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4「誰にでも優しい君が、誰にも興味がないことを、誰であろう僕だけが知っている」
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その言葉は、ひなせの諦めでもあったのかもしれないと、僕は後から回想する。
孤独で誰からも理解されないことを、まるで彼女が悩んでいるかのように扱ったのが、よくなかったのだろうか。
違う存在。なんて、当たり前のことのような気もする。種としての超越はなくとも、ある人の脳と別の人の脳は、もうすでに大きな隔たりがあるように思える。でもそれはまだ、解剖学的な見地で測れるほど大きなものではないはずだ。
優しさが、まるでただ優しいだけだと言い換えられるように、つまりただのキャラクターだとみなされるかのように、僕らの認識を歪ませた。
彼女が優しさの陰で涙を流していたかもしれない。というのはあまりにもナイーブなレトリックだけれど。
僕は、彼女が待ち合わせ場所でみんなを待っている時に、いつも三十分くらい早く来て、本を読んでいるのを知っていた。その立ち姿は、やはりそうかと思うほど峻厳な山峰なようで、声をかけられると雪崩が起きて雪が払われ、山肌が柔らかい色を取り戻す。
「厳しい顔してたね」
「ん? なんのこと?」
可愛らしく笑む。「作りものだよ?」
***
たぶん、ひなせは自分のことをよくわかっていない。
他人がひなせを見て思う像と、ひなせが思っている他人の目から見ての像は、全く違う。
ひなせは自分のことを深みのある文節した複雑な人間だと思われていることを知らない。
彼女は自分のことを単純な人間だと仮定している。他人を単純だと思い込んでいるから。
「そんなことないよ。人間てのは複雑な存在だよ」
そうひなせは言うだろう。
「それは複雑な方がいいっていう予断があるね」
ひなせは黙った。それから、少し間をおいて、また笑顔を見せた。「人を見下すのは気持ちがいい?」僕は聞いた。
「もしそれが禁じられているとしたら、実に」
淡々と言葉を空気に含ませる。空気が藍色に染まる。「誰にも羨ましく思われたくないから。それは自分に課しているんだよ? 俗悪な人間であることは、誰とも共有している事実だから」
「ひなせは、人間じゃないけどね」
「そうね。そうかもしれない」
「何を共有しているって?」
「人間であること」
「そんなこと、どうやってわかる?」
「想像によって」
「それは、まさにわからないことの表現の典型じゃないの?」
ひなせは笑った。
「霞は想像しないの? 想像して、幸福を想像して、初めて人間は幸福になる。与えられたものは自分の想像力だけで、それを駆使して初めて人間になる。としたら、確証を得るためだけの哲学なんて、必要ないと思わない? 相手の牌を想像することは、麻雀の基礎的なルールだけど、牌が見えないのも麻雀でしょ? 想像が武器になることも仇になることもある。でも、想像しないことは、私にはあり得ない。そしてあり得ないことをみんな簡単にやってのける。何か理由があるのかな?」
「想像は、ほら、わかりにくいから」
「それはご飯を食べるのに箸がないみたいなもの。もし、想像しないのだったら、どうやって彼らは生きているのかな?」
その想像は、かなり野蛮だった。まるで人のことがわかっていない。
「生物が想像力というものを身につけたのは、時間的に最近だと思うよ」
僕は言った。ひなせは否定した。
「精神は、全ての存在に宿っている。一つの器みたいなものだよ。そこには確かに何かの意味がある。つまりどういうことかというと、その器に意味を集めることが、私たちの人生の特別な目的になる」
「人はそうは思わないはずだ。つまり、ひなせには特別な目的があって、僕にはその目的がない。でも、僕たちは同じ人間だよね?」
ひなせはうなずいた。そのようにひなせは想像するはずだ。「不死の話は面白かった。つまり逆に言えば、死ななければ人間の命が有限だということは証明されない」
「論理的にはね。でも私は、自分が不死身だとは思ってないけど」
「ひなせは人が死ぬことを知っている」
「霞もそうでしょ? つまりそこに『生命の有限性を共有している』という二人がいる」
「それは僕が異星人でも成り立つかもしれない」
「でもそれよりずっと、私たちは同じ人間だと言える。何が支えているかわかるでしょ? 他にも多くのことを共有しているから」
「証明は?」
ひなせは首を振った。




