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1「誰にでも優しい君が、誰にも興味がないことを、誰であろう僕だけが知っている」
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《優しさというのは、無関心の砦である》
僕が考えたことわざ。それは、僕が彼女について知っている唯一のことと言っても過言ではない。
最近わかったことだけれど、彼女は誰のことも認識していない。知らない。
もちろん、名前と顔は流石に覚えている。キャラクターだって把握しているかもしれない。でもたぶん、普通の人が簡単にできる「他者を知るということ」に関して、彼女はことごとく眩んでいた。
「よくわかるねえ」
彼女は「ひなせ」と呼ばれていた。ひなせに、世間話から寄り道して「人のことわからないでしょ?」と聞いた。
「うん。全然わからない。でもわからないことがわかっているから、不便はないよ」
あの快活で、誰に対しても優しいひなせが、実は他人に全く興味がないのにはいくつかの理由がある。
「たとえば?」
「ひなせには可愛らしいところと、頭のいいところがある。人を羨まない」
「ああ、そうだねえ」
「孤独が怖くない」
「それは、確かにそうかも」
「大好きな人がいる」
「秘密だよ?」
ひなせの優れた点を挙げれば挙げるほど、ひなせが非人間的に映る。でもそういうところに、僕は純粋に惹かれていた。
***
ひなせのアドバイスは実に的確だ。人間のことがよくわかっている。
落ち気味の時のやり過ごし方を聞くのに、ひなせほど適した存在はいない。
鬱っぽい人は、ひなせから元気をもらう。なんの下心もない優しい言葉に、人はいつも救われる。
ひなせの周りにはいつも人がいて、だのにひなせの位置どりはいつも、一歩引いたところにある。
ただにこにこしているだけでもない。悲しむことも、同情することも実に上手い。
まるで本当に悲しんでいるかのように見える。
肩を叩いたり、手を振ったり、表情を変幻自在に操って、人に共感を伝える。
「霞は、私の何かが気に入らない?」
「そんなことはない。何もかもが本物である必要はないし、本物が何かもよくわからない。そうじゃない?」
「ほんもの。そのワードチョイスとてもいいね」
「本物なんてものがないとしたら、ひなせの振る舞いにケチをつける理由は何もない」
「でも、私が何か本物を損なっていることを、霞は知っている。自分でもよく思う。もし、私が『完全』だったらって。もっと神に近かったはずなのに」
えへ、と言った。
「外在する神に同化することはできない。本物でないことでより、何か無機的な、純粋な意味に近づいている気もする」
ひなせは笑った。
「何かであるというのは制約だし、何かでないというのは不安定だよね?」
「ひなせは、少なくとも不安定ではない。そこには空白の中に空白があり、実体の中に充足する何かがある。不安定なんて謙遜は無意味だよ」




