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第37話 資産武道会 準々決勝4.2 緋の侍フリーvs年初一括部長 後編

「そろそろ終わりにするか」


それは、まるで淡雪が溶けるような声だった。


けれども……会場全体の空気が、一瞬にして凍りつくのを感じた。緋の侍フリーの口からその言葉が紡がれた瞬間、誰もが悟った。


これまでの戦いは……準備運動にすぎなかった。


「くっ……!」


年初一括部長の顔が強張る。冷静沈着な男の顔から血の気が引いていくのが、観客席からでもわかった。


「ッ……貴様ァ……!」


部長が構え直す。すでに彼の資産ゲージは半分近くまで減っている。年初一括の大技を連発した当然の結果だ。だが……それでも、まだ戦う意思は失っていなかった。


「投資とは……信念だッ!」


彼の声が響く。


「市場を信じ、己を信じ、タイミングを信じるッ!それが――年初一括投資の魂ッ!」


吠えるように叫び、部長が地面に両手を叩きつけた。


「戦略チャート展開ッ!!」


地面に魔法陣のようなグラフが広がる。それは過去10年の株価チャートを圧縮し、今この場に再現した戦略陣地。年初一括の全力を象徴するフィールド。


「見ろ! 市場は上がっていく! 一時的な下落はあれど、長期的に指数は右肩上がりだッ!!」


フィールドの中心に、青白いエネルギーが渦巻き始める。次の一撃に全資産を注ぎ込もうという構え――捨て身の全力攻撃。


でも、そのときだった。


フリーが、まるで深い溜息のように、静かに右手を掲げた。


「資産流転……「白虎」」


ズズンッ――!!


一瞬、何が起きたのか誰も理解できなかった。世界が、揺れた。空気が逆流し、音すらも吸い込まれた。赤と白の光がフリーの掌から放たれ、まるで白虎の牙のように広がる。


ドゴンッ! ドゴンッ! ズシャアアァッ!!


フリーが瞬間的に間合いを詰めたかと思えば、足が、拳が、刃が、炎が、旋風が、次々と年初一括部長を襲った。


「はやっ……!? 何が……何回攻撃したんだ今の!?」


俺が思わず立ち上がると、隣のハイレも目を見開いていた。


「ちょ、ちょっと待て……今の攻撃、十回? いや二十回? もっとか!?」


「連撃速度が……見えない……!」


ブリジットが小さく震えていた。あの彼女ですら、だ。


「チッ……これが、圧倒的資産から生まれる、暴力……!」


ランスが低く唸る。


「資産量が……速さに変わるなんて……!」


フィールドの中心で、年初一括部長が防戦一方になっていた。


だがフリーの連撃は止まらない。拳、蹴り 突き――そのすべてが技であり、暴力であり、そして資産の象徴だった。


「ぐぅぅぅぅ……っ!!」


部長が叫ぶ。必死に防御の体勢を取るも、既に資産の大半を使い果たしている彼のガードは、紙のように薄かった。


「これが……これが限界ッ!! 年初一括最大技ッ!!」


彼が放った最後の技、それはまるで光の壁のような――渾身の一閃。


しかし。


その一撃が、フリーの胸に命中した瞬間、何も起きなかった。


本当に、何も。


煙も爆風も、相手の悲鳴もない。ただ――


フリーが、ゆっくりと、ほんの僅かだけ首を傾げた。


「ふむ。資産の投下タイミングは重要だ。しかし、重要なのは……更なる資産の積み上げだ」


次の瞬間、緋の翼が完全に展開される。


「喰らえ――「朱雀」」


リングの端から端まで、赤と黒の光が爆ぜる。直撃を受けた年初一括部長が、バリアごと吹き飛ばされた。


ドンッ!!


壁に叩きつけられた彼のスーツが破れ、戦略チャートが砕け散る。資産ゲージは――ゼロ。


「……終わった……」


俺は震えていた。


リングの中心、微動だにしないフリー。その資産ゲージは……開始時から、ほとんど減っていなかった。


「……あれだけの攻撃をしても、フリーのゲージは……ほんの数ミリ減っただけ……?」


「いや……本当は減ってるはず。でもな……保有資産が桁違いなんだよ……」


ハイレが呆然と呟く。


「100の中の1を使っても、残り99だぜ。バーなんかほとんど動かねぇ……!」


ランスが淡々と補足した。


「資産の使い方ではなく、資産の絶対量が違いすぎる。これが、フリーの強さだ」


俺は、その圧倒的な存在に目を奪われながら……ふと思った。


この男が……もし本気で資産運用という名の戦争を始めたら、どれだけの国家がひれ伏すのか。


観客席に静寂が戻る。誰一人、歓声を上げる者はいなかった。


「勝敗ッ!! 緋の侍フリーッ!!」


アナウンスが響いた時、誰もが、納得するしかなかった。


あれは――


「絶対王者だ……!」


俺の声は、誰にも届かないほど、小さなものだった。

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