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どくどく、こめかみが脈打つ。


ああ、額の目が開く。



両目の瞼が痙攣して、眠ろうとしても、目を閉じても、瞼の裏が透けて天井が見える。


額が割れる。そんなものは幻想。触るまでもなく、額は割れてなどいないのに、羽毛で触れられたような感覚が額の真ん中に集中する。


目を閉じても見えてしまうなら、開けるまで。


不思議と目を開け続けて、十分以上も瞬き一つしなくても、まったく痛くないし目も乾かなかった。


視界の闇の中により深い闇が見えた。私はその闇に手を伸ばす。闇はぬめっとした感触があって、手を伸ばして捕まえると、一気に引き抜いた。空間の中から、黒い塊。それは部屋の暗闇に拡散して、やがて細かな光る粒となって部屋の中を漂った。



さっきまで、熱にウナサレテ、眠っていた。


起きたのはつい今しがたで、二度寝しようとしても「目」が覚醒して眠ることが出来ない。


部屋は寝室。


窓が開いていて、カーテンが風に揺れている。光の粒は窓から外に流れていく。外は夕暮れ時だった。


病人がいるのに、窓を開けているとはどういうことだろう、今朝、まだ風邪を引いているから部屋で眠るといったのに。



棚を開けて、ガウンを着る。すぐに窓を閉めた。



ーーそう、寝込んでいる場合ではない。熱などにやられている場合ではない。


私にはやることがある。終末の、ただ一つのチャンス。彼を助けなければ。彼に報いなければ。彼に。彼に。



まだ寝ぼけていて、何を考えているのかよくわからない。例えば、彼とはだれなのかもわからなければ、終末とは何のことかもわからないのに、ただそう頭に思い浮かんだ。眠い、眠い。





目を閉じると、案の定部屋がそのまま瞼の裏に映った。


「うわ、怖い」


瞼が瞼の役割をしていない。一瞬本当に目を閉じ切っているのか自信がなくなって、強く目を瞑るが、部屋の視界が歪んだだけで、部屋と天井が映っていることに違いはなかった。


それでいて妙だ。部屋の暗闇の中に、無数の小さな光の粒が見える。それも赤、青、黄色、とカラフルに、海の生物のように煌めいていて、一様に同じ色ということがなく色彩が変化していた。


それは、恐ろしく綺麗な光景だった。部屋の中に漂う光が流れていて、それはどこともなく、空間の中の「闇」から現れるのだった。手に取ってみようと、手を伸ばしてみても、何の感覚もなく手を透き通っていくのに、体に入った光は、血液が流れるように自分の手から心臓へ流れて、また逆の手から出ていった。



目を閉じたまま、ベッドから出て部屋を歩き回ってみた。目を開けている時と閉じている時で、部屋の構図も配置もまったく変わらない。むしろ目を閉じている時の方が、若干光度が明るくて部屋が鮮明に見えるほどだった。


鏡には目を閉じた自分の姿。目を閉じた姿を見ることなんて普通は無いと思うから、そこはなんだか楽しかった。



部屋の隅に「闇」が現れていた。光の粒は多くがそこから流れているようだ。闇の中にはより深い闇がある。それはあまりに暗いので、少し濃い青色に見えた。世界のどの色より、目に染み込んで、染み込んで吸い寄せられる何かがある。


私は手を伸ばして、闇の中に手を差し込んだ。引き抜けば、闇の中から光。部屋に充満するあの光が右手に溢れた。


少し、温かくて、生き物のようで、咄嗟に手を離した。光は目の前の空間を浮かぶと、また拡散して部屋に広がった。



何なんだろう、これは。体に入り込むが、害はない。部屋を漂って、体に循環して、外に流れて、その後どこに行くのかも知らない。この光りの粒は何なんだろう。


一瞬、気配を感じて「闇」へ振り向いた。なにか、大きな目があった気がした。闇の中に何かいるのだろうか。気配はやがて去って、ここは自分一人しかいない部屋の中だと冷静になって再び悟った。



急に恐ろしくなって、目を開けると、そこには闇なんてなく、ただ薄暗い夕刻の部屋が映っていた。目を開けると「闇」は見えない。閉じると見える。なんだか意味不明だ。


え、これどうやって防げばいいのだろう。目を閉じても開けても見えてしまうなら、眠ることができないのではないだろうか。


近頃「透視」のできる時間が増えた。瞼を閉じても光景が映るこの状態を、私はそのまんま「透視」と呼んでいる。幸いにも、朝起きた時や、眠気があるときによく現れるだけで、目が覚めると「透視」は出来なくなって、日常生活に支障はない。


しかし不眠気味にはなっている。本当に眠くなると目の前に光景が映っていてもいつの間にか眠ってしまうのだが、それでも睡眠しづらいのは確かで、睡眠時間は子供のころよりは減っていた。



廊下に出た。

赤い、極彩色の夕日。眩しい。目にいたい。目の光の感度が上がっている? 目が疲れる。


「お嬢様」


誰かが声をかける。使用人だと思う。眩しくてよく見えない。


「お嬢様、どうなされましたか?」


「いえ、ちょっと眩しくて…」


「大丈夫ですか? 目が痛くていらっしゃる?」


すぐには目が慣れなかったが、やがて使用人の顔が見えるようになった。

アサという名の、家令の娘だった。



アサは言葉を続ける。


「ご存じとは思いますが、御館様が、兵士と従者たちを率いて国境へのいざこざに向かっておられます。その、酷なのですが、供を連れて貴方も来るようにと言付けを賜っております」


国境の隣国の領主と幾度も紛争があった。わたしはこの地の領主の末の娘で、何年も前からそういった戦争に参加している。

しかし病気がちで、目が弱いので、このように出陣に遅れることもしばしばあった。


ああ、体がだるくて重い。精神状態も暗くなっており、とても戦いに高揚するような気分ではない。しかし来いと言われて嫌ですと答えるわけにはいかなかった。


祖父は父も母も無くし、残された私と姉で役割を完全に区別していた。

姉は祖父の後継者として兵たちの棟梁として育てられているが、私は法術の才能があったので、前線向きの兵の将として育てたいらしいが、明らかに私には心身ともに向いていない気がした。


私はアサに言う。

「すぐに支度をするから、供に連れていける兵士を呼び出して。ムラキと、アベの二人でいいから。あとは従者を必要数に。部屋で待っているから、到着したら呼んで」


「畏まりました。すぐに話を通します。ムラキ様に、アベ様でございますね。明日の朝、ですか?」


いつまでに準備させればいいのだろう、ということだろうか。


「すぐに。準備ができて到着したら、何時でももう行く」


「畏まりました」


アサは首を軽くうなずけると、足早に踵を返した。私が起きるのを待っていたのかもしれない。

実際本当は夜のうちに行きたかった。朝になるとまた目が疲れてやられる。まったく行動できなくなるわけではないけれど、できれば行動は夜にしたかった。夜の間に行軍し距離を稼いで、日中眠り、という具合がいい。

そう思って早く出立できるように、部屋に戻って支度を始めた。


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