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砦は山道へ続く狭い街道の終わりに築かれており、法安山への道を閉ざすために設営されたものだと聞いている。
そのため法安砦というそのままの名称が用いられる。
法安の山にはいくつもの寺院があり、田畑や商売のための店も構えられていて、ちょっとした市場のような場所でもあった。その山腹には山城がこさえられており、イワベ、という城主が山城の防衛を命じられている。しかし法安の山全体の領地は、法安に本拠を置く住職の所領となっており、法安の山城の城主は別の地に領地がある。山城に軍を置くのは非常時のことで、いまは大王の一族の守護と、隣国との戦争のために、本来別の領地の領主を仮の城主としているらしい。
敵国の狙いは法安にいる大王の一族だと分かっているのだから、法安と法安へ続く砦に戦力を集中しているという状況だった。
ちなみに大王の一族というのは、古の王族の後裔を指すらしい。現在国々を統治している国主や、その配下の領主たちとはまったく違う血筋で、ルーツが全く違うらしい。
その地位は国主より上とされることが多いが、儀礼的な理由の他に、その原因は彼らがもつ呪物の量と質が高いからだと言われている。
この国に亡命してきた大王の一族は、それら王族の一部の人々らしいけど、やはり戦況を左右するほどの呪物を持っているらしい。
国主様がなぜどのような経緯で王族を保護しているのかは知らないが、私は結果的に末端でその王族を守る役目を担うことになったようだ。
祖父は砦中央の館にいた。広間に通されると、眼光の鋭い厚い瞼の老人が、低い声で出迎えてくれた。まぁ私の祖父なのだけど。
「門前の掃除ご苦労だ。ここに呼んだ理由は分かるか? お前に敵が攻めてきても山へ登らせない仕事をさせるためだった。最初は。しかしそれももう無理なことになった。動いているのが隣のアゼンだけではなく、エガ、モテウチ、エサンのそれぞれの国主がこちらに兵を向けていると報告が入った。止められるわけがない」
戦況は劣勢どころか詰んでいたようで、祖父はバカバカしいとばかりに笑った。
「私はここで死ぬ。ここで兵たちと共に時間を稼ぐから、お前は法安の山城へ行って、大王の一族の供をし、東国へ逃がせ。アヤメにも既に使いを送っている。私の後継はアヤメだ。お前ではない。アヤメとも、もう会うことはないと思え。お前には餞別がある。ここにいる兵士のうち、好きなものを三人持っていけ。従者も五十人連れて行っていい。物資も、金も、必要なものは道中でお前に届ける手はずだ。とにかく時間がない。準備ができ次第山城へ行け」
祖父はもう死ぬ覚悟ができているようで、早口でまくし立てると、息をついて椅子に座った。
私は広間に通されて一番にそう告げられたので、呆気にとられてしまっていた。
「お前には苦労ばかり押し付けたが…」
「冥府に行ってもお前の健勝を見ているぞ」
祖父のトーンが落ち着いてきたので、私はようやく言葉を出した。
「いえ、いきなり、なので、驚いています。この砦を放棄すればいいのではないでしょうか? それで…」
自分で言いながらどもった。無理な気がする。先ほども小競り合いがあったように、敵軍はこちらの動きを監視している。撤退の動きを見せればすぐに敵の本隊が動くだろうし、手薄になった砦は落ち、みすみす相手に山城への道を開いてしまうことになる。こちらがどんな全力で山道を登っても、王族を着の身着のままで連れ出して逃げ切れるとは思えない。相手には騎兵もいる。集団で逃げながら敵軍の追撃をかわすなど無理だ。
山城から逃げても、敵は山城を包囲したうえで、逃亡した王族を捕らえる別動隊を出せばいいのだから。
しかしこの砦なら、敵の全軍を足止めできる地理にあった。
祖父は言う。
「どういう展開でも、この砦で一定時間時間を稼ぐ兵と指揮官が必要だ。お前は難しいことは考えずに、王族を連れて東国への道を開けばいいだけだ。お前はただの王族の守護兵だ。いろいろ気に病む必要はない。頭を使うのは昔から苦手たっだだろう」
小ばかにされているのだろうか。いや、祖父の表情からは、懐かしいものを見ているような雰囲気があった。そこには普段は見ない優しさのようなものが含まれている気がした。
「おじい様、本当にお別れになるのですね。私もおじい様のご指示の通りに致します。最後まで、生き残る道を選ぶことを願っております」
「お前こそ達者でいろ。すぐに冥府に来たら追い返すぞ」
兵士の習わしでは長々と別れの挨拶を交わすのは軽蔑されるものとされていた。
私はそこで気持ちを切って、深くお辞儀をすると、出立の準備に入った。その後は挨拶も会話もなく、私はムラキとアベ、そしてもう一人、ササキを供に連れていく兵士に選んで、従者たちと共に出立した。祖父は見送りもしなかった。兵士の習わしとはいえ、なにか寂しいものが心に蹲った。




