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山城の城門の手前に来ると、すぐに城主の間へ通された。本当に時間がないと祖父に念を押されていたので、私も祖父の意向を城主のイワベ様に伝えるつもりでいたが、向こうも事態はだいたい把握しているようで、イワベ様も鉢がねを巻いて険しい余裕のない様相で私たちに対していた。
「事情は分かった。大君の一族には早う、出立の準備をするよう既に言ってある。我々はこの城に籠って僧と民を守る。お前たちは一族に会ってきなさい。離れの法安寺に集結させている最中で、まだ全員揃っていないが、揃い次第山を安間方面に降りなさい。そのまま北上し、国境の関所を出て友邦のコウベ氏を頼りなさい。我々は降伏しない。敵軍が追ってくることはないだろう。金も物資も人も出せんが、敵軍を食い止めてやる」
私はイワベ様の決意に真に感じ入って、深々と頭を下げた。
「必ず送り届けます。皆様方のお心を破るような真似は致しません」
イワベ様はおう、と頷いた。
「我々は死ぬだろうが、この国はそう簡単に滅びない。まだ若い奴らを主要な領地に残している。若者といえばお前もそうだが、お前には特別過酷なことを押しつけてしまうな。しかし決して、戻ってくるなよ。お前は大君の守護につけたのだから。国の恥になるような行為だけはするな」
私は頭を下げたままで言った。
「はい、必ず無事送り届け、その末まで彼らを守ります」
正直祖父から聞いていた話では護衛までだと思っていた私は、大王の一族を最後まで守護しなければいけないという話を聞いて内心動揺しまくっていた。
なんで、見も知らずの、自分の国の主でもないもののために、死ぬまで付き添わなきゃならないのか。
地方領主の娘として戦さえ生き抜けばそこそこいい暮らしをしてきた私としては、もう早くも家が恋しくて仕方なくなっていた。アヤメに会いたいし。うわぁ、酷い。祖父がアヤメに会うことはないと言っていたのも、そのくらいの覚悟で死ぬ気で護衛しろというニュアンスだと勘違いしていた。恥ずかしい。故郷にもう帰ってこれないんだ、と思うと、途端に寂しい思いがした。
イワベ様は言う。
「よし、もう行け。法安寺にみな集まるはずだ。我々も準備で忙しい。下がれ」
私は城主の間を後にして、いとやんごとなき大王の一族様をどうしてこの国の民と兵士が犠牲になって守らなければならないのか、歯がゆかったが、祖父もイワベ様も既に命を投げ出す覚悟で動いているのだから、私もそれに応えないわけにはいかなかった。
尽くすに値する人々なのか、いまから非常に不安になった。
「魔王」
城主の間を去って歩いている廊下で、通り過ぎた従者が、突然そんなことを言った。
「魔王が来ます」
その声は私に向けている気がしたので、私はその従者に振り返った。
「悪いけれど、なんて?」
従者は無邪気な少年のような幼さを残した可愛らしい顔をしていた。
その顔に笑みを浮かべた。
「私たちの魔王がもうすぐきます。あなたは私たちの魔王を守ってください。すぐに彼のもとへ行ってください。大王族の首と呪物を土産にすると喜ばれますよ」
私は驚いて「何言ってるの?」と思ったことをそのまま口にした。
すると従者は不思議そうな顔をした。
「え、サダメ様はまだ思い出していないのですか? もう25歳にもなったのに」
なんだかわからないけれど、面と向かって失礼なことを言われた気がして、一瞬頭にきたが、すぐに心をなだめた。
「何の話? 言っている意味が分からないの」
従者は考える風をして、また笑みを作った。その笑みは嬉しそうで、嫌みがない。
「貴方は魔王を支える十人の枝の一つですよ。ぼくはその配下のダイモーンです。魔王はいまメシアの襲来に備えて呪物と物資と仲間とお金を集めています。あなたにもその内、声がかかりますよ。ではお元気で」
そういうと少年従者は歩み去ってしまった。
遠巻きに様子を見ていたササキがムラキに言う。
「なんだあいつ、頭おかしいんじゃないか」
ムラキはササキに言葉を返す。
「何の話をしているのかわかりかねて、止めに入れなかった。言葉が出なかったというか。しかし大王族の首を、という下りはまずいんじゃないか? 問いただしておかないと…」
私は後ろで囁きあう二人を制した。
「気にしなくていい。知り合いだから。それより寺に行きましょう」
初めて見る少年だったけれど、妙に親しみが湧いて、ふざけてるのだろう、ということにして、庇っておいてあげた。
どうせここの従者ならもう会うこともない。死ぬかもしれない運命の子だ。放っておいてあげようと思った。
そして私たちは寺に向かった。




