奪われ続けたわたくしとなんでも欲しがるお姉様。お姉様は最後に笑えるかしら?
10月24日 22:45 ちょっと⋯⋯? 修正入れました。
また修正入れました。10月25日 22:46
「まぁっ!! 本当なのですか?! お姉様とオルト様がっ!!」
「すまない。エリカの姉だと解っていたのに愛してしまったんだ!!
エリカには本当に悪いことをしたと思っている!!
許して欲しいなんて言える立場ではないことは解っているが、どうか! どうか!! 私たちを許して欲しい」
「ええ。勿論許しますわ。
わたくしオルト様のことを婚約者だから愛さなければと思っていましたが、愛せなくて⋯⋯。
これでわたくしの肩の荷も降りるというものです。
お姉様! 本当に感謝いたしますわ!! ありがとうございます。
どうぞお幸せになってくださいませね」
飛び切りの笑顔を二人に向けます。
わたくしは元々用意していた婚約破棄の書類をテーブルに置いてオルトにサインを求めました。
「こちらにサインをいただければわたくしとの婚約は破棄されますわ」
スッとオルトの前に押しやる。
背後に置物のように立っていた執事のシューンがインク壺とペンを差し出す。
オルト様は嬉々としてペンを受け取る。
アリサが不審げな顔をしているのが気分がいい。
さぁ、オルトのサインが貰えると思った瞬間、アリサがそれを押し留めた。
「エリカ。貴方本当にオルト様のことを愛していなかったの?」
「愛していたように見えたかしら?」
「見えていたわっ!! 負け惜しみを言わないでっ!!」
「それはお姉様の勘違いだわ。わたくしはお姉様とオルト様の関係を心からお祝いいたしますわ。お姉様、本当におめでとうございます」
わたくしとアリサが話している間にわたくしとの婚約破棄の書類にサインを済ませて、アリサとの婚約の書類にサインまで済ませていました。
「あら、オルト様。サインありがとうございます。お姉様、おめでとうございます。ご婚約が今、成立いたしましたね。ご結婚は早いほうがいいのではありませんか? お腹の子が目立ってからでは恥をかいてしまいますものね」
「なぜ妊娠のことを知っているの?!」
「安心してくださいね。お二人の関係は何時から始まったのかもすべて知っていますわ。なので、こんなこともあろうかと教会は押さえてありますわ。
お姉様のお腹の膨れ具合でドレスは着られないかもしれないと思いまして一刻でも早く入籍できるように準備しておりました。ただ親族だけ参列する小さな、それはとても小さな結婚式になってしまいますが本当に喜ばしいことですわ」
アリサは絶句し、オルトはとても喜んでいる対称的な二人が面白いです。
「お姉様。この家のことは心配いりませんわ。
万が一のことを考えてわたくしも領主教育を受けていましたのよ。
お父様からはお姉様より出来が良いと褒めていただけているほどなのですよ」
アリサが何をいいかけた時、『バンッ!!』と大きな音を立てて応接室の扉が開くと共にお父様が入ってこられて、シューンがオルトがサインした書類を手渡しています。
お父様はそれそれはいい笑顔で受け取り、サインを確認してシューンに渡して「今すぐ届けてこい」と御命じになりました。
アリサが「待って!!」と叫んでいましたが誰もアリサの声に耳を貸したりしません。
ただオルトだけがアリサの態度をおかしく思ってオロオロとされています。
わたくしはオルトがサインした書類の一部を差し出し、一文を指さしました。
「オルト様がサインされた書類は婚約破棄になります。
オルト様の不貞による破棄になりますのでここに書かれている通り、婚約破棄の賠償金、金貨百枚の支払いをしていただくことになります。
支払いはいつ頃になりますかしら?」
「えっ?! 金貨百枚?!」
「ええ。だって金貨百枚を支払うとサインされましたでしょう?」
「いや!! でも私と婚約したのはアリサ。君の姉君じゃないかっ!!」
「お姉様とわたくしは別の人間でしてよ。わたくしに与えた損害はわたくしに支払うべきものでしょう?」
「それは⋯⋯!!」
「できればお姉様との結婚までにはお支払いくださいね」
わたくしはアリサの方に視線を向け満面の笑顔で話しかける。
「お姉様。オルト様の屋敷へとお持ちになる荷物の準備はしてありますので、このままオルト様とご一緒に行かれることをお勧めいたしますわ」
「ちょ、ちょっと待って!! わたしはオルトと結婚なんかしないわっ!!」
「えっ?!」
オルトが目を剥いていらっしゃいます。
「エリカがオルトを愛していると思ったから奪ってやろうと思っただけで、本当はオルトのことを愛してなんかいないのよ!!」
「でも、妊娠までしてしまうとどうしようもありませんもの。お姉様は本当にわたくしのものは何でも欲しがるのですから。困ったものですこと」
「解っているならエリカがいらないものをわたしが欲しがるわけ無いでしょう!!」
お父様が使用人たちを呼んでオルトとアリサを、オルトが乗ってきた馬車に乗せるように指示しました。
アリサは「いや! やめて!!」と叫んでいましたが、わたくしも一緒に馬車に乗り込むのだと気がついたアリサは大人しくなりました。
「コーンベルト子爵様。本日は突然押しかけて申し訳ありません」
「いや、かまわないが⋯⋯。何があったんだね? アリサ嬢と何やら荷物が届いているようなのだが?」
「何から話せばいいのか⋯⋯と悩んでしまいますが、端的に申しますとオルト様とわたくしのお姉様が浮気をしてお姉様が妊娠してしまいましたの。それで二人の強い願いでわたくしとオルト様は婚約を解消することになりました。
当初の予定通り、お姉様をこちらに嫁がせることになりました」
「そうか。当初私は噂を信じていたからアリサ嬢をオルトの妻に迎えたいと思っていたが、噂はあくまでも噂なのだとエリカ嬢と接して思い知ったよ」
噂というのはアリサが適当に『両親に愛されていなくて不遇の立場なの』と言ってみたり『エリカは両親に嫌われているのよ』とか『わたしがオルト様に愛されているのに婚約者の立場を奪ったの』とか『我が家は親戚から養子を迎えるの』等などあることないことをあちらこちらで話すものだから噂が錯綜してしまって何が本当か解らなくなってしまっていました。
「情報収集は大事だということをわたくしも改めて思い知りましたわ。
ですがお姉様が妊娠しているので一日も早い入籍をさせなければなりません。
ということで今週末にリリースター教会を押さえております」
「随分と手回しがいいのだな」
「初めにお姉様を望んでらしたのですからご満足頂ける結果だと思っております。
結婚式は家族だけの小さな挙式となりますが、お姉様のお腹が膨らんでは皆から何を言われるか解らないので⋯⋯」
「妊娠させるなど愚かなことを⋯⋯。オルトの目は本当に節穴だな」
「ええ。子爵様のお気持ちは解ります。
わたくしも二人の関係を知ったときには子爵様と同じく動揺いたしましたが、起こってしまったものはもうどうしようもありません。
淡々と現実を受け入れるだけです」
「ああ、そうだな。エリカ嬢が取り乱していないのに私としたことが恥ずかしい事を言った」
「いえ。それともう一つ子爵様にお伝えすることが⋯⋯」
オルトがサインした書類を差し出す。
子爵はオルトとは違い一文も逃さず目を通したようだ。
「金貨百枚の支払い?!」
「ええ。わたくしの名誉を傷つけたのですもの。それくらいの賠償はしていただけますよね?」
「オルトはちゃんと目を通さずにサインしてしまったのだな」
「はい。残念なことに。ご覧の通りです。オルト様には書類にサインするときは些細な一文も読み落としがないように教育しなおしたほうがよろしいかと」
「届け出はもう済んでいるのだろうか?」
「ちょうど今頃済んでいるかと思います」
「解った。支払うしかないようだ。高い勉強代になってしまったよ」
「よろしくお願いします。今週中で問題ないですか?」
「二人の結婚式より支払いは早く済ませよう」
「わかりました。では姉はこのまま子爵家でお引き取りくださいませ。
お父様はほんの少し腹を立てていらして⋯⋯。
結婚式以降はお姉様と関わりたくないと申しております。
お姉様のことはコーンベルト子爵とオルト様にお任せいたしますね」
「⋯⋯解った」
階上でアリサが当たり散らす声が聞こえてきましたがわたくしもアリサに関わりたくないので聞こえなかったふりをしてコーンベルト子爵邸を後にしました。
屋敷に帰るとシューンが戻っていて、滞りなく届けが済んだことを知らされました。
お父様に呼ばれ執務室の中に入るとシューンがハーブティーを置いてくれる。
ミントとオレンジの香りが鼻に抜ける、わたくしの好きなハーブティーだった。
「エリカ。よくやった!! 何もかも予定通りだな!!」
「ええ。本当に予定通りになって良かったと思います」
「教育を嫌がりその上、人の物を何でも欲しがるアリサにこの家を任せることは出来ないからな」
「わたくしが婚約してその方と仲睦まじいふりをすれば必ず手に入れようとすることは解っていましたから。
策略というには恥ずかしい程度のことです」
「いや、エリカは本当によくやった」
「ありがとうございます。
ところでわたくしの婚約は何時頃になりますでしょうか?」
「アリサの結婚式が終わったらすぐだな」
「解りました。お相手は⋯⋯」
「前から決まっていた通り、エバンス家の次男のダジュール様だ」
「ふっふふ。お姉様が悔しがるのが目に浮かびますわ」
「しかしアリサの育て方をどこで間違ったのやら⋯⋯」
「お父様たちは何も間違ってなどいませんわ。本人の資質だったのですよ」
そう、本人の資質とアリサがわたくしの物を欲しがるように、子供の頃からわたくしがアリサの欲を刺激して楽な方へと身を任せるよう誘導しただけです。
アリサの思慮が足りなかっただけです。
だってわたくしは最後には欲しいものは何でも手に入れないと気がすまない性質なんですもの。
アリサが六歳だったから、わたくしが三歳の頃だったかしら?
お祖母様がいらした時にお土産にと、わたくしに黄色いリボン、アリサに青のリボンをプレゼントしてくださったわ。
アリサは元々青い色を好んでいたのでおばあさまはアリサに青いリボンを選んだのだけれど、わたくしがいただいた黄色のリボンは青いリボンよりとても上品に見えて美しかった。
お姉様はこの時わたくしのリボンから目が離せずにいました。
「お姉様⋯⋯わたくしのリボンが欲しいの?」
「黄色いリボン!! わたしにくれるの?!」
「嫌よ⋯⋯?!」
お姉様の視線から見えるように背後に隠しました。
「意地悪言わずに黄色いリボンをちょうだいっ!!」
いやいやと首を横に振って二〜三歩後ろに下がると面白いようにアリサは食いついてきて、わたくしから黄色いリボンを奪い取った。
その翌日、アリサの髪型はツインテールで、右の髪に黄色、左の髪に青いリボンを結んでみんなの前に現れた。
それはとても嬉しそうな自慢気で勝ち誇ったような笑顔で現れました。
後で両親と祖母に事情を聞かれて、アリサに取り上げられたことを告げました。
「お祖母様にせっかく頂いたお土産を取られてしまってごめんなさい」とわたくしは涙を流して謝りました。
そうするとアリサが勉強している時間に、お祖母様が買い物に連れて行ってくださると仰って、アリサが持つリボンより高価な桃色と赤のリボン。それと大きなテディベアを買ってくださいました。
「エリカ、アリサが欲しがるとまた取り上げられるかもしれないから、上手に隠しなさいね」
お祖母様と両親にそう言われてわたくしは頷きました。
「そうします」
それからは本当のお気に入りだけはアリサには絶対に見せませんでした。
失ってもかまわないものだけをアリサに見せ、さも気に入っているように見せかけました。
それからアリサがわたくしの物を欲しがれば欲しがるほど、こっそりと両親がいろいろな物を買ってくれるようになったのは嬉しい誤算でした。
年頃になり婚約話は順当にアリサに来ました。
お父様が「アリサには高位貴族の妻にはなれないだろう」そう言ってコーンベルト子爵家のオルト様を姉の婚約者にと選びました。
けれどわたくしがお父様に少し考えて欲しいとお願いしました。
「お姉様と婚約させても破棄するだけだと思います。
またきっとわたくしの物を欲しがると思いますからお姉様に合う方とわたくしが先に婚約した方がいいと思いますわ」
お父様はわたくしの瑕疵になってしまうからと渋ったけれどわたくしの言い分が正しいことには理解を示しました。
そしてわたくしがオルトと婚約することになったのです。
コーンベルト子爵は少し不満顔でしたが我が家から嫁を迎えられるということで一応納得してくださいました。
わたくしが婚約して数日で、アリサは当然のようにわたくしの婚約者であるオルトを欲しがり、手に入れるためにオルトにあの手この手で迫っていました。
当初はオルトも戸惑っていましたが一応はアリサを拒否していたのですが、わたくしとオルトが仲が良いとアリサが感じ始めてからのアリサの迫り方はあからさまで、二人が体の関係になるまでに一ヶ月も掛かりませんでした。
オルトは純粋と言っていいのか浅慮と言えばいいのか判断がつかないほどあっさりとアリサに騙され、陥落してしまったのです。
アリサには『当初はわたしとオルトが婚約するはずだったのに!!』という気持ちがあったのかもしれません。
それは見ていて呆れるやら面白いやら、わたくしに色んな感情を味あわせてくれました。
わたくしは、アリサが妊娠しやすいように排卵を誘発する薬を飲料水に混ぜるよう使用人に指示していました。
そのおかげなのか、避妊もまともにしていなかったからなのかは解らないけれど二ヶ月間、体の関係を持ち続けてお姉様は妊娠しました。
直接検査を受けさせるわけにいかなかったので家族の定期検診の時期を早めて確認させました。
お姉様はこの時、自分が妊娠しているとは考えもしていなかったでしょう。
アリサの結婚式はすんなりと始まらず、予定通りに終わりませんでした。
コーンベルト子爵家ではたった一週間足らずでアリサを持て余しているようでした。
我儘になるようにわたくしが手塩にかけて育てたのだもの。
これから子爵家は大変でしょうね。
親族総出でアリサを落ち着かせて、なんとか結婚式が始まったのは予定より二時間遅れで、終わるのは更に一時間必要でした。
アリサは始終「こんなはずじゃなかった。エリカが⋯⋯」と口にし、用意できなかったウエディングドレスを着たいと涙しました。
「わたしは世界で一番美しい花嫁になるはずだったのよ!! それなのにデビュタントで着たただの白いドレスで結婚することになるなんて!!」
「お姉様にわたくしのデビュタントのドレスをお貸ししても良かったのですけれど、余る胸部分は詰めることはできるけれど、衣装のウエストを広げることはできなかったのですもの⋯⋯。仕方ありません。
お姉様のお力になれなくて申し訳ありません。
けれど終わり良ければ全て良しといいますわ。
結婚式は望みの通りにいかなかったかもしれませんけれど、これからはお姉様の望みどおりになるようにされればいいのですわ」
「⋯⋯そ、うね⋯⋯。そうよ!! わたしはこれから幸せになるのよ!! エリカ、本当にごめんなさいね。貴方の大切なオルトを奪うようなことになってしまって」
わたくしがオルトを愛していないということを忘れたようです。
「いいのです。お姉様が幸せならそれで」
私の潤んだ目を見て満足したのかアリサはオルトの腕に手を絡めて帰っていきました。
翌日。わたくしの婚約が正式に発表されました。
アリサはわたくしの婚約者がダジュール・エバンスと知って、家の跡継ぎがわたくしだと今頃気がついたようでした。
アリサは屋敷に乗り込んで来て門番と騎士に阻まれ、最終的にお父様が対応しました。
お父様が疲れた顔をしてアリサは「この家の跡継ぎは姉であるわたしよ」とお父様に殴りかかったそうなのです。
当然、騎士たちに阻止されましたけれど。
あっ! そうそう。 金貨百枚はアリサたちの結婚式の前日に子爵自らお持ちくださいました。
お陰で滞っていた領地の整備に手を付けることができました。
今年からは嵐が来ても不安になる必要はなくなるでしょう。
ふっふふ。
わたくしは子供の頃にアリサが欲しがる物はアリサに捧げたわ。
本当に欲しいものは隠し通したけれど。
だから⋯⋯大人になったわたくしはすべて手に入れる番でしょう?
お姉様は子爵家夫人。
そしてわたくしは我が家、チェンバイン侯爵になるのです。




