから、身体を硬くして震えているものね。
動かない2人をそのままに、私は殿下が居るであろう応接室の扉をノックした。
扉を開けたのは、殿下の侍従であるカール。
私とずっと殿下の代わりに文通していた人よ。
カールは、私を見て眉尻を下げ悲しそうな表情をした。
「カール!早く婚約破棄の書類を持ってこい!」
殿下の苛立った声が聞こえて、私は書類を直ぐにカールに渡すと、受け取ったカールが、殿下の前に書類を広げた。
「…ほう。やっと自分の罪を認めたか。公爵のサインもお前のサインも入っているな」
そう言いながら、ペンを取りサラサラとサインをすると、胸ポケットから別の書類を取り出した。
「カール。この女との婚約破棄の書類と我が愛しのカレンとの婚約証書だ。直ぐに父上にサインを貰って提出して来い!直ぐに受理されるようにだぞ!」
「殿下…本当によろしいのですか?」
「カール!何度言わせるのだ!くどいぞ!お前は何故前よりその女の肩を持つのだ!我が最愛はカレンだ!さっさと行け!」
カールは、殿下にくどいと言われる程に、私の事を伝えてくれていたのかしら?文通していた仲ですものね。
ありがとう、今日で文通の関係も終わるわね。6年間御苦労様。
カールが出て行く際に、私とカールはお互いに軽く会釈を交わした。
そして、私は入室したものの、座るように声を掛けられていないので扉前に立ち尽くしたままである。
「ふん。最後だからな、その生意気な顔を見てやる。お前がカレンのような愛らしい顔であったなら、愛してやったものを……なんだ、そのベールは?あぁ、生意気な顔を見せて俺を不快にさせないように配慮したのか?お前にしては良い心がけじゃないか」
私に向き合った殿下が、ニヤニヤとしながら私を見る。
さぁ、最後は私が頑張る番だわ。
準備をしてくれたナタリーに、ミシェルやエラ達、公爵家の皆。
勿論、お父様やお母様も私を応援して下さった。
最後は自分の手で幕を引くわ。
「レオニール殿下に最後のご挨拶を申し上げます。私が至らないばかりに、ご不快なお気持ちにさせてしまい本当に申し訳ございませんでした。もう、書類も受理された頃でしょうし、レオニール殿下を煩わせるものはございません。どうか、お幸せになって下さいませ。」
ベールを取り、カーテシーをしながら淑女の笑顔ではなく、心からの笑顔を向ける。殿下は、伯爵令嬢の淑女らしくない笑顔が好きだそうなの。
だから、私も今日ばかりは淑女らしくない笑顔を見せて差し上げるわ。
あぁ、庇護を掻き立てられるようにハラハラと涙を零しながらね。
思ってもいない言葉を吐き出す悔しさでいくらでも涙が出そうだわ。
「…は?…だ、誰だ…あ、アンジェラ…なのか…?」
殿下は、目を見開き、顔を真っ赤にしながらそう言葉を絞り出した。
普段は、サイドの髪を限界まで引っ張りあげ、目尻はアイラインを大袈裟に跳ね上げ、目の周りも力強く見えるように太く囲み、まつ毛も派手に見えるよう化粧を幾度も重ね、口紅も真っ赤であるのだが、今日は、ナタリー渾身の白粉と薄いピンクのアイシャドウに、唇は保湿の為のものだけだ。
本来の私は、大きな瞳のクセにタレ目がちなせいで、年齢よりも幼く見える。
おかげで、涙を零しながらこうやって笑えば、庇護欲を最大限に刺激出来ると、侍女達と研究したのだ。
目の前の殿下を見れば、手ごたえはあったようだ
いつもは、冷めた瞳を向けていたのに今は熱の籠った瞳を向けてくる
あの伯爵令嬢を見ている時のような、いや、それ以上かもしれない。
「アンジェラ…何故、君は今までその可愛らしい顔を隠していたんだ!」
先程まで、お前呼ばわりしていたクセに君と呼ぶなんて。
本当に顔にしか興味がないのね。
「私は、化粧で武装をしていなければご覧のように弱い女なのです…愛する殿下の為に、王子妃となる為、強い女である事が必要でございました。それに化粧をしていなければ、その…殿方に声を掛けられる事も多く、私は、殿下以外と会話を交わすのが嫌でございました。私が笑い掛けるのも、話し掛けるのも、愛しい殿下だけと…ですから、私…レオニール殿下の側近に、何かを問われても返事すら致しませんでしたでしょう?返事も返さぬ無礼な女だと、侯爵家、伯爵家の側近の方に言われようとも、公爵家として矜持を傷付けてでも…殿下以外に…意識を向ける事が嫌だったのです…しかし、今日はレオニール殿下への最後の挨拶はしておくべきだと…意を決して馳せ参じました」
このセリフは、恋愛小説好きの侍女、フランが考えてくれたものだ。
練習当時は、心が拒否し過ぎて蕁麻疹まで出たのよね。
本当に嫌で仕方がなかったわ。
「アンジェラ…そんなにも俺の事を…」
殿下は、胸の辺りをギュッと掴み一歩、また一歩と近付いてくる
「それに、レオニール殿下は…あの伯爵家のご令嬢のように、側近のお2人とも口付けを交わすような、奔放な女性がお好きだったのですよね…」
「…は?」
近付いて来ていた殿下の足がピタリと止まる
「私は、殿下を心からお慕いしていておりますので、他の殿方と…なんて事は、私には出来兼ねます…ですから、私は、レオニール殿下の婚約者としての立場を辞します。これで煩わせる者はなくなります。どうか、レオニール殿下、お幸せに…!」
「ま、まて、アンジェラ!!」
殿下に捕まる前に、扉を開けて飛び出すと、側近2人が床に額を擦り付けていたけれど、飛び越えるとベールを顔の前に垂らして、ドレスをたくし上げ走り出した。
淑女としては、はしたなくて減点だけれど、ベールを被っているもの。
私の来訪を知っていた衛兵や使用人以外には、簡単にはバレ無いはずよ。
殿下は、側近2人に躓いたのか、なんだお前らは!や、アンジェラ、待て!など叫んでいるけど、聞こえないフリしてこのまま走り抜けるのよ!
まだ、最後の仕上げが残っていますもの。
楽しみにして頂きたいわ!
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「何故、お前達はこんな場所で蹲っているんだ!」
「も、申し訳ございません!」
「どうか、アンジェラ様に謝罪を致したく!」
「アンジェラならば、もう行ってしまったわ!!」
使えない奴らだ!
それにアンジェラに謝罪だと?!
何をしでかしたんだ?
まさか、我が婚約者のアンジェラに色目を使ったのではあるまいな!!
確かに、今日のアンジェラならば男として放ってはおけないだろうが、アンジェラは、俺を愛しているのだ。
謝罪どころか、会話をする機会もないだろうに。
そういや、アンジェラが言ってなかったか?
コイツらは、カレンと口付けをしたとかなんとか…
「お前達、正直に答えろ。…カレンと口付けをしたのか?」
「も、申し訳ございません!カレンがあんな女とは知りもせず、将来は、我が子を産んでくれると言われ…つい…」
「私もです!お、恐れながら、王子妃となれば、愛人を囲えるはずだから、私を愛人にしてくれると言うので、甘言に乗ってしまいました!」
……な、何を言ってるんだコイツらは。
子を産む?愛人?
そんな事、出来る訳がないだろう。
不義は、死罪だぞ?
王家の婚約者や、妃となれば、必然的に王家の影が付くのだぞ?
王妃に子が出来ない場合に娶る即妃ならば別だが、愛妾にする場合は子が成せぬように処置をしてから置かれるのだ。
王家の血筋は管理されねばならんからな。
それを、王子妃になってから子を産むやら、愛人やらと…
頭がおかしいのではないか?
今日の卒業式で、婚約破棄をアンジェラに言い渡すつもりだったが、時間を作って良かった。
頭のおかしい尻軽女にまんまと騙され、あんなに愛らしいアンジェラを捨ててしまうところだった。
そうだ、婚約破棄の書類と尻軽女との婚約書類をとり下げさせねば。
尻軽女やコイツらの処罰は後でもいい。
先ずは、アンジェラとの婚約を継続している証明を持って、愛しいアンジェラを迎えに行かねばならんからな!
「俺のサインが入った婚約破棄の書類と新たな婚約証書が持ち込まれただろう?取り消しの上、アンジェラとの婚約者証明書を出せ」
文官に、そう伝えれば思いもよらぬ言葉が返って来た
「殿下、これらの書類に関しては受理されており、取り消し無効であると陛下より承っております。詳細が聞きたければ陛下に尋ねるようにと言付かっております」
コイツも使えぬな!
次期国王の俺の命令に逆らうとは!
仕方ない。
父上のもとへ行くか。
カールを呼び付け、父上に謁見を申し込むと、直ぐに準備が出来ていると言われてカールの後に着いて謁見の間に案内された。
誰かが来ていたのか。
でなければ、王子である俺の話はいつも父上の執務室で聞いて貰っていたのだ。
急ぎ対応してくれた事で、謁見の間になったのであろう。
カールが扉を開き、謁見の間へ入ると中央に女が跪いていた。
俺の方を、涙でぐしゃぐしゃになった顔で振り向いたのはカレンだった。
「レオ!」
さっき、あんなにも愛らしいアンジェラの涙を見たせいか、とんでも無く醜く見える。
こんな醜い尻軽女、側近のアイツらにピッタリだ。
下賜してやれば、泣いて喜び忠誠を誓うだろう。
先程は、俺に責められるのが怖くてあんな事を言ったのだろうしな。
そして、コイツが泣いているのは、あぁ、そうか。
俺に婚約破棄をされるからか。
あんなに美しく身を引くつもりだったアンジェラとは雲泥の差だ。
やはり、俺の婚約者は愛らしいアンジェラだけなのだ。
「来たか…」
父上のため息交じりの声がやけに耳に響いた。
「父上、時間を頂きありがとうございます。騒がせてしまいましたが、私の婚約者はやはりアンジェラです。この女は必要ありません。側近のロバートかユージンに下賜致します」
父上にそう伝えると、父上は片手で目を覆いながらまた、ため息を付いた。
「レオ!嘘でしょう?!初めて会った時から4年間よ!レオに私の身も心も捧げてきたじゃない!!」
「嘘を付くな。この尻軽め!ロバートとユージンに聞いたぞ!やつらと不貞していたんだろう!?」
「アイツらのせいだったのね!?だから、イキナリこんな場所に連れられて来たんだわ!ドレスを着る前にイキナリ兵士が来て罪人呼ばわりされたのよ!私よりアイツらを信じるの?!私に相手にされなかった逆恨みなのよ!!」
「…お前はそんな風にハキハキと喋れたのだな」
「えっ?!…や、やだぁ、レオってば。流石に罪人呼ばわりとかされたらぁ、焦っちゃってぇ…それにぃ、罪人って言うなら私を虐めた、アンジェラを捕まえて欲しいなぁ?」
指摘をすれば、今までのように甘えた話し方をするが、こうやってこの女は俺を騙したのだな!
「もういい。よく分かった。悪女はお前だ。アンジェラに虐められたと言うのも嘘だったりしてな?」
「レオ?どぉしたの?なにがあったのぉ?」
その言葉には答えずに、父上に向き直って手続きを促した…のだが。
「もうよい。お前は救いようのない出来損ないだったのだな。レオニール、お前は廃嫡だ。爵位はやらん。お前は貴族としても出来損ないだ。そこの女も伯爵家から縁を切られ除籍された。お前達2人はこの裁きが終わり、城を出た時より平民だ。あぁ、その女とは婚約ではなく婚姻させてやった。最後の慈悲だ。真実の愛なのだろう?」
「…は?」
父上の言葉に理解が追い付かない。
廃嫡?平民?婚姻済み?…俺が?
「い、嫌よ!平民なんて嫌!そうだわ!私、下賜されるんでしょ?ロバートと結婚するわ!侯爵家の息子だもの!平民では無いわよね?!」
カレンが泣き叫ぶのがやたらと頭に響く。
「あぁ、そうだ。女よ。カレンと言ったか?余の質問に嘘偽りなく話せば、また処置も変わるかもしれん。どうだ?話してみるか?」
「話します!なんでも話します!」
「嘘はいかんぞ?偽りなくだ」
「お約束致します!!」
父上とカレンが話しているが、カレンの処置が変わるなら、俺は?俺の処置も変わる可能性があるのか?
俺が王でないなら、弟が王になるのか?兄である俺を差し置いて?
…あぁ、そうだ。
俺にはアンジェラが居る。
俺に惚れているアンジェラの頼みであれば、公爵家も動くだろう。
公爵家の力で、弟を亡き者にすれば、王家の血筋は俺しか居なくなる。
そうなれば、俺が王だ。
やはり、持つべきものは愛らしい公爵家の婚約者だ。
解決策を見つけた俺は、落ち着きを取り戻し、父上とカレンの会話を聞く事にした。
「お前は、アンジェラ・ハイドライン公爵令嬢から陰湿な虐めを受けていると、周りに訴えていたそうだが、それは事実なのか?偽りを申せばお終いだ。真実を話せ」
「…わ、私は…虐めを受けておりません」
「ふむ。では何故そんな虚偽を訴えたのだ?」
「…私がレオと婚姻する為に邪魔だったからです」
「…そこに居る男とは真実の愛で結ばれている。だったか?」
「はい。私はレオを愛しております!だから、アンジェラがどうして邪魔だったのです!いけない事とは分かっていましたが、愛が故なのです!!」
「平民が公爵令嬢を呼び捨てにすれば不敬罪に問われるぞ」
「アンジェラ様です。少し気が動転してしまい…」
「名を呼ぶ事を許されておるのか?」
「……ハイドライン様…です。申し訳ございません…」
「ふむ。ならば公爵令嬢に対して冤罪を仕掛けた事は認めるのだな。」
「はい…認めます」
「次に、お前はその男、レオニールと真実の愛だと宣っておきながら他の子息とも関係を持ったと言うのは事実か?」
「そ、それは、そんな事は…」
「偽れば即、死罪だ」
「も、持ちました!関係を持ちました!」
「関係のある子息は何人だ?」
「……そ、その2人…」
「本当か?」
「ご、5人です!本当です!」
アンジェラに対して冤罪を被せたどころか5人だと?!
なんて最悪な女なんだ!!
それなの俺はアンジェラに対して…あんなに愛してくれていたアンジェラ…これからは毎日、愛を囁いて満たしてやろう。
「真実の愛とやらは、他の男にうつつを抜かす事か?」
「さ、寂しかったのです!レオの愛が、アンジェラ、いえ、ハイドライン様に奪われるのではないかと!!」
「何故それを他の男に向けるのだ?普通であれば、真実の愛である相手に愛を乞うべきだろうに」
「そ、それは、その…」
「まぁよい。聞きたい事は聞けた。では、どうだ?平民とは言え真実の愛であるレオニールと婚姻出来たのだ。幸せであろう?」
「わ、私、あの、私は…平民として生きていく自信がありません…愛する人に迷惑をかけてまで…貫く事は出来ません…ですから!どうぞロバートとの婚姻を!」
「ああ、侯爵家の息子だった者か」
「…だった??」
「そうだ。其奴も廃嫡されたのでな。平民だ。レオニールと同じ平民だがどうする?」
「あ、で、では…ユ、ユージンと…」
「其奴も廃嫡されたぞ」
「わ、私…私は…嫌です!!平民なんか嫌です!!お許し下さい!!」
「お前、余に嘘を付いたのか?真実の愛だと、レオニールを愛していると。本当に愛があるなら、添い遂げられるのだぞ?平民でも良かろう?」
「い、嫌!王子妃になれると思ったからです!真実の愛なんかではありません!!王子妃になって王妃になれば、贅沢して楽して、周りを見下せると思ったのです!!」
なんて女だ。
こんな女と過ごしてしまって居たなんて…あぁ、最悪だ。
それにもう直ぐ、卒業式が始まってしまうではないか。
早く準備をしてアンジェラを迎えに行かねばならないのに!
「……お前は王妃までをも愚弄するか」
「そ、そんな事してません!」
「今、お前は王妃が贅沢をし、楽をし、周りを見下していると言ったも同義であるぞ」
「あ、ちが、違う…違います」
「……もうよい…すでに救いようがない。公爵令嬢への冤罪、不敬罪。王子と側近をたらし込み、混乱を招いた罪。そして、余に虚偽を申した罪に王妃への不敬罪。レオニールと婚姻し、平民として生きる道以外は死罪とするがどうする?あぁ、勿論、婚姻しても互いに子は成せぬ身体にはなるぞ。」
「そんなっ、処置が、変わるって…」
「変わっただろう?婚姻一択から死罪を選べるようになったのだ。余は嘘を付いて居らぬ。なぁ。そうであろう?アンジェラよ。」
「ええ、そうですわね。陛下」
父上の呼び掛けに答え、入室して来たのは我が愛しのアンジェラではないか!!
…しかし、アンジェラをエスコートしているのは…隣国オーランドの王太子ではないか…?
何がどうなっているのだ?
「では、我が妃になるアンジェラへの冤罪の始末はもう任せて構いませんね?」
「我が国の者達が、大変失礼した。アンジェラ嬢…いや、オーランド王国の王太子妃よ。今まで長い間、すまなかった」
「いいえ、陛下。私こそ、長年…ご子息に向き合えず申し訳ありませんでした…」
「あの愚息では仕方あるまい。それよりも一国の王太子妃の立場になる者がそう簡単に頭を下げるものではないぞ」
「それを言うなら陛下こそですわ」
目の前で談笑する3人に、頭がついていかない。
王太子妃?オーランドの?アンジェラが?何故だ?アンジェラは俺を愛しいるのだろう?
先程、熱い胸のうちを聞かせてくれたばかりではないか。
「ま、待て、待ってくれ!アンジェラ!君は俺の婚約者だろう?!俺を愛しているんだよな?!先程、熱い胸の内と美しい涙を見せてくれたではないか!!」
「レオニール殿下…もう、私はレオニール殿下の婚約者ではありませんので、名前で呼ばないで頂きたいですわ。それにレオニール殿下を愛してなどおりません。私が愛しているのは、こちらにいらっしゃる殿下です。涙は…レオニール殿下との婚約破棄があまりにも嬉しくて…嬉し泣きしてしまいましたのよ?」
「なっ…」
愛らしい顔と表情で、なんて残酷な事を告げるのだ、アンジェラよ…
「そして、一度も名乗っては頂けませんでしたが、そちらの伯爵令嬢。礼を言います。ここまで、上手くいったのは、貴女のおかげだわ。お互い、愛する人と幸せになりましょうね」
伯爵令嬢も、レオニール殿下もはしたない程に大口を開けてパクパクと。
まるで、庭の池にいる鯉のようだわ。
いえ、鯉は可愛らしいもの。
鯉に失礼よね。
ふふ。
これで少し仕返しが出来たんじゃないかしら?
あぁ、でも、あちらは冤罪で婚約破棄しようとしてたんですものね。
こちらからは、有罪で婚約破棄でしてよ?
読んで頂きありがとうございます!
短編として一旦、完結にはしたけどその後とか、罰を受けた人達とかの後日談…的なものを書こうかな…と、迷い中。
感想や、アクション等頂ければとても喜びます☆




