不帰の迷宮、五百年目の勇者
オレの名はザック。盗賊だ。
今、オレは迷宮の中で疲弊しきっていた。
近くまで来た記念に、と有名な不帰の迷宮を覗いたのが失敗だった。入り口あたりでチラッと中を見るだけで、すぐに出るつもりだったのに。
それが突然、床に穴があいて下に落ち、上へのぼろうと壁を探っていたら壁が回転して別の通路へ。あわてて壁を押したが動かず、仕方がなく違う道へ行けば……ご覧の有り様だ。
すでに二日経っていた。
手持ちの食料はそんなに無いし、何より、水がもう無い。
ノドが乾いた……。
最悪だよ、こんなところで人知れず野垂れ死ぬなんて……。
迷宮は、壁にヒカリゴケがあってほんのり明るい。ウロウロする分には、まったく困らない。
どうせなら、何かお宝でも見つかると気分も上がるんだが……たまに見つけるのは、冒険者の成れの果てらしい骨の山だ。
この迷宮は、大陸の果てに古くからある迷宮で、本当かどうか知らないが、昔は魔王の城だったなんて噂もある迷宮だ。周辺は妙な魔力溜まりがあちこちにあって羅針盤は役に立たず、迷宮にたどり着ける者は少ない。
オレはたまたま、古い知り合いの仕事を手伝って、この近くの廃村で財宝探しをしていた。その際、迷宮の記された地図を見つけ、知り合いには内緒でこっそり懐にしまい込み……仕事のあと、一人でこっちに来たのだ。
本当に魔王城だったら、すごいお宝が眠っている可能性がある。ちらっと様子をうかがって、噂の真偽を確かめるつもりだった。
まずはただの下見のはずが、まさか、こんな羽目になるとは。欲をかいて、あわよくば宝を独り占めしようなんて、考えなけりゃ良かった。
はあ、どこかに水でも湧いてないかな。
重い足を引きずりながら、デカい扉を開けて入った部屋は、天井が高くてやたらと広い空間だった。
ガランとしていて、何もない……いや、人がいる……?
真ん中あたりに、ボーッと突っ立っている男がいる。薄暗いので、闇に溶け込みかけていて、見逃しかけた。ちょっとビックリした。
男は、かなり傷ついてはいるが高級そうな防具を身に着けている。武器らしいものは持っていない。
仲間とはぐれた冒険者か?盗賊って雰囲気じゃないな……。
水を持っているといいなと思いながら、オレはそいつに声をかけた。
「よう!あんたも迷子か?」
「……っ!」
男は弾かれたようにこちらを向き、口も目も、大きく開けた。
驚きすぎだ。
誰もいないと思っていたからだろうか?
「なあ、あんた、水を持ってないか?ノドが乾いて乾いて、ヤバいんだよ」
「あ、ごめん……持ってない……」
「そっか。……なんだ、食料も持ってなさそうだな。ここに来てどれくらいだ?」
言いながら男のそばまで行くと、男が満身創痍なのに気づいた。全身、傷だらけだ。水より、治療が必要じゃないか?
「おい、大丈夫かよ。傷だらけじゃねぇか。ここ、もしかして魔物とかいるのか?」
「いや、今はいない。僕も……問題ない」
男の年齢は二十代半ばくらい、オレよりも年上だ。かなりのイケメンで、上背もある。
「問題ないって、ホントかよ」
「うん。……それよりも、僕もノドが乾いたな。一緒に水を探そうか。向こうの方で水音がしたと思う」
「マジか、じゃ、行こうぜ。あんたの手当てするにも、水がある方がいいしな」
男はやや不可解だが、今はそれより水だ。それに二日も一人で彷徨っていたから、話し相手ができて、少しホッとしている。
もし、男が急に襲ってきたとしても。
まあ、これだけボロボロなんだ。そう簡単にやられはしないだろ。
男に導かれるまま、迷宮を進む。男の足取りに迷いがない。
人と出会えた安心感でオレは取り留めのない話をくっちゃべりながら、ふと、お互い、名を名乗ってなかったことに気付いた。
「なあ、あんたの名前は?オレはザック」
男は、目を瞬かせてオレを見た。
「……ギディオン」
「へえ!五百年前の勇者と同じ名前か」
「五百年?!えっ、そんなに前?」
驚いたように、ギディオンがオウム返しする。
驚かれて、オレも驚く。
「え?う、うん、五百年だったと思うけど……」
多少は前後するだろうけど、確か、それくらいのはずだ。
魔王を倒した勇者として有名なギディオン。しかし彼は国に帰って来なかった。魔王と相打ちになったとも、そのまま遠くへ旅に出たとも言われている。
「オレの従兄もギディオンだよ。どこの村にも、一人はギディオンがいるよなー」
「へえ……」
ギディオンは複雑そうな顔で頷いた。
もしかすると、勇者と同じ名前に誇りがあったのに、巷じゃありふれていると知って、ガッカリしたのだろうか。
話しながら通路を曲がると、道は緩やかな下りになった。
「おい。下の方へ行く道だぞ、これ。本当に合ってるのか?」
ギディオンは迷いなく進むが、オレは少し不安になってきた。なんだか、どんどん迷宮の中心部へ向かっている気がする。
水があるのはどこだ?
そもそもギディオンは、一体、どこから来て何をしていたんだ?
オレの不安を読み取ったかのように、ギディオンが振り返った。そして、ニコッと屈託なく笑う。
「大丈夫、こっちで間違いない」
……オレは貧民街育ちだから、悪党は直感でわかる。
コイツは、悪党じゃなく確実に騙される側だ。もし街で見かけたら、カモだと思ってオレは狙うことだろう。
だから、大丈夫。
の、はず。
なのに、ギディオンの妙な影の薄さが気になる。こんなイケメンなのに、どうして存在感があまり無いんだろう?
そのとき、向こうの角からゴブリンが現れた。
「ゴブリン?!」
五、六体はいるだろうか。
魔物はいないって言っていたのに!
負傷して武器もないギディオンとオレの二人で、あいつらの相手をするのは厳しい。
「こっちへ!」
ギディオンが慌てて横の細い穴に飛び込んだ。オレも後を追う。
「おい、魔物はいねぇって言ってなかったか?!」
「そのはずなんだけど……おかしいな、どうして奥から出てきた?!」
奥から?
ということは、奥にはいるってことか?
でも、今はそれを問いただすヒマはない。追ってくるゴブリンから逃げねぇと!
ギディオンに導かれるまま、迷宮を駆け抜ける。
ヤバい、食料も水も尽きてヘタりかけていたのに、こんなに走り回ったら……もう、体力が……。
そのとき、水の流れる音が聞こえた。
「水!」
オレは思わず歓喜の声を上げた。
ギディオンを追い抜かし、細い通路を飛び出して開けた空間に出る。
ここは……。
天然の地下洞窟か?
それまでとは違い、ゴツゴツとした岩肌。ほんの少しに、かなり流れの速そうな川がある。その辺りにはヒカリゴケがないので、川は真っ黒だ。
今、背後からの追っ手はないので、オレは恐る恐る、川に近づいた。
川辺に膝をつき、川の水をすくう。
冷たい。
でも、とてもキレイな水だ。
そっと一口飲み……まさに生き返る心地がした。
美味い。ただの水が、すっっっごく美味い。
夢中で何度もすくって、飲む。
はぁぁぁ……。
「ザック。そろそろ、場所を移そう」
背後から、ギディオンの声がした。
オレは我に返り、ギディオンを招く。
「おい、お前も飲めよ。ノド、乾いているだろ?ついでにケガの手当てもしよう。……って言っても、傷口を洗うくらいしかできねぇけど」
「いや、僕はいい。たくさんの気配がこちらに近づいてる。早く移動した方がいい。ここにいたら、川に落とされる」
やや緊張した声音に、オレは慌てて立ち上がった。
ギディオンに促されるまま、また別の横穴へ入り……ふと、後ろを振り返る。
「あの川……外に繋がってるか?」
「まあ、たぶん繋がってると思うけど……少し先は天井が低くなっていた。まともに泳いで外には行けないと思うよ」
「だよな……」
そもそも流れが急すぎて、泳ぐのはムリだ。水温も低い。
あの川で外に脱出するのは、非現実的だろう。
再び、ギディオンと迷宮を彷徨う。
少しずつ、上の階に上がっているようだ。
ギディオンの足取りに迷いはないが……うーん、こいつ、本当に道はわかっているのだろうか?
こんなにも複雑な迷宮、道なんて覚えられねぇと思うんだが。
―――何度めかのゴブリンとの遭遇のあと、妙に天井の高い回廊に出た。
お?
なんか、壁に彫刻が飾られているぞ。奥の方には、鈍く銀に光る鎧の像が並んでいる。金目のものが見つかるか?
キョロキョロしながら進んでいると、前方の横の通路からスケルトンが三体、出てきた。
「わっ、やべぇ、ギディオン、あっちに戻ろう!」
「ダメだ!あいつらを蹴散らして、あの奥の扉の向こうへ行かないと!」
「はあっ?ムリだよ、ムリムリ!」
何を言い出すんだ!
オレはしがない盗賊、冒険者じゃねぇ!
だけど、ギディオンは譲らない。すぐそばの鎧像を指した。
「あの剣を取って!あれは使える!君、手に剣だこがあるよ。使えるんだろ?!」
「お前の方こそ、使えるだろ?せめて一緒に戦えよ!」
「僕はもう、利き手が動かない。剣を持てないんだ」
その言葉に、ギディオンの右手がぶらんとしたまま動いていなかったことに、今さらながら気づいた。
「くそっ……ああ、もう!出口は、向こうなんだな?!」
「そう、だから早く!」
「う……ああっっっ!」
オレは一番近くの鎧像から剣を取り、襲いかかってきたスケルトンを思いっきり薙ぎ払った。
予想より軽くスケルトンが吹っ飛ぶ。
続いてもう一体。
同じように真横に薙ぎ払い、最後の一体は……頭から剣を叩きつけた。
「……乱暴な戦い方だなぁ。まあ、スケルトンは打撃に弱いから正解だけど」
「倒せたんだから、いいだろ」
魔物と戦った経験がないから、つい、闇雲に振り回してしまったが……結果的に倒せて良かった。
おかげで頭も少し冷え、オレは刃こぼれした剣を捨て、別の像の剣を取る。
「じゃ、奥へ行こうか」
これで、外へ出られるんだよな?
オレの背の何十倍もある巨大な扉は、意外なほど軽く開いた。
開いた扉の先は、巨人が百人でも入れそうな大広間で―――そこは、おびただしい骨でいっぱいだった。
「なっ……なんだ、これは?!」
思わぬ光景に、言葉を失う。
呆然としつつ、後ろにいるギディオンを振り返った。
ギディオンは、ひどく厳しい顔で真正面を見つめていた。相変わらず影は薄く……いや、薄いどころじゃない。
今までは薄暗くてわからなかったが、こいつ、向こうが透けて……ないか……?
「ギディオン?お前、なんか透けてるんだけど」
信じられない気持ちでそっと問うと、ギディオンはハッとオレを見て、悲しそうに笑った。
「はは、気づかれちゃった」
「は?」
「実は僕、もう死んでいるんだよね」
「はああっ?!」
何を言ってるんだ、コイツは?
死んでる……?つまり、幽霊ってやつか?
「お、お前も、もしかして魔物の仲間か……?」
「違う違う。ちゃんと、君の味方だよ。迷宮の外へも連れていく。でも、その前に」
スッとギディオンがオレのそばに来た。音もなく、一瞬で。
「魔王にとどめを刺して欲しい」
……魔王?!
扉を閉め、骨の山を抜け……大広間の一番奥、高い壇上へ。
「……この中に、魔物が隠れてたりしないよな?」
歩くたびにガシャガシャと崩れる骨を気持ち悪く思いながら、ギディオンに尋ねる。
ギディオンは、首を振った。
「大丈夫。この広間は墓場だ。外の魔物たちは入ってこない。入れば、命が吸われることを知っているからね」
「命を吸われる?!」
「魔物限定だよ」
本当か?なんだよ、命を吸うって……?
やがてたどり着いたのは、巨大な玉座だ。
玉座には、人の三倍ほどの大きさの黒いナニかが乗っていて、そこに一本の剣が刺さっていた。
剣の周りには、骨と鎧が散らばっている。
鎧はボロボロだったが、オレの横にいるギディオンが着ているものと酷似していた。
「ソレが魔王だよ」
黒いモノをギディオンが指す。そして、静かに語り始めた。
「……魔王は、七つの命を持っていた。先々代の勇者がその二つを奪い、先代の勇者は三つ、奪った。僕は一つを奪い、最後の一つで……力が足りず、命尽きた」
透けたギディオンの左手が、散らばる鎧をそっと撫でる。
「それでも、七つめの命の核は壊れる寸前だったんだよ。あとほんの一押しで、魔王は完全に消滅するはずだった……」
ギディオンの手が、今度は剣に伸びる。
しかしその手は、剣を掴むことなく通り抜けた。通り抜けた手を見て、唇を噛みしめるギディオンに……オレは尋ねた。
「……魔王は、まだ生きているのか?」
「うん。風前の灯だけどね。……僕に致命的な一撃を受け、身動きもできないなか、魔王は配下の魔物たちをこの広間に集めた。そして彼らの命を糧に、復活しようとしたんだ。でも、聖剣が刺さったままだから……思うようにはならなかった。以来、この玉座に、ずっと縫い留められている」
ずっと。
五百年も。
「ま、あと千年もしたら、自然消滅するんだろうけど……」
苦い口調でギディオンは呟き、頭を振った。
あと……千年……。
それは、あまりに長い年月だな……。
そのとき、黒い物体がかすかに動いた。
オレはギョッとして、一歩下がる。
擦り切れ、朽ちかけている黒い布の下から、やはり黒い骨のようなものが伸びて、聖剣を指した。
「ニンゲンよ……ワレを……コロしてくれ……」
風のような声が囁く。
「ワレはもう、ツカれた……コロして……くれ……」
魔王、か?
これが……魔王……?
「ザック。頼む。魔王も僕も、こうやってずっとここに囚われている。ようやく、僕の姿が見え、声を聞ける君と出会えた。僕らを……解放して欲しい」
オレはギディオンを見た。
五百年、迷宮を彷徨っていたギディオン。
傷つき、ボロボロの姿のまま。
「オレが魔王を倒したら、ギディオンも……その……ちゃんと死ねるのか?」
「魔王を倒し切れなかった心残りが晴れれば、たぶんね」
「そっか。……五百年、長かったよな」
ギディオンは勇者なのに。
ずっと、迷宮に囚われていたなんて。
オレはゆっくりと手を伸ばし、魔王の残骸に刺さる聖剣を思いっきり押し込んだ―――。
※ ※ ※
真っ青な空が眩しい。
迷宮を出たら、外は真っ昼間で雲一つない晴天だった。
うう……クラクラする。
頭を振りながら、オレは袋を担ぎ直した。
「……ちょっと荷物、減らした方がいいんじゃないかい?」
「冗談!これでも、かなり減らしたんだ。これ以上は、減らせないね」
後ろからかけられた声に、オレは反発する。
迷宮を抜け出す前に、玉座周りにあった宝をたっぷり頂いてきたのだ。あれを置いて帰るなんて、盗賊としてはあり得ない。
「聖剣は置いてきたくせに」
「だって、オレには不要だし。あんなもん、売るのも大変じゃねぇか。……てゆーか」
オレは後ろを振り返った。
陽の光の下、傷だらけの勇者はさらに薄くなっていた。
「お前、魔王を倒したら天に還るんじゃなかったのかよ?!なんで、まだいるんだ」
「いやー……」
ギディオンは照れたように頭を掻いた。
「魔王を倒せなかったことが心残りと思ってたけど、違うみたいだね。ということで、本当の心残りが晴れるまで、ザックについて行こうかと」
「ふざけんな!幽霊と一緒に旅なんてしたくねぇんだよ!」
明るい陽の下で見たら、ギディオンは結構悲惨な姿だった。
怖いんだよ、横にいるのは!
「冷たいなぁ。ちゃんと迷宮から出してあげただろ」
「それについては礼を言う。でも、オレはお前の代わりに魔王にとどめを刺したぞ。それでチャラじゃないか。心残りなんて、自分一人で晴らしに行けって。オレまで巻き込むな」
幽霊つきで、人里をウロウロなんかできない。
ここで、コイツとは別れなければ!
「あはは、ムリじゃないかなぁ」
ギディオンは明るく笑った。
「僕が迷宮から外へ出られたのは、たぶん、ザックと一緒だからだ。ザックには、恐らく僕の一族の血が流れていると思うよ。血が呼応しているのを感じる。これはもう、運命というか巡り合わせだよ。……ねぇ、ザック。君に捨てられたら、僕はまたあの迷宮で永遠に一人だ。助けてよ?」
うぐっ。
そ、それを言われると強く出れない。
あんな荒涼とした迷宮に、ギディオンはすでに五百年もいたのだ。魔王を倒した英雄なのに。
「…………わかったよ。心残り、さっさと晴らしてやる!」
「やったぁ、ありがとう!」
あーあ。
興味本位で迷宮なんて覗くもんじゃないな。でもまあ、ちゃんと魔王を倒して、ギディオンを迷宮から連れ出せた。
それはそれで良し……なんだろうなぁ……?
もう少し、コミカル度を上げるつもりが、あまりコミカルになりませんでした……。
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