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澤山国を越えてしばらく経ったあたりで、休止を取っているころ、瑞葉様から意見があった。


「私たちの馬車の護衛のために、術師を一人、私たちと同じ馬車に乗り込んでほしいのですが…。付き人に法術を使えるものが一人おりますが、彼だけでは不安で…」


なるほど、それもそうだ。しかし付き人に法術を使える者がいるなら先に言ってほしい。戦力に計上したかったのに。

「わかりました、兵士を一人つけます。思い至らず申し訳ありません」


と言いつつ、そうしなかったのは、兵士の兵力を分散したくなかったからだ。襲撃があればすぐに対応できるし、使い慣れた三人の兵士を手元に置いておきたかった、というのもある。


「できれば貴方がいいのですが…」と瑞葉様は言う。


わたしは隊の指揮がありますので、と断ろうかと思ったが、護衛隊の指揮官が護衛対象である瑞葉様から離れているのはよくない、とも思った。向こうの意向や意見を聞けないし、今後の関係を円滑にするために、親交を深めておく必要もある。


瑞葉様が懸念されるのは、今朝がた街道で発砲音がしたからだろう。

この辺は兵士崩れの夜盗が出ると聞く。

この辺の夜盗は決して烏合の衆ではなく、戦乱で何らかの事情があって野に下った兵士たちが銃兵を率いて略奪を繰り返している、という話を聞いていた。


中にはかなり高位だった兵士もいるし、街道を金品を乗せて走る私たちは格好の略奪対象だと言えた。


そうはいっても、こればっかりは回避できない。積み荷を運ぶ荷車も、私たちが乗る馬車もようやく新調したばかりで、夜盗のために破棄して街道を逸れるなんて選択肢はとれないし、そのために私たち護衛がいるのだから。前回のように一国の軍隊が相手ならともかく、夜盗に怯えて道を逸れるなんていう真似は出来なかった。


関東は実際夜盗が幅を利かせ、彼らは関東では兵賊と呼ばれているらしい。

中には領主のように、幾つかの集落や町々を支配して、庇護するためにゼイキン、まで取っているらしい。


関東で夜盗と言えば、笑って済ませられる相手ではなかった。



パン。


乾いた音が響く。また銃声だ。


街道の行く先から大声でだみ声が響く。


「積み荷を置くか、死ぬか、選べ!」


場が静まり返る。瑞葉様ご一家も不安そうにしているが、清人様は首を横に振った。


私は馬車から顔を出して、近くの従者に耳打ちして叫ばせた。


「積み荷は置けない! 無理にでも通る!」


従者にそう叫ばせると、遠方から銃声が二発聞こえた。


攻撃というよりは何かの敵の合図だろう。


それから数秒もしないうちに一斉に街道の草むらから敵がなだれ込んできて、駆け寄って発砲を始めた。従者の幾人かが倒れる。馬車にも数発当たったが、私たちには当たらなかった。


「ここにいてください」


瑞葉様にそう言うと、彼らは不安げだった。特に二十歳を越えたばかりだという二人の姉妹は怯え切った様子だった。


馬車を出て、扉を閉めると、外にいた大王家の付き人に言った。


「法術が使える付き人は護衛についてください」


眼光の鋭い付き人が答える。

「わかっている」

そう言うと馬車に乗り込んだ。


賊たちはまとまって行動せず、統率なくばらばらに銃を発砲している。

それは、実は効果的だ。

兵士の法術は派手な術が多いから、まとまって攻撃力を高めるより、散って行動したほうが生存率が高い。


まず兵士の従者を殺して、孤立した兵士を精神的に追い詰めながら専門の兵士狩り部隊で殺すのを狙うのは戦の常道だった。


兵士には呪物による自動防御ー自動的に具象する障壁、のようなものがあって、銃砲や鉄剣では殺せない。しかしこの見えざる盾には穴があって、上位の法術による攻撃の他に、毒殺や超至近距離での爆破、といった類では、殺せることもあった。

しかしそれは呪物の性能によっては防御できる場合もある。

そこでいろいろな手段で兵士を殺すための、専門の部隊が軍に配置されているのが普通だった。中には毒ガスを扱うところもある。


突然私に向けて突撃してくるものがいる。

一人…いや、その他に二人。


手には筒の長い銃に鉄剣をつけたものをこちらに向けながら、もう片方の手になにか包帯で包まれた丸いものが見えた。導火線も見える。あ、やばい、自爆する気だ。


超至近距離で爆破して殺す、ということだろう。


確かにそれで殺せる兵士もいる。私をそれで殺すのは無理だけど、ここで爆破されたら馬車がやばい。


目を閉じる。「念仏でも祈れ!」すぐに賊から罵倒が飛ぶ。「死ね」と私は言った。


左手の呪物の起動のための一瞬の集中。近づけば威力が高まる生命簒奪の法術。「死ね」もう一度言った。声が聞こえる距離にまで近づいていた自爆する気の従者は、走っていた勢いのまま足がもつれて盛大に転んだ。

「死ね、動くな、呼吸するな、止まれ、思考するな、動くな、見るな、耳をふさげ、止まれ、死ね」今までの経験から、法術で命を吸い取るとき、相手が怯えたほうが僅かに吸い取る速度が速まる。


だから、相手へ死を連想させる言葉を吐き続ける。それが呪文のようで、魔女を連想させるのかもしれないと自分で勝手に思っていた。


兵士対策をされた賊は厄介だな。ムラキとアベは自爆する手段で死にうる。


しかし歩きながら呪いの言葉を吐いて、逃げ遅れた味方の従者ごと賊の命を吸っているうちに、情勢はこちらに傾いてきた。

味方は私から逃げ回っているが、賊はそれを追っていく。その追った後姿を眺めながら、命を吸っていく、という作業じみた攻撃。


たまに突撃してくる自爆する従者も、その目的を達せないまま静かに死んでいく。遠くでは死にきれない様子で呼吸を必死に吸って倒れ、もがいている賊の姿も見えるが、近辺では即死に近い様子で死に顔も穏やかだった。


至近距離ほど死亡速度が速まる。握手できる距離なら即死に近い。


この法術も見てないと命を吸い取れないので、馬車や家などの遮蔽物の中にいると命を吸い取れないという弱点もあったが、もう一つの法術のおかげでその弱点も克服できている。


まして私の法術について知らず、対策を打っていない賊など相手にならなかった。よほど高位の兵士がいれば話は別だが。



「草むらに隠れてればよかったのに」私は死んだ賊の骸にそう独り言を言った。


遠くの幾つかの地点でまだ銃砲が鳴っている。遠くに逃げすぎた賊の集団をいくつか見落としたか。


しかし瑞葉様の護衛があるから、この場を離れられないし、彼らに追いつく足もなかった。


呪物への力の供給を解除する。私は馬に乗れないので、馬を駆って疾走することもできない。


アベやムラキ、ササキも歴戦の兵士だから、心配だけど、救援にはいかない。動けないし。しかしクラベについて思い至って、彼は死んだら困るんじゃないかと冷え切った感情の中で思った。


ああ、どうしよう、探しに行くのも本来の役割から許されないし、死んだらそれまでだよね。


しかし妙に気になる。クラベが死んだら死後に見たあの神との話の現世における手掛かりがなくなるし、なにか重要なものを損失するような焦りが感情に渦巻いた。


そうはいっても私の法術は万能じゃないし、できることとできないことがある。


とりあえず考えを現況に向けて、賊がこちらの金品を狙って、再びこちらに帰ってきたら殺そう、と思って、馬車にもたれかかった。疲れたから。また死にそう、と思いながら、大きく息を吐いた。


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