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7「誰にでも優しい君が、誰にも興味がないことを、誰であろう僕だけが知っている」
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人の感情をラジオのナレーションに例えるのは、ひなせという媒体で、彼女が移し替える感情と意味の置き換えは、特別なものだと思う。
「特別にならなきゃいけないと、昔から教えられてきたから」
東京駅で新幹線に乗る時間が迫っていた。「元二の安西に使いするを送る」と言って、彼女は七言絶句を暗誦した。
「野心がなければ人生はきっとつまらない」
「ひなせの野心は?」
「生きること」
「それだけ?」
「善く生きること。別に何かを求めているわけじゃない。でも、自分を偽らず欺かずに生き通すこと」
「理解できない」
「理解されたら、人生は終わり。自分が理解できない自分がいるから、人生にはレバレッジが効く」
「自分を理解していない?」
「少なくとも他人が自分に対して貼るラベルと、自己像が一致したことはない。一言で、私のことを表現してみて」
「孤独」
ひなせは微笑んで言った。
「孤独じゃない人なんていないし、孤独じゃないなら人間である意味はないよ」
僕はもう少し話したかった。もう少し話せば、何になると言うのだろうか。それでももう少し。
僕は新幹線に乗り、イヤホンをつけて音楽を聴き始めた。脳裏で全てがかき消され、ひなせはモニュメントになった。
それは好きなゲームのフィギュアが、ゲームに飽きた後なんの感興も起こさなくなることに似ていた。
ひなせは、全てを説明した。全てに意見があった。一つのソリッドな達成で、僕にとっては過去の遺蹟だった。
自分の中にひなせの言葉はないのに、ひなせをよく知っている気がしていた。捨て去るのになんの躊躇もなく。
ひなせは、僕をどう思っていたのだろう。それにまして僕は、ひなせをどう思っていたのだろう。
最初から何もかもに関心がなかった僕は、ひなせと同じようには振る舞えない。もし仮に、同じ立場だったら、東京駅に見送りに行けるだろうか。
ちゃちな妄想で、好きだと勘違いされる〜、なんて思って、チャットでお茶を濁すだろう。
ひなせは、どんな友達にも「あなたのことが好きだ」というメッセージを送る。それが彼女にとっての一つの「高貴なやり方」として確立された振る舞いで、そこには本当の気持ちなんて微塵もこもっていないはずなのに、人はそれを受け取って喜んだり怪しんだりする。
好きの意味がわからないから、好きだと言ってはいけないなんて、一体誰が決めたんだろう。ひなせは、見えないまま「歩いて」いる、誰が歩くなと言えるのだろう。どうして見ろと突きつけるのだろう。
彼女が何も恐れていないという予断を、どうして僕は最初に採用してしまったのだろう。
彼女の別れた後の表情を想像すると、すぐ「明日も頑張ろう」と肩を上下させる仕草が浮かんでくる。まるで自分がなんの価値もないみたいに素通りされる気がして、嫌で仕方がないのに、その仕草が好ましいと思うのは、果たして一体どうしてなんだろうか。
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ハンカチを口に咥えて、手を洗うところを見たらきっと、普通の女の子だと気づくはずなのに。




