第35話 資産武道会 準々決勝3.2 ブリジットvs純金仮面 後編
「ブリジット、接近したァア!!」
「距離を詰めるだと!? あの拳を食らったら終わるぞ!!」
会場中が息を飲む。
だが、ブリジットの視線は迷いなく、黄金の脇腹の亀裂を真っ直ぐに捉えていた。
仮面が拳を振り上げた瞬間──
「今だっ!」
ブリジットの短剣が、その亀裂に突き刺さる。
ギィィイン!
金属のきしむ音が響いた。仮面の動きが止まる。
その隙に、ブリジットの手から魔力が迸る!
「《MAG・インフェルノ》──!!」
短剣の魔法増幅装置から、魔力が鎧の内側へと流し込まれる。
内から爆発する魔力。黄金装甲の内部に熱と光が充満し──
ドォォォォン!!
黄金の仮面が、爆音とともに吹き飛んだ!
「な、なにィイイ!?」
「直撃だ! 内部からの爆裂魔法だァァァ!!」
金の装甲がバラバラと砕け散る。
仮面は膝をつき、燃え上がる鎧を抱えながら、地に崩れ落ちた。
ゴォォォォォォッ……
残響がフィールドにこだまし、炎の揺らめきだけが残る。
「……勝った……のか?」
静寂を破るように、観客の一人がつぶやいた。
次の瞬間──
「勝ったあああああああああああ!!!」
「ブリジット! ブリジットォォォ!!」
大歓声が巻き起こる。
実況席も跳ねる。
「奇跡の逆転!! あの鉄壁・純金仮面を撃破したのは、ブリジットだああああああ!!」
ブリジットは、ゼェゼェと肩で息をしながらも、杖を掲げて観客に応えた。
その美しさに、誰もが魅了される。
だが彼女の瞳は、勝利の悦び以上に、冷静な洞察力をたたえていた。
──黄金は強い。だが、それだけでは勝ちきれない。
仮面の拳は圧倒的だった。
だがゴールドとはいえ絶対的ではない。
配当も金利もつかない。
しかもゴールド集中投資である以上、どこかに綻びが生まれたとき、総崩れになる。
「資産は、分散してこそ真価を発揮するのよ」
ブリジットはそう呟き、剣を杖へと戻した。
会場の空に、祝福の光が放たれる。
勝者は──美しき魔法戦士、ブリジット。
「……勝ったけど……」
勝利の喜びは確かにある。だが、それ以上に胸を占めるのは、敗北寸前まで追い詰められたという事実だ。
今の私は、紙一重だった。
「あと一つ、読み違えていたら……仮面がゴールド以外に分散投資していたら……負けてたわね」
仮面の戦術は、まさにゴールド信仰の極致。
その硬さは魅力だったけど……私は、もっと柔らかく、広く、しなやかでいたい。
ブリジットは、戦場の中心に立ち上がり、天を見上げた。
夕日が、魔法の光で染まった空に、薄く黄金色を差している。
準決勝の舞台──そこにはランスと戦いが待っている。
彼は全世界株式、世界経済そのものに人生全てを全力投資する男。
「……今の私では、彼にはまだ届かないわ」
自分がどれほど美しく、魅力的で、戦術眼に長けていようと──現実は非情だ。
ランスのように、全世界の成長に人生を賭ける戦士のほうが、着実に未来を引き寄せる。
だが、それでも。
「私は私の道を行くわ!」
白銀のアーマーは砕けても、心は折れない。
――
「……というわけで、準々決勝第3試合は、美しき魔導士・ブリジットの逆転勝利でしたーっ!!」
実況席が改めてまとめるように叫ぶと、観客席からは再び歓声が巻き起こる。
「いやあ、やってくれましたねえ、ブリジット選手。これは女性人気もうなぎ登りですよ!」
その時、場内の水晶モニターに、インタビュールームの映像が切り替わる。
白いクロークを羽織ったまま、ブリジットが座っている。額にはうっすらと汗がにじみ、戦いの余韻を湛えた凛々しい笑みを浮かべていた。
記者が尋ねる。
「今回、ゴールド一点集中の強敵に対して、どう対策を立てていたんですか?」
「……正直に言うと、相手がここまでガチガチに集中投資してるとは思っていなかったの。」
「では、そこが勝因に?」
「そう。集中投資には爆発力がある。でも、裏を返せば──逃げ場がない。
逆に私は、収益性と分散性のバランスを最重視してた。だから、多少のダメージじゃ崩れないよう構築してたの」
「ブリジット選手にとって分散投資とは?」
彼女は少し黙り──目を伏せる。
「……強さの余裕、かしら」
「余裕、ですか?」
「ええ。私は絶対勝てる勝負なんて信じてない。
でも、どんな相手にも負けにくくなる選択肢なら、ある。
たとえば、全世界株式ファンドとかね。たとえ一国が沈んでも、他が補ってくれる。
個別の銘柄より、ずっと、世界に対して分散された力を感じるわ」
「なるほど……それは、仲間に全世界株派のランス選手がいる影響も?」
ブリジットはフッと笑う。
「……あの真面目くんが言ってるのよ。資産形成は魔法じゃない。時間と分散と低コストが全てって。
うっとうしいけど──まあ、ちょっとだけ、見直してる」
水晶越しに、ランスが控室でくしゃみした。
「ハイレか? オルカか? まさか……ブリジットか?」
「お前、思い当たる節が多すぎるだろ」
――
会場では次の試合準備が進んでいた。
純金仮面の敗退は、運営にも少なからぬ衝撃を与えた。
一方で、次の準々決勝・第4試合では、今大会最大の謎──緋の侍フリー、が登場する。
その出自も、戦術も、一切が不明。
ただ一つ、情報通のブリジットでさえ、過去の記録から「何も得られなかった」という。
「緋の侍フリー──まるで空白の資産ポートフォリオね」
ブリジットは呟く。
──だが、それはきっと「未知の領域」。
仮面のような硬さでもなく、ランスのような分散の安心でもない──それ以上の何か。
「私たちはまだ資産運用の入口に立ってるだけ。
本当の相手は……その先にいるのよね」
彼女の瞳には、新たな炎が灯っていた。
そして、物語は──準々決勝第4試合へ。