第34話 資産武道会 準々決勝3.1 ブリジットvs純金仮面 前編
ギルド武道会、準々決勝第3試合。
紅白の幕が揺れる中、ブリジットの登場に会場は一気に湧き上がった。
「来たぞ! この大会一の華、ブリジットだああああ!」
「女神降臨! これはもう勝ち確だろ!」
「ブリジット様ァァァアア!!」
客席のあちこちで歓声が爆発する。アイドル級の人気を誇る彼女の一挙手一投足に、場内の空気が震えるようだった。
しかし、その姿はいつもと違っていた。
純白のローブに身を包んだブリジットの胸元と両肩には、銀色の光を帯びたプロテクターがきらめいている。
白銀の魔法防具──あらゆる打撃を和らげる特製のアーマーだ。
「ふふ、仮面の拳がいくら硬かろうと、そう簡単には崩れないわよ」
気丈に笑うブリジット。しかしその内心では、いつになく緊張が走っていた。
相手は《純金仮面》。
金の拳を使い、物理で押し切る異質な戦士。しかも、現在は不景気という時流。金の価値が上昇を続ける今、その拳の破壊力は底知れない。
ブリジットは杖を構えた。
純金仮面は一切無言。黄金の仮面と全身の鎧が鈍い光を放ち、会場に不気味な静寂が走る。
ゴオオオオオッ!
開始のゴングとともに、仮面が動いた!
拳を突き出し、黄金のオーラをまとった打撃がブリジットに襲いかかる。
「はっ!」
ブリジットは素早く魔法障壁を展開。杖から放たれる氷の魔法が、仮面の脚を凍結する。
しかし──
「硬っ!」
氷は一瞬で砕け散った。凍結をものともせず突進してくる仮面。
その黄金の拳が、ドォン!と魔法障壁を粉砕し、ブリジットは吹き飛ばされた。
「うっ……!」
白銀のアーマーが、鈍く悲鳴を上げる。
会場がざわついた。
「いきなりあの防具を貫通!? 仮面の打撃力はやはり本物だ!!」
「ブリジットが押されてる!? こんなの初めてだぞ!」
ブリジットは立ち上がり、魔法を繰り出す。雷、氷、火炎、土石……多彩な属性魔法が仮面を襲うが、仮面はただ無言で防御姿勢を取るだけ。
魔法は悉く弾かれ、削れていくのはブリジットの魔力と資産だけだった。
──この鎧、魔法に強すぎる。
焦りがブリジットを蝕む。純金仮面は、極限まで資産をゴールドに集中している。その黄金の価値がいま絶頂を迎えている以上、防御力はまさに鉄壁。杖の魔力がまるで通らない。
再び拳が唸る。
ズドォォン!
直撃ではなかったものの、衝撃波がブリジットの肩をかすめ、アーマーがメリメリとひび割れた。
「くっ……」
慌てて魔力防御を補強するが、仮面はすでに間合いに入っていた。
もう一撃来る──!
ガンッ!
今度はアーマーの腹部が破損。白銀の装備に亀裂が走り、内側のローブがうっすらと赤に染まる。
「これは……まずい……!」
心の中で、弱気な声が芽生える。勝てるのか、この相手に。
だが、そのたびに脳裏に浮かぶのは仲間たちの顔。
ハイレ、オルカ、ランス……皆が全力で戦ったこの舞台。
私だけ、諦めるわけにはいかない。
「……まだ終わらせない!」
ブリジットは杖を高く掲げ、詠唱を開始した。空気がピリピリと震える。
観客がざわめく。
「あれは……!」
「まさか、使うのか! あの技を!」
「《MAGバースト》……!」
全魔力を凝縮し、魔法を一点に集中させる超高密度魔法攻撃。
資産を大きく消耗するが、その破壊力は圧倒的。魔力の波動がブリジットの周囲を吹き飛ばす。
「これが私の……渾身の一撃!」
魔力の光が炸裂し、仮面を正面から貫いた!
ズガァァァァン!!
会場が閃光に包まれ、爆発のような衝撃がフィールド全体を揺らす。実況席のテーブルまできしんだ。
「直撃だ! MAGバーストが命中ぅぅぅ!!」
「やったか……!?」
しかし──煙の中から、黄金が現れる。
……立っていた。
純金仮面が、よろめきながらもまだ立っていた。
ブリジットの目に、絶望の色が浮かぶ。
「嘘……まだ、立てるの……?」
仮面の装甲は大きく焼け焦げていた。だが、倒れてはいない。
むしろ、逆に加速するように再び突進してくる!
「くっ……!」
防戦一方のブリジット。魔力はもう限界に近い。アーマーも限界を超えて、ひとつ、またひとつと崩れ始めた。
白銀のプロテクターが砕け、飛び散る。
もう守るものはない。仮面の黄金の拳が──
ゴオオオッ!
視界が揺れる。身体が跳ね、地面に叩きつけられる。
ブリジットの視界が、滲んだ。
──駄目かも。
敗北の文字が頭にちらついた、その瞬間だった。
仮面の様子が──どこかおかしい。
「……あれ……?」
黄金の輝きが、少し鈍く見えた。
ブリジットは、ふと気づいた。
観客の間に、ざわめきが広がっていた。
「今……金の価格、ちょっと下がった?」
「え? 本当かよ? 不景気で上がりっぱなしだったのに……」
「ニュース速報か? えっ、今!?」
──楽観ムード。
それが市場に広がりはじめた時、ゴールドの価格は、わずかに調整を迎える。
それは仮面の黄金装甲の防御力低下を意味していた。
しかも、よく見れば……右の脇腹、鎧に微かなヒビが入っている。
ハイレとの戦闘で受けたものだ。仮面は修復を怠ったまま、この戦いに臨んでいる。
チャンス。
──ブリジットの瞳が、閃いた。
「この一瞬……賭ける!」
手に握りしめた魔法杖が瞬時に変形!
短剣へと変化するブリジットの武器。それは彼女の隠し奥義──近接魔術格闘への転用。
「やああああああっ!!」
彼女は地を蹴り、仮面の脇腹へと急接近した!