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前線の砦には昼頃にその付近まで到達した。しかし砦の陣地は多勢の敵軍を前にしていた。
いまも裂帛の気合の叫び声と共に、砦の門の付近で、味方と敵の従者と思しき剣士たちが剣を結びあっている。
斥候の騎兵からは砦に入れそうにない、という報告を受けていたので、私たちは馬車から降りて、馬車は既に所定の場所まで引き返させていた。
森の木々の合間に身を隠しながら、私たちは小一時間ほど砦とそれを攻め立てる敵軍と味方の軍を観察していた。
パッと見で二百人前後の敵味方の従者たちが砦門付近で交戦している。
兵士はたぶんいない。兵士が戦場に立つときは、その兵士の家紋を表した旗を掲げる従者がほぼ必ずいるので、どこかに旗がたつはずだが、それが見受けられなかったからだ。
こちらには従者8名。全員軽く武装している。革張りの鎧と、毛皮の帽子に鉄剣。銃は持っていない。アベとムラキと私の存在を表す旗はそれぞれ持たせている。兵士の存在はそれだけで相手に脅威を感じさせるから、一応持ってこさせた。
そして私付きの兵士のアベとムラキの二人。二人とも法術を使えるので、武装は剣だけだ。防具類はつけていない。
アベが使える法術は発火。念じた対象を発火させる。発火は同時にはできないが、発火させた後数秒で次の対象にまた発火できる。
七品等の呪物。
ムラキはもうちょっと使い勝手がよくて、切断。
かまいたちのようなものを、百メートルほど殺傷能力を持ったまま飛ばせる。百五十メートル離れていても、腕の神経を切る程度の殺傷力はある、なにか切断させるものを飛ばす能力。詳しい原理はわたしもよくわからない。
五品等の呪物。
加えて二人とも呪物があるので、剣や銃砲程度では死なない。呪物は所有者を自動的に守ってくれる性質がある。その方法は呪物によって異なるが、概ねほとんどの呪物が所有者を守ろうとする。
物理的攻撃だけではなく、中には病気や寿命からも守ってくれるものまであるとか。法術を扱える兵士を戦場で殺すのはなかなか難しい。上位の呪物を持つ兵士を下位の呪物を持つ兵士に当てるのが、兵士を殺す一番現実的な方法だった。呪物には攻撃の優先順位があるらしく、上位の呪物の攻撃は、下位の呪物の防御より優先される。つまり攻撃が通る。それが呪物の等級の根拠になっている。なぜそのように優先順位があるのかは、専門家の間でも答えが出ていないが、とにかくそのような法則がある。
まずは砦に入って祖父に会わなければ始まらない。祖父に合流するまでが私に指示されたことなのだから、それをこなさないと。
私は指示を出そうと兵士たちに声をかけた。
「アベは敵従者たちに火をつけて、砦に燃え移らないように後方にいる敵に。ムラキは敵の集団に向けて法術を放って。私は門に近づくまでに、門の周辺の敵に法術をかけるから。従者たちは私たちの後ろにいて、旗を掲げながら近づいてくる敵兵に対処して。私たちは守る必要はない。自分の身を守って。いないとは思うけれど、敵の中に兵士がいたら私が対処するから。じゃあ、行くよ」
そういうと私は立ち上がって砦の門へ向かって歩き始めた。視界に捉えやすい距離まで。
アベは駆け足で私とは別の方向へ行く。ムラキも。それぞれ自分の法術をかけやすい位置へと移動している。
左腕に仕込んで、埋め込まれた呪物に力を注ぐ。
途端に感情が高ぶって、実際に心臓の鼓動が早くなってきた。視界には砦で斬りあっている敵と味方の従者たち。敵と味方の見分けはあまりつかない。遠目だし敵も味方も似たよう防具だからだ。味方なら私の術に気づいた時点で逃げるはずだから、とりあえず呪いにかける。
黒い濁った、酒が腹にたまった時のような感覚が臓腑に落ちる。
それを深く吐き出すように大きく息を吐いた。
目を閉じる。瞼はまた透け始めて、見えないはずなのに目を開けているのと変わらない光景が見える。命の輝き。輝く命たちが蠢いている。
簒奪。
奪う。
奪え。
金属が高く響くような音が鳴り響く。剣がぶつかり合うより甲高く大きな、なにか生理的に耐えがたい音が響く。
これは私の法術が始動した音。
門で争いあっていた敵味方の剣士たちに異変があった。味方と思われる剣士が門へ向かって真っ先に逃げ出している。私の法術に気づいたのだ。
それを追うように敵軍が門へ迫るが、門の中にいる剣士の従者たちに押し返されている。
命の輝きが弱まっていく。輝ける輝きが弱弱しい。その輝きは無数の光の粒となって私のもとに吸い込まれていく。それがえも言われないように心地よい。そしてその心地よさが気持ち悪い。だってそれは他人の生命そのもの。門の前にいた敵兵の一人が、倒れた。立ち上がろうと何度かもがくが、そのまま痙攣を始めた。
そして十秒の間に他の兵士たちの幾人かが倒れた。それを見ていた門の中で敵の従者たちを押し返していた味方の従者たちも、とうとう門の守備を放棄して砦の中に逃げていく。
「サダメだ!! フクハラの魔女が来たぞ!! 退け!」
敵の従者の誰かがこちらを見て指を指しながら叫んでいる。
逃亡には遅すぎる。最低でも術がかかった第一段階までに逃亡しなければ、生存の望みは低くなる。
わたしは一歩一歩進みながら、人の命の輝きを奪うのに集中していた。
また黒い感情が腹に積もってきて、大きく息を吐いた。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
既に五十人近くが絶命。輝きがない。二十名ほどが昏睡。輝きが消えそう。十五名くらいが失神間近で、中には失禁したり痙攣発作を起こしている者もいる。
それを見ていると、どんどんどす黒い感情がわいてくる。それに支配されないように、大きくまた息を吐きだした。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
これは私の儀式のようなもので、人を殺すと湧いてくる黒い感情を、吐き出す、という行為を、初陣のころからずっと続けていた。
実際には何の意味もない行為なのだが、私には精神的に必要なことだった。
勘よく早期離脱した敵の従者たちも、足が重いのか、その速度は遅く、砦からまだそれほど距離を稼いでいない。このままではこの人たちも、私の法術の効果範囲から出られないまま死ぬかもしれない。
門前には倒れた死体と死を待って昏倒している従者たち。もうぴくりとも誰も動かない。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
息を吐きだしながらまだ微かに残る輝きを奪っていく。
眠ってしまえ。眠れ。もう動くな。止まれ。呼吸を止めろ。何も聞くな。止まれ。思考するな。動くな。呼吸を止めろ。休んで。目を閉じて、何も聞かず、怖がらないで、こっちへ来て。
こちらの呟きに、輝きが反応するように、一人、また一人と魂が持ち主の体から離れる。
私の法術は対象に近づくほど術が強まる。より鮮明に目に捉えるほど。こちらの声が聞こえる距離に近づくほど。
門前の前に到着するころには、もう生きているものはおらず、私は呪物への力の供給を絶った。
砦から離れたところでは火だるまの人間が幾人かおり、閃光と共に体が切り刻まれる瞬間の人を見た。
私は後方にいる従者たちを呼び寄せて言った。
「ムラキとアベを呼んできて。私は先に砦に入っているから。二人、私についてきなさい」
従者たちは頷いて、戦闘中のアベとムラキのもとへそれぞれ走っていって、二人は私についてきた。
そして従者二人は先に砦に走り込み、「サダメ様が来られた。お取次ぎをお願いします!」と大声を張り上げていた。




