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キリヤマ氏の兵団の後ろから随行しながら、私は馬車の中で扉にもたれかかっていた。実は超具合悪い、まだ。
馬車の中ではムラキが対面に座っていて、心配そうにしている。
「ほら、無理していましたね。とはいえ後戻りも出来ませんからね」
ムラキが当たり前なことを言う。
「大丈夫、戦になったらしゃんとする。どういう行呈か確認してくれる?」
と私が言う。熱で頭が回ってなくて、今後の行動をもう一度頭に入れたかった。
「関東東部の兵賊は茨城方面へ集結中。こちらも大頭目のもとへ集結しつつ、集まり次第会戦を仕掛ける、とのことです。あとは勝利後に各個に町々を占領し、撤収という流れです。私たちが参加するのは会戦参陣までで、そのあとは帰っていいことになっています」
私は頷いた。
「つまり戦は大きな会戦一回だけで、あとは帰っていいというわけね。腕が鳴るね」
実際に会戦予定地に到着すると、既に戦が始まっていた。
知恵も作戦もあったもんじゃない。到着して息をついたら、各個に突撃。蛮族か、とすら思うような戦いぶりだった。
私たちは知り合いということで、キリヤマ氏の息子の、キリヤマレンの部隊についた。
「部隊の後ろにいて、身を守っていてください」と年下のレンに言われる。
あまり期待されていないのか、扱いに困っているのか、そのように指示された。
戦法は単純。接敵し、銃を撃ちまくり、たまに兵士からの攻撃が加わる。兵士を見つけたら自爆兵と毒殺兵が突撃し、散っていく。その繰り返し。だが、時間と共に戦場には屍が溜まっていった。血が流れる。死体が集まるところには血だまり。カラスが発砲音と爆音に怯えながらも、遠くで様子を伺っているのがわかる。
はあぁぁぁぁぁぁぁ。はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
また呼吸が深く早くなっていく。戦場の感覚。黒い感情が腹にたまっていく。
「ムラキはここで待機しておいて。私は法術を放ってくる」
「お気をつけて」戦場では信頼されているのか、なんなのか、言葉を否定されたことがない。
私は突撃する銃を持ったキリヤマの兵団の従者たちにまじって、歩いていく。とても走れる状態じゃなかった。
追い抜いた従者が「邪魔だ!」と怒鳴る。しかし私は術に集中していたので、気にしなかった。
心臓に力の始動。光を集める、吸い寄せる、飲み込むように。
呪物を起動させると、もう音が聞こえなくなった。
痛い、寒い、どこ、怖い、むかつく、殺す、怖い
という声が、あちこちから囁かれる。人でない者たちが、人の言葉を真似て、そのように囁きあっていた。
暗闇が頭上に現れる。その暗闇はあまりに暗いので、太陽の光を吸い込み、あたり一帯が夜のように暗くなった。
敵味方の兵に動揺が走る。明らかに動きが鈍った。
私はその中で、聞こえないが発しているであろう自分の声を出して、存在との契約文を述べた。
「彼女は存在する。彼らの上に。始まりの始まり。常しえの常しえから、長らく、多くの悪魔らを抱擁した。彼女は移動するティアマト。悪魔たちの女王であり、その母。彼女は惹きつける女神であり、万物の女王。その名は主。エロヒム・サバオートである。まさに神の「左に」座す、万軍の女王。来たれ。あなたの意志のままに」
巨大な目が闇の中から私の頭上に現れた。
言いようのない圧力が感じられた。それは頭上に今にも落下しそうな天体が現れたのに等しい存在感。
わたしはケタケタ笑いながら言った。
「この女は紫と赤の衣をまとい、金と宝石と真珠とで身を飾り、憎むべきものと自分の姦淫の汚れとで満ちている金の杯を手に持ち、その額には、一つの名がしるされていた。それは奥義であって、「大いなるバビロン、淫婦どもと地の憎むべきものらとの母」というのであった。…天にましますわれらが母よ、貴方の御国が、来ますように」
そういうと甲高い女の笑い声が凄まじい音量で大気中を震わせた。
それは闇の中から聞こえてくる。
その耳をつんざく笑い声ののち、死んでいた者たちが一人ひとり立ち上がり始めた。
敵も味方もなく、銃や石を拾って、人間に向けて投げつけたり、叩いたりしている。その様相に戦場は悲鳴で満ちた。
使者の甦り、というエロヒムの術。
生き返った使者はあたりかまわず人を襲い始める。
使者同士で同士討ちはしない。
使者に殺された人は同じように蘇って、使者になる。
その繰り返し。
やがて生前の知性や記憶を朧げに思い出していく。
術者が死ぬと、自分たちの甦りの効力がなくなって、使者からただの死体に戻る契約であることを認識する。
術者に概ね従うようになる。
死者の軍団ができる。
わたしは生命の供給を絶って闇と闇の中のエロヒムをこの世から遠ざけた。
この場合術師はエロヒムなので、エロヒムは永遠に死なない存在であるため、使者たちも損壊を受けても蘇生を繰り返す。
だから彼らはエロヒムの意を受けて動く集団となる。
そしてこの場合、エロヒムは単純な命令しか出さないことを知っていた。
私の契約者に従え、だ。
死者の集団はやがて手当たり次第に兵賊を襲っていくと、徐々に私のもとに集まってきた。
みな無言で、無表情。目は死んだように生気がない、黒目の勝った目。
はあぁぁぁぁぁぁぁぁ。はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。私は人に対する自分の残酷な仕打ちに呼吸が苦しくなる。
わたしは彼らに命令を伝えた。
「向こう側に布陣する敵に進み、殺して」
はあぁぁぁぁぁぁぁぁ。はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
残酷。死んだ人まで使う。ああ、黒いものが溜まっていって、自分も闇色に染まりそう。
使者たちは知性を取り戻しつつあるのか、こちらの意図を理解したようで、敵兵だけに向かって攻撃を始める。もうすでに銃を扱えるようになるまでに理性を取り戻した使者もいる。
突然現れた軍勢は、銃も効かず、兵士の攻撃にも蘇生してまた立ち上がる。為すすべもなくなった敵は、統制を取り戻した大頭目の総攻撃と共に瓦解。
会戦は勝利した。




